神殿
死んだ。
記念すべき最初の一言を飾るにしてはいささか物騒ではあるが、恐らく死んでしまったのだから仕様がない。恐らくというのは自分が死んだと証明するものは何一つとしてないからなのだが、ほぼ確実だろう。何故か自分は死んでいるということが分かるのだから。
突然全く知らない場所に飛ばされたのだ、もう少し混乱していてもおかしくはなさそうだが、心はとても静かで今自分ここにいることが至極当然のようにさえ感じられる。僕はそっと直前の出来事を思い出す。
放課後、僕は友人二人と本屋にいた。確か今話題の新刊の話をしていたら突然視界が大きく揺れ目の前が真っ暗になったんだった。大方地震がおきて建物の下敷きにでもなって死んだのだろう。ここから先の記憶が無い。
ふと周囲を見回してみる。とても広い建物の中、いや、空間と言ったほうがしっくりくる。見渡す限り白い空間。そしておびただしい数の人。ここにいる人たちは皆地震に巻き込まれ死んだ人たちなのだろうか。
「おい春樹!無事か!?俺達どうなったんだ!」
肩を掴まれた感触とともに、聞き慣れた声が僕を呼ぶ。振り返るとさっきまで一緒だった友人の早見秋人がいた。
「秋人…君もいたんだね。僕は大丈夫だけど、多分ここは」
「天国、もしくは審判を待つ控室ってところでしょうね。全く、死んだら静かに消えるだけと思っていたのに」
「夏実!って、え?俺達死んだの?」
「あなた気づいていなかったの。やっぱりとんだ馬鹿者ね」
彼女は井上夏実。僕ら3人は幼稚園から大学までずっと一緒だった幼馴染だ。
「とりあえず、他にも知り合いがいないか探してみようか。何か知ってる人がいるかもしれないし」
「……残念ながらそれは無駄よ。さっきから周りの人に声をかけているのだけれど、聞こえてないどころか、互いが見えていないみたい。他の人たちを視認できているのは私達だけみたいね。秋人、あなたは見えてるの?」
「え、このいっぱいいる人だろ?見えてるよ。てかくっそー、俺まだ1回もヤれてないのに。いやーまじかよ。死んd…
「この馬鹿は放っておいたほうが良さそうね。それより春樹、さっきより周りの人減ってない?」
「そう言われれば確かに。目が覚めたときに比べて1/3くらい減っているようn…!今そこにいた人が消えた……」
「うーん、ならここは待合室のようなものなのかしら。私達は審判待ちってことね。」
騒いだり落ち込んだりを繰り返してる秋人を横目に、現状を推察しながら消えゆく人々を観察し続けてしばらくたった頃。遂に僕ら3人以外の人間は全て消え、だだっ広い空間にぽつんと取り残されてしまった。
「いよいよ私達みたいね。もし転生したらまた会いましょう」
「怖いこと言うなよ!……あれ、てか俺達全然消えなくね?」
「どうしたんだろう。実はもう違うところに飛ばされているとか」
「あるいは永遠にここで過ごし続けるという罰か。あなた達は私の記憶が生んだ幻想という可能性もあるわね。…あーでも秋人がいる時点でその可能性は極めて薄いわね、ごめんなさい」
「おいそれどういうことだよ!?」
「そのまんまの意味よ」
「それよりさ──
消えた。
突然消えたのだ。
僕達3人を残して空間そのものが。
ただひたすらに暗い中を落ちているという感覚だけを残して。
僕はいつの間にか意識を手放していた。
─審判の間─
「あーようやく終わった。災害にはほんと困っちゃうね。あの設定取り払っちゃおうかな。ね、ミカエル君」
「はぁ。そんなことをしたら運命軸が歪んでしまいますよ。何はともあれお疲れ様でした。通常業務にお戻りください。」
「君はやっぱり硬いね~。うん、待合室消したら戻るよ。ほい、ポチっと。」
──ドタドタドタ…バンっ!
「た、大変です神様!」
「そんなに慌ててどうしたの?天使ちゃん。」
「それが…名簿漏れがありまして、3名まだ待合室にいるみたいなんです!」
「……あらまぁ困ったねえ。たった今消しちゃったよ、待合室。ミカエル君、あの下ってどこだっけ。」
「えー…Norse Cosmologyですね。」
「あー、あのステータス制度導入したところか。んー天使ちゃん名簿頂戴」
「は、はい!……どうなさるのでしょうか?」
「ん?彼らそのままあそこに転生させちゃおうと思ってね」
「そんなことして大丈夫なのですか!?あそこは……」
「あーあの子達いたのってThe Earthだっけ。んー大分難易度上がっちゃうねー。うん、じゃあ神の加護つけておこうか。そうすればマシに生きられる確率も少しは上がるでしょう。ミカエル君、しばらくこの3人の動向分かるようにしておいて」
「分かりました」
「さーて、久々にワクワクしてきたぞ」