表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

‘ヴァルラウン’シリーズ

宵待ちの烏

作者: TKミハル

 試作品です。

 その町は、春が遅い。


 まだ昼下がりだというのに、外には寒風が吹き荒れ、道行く人はコートのボタンをしっかりと留めて俯きに早足で歩く。


 町外れの邸宅に住むフレデリカは、お気に入りのソファでごろごろ寝そべりながら、傍らで本を読み動かない少年に呼びかけた。


「ユーク~、お腹すいた~。なんかないの?この際贅沢は言わない!ブラムリーリンゴのケーキでいいから!!」

「……意味が分からない」

 焦げ茶の髪をした少年は、本からちらとも目をあげず、その提案をバッサリ切って捨てた。


「ていうかたまには自分で作れ。俺といくつ違うと思ってるんだ」

「だぁってあたしが作るよりユークの方がうまいじゃんか、このこの~。やっぱ食べるなら美味しいのが食べたいしさ~。あ、じゃああたしはお湯を沸かすから!!」

 それがさも大事であるかのような口ぶりだったが、

「鍋を薪ストーブに置くだけだろうが……」

呆れながらも突っ込んだその時。呼び鈴が二回なった。


「うわ、せっかくのくつろぎタイムに邪魔が……誰だろ、空気読もうよ」

「馬鹿言ってないでさっさと出ろ。どうせジョナサンだろ」

「余計出たくないわ~留守ですよ~っと」また控えめに呼び鈴が二回鳴る。ふぅとため息を吐き、出ようとしない彼女の代わりにユークが玄関へと向かう。


 扉を開けると、

「お、ありがとうユーク。久しぶりだな。元気にしてたか?」

穏やかな笑顔でジョナサンが頭を撫でようとしてきたので、さりげなく避けると、若干しょげたような表情になった。

「まったく……」

 少年はそう呟きつつも、リビングへ通すと、ソファでくつろいでいたフレデリカがよっ、と身を起こす。

「ユーク、そんなん相手にしなくていいからさ、ブラムリーケーキ作ってよ」「そういえばお昼も大分過ぎてるな。私からは、ミートパイを希望する」

「待てよおい。わざわざランチしにここへよったのか?」

少年の声に怒気が混じる。

ジョナサンはふと真面目な顔になって、言った。

「いや、もちろん違うさ。おまえに、頼みがある」

その言葉を聞いた瞬間、フレデリカが剣呑な表情にさっと変わる。

「このハゲ。そんなのあいつらがやればいいじゃない。なんのための特殊部隊よ」

「彼らは目立ちすぎる。それに……」

ジョナサンは言いにくそうに言葉を切った。

「考えなしの集まりじゃしょうがないよね~。……一辺下水に降りてそこの水でもすすってこいっての」

「おまえな……」

呆れ顔のジョナサンの横で、埒があかないと思ったのか、ユークがん、と手を差し出し、ジョナサンがメモを渡す。

「……どれだけかかるかわからない。期待しないで待っててくれ」

「ああ、助かる」

こっちを射殺しそうな目で睨んでいるフレデリカには構わず、一度厨房へいって棚からミートパイと、ブラムリーケーキならぬ胡桃入りケーキを出してくると、

「じゃ、ちょっと出かけてくる」

そう言って肩掛けカバンを掴みあっさり出ていった。


 残された二人の間には沈黙が横たわり、しばらくして苦くフレデリカが口を開く。

「カーゼル。もう、いいでしょ。領主の地位も落ちついてきたし、これ以上は」

「……フレディ。まだ、私たちの立場は危ういものでしかない。今はできるだけ信を得るときだ。それに……彼自身が、この仕事を望んでいる」

 フレデリカは原因はおまえだと言わんばかりに中年の、特殊部隊隊長を睨みつけた。

「くそったれ。いっそもげて男やめろ」

「……どこで覚えたんだ、そんな言葉を」


一方ユークは、ちょっとした調べ物のあと、市場で機嫌よくハミングなどしながら野菜を選んでいた。

「どうだい、今朝仕入れたばかりの上物だよ!」

 売り手の男がにこにこしながら声をかけてくる。りんごはたしかに新しかったが、並べてある芋は土のつき具合からみて、どう考えても古そうだ。しかし安かったので一緒にいくつか買い、袋に入れた。

そこそこ値切ったので苦笑顔の男に見送られ、その場をあとにする。

 別店で折よく使い古しの靴ブラシと靴墨も見つけたので、あわせて購入し、足取りも軽く家へと帰っていった。


一週間後の夕方、ユークは薄汚れた靴磨きに扮して人通りの少ない道の、階段上付近に座っていた。

やや小太りで、身なりのいい男が苛々しながらこちらへ向かってくる。

「えー、靴磨き、靴磨きはいかがっすか~。一回たったの銅貨二枚!!」

ユークが声を張り上げると、たちまち獲物が食いついた。

「お、安いな。ささっとやってくれ。まったく、こう道がひどくてはかなわん」

「まいどありー」

ユークは男の靴を手際よくピカピカに磨きあげ、仕上げに靴底、つま先周辺にたっぷりとグリスを塗ってやった。

男はぞんざいに金を払うと、階段を下りるためその足を踏み出し、そして滑らせた。

濁った悲鳴とともにドスンバタンと転げ落ちる音、ザシュザシュと肉を切り裂く音がする。不幸なことに階段下には汚ならしい割れた酒瓶がいくつもあり、首や太ももに刺さったらしい。

まあ、仕組んだのは自分だが。

上から、当分寝たきり、社会復帰はほぼ不可能な状態だと確認して、道具を早々にしまいその場をあとにする。

領主の政敵、その後援者の一人が、夜会好きで思いがけずことが早く片付いた。


ユークはふと、随分前にフレデリカと交わした約束を思い出した。

 ----なるべく、殺さない。


 あいつはまだ生きてたから大丈夫だろう、と結論づけ、空を仰ぐ。

 ……見上げれば時は夕刻。

 鳥たちは群れをなし、どこかへ去っていく。


 ---この町から出たい。


 胸中に、またその思いが強く満ちあふれてくる。しかし、まだ年のいかない自分がここから出て、どうなるというのだろう。


 ユークは思いを胸に秘め、長い日常に戻ることにした。


 ――――――その時が、くるまでは。

グリス……油。グロス (光沢剤)ではない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 優しさや真面目風の印象のキャラクターが、割り切った仕事をしているシーンがあるとすがすがしくおもいますね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ