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三 男の勲章

三 男の勲章


 八月三十一日 昼休み

 文吾は特別棟の階段をズカズカと早足で上る。

 この三日間学校の中を歩くたび、通りすがる生徒全員が文吾に視線を降り注ぐ。

その視線の意味は、主に『え? あれが不良? 真面目になったのか?』『あの人、誰? イケメン』『女連れて歩いてんじゃねぇよ』である。

 一つ目は不良少年の文吾が不良の象徴であるリーゼントを止めたことで更生したのではないか? と注目を浴びている。

 二つ目は、文吾としては不本意である。

文吾はサラッとした無造作ヘアをどこぞやの嫌いなアイドルみたいと毛嫌いしていた。しかし二日前にリーゼントを辞めたら、サラッとした無造作ヘアとなり、どこぞやの嫌いなアイドルのようになってしまった。それにより実質、文吾は一日遅い夏休みデビューとなった。

 そして、最後の一つが文吾にとって問題なのである。

最後に出てきた女とは、三日前の放課後にボランティア部に入部して出会った伊佐である。伊佐は文吾に妙に馴れ馴れしい。さらに不思議なことに、授業終了のチャイムと共に文吾の教室へやって来てはずっと文吾のそばに寄り添い、授業開始のチャイムと共に去っていく。つまり、伊佐は隙あらば文吾の隣にいる。

何故そんなことが可能か文吾は知っていた。

これはもうあれしかない。伊佐はきっと双子だ。タモリさんが平日の放送にほぼ毎回出演できたのは五つ子であったのと同様、伊佐がバカなのは片方ずつしか授業に出てないからだ。きっとそうだ。そうに違いない。

文吾の思考回路は今までに向けられたことのない視線で麻痺していた。

 折角、学校にボランティア部というプライベート喫煙スペースができたのに……。

「一服もできやしねぇ!」 文吾はボラ部のドアを勢い良く開けて叫ぶ。

部室内にはボラ部部長卜部が一人で弁当を広げ、片手で小説を読みながら器用に食べていた。

「あら、こんにちは」

 文吾は卜部と出会って四日目である。一緒にいてわかったことが、だいたい小説を読んでいる。髪型はサイドテールと決まっている。そして、弩級のサディスト。言葉のナイフが過ぎて、トーキングヘッドが棲みついていると思わせるくらいである。

 文吾の後ろからニョキと背伸びをして伊佐が部室の中を見る。

「イップクって、何? ……あ! ずるい、さきっちょがマユミちゃんの許可なく先にお弁当を食べてる。食べながら読むのはメッ! だよ」

「毒でも盛るのかしらね」

「毒が盛ってあるのは卜部の舌だろ」

 文吾は卜部とは向かい側の窓際の椅子に座る。

これはボラ部顧問ヒカル先生の作戦であった。ボラ部に入部させる口実にメリットとして学校にプライベートスペースができると挙げた。

実際にプライベートスペースはできたが、喫煙しないよう煙草の煙なんかでは汚してはいけないという思わせる程の純粋無垢な伊佐を常に付きまとわせた。

そのおかげで文吾はこの三日間学校で一服も心休めることもできていない。……あぁ……俺、すげぇイライラしてる。貧乏ゆすりが止まらねぇ。

「ねぇ、貧乏ゆすり止めてくれる?」

「今、体内に二から始まってンで終わる物を補給してぇんだよ」

「ニンジン」 伊佐が挙手して言う。

「馬かよ」

「ニンゲン?」 伊佐は首をかしげる。

「エイリアンかよ。疑問形なら言うな」

「わかった! ニコちゃん大王ンだ」

「一番惜しい。よし……ペンギン村に行って、ンチャ砲でも喰らって来い」

「うん、わかった。キ~ン」 伊佐は部室を飛び出て行った。

「バカってすげぇな」

 文吾はここまで突き抜けられる伊佐に清々しさを感じた。

「なぁ、卜部……一本吸って良い?」 卜部に手を合わせ、文吾は懇願した。

「どうぞ、ご勝手に」 卜部は弁当を食べ終わり、鞄に片付けていた。

 文吾は窓を開け、上半身だけ外に出す。インナーの胸ポケットをまさぐり、煙草を取り出し一本咥えて息を吸いながら火を点ける。煙が器官を通過し肺に溜まる。その瞬間、血管がキュッと搾られことで頭は少しフラフラになりながらも透き通る感覚が文吾にとって至福であった。蓋付きのブラック缶コーヒーを鞄から出し、灰皿代わりに灰を落とす。

 文吾は卜部の視線が自分に来ているのに気づく。

「どうした?」

「よくそんな煙を吸うわね。百害あって一利なしってこのことね」

「一利もないってわけでもねぇだろ」

「どんな一利?」

「フ~……美味い」 文吾は煙を窓の外に吐き出す。

「それは愛煙家だけのセリフよ。あんたって馬鹿よね」

「どうせ、バカですよーだ。ハァ~美味い」

「あなたって、不良だけど意外と常識は理解しているみたいね」

「意外とは余計だ」

「見た目もただのイケメンになっちゃって……キャラ、薄くない?」

 ゴフッと文吾は寝耳に水なことを言われて煙にむせてしまった。

「……ぜ、全然薄くねぇだろ」 文吾は少し動揺してしまった。

「どうかしら、二章目からリーゼント止めてイメチェンしちゃったから、いまいち不良って感じがしないわね」

「させたのはお前だろうが! この格好見れば、わかるだろ! ワイシャツは開襟でタイトめできめて、このズボンもパッと見は普通だが、実は改造でちょっと太めだろ! ポッケの中も、ほら、裏生地の色が紫で違うだろ!」

 文吾は嫌な汗が出しながら相手が不良でもないのに、熱く学ランについて語ってしまった。

「なんか……わかりづらい。あと、必死感が見ていて辛いわ。このままでは、三章目でツッコミのサブキャラみたいになって……四章目だと空気になっていないかしら?」

「そ……そんなわけねぇだろ!」 文吾の汗が止まらない。

「変ね。何もない所から声がしたわ」

「既に空気と化している」

「冗談よ。ところでたまにあなた心の声があるのだけれど、本当に主人公でいいのかしら?」

「なぁ、そのメタ発言止めにしない?」

 卜部が冗談とか、冗談にならねぇよ。

「またそうやって心の声が漏らす。私だってその気になれば……」

 そう、こんな世界なんて思いのまま……

「恐ろしいこと考えただろ、今」

「叙述トリックで天宮を主人公と思わせといて、実はラスボス。私が主人公かも」

「止めて、恐ろしいから」 文吾は寒気がしてきた。

「仕方がないわよ。世界は私を中心に回っているのだから。周りの全てが私の引き立て役なの」

 卜部の顔が活き活きとしている。

「この前から思ってたけど、本気で言ってんの?」

 文吾は卜部の笑みに少し気がひく。

「ええ、本気よ。この世の全ては私のためにあるの。使えるものは全て使って、のし上がるわ」

 卜部は上から目線で笑う。

「また出たよ、卜部さんの不敵の笑み。超怖ぇ」

「話を戻すけど、あなたはツッコミキャラでいいのよね」

「ただいま! ペンギン村ってどこにあんの?」

 空気を読めない伊佐が元気良く部室に戻ってきた。

「……ツ、ツッコミじゃねぇ! ツッパリだ!」

「え? 相撲でもすんの?」 伊佐は四股を踏む。

 キーン……コーン……

 昼休みの終わりを告げるチャイムが虚しく鳴った。


~ ~ ~


「え~、第一回チキチキ天宮文吾のキャラを見つけよう!」

 放課後のボランティア部部室に卜部の声が響く。わざわざガキツカ風にタイトルがホワイトボードに書かれてある。

「「わー」」

 伊佐とヒカル先生が棒読みのように感情のない声を出しながら、パチ、パチ、パチとまばらな拍手をした。文吾は窓際に座りしかめ面を頬杖に乗せて外を眺める。

「え~、説明します。この天宮文吾君は不良を止めて、キャラが行き詰っています。そんな文吾君に新しいキャラを見つけて、加えて、後乗せサクサクにさせていきましょう。意見のある方?」

 卜部は誰もいない方向に話しかける。

「まず、お前のそのキャラは何だ? 初めて見るぞ」

「「ハイ、ハイ!」」

 伊佐とヒカル先生は元気よく挙手をする。

「伊佐さんからどうぞ」

「実は超バカ」

「それはお前だろ」

「実は優等生」 ヒカル先生が続く。

「それは教師の願望だろ」

「実はドM」 卜部も続く。

「それはあんたがドSなだけだろ」

「ハァ……文句ばかり言って、そういうブンゴンはどんなキャラが良いの?」

 伊佐は呆れてため息を漏らす。

「まず、この議題は何なんだよ!」

 文吾は椅子から立ち上がり、ホワイトボードをバンバンと叩く。

「え~、説明します。この天宮文吾君は――」

 卜部が誰もいない方を見てまた説明し出す。

「それは、もういい。どこを見てんだ。そのアングルにカメラがあると思ったら大間違いだぞ」

 文吾は長くなりそうだから途中で遮る。

「俺は不良を止めてねぇって言い方もおかしいが、何にもしなくていい。俺は俺だ」

「なんか格好良いセリフ言っているが、そういう奴に限って個性がないのが個性みたいになってしまって、フェードアウトしていくのだよ! ズビシッ!」

 ヒカル先生は最後に効果音を口で言いながら文吾に向かって指を差した。ちなみに先日の合コンは一人寂しく帰ったそうな。

「な、何を言ってんだよ」

「漫画、ラノベ、アニメが浸透してきた昨今……設定、キャラが大事なのだよ! このままでは淘汰されるぞ!」

「先生もメタ発言止めて」 文吾の胃が何故かキリキリと痛む。

「君にはないのか。実は見た目は子供で頭脳は大人とか、実は未来少年とか、実は小説家とか……」

「全部コナンかよ」

「実は許嫁がいるとか!」

 文吾にはヒカル先生の声が最後の一つをやけに大きく聞こえた。

「この現実世界に先生は何を求めているんだよ。あんた、さっきの効果音といい、精神年齢が低すぎるんだよ」

視界の端っこで伊佐が挙手しているが、文吾は無視する。

「もう、そんなこと言うんだったら、明日からまたリーゼントに戻しますよ」

 何故にこんなに攻められなきゃいけないんだと文吾は感じながら、少し涙目になる。これが俗に言う丸くなるというものだろう。

「それは困る。折角、不良を更生させて教頭からの評価が上がったのに、また落ちてしまう。だから髪型はそのままで如何に自分が不良少年だったか自慢してくれ」

「んん? この教師、頭がおかしいぞ?」

 文吾は本当にこの人は教師だろうかと疑いの目で見る。

「君がしないのならば、私がしてやろう」

 ヒカル先生はそう言いながら、豊満な胸ポケットからメモ紙を取り出した。

「それこそ、後乗せサクサク感がハンパじゃねぇけどな」

「ケンカ、交通法違反は当たり前。中学時代は番長で、それなりに頭が良い。リーゼントを下すとイケメン。右手首に刺青がある。ナイフで刺されたことがある。先輩のキャバクラ店でボーイをしていた。彼女持ち。名前は江良美里。大学生十九歳。ガールズバーでバイト。出会いは弟の――」

「何で知ってんだよ! 伊佐と卜部が完全に引いちゃってんじゃねぇか」

 文吾はヒカル先生の話を途中で遮る。

 卜部は椅子を引いて可能な限り文吾と距離を取る。

「ゴミを見るような目で見ないで。確かに社会のゴミとはよく言われるけど」

「そこまでがっつり不良をやっているとは思っていなかったわ」

「彼女がいたなんて、ショック~」

 伊佐は卜部程に引いていないかった。何故か彼女の方にポイントを置いている。

「そうだぞ。主人公なら格好良いのに何故か彼女がいなく、お前はジジイか? ってくらい難聴で、且つチンコ付いているのか? ってくらい鈍感な童貞でないとやっていけないぞ。この糞リア充が!」

 息を荒げ、襲いかかってきそうなヒカル先生を伊佐と卜部がなんとか抑える。

「なんだよ、その価値観は? 心の声が口から漏れちゃってるし」

「ヒカルちゃん! 心静かに」

 ヒカル先生はハッと我に返る。

「……すまない。乱してしまった」

「三十路オーバーの妬み嫉みはこっちが引くっつーの」

「童貞じゃないという設定は百歩、千歩、いや万歩譲って理解した」

 ヒカル先生はちらりと文吾を見る。

「なんだよ?」

「万歩というワードに反応しないということは? 貴様、本当に童貞じゃないのか?」

 ヒカル先生は震えながら驚愕する。

「童貞ちゃうわ! そんなワード、中坊でも反応しねぇわ」

「万歩譲って素人童貞という設定は付けてさせてくれ」

「素人童貞ちゃうわ」

 ちゃんと美里も喜んでくれてるし。

「……実は演技じゃないの?」

 いや、こないだ一番上手いって言ってくれた。

「……それも嘘じゃないの?」

ヤバい。考え始めたらキリがない。よく考えたら全部、妄想の出来事じゃないのか? ということは、俺はまだ童貞?

「ってならないから。先生、独り言と他人の心理描写風に勝手に入れて虚偽事実を作らないでください」

 文吾はヒカル先生の脳内への揺さ振りを何とか振り切った。

「男なら誰もが通る道なのだよ。素人童貞の主人公……うん、良いではないのか? 新しい」

 ヒカル先生は一人で納得する。

「しろーとどーてーって何?」 伊佐が横から入って来る。

「説明しよう。素人童貞というのは、恋のABCを終えた後に来るラスボス。真のエンディングはまだ先。俺達の戦いはこれからだということだ」

 ヒカル先生は目を輝かせて全く違う方向を向いて説明する。

「完全打ち切りで、素人童貞卒業できてねぇじゃん。それにそっちにカメラでも仕込んでんの?」

 説明しよう。ヒカル先生は他人の恋バナ、不幸話、下ネタ、それに二次元の話の時だけやたら元気が良い。

「さっきの話に戻って、先生が言った後乗せサクサクの前半はバレているからいいが、その後のは、この学校の奴らは知らねぇ情報だぞ」

「美里に教えてもらった」

「美里と知り合いなのかよ!」

「うむ、私の仲間の後輩」

「……まさか、レディースの――」

 ヒカル先生が即座に俺の口を押さえる。眉間にしわが寄り、鬼の形相である。

「ちょっと来い。……お前らはそこで待っていろ」

 ヒカル先生は伊佐と卜部に釘を刺し、文吾を廊下に引っ張り出す。

 文吾の推察はこうであった。彼女この地域では有名なレディースチーム・MLH~ムーンライトハート~の元十代目頭である。ヒカル先生とつながりがあるなら、そこからだろうと。

「……ヒカル先生――」

「みなまで言うな」

文吾の考えは概ね正しかった。訂正を加えるとするなら、MLHは元々ヒカル先生の為に作られたチームである。ヒカル先生を慕う仲間が集まり、ヒカル親衛隊を作ろうとしたが、ヒカル先生がダサいと言って却下した。しかし、仲間たちは諦めきれず名前を変えて別のチームを作った。それがMLHである。

名前の意味は、ヒカル先生がセーラームーン世代であることと少しでもヒカル先生の強さにあやかりたいと自分の名前を入れただけと云われているが、本当のところは『月夜の下でヒカルに心臓を捧げよ』という巨人を駆逐しそうなクサい意味が込められている。

今ではそのような意味はなく、憧れの伝説ヤンキーヒカル、又は神に近付く為の登竜門となっている。

文吾はそんなことも露知らず神にタメ口を利いていた。

 学校にはヒカル先生が元レディースということはまだ知られてない。文吾もまとう雰囲気がヤンキーだと感じていただけで真実は知らない。真実がばれたら様々な方面から問題が挙がるだろう。

「……はい、その代わり俺のも内密に」

 文吾とヒカル先生はがっちりと熱い握手を交わした。文吾はこの時、初めてこの学校にダチができたと実感した。しかし、初めてのダチが先公とはどういうものなのであろうと疑問も残った。

 文吾とヒカル先生は部室に戻る。そこでヒカル先生は一言で締めた。

「今日は解散! あ、それと今日のことは絶対に秘密だ。これ、教師命令」

 第一回チキチキ天宮文吾のキャラを見つけよう! は幕を閉じた。文吾とヒカル先生はそそくさと帰って行った。

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