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二 スモーキング・ブギ

素人がなんとなく作ったものです。温かい目で見守って下さい。

二 スモーキング・ブギ


穏便に帰りたかった。

文吾は純粋にそう願い下校していたのに、何故か傷付いた体に鞭を打って、ヒカル先生の後に付いて校内を歩いている。

ヒカル先生は無言のまま特別棟に入っていく。何かがない限り寄り付かない特別棟を上りに上って最上階の四階まで行く。文吾にとって特別棟の四階は未踏の地であり、初めて見る教室ばかりでキョロキョロと周りを見渡す。そんな文吾に構わずヒカル先生はヒールを鳴らして進む。

「君は成績に関しては悪くないが、素行が悪すぎる。遅刻、無断欠席、喫煙、他校生徒との暴行、暴走行為……etr 私が揉み消した事件は数知れず」

「自由に生きていく代償ですよ」

 文吾は髪形を直しながら、窓の先にある狭い空を見た。

「不良がおセンチ醸し出すな」 ヒカル先生は文吾のケツに蹴りを入れる。

 前方に倒れ、文吾の頭は窓ガラスに当たりリーゼントが潰れる。この人は何度俺のリーゼントを潰せば気が済むのであろうと横目でヒカル先生を睨む。

「とにかくもう二学期初日にして留年ほぼ確定なのだ」

 あっさりと重大な事実を突きつけられて、物凄い勢いで文吾はヒカル先生を二度見してしまう。

「マジっすか?」

「マジっす」 ヒカル先生はにこやかであった。

 文吾は驚きのあまり肩に掛けている学生鞄がずり下がる。

 なんとなく危ないかなーと思っていたくらいであり、ショックが大きい。

ハ~やばい。何がやばいって正確にはダブるのは別にやばいことじゃない。元々行くつもりはなかった。中学の先公と親に無理矢理入れられたみたいな感じで、高校に入った後は惰性で通い続けていただけだから大して思い入れはない。学校に仲の良い奴もいない。やばいのは、ヤクザより怖い親父になんて言えば良いのか? 親父に『ダブった』なんて言ったら、人生もダブらなきゃいけない。母さん、文子、正文、爺ちゃん、哲治。先に旅立つ愚息をお許しください。

 この間、約三秒。走馬灯のように文吾の頭に思考や思い出が巡る。

「だが、そんなお前に女神のような私が一つだけ留年しない方法を教えてやろう」

「それはなんすか?」 文吾の目が輝く。

 ヒカル先生は隣が階段となっている最端の教室で立ち止まる。

「この部活に入って活動してもらうことだ。ババーン!」

 ヒカル先生は目の前のドアを叩け、薄汚い表札を読めと言わんばかりに見せつける。

 効果音付けるとか精神年齢いくつだよと文吾は色々と言いたいことを飲み込んでヒカル先生を怪訝な目で見る。しかしここで読まなかったら先に潤滑に進まないだろう感じた為、首も傾げてわざとっぽく読んでみた。

「ぼらんてぃあぶ?」

「そうだ、ボランティア部だ。略してボラ部」

 ヒカル先生はなぜか偉そうに豊満な胸を張る。

 文吾はいったいこのバストは何カップなんだよと見つめる。

「ボランティアってゴミ拾いとか募金とかのあれだろ。青少年がすることじゃねぇか。それを髪形がリーゼントの少年がするのかよ。恥ずかしい」

「君が考えているボランティアとはちょっと違うぞ。ボランティアという名ばかりの教師でもやりたくないこの学校の仕事、問題、面倒事を無益で解決していく部だ。ただただ、内申点が良くなる」

「問題、面倒事って言っちゃったよ」 文吾は一応ツッコむ。

「つまりはこの学校の犬になってもらう」

「犬って言っちゃったよ」 文吾はまたもやツッコむ。

「じゃあ、駒で」

「物になっちゃったよ」 文吾はツッコむのに疲れを感じた。

「そうやって、ツッコんでくれるとこちらも言いがいがあるよ。もちろん、普通のボランティア活動もやってもらう」

 ヒカル先生は楽しそうである。

「えー……」 文吾はただただ嘆息する。

「デメリットばかりではない。メリットもある」 ヒカル先生は提案する。

「リンスでも入ってるんすか」

「……」 ヒカル先生は無言を貫く。

「俺が会心のボケをしたのに無視するってナシでしょ。ねぇ、ちゃんとツッコんでよ。ねぇったら」

「よく考えろ……この部活に入るということはこの部室を自由に使えるということだ」

「また無視っすか」

 文吾はボケをほっとかれることを嫌がる生粋のツッコミである。

「この学校にプライベートスペースができる。しかも特別棟最上階の角部屋でほぼ人は来ない」

 ヒカル先生は右手でチョキをつくり口元で前後に動かし、スーハースーハーする。

「……まじっすか!」 

 ヒカル先生は言葉に出していないが、文吾はそのジェスチャーを煙草だと察する。それを教師が教えてくれたということはほぼ公認の喫煙所である。部活を拒絶していた文吾の気持ちが少し揺れる。

 ※注:未成年の喫煙は止めましょう。

「だけど、あんたを教師として疑うよ」

「私は何も悪いことは言ってないぞ。……ああ、このジェスチャーはポッキーがおいしく頂けると伝えただけだ。それに生徒の自主性を重んじているのでな」

 ヒカル先生はフッと笑う。

いやダメだろと文吾は心の中で思うも煙草を静かに吸えると考えると、口に出すことができない。

「じゃあ、自主性を重んじる精神で俺の所業を見守ってくれれば良いじゃん」

「いや、ダメだ。黙って見守っていたら確実に留年する。君みたいなのを一年でも多く面倒見るのは嫌だ」

「うわ、本音出たよ」

 教師も人間である。自分が考えていることは他人も同じように考える。そして自分が嫌なことも他人も嫌である。文吾が学校を面倒くさいと感じるように、教師も問題児が面倒くさいのである。

「この人、その内ヤバいことがばれて学校辞めることになるかも?」

「それはお互い様だろう。しかし私が教師である以上、退学は以てのほかだ。とにかく今日から部活動に参加してもらう」

 ここで認めたら、ダメだ。諦めたら試合終了だと心の中の安西先生が言っている。それにこの部室でなくても喫煙はできると文吾は思いを改めた。

 ※注:喫煙は二十歳からです。

「え? ……あ……そういえば、部活って入部届とか出さなきゃいけないんすよね? 親の了解とかありますし、さすがに今日からは無理でしょ」

 慌てながらに出た言葉であるが、意外と的を射ていると文吾は確信する。

「いや、出した」

「え! いやいや、冗談は置いといて」 文吾は冗談を横にずらす。

「いやいや、冗談ではなくて」

 ヒカル先生は本当だと言わんばかりに元の位置に戻す。

「誰が?」

「私が」

「親の了解は?」

「私が得た」 ヒカル先生は文吾に入部届を見せつける。

 文吾は入部届を手にする。

「うわ、マジかよ。本当に書いてあるよ。本人の了解がなくても入部届って受理されんの? てか、もう既にウネウネした象形文字みたいな学校の判子が押してあるし」

 文吾は裏も確認する。『ドッキリ大成功』と書かれていることを願うも白紙だった。ハァ~と深く深く溜息を吐く。

「もう、逃げ道はないのだよ。ないのだったら、前へ進むしかないのだよ」

 ヒカル先生が文吾の肩をポンと叩いて、ドアに手をかける。

「どの口が抜かしやがるんだ。……この質問だけ答えてくれたら、観念します。バスト、何カップっすか?」

 文吾にはシミュレーションが出来ていた。

キャー、君は何を言うんだと言いながら、ヒカル先生がグーパンする→入部がうやむやになる。完璧だ。グーパンで済むなら甘んじて受けよう。

「Fカップだ。いいオカズができたな」

 ヒカル先生は文吾の予想の斜め上を行く返答をする。ヒカル先生には下ネタに耐性がありすぎた。ヒカル先生を諦めさせる為に言ったことなのに、逆に文吾が追いつめられていた。

「……Fカップの三十三歳独身……なんか萎えるわー」

「少し腕を貸せ」

 ヒカル先生は文吾の右腕を持ち、『ッパン!』と銃声と間違えるようなしっぺをする。

「痛ッ……音がしっぺの音じゃねぇ」

「罰が当たったのだ。三十代を馬鹿にした罪の罰が」

「リアル十代のリアルな声だよ。目を背けんな。耳を塞ぐな」

「行くぞ」

「あ、逃げた。てか、え? まだ心の準備が――」

 本当に部活に入ってしまうのか、俺は? しかも人生初の部活がボランティア部というわけのわからん善良な部活に――

 ガチャン!

文吾の言葉を聞かずにヒカル先生は勢いよくドアを開ける。

 教室の中は扉正面に窓があり、その窓に寄せて縦に合わせた二台の長机と数脚の椅子が並ぶ。右側にはホワイトボード、それを隠すように戸棚が置いてある。物自体は少ないが、面積的に手狭な広さであった。

その机を挟んで向かえ合わせにショートヘアの女子生徒とサイドテールで眼鏡をかけた女子生徒が二人座っていた。

「ヒカルちゃんだ! ってまた誰か捕まえてきたの?」

 ショートヘアの女子がパタパタとうるさく二人に寄ってきた。

「おう、今回は大物だ」

「人を鮪みたいに言うな」

 文吾とショートヘアとの目が合う。

 ショートヘアは目が大きく整った可愛い顔をしていた。髪は明るい茶色をしており、所々跳ねている。背は平均並みで、夏の面影のせいか肌は少し焼けている。服装はワイシャツ一枚で学校指定のリボンはしておらず、第二ボタンまで開けて、靴下はスニーカーソックスを履いている。

髪型や服装の為か文吾は活発そうな元気な印象を持った。しかし同時にうるさく動くあたりが少し頭は足りなさそうだと感じた。

 文吾にとって初見であった。同じ学校だからどこかで見たことはあるかもしれないが、いちいち覚える気はない。少なくとも名前は知らない。

「な~んだ。ブンゴンか」 ショートヘアはつまんなさそうな顔をした。

 ショートヘアは文吾を知っているようだ。進学校になんちゃって不良はいる。しかし文吾のようなバリバリの不良は珍しいから知っていてもおかしくないが、非常に馴れ馴れしい。

文吾は常識のある大人なところを見せておこうとした。しかし自分の格好に常識がないということには気付いていない。

「あなた、だれですか?」

 文吾は慣れない言葉を遣ってしまったから、棒になってしまった。

「あ、ドイヒ~。ホントは知ってるのによそよそしくしちゃって」

 ショートヘアがツンと文吾の頬を突っつく。その行為に文吾は、ただただ鳥肌が立つと同時にイラッ☆とした。

「先生、こいつ殴って良いッすか?」

「うむ、一発だけ許可する」

「ヒカルちゃん、ヒド!」

 ショートヘアはヒカル先生のFカップバストに泣きつく。

 文吾は拳をつくり、振りかぶる。

「ブンゴンもヒド!」 ショートヘアはヒカル先生のヒップに隠れる。

「大丈夫だ。お前の両親も、馬鹿なことをしたら娘をいつでも殴ってくれと言っていた」

「両親もヒド!」 ショートヘアは床にへたり込む。

「こいつは一年一組の伊佐真弓。見ての通り頭が悪い」

「教師が認めて親も殴ってくれなんて言うほどは本物ってことか? 俺の親も似たようなこと言うと思うけど」

 文吾は頭の残念な伊佐が心配になってきた。

「むか! ヒカルちゃん、そんなこと言っちゃうんだ。どうなっても知らないよ?」

「どうなるんだ?」

 伊佐は指の関節を鳴らす動作をしながら、ボキボキと口で音を付け、シャドーボクシングをする。

「ブッ飛ばしてやんよ。シュッ! シュッ!」

「見ての通り馬鹿だ」

 本物の馬鹿を見ていたら、文吾は心配が吹っ飛んで殴る気を失せた。振りかぶって行き場をなくした拳をそのまま下げるのも嫌だから、ヒカル先生に軽く肩パンをした。

 こいつって言っただけだから、別に伊佐を殴るとは決まってないし。

「いっでぇ!」 文吾は自分の左肩が痛いと感じた。

 ヒカル先生の手はいつの間にか拳になっており、後から『スパァーン!』と音が鳴る。ヒカル先生が音速で肩パンを返してきた音であった。

文吾の左腕がブラリと垂れ下がり、肩が外れた。 

「先生……肩が……」 文吾は左腕を持つ。

「音が遅れ聞こえてきたっていっこく堂みたい」

「どちらかというとネテロ会長と言って欲しいところだな。久方振りに肩パンをされたから無意識で返してしまったじゃないか」

「あの威力で無意識かよ!」 文吾の額に汗が流れる。

「まぁ、慌てるな」

「慌てろよ! こっちは肩が外れてるんだよ!」

「ブンゴン、ヒッヒッフーの呼吸だよ」

「それ、ラマーズ法」

「文吾、パパウパウパウの呼吸だ」

「それ、波紋の呼吸。こんな一大事にいちいちボケんなよ!」

「ブンゴン、必死~。マジウケる~」

「波紋が使えたら、ズームパンチができるくらいだから脱臼なんてすぐ治るだろうな」

 文吾をよそにケタケタと二人はからかう。

ヒカル先生は徐に文吾の左肩をにぎにぎと揉みながら左腕を持ち上げる。すると文吾の外れていた肩が入った。

「……あんた、すげぇな」

「一度脱臼すると癖になるから気を付けろよ」

「あんたが気を付けろ!」

 文吾とヒカル先生と伊佐がなんやかんや騒いでいると――

「うるさいです」 声は大きくないが芯の通ったような声が響く。

文吾は声がした方を見ると、もう一人の女子がこちらを一瞥もくれずに小説を読んでいた。

 その女子生徒は、顔は小さく眼鏡の奥は少しツリ目である。黒髪のサイドテールは肩より長い。伊佐と比べれば背は低く、華奢な体をしており、露出する肌は白い。服装は、きっちりボタンを全てしめて黒いサマーニットベストまで着て、黒のニーソックスを履いて黒ずくめである。

 文吾が横顔で判断する限り、THE・委員長といった感じである。あとバカではなさそうである。

文吾はこちらの女子生徒も見たことがなかった。

「あァン? こっちは怪我してんだ。慰謝料だって取れる程なのにうるせぇはねぇだろ」

 文吾はメガネに噛みつく。

 メガネは文吾をチラッと見て、また小説に戻った。その姿に文吾はまたしてもイラッ☆とした。

「何も言わないのかよ! そのメガネかち割るぞ」

 文吾はまくしたてながら小説を読む瞳に睨み付ける。

「不良が女子にメンチ切って情けないぞ。……手でも出してみろ。容赦はしないぞ」

 ヒカル先生が文吾とメガネの間に割って入る。

「あんたが俺にメンチを切ってるよ」 文吾の左肩が疼く。

「あいつは一年五組卜部咲。見ての通り性格が悪い」

「ああ、今理解した。俺の中でもこいつは上位に入る」

「先生、なんですかその不良は? こちらは真弓を世話するので手がいっぱいですから、元にあった場所に返して来て下さい」

「聞いての通り口も悪い」

「うん、口の悪さはこいつがトップだ」

「昨日思い付いたことがあったんだ。さきっちょ~、手貸して~」

 伊佐が卜部の近くに行き有無言わせず卜部の手を取る。

 卜部は何事もないように片手で器用に小説を読んでいる。

「一本指立てて~」

 卜部は素直に指を――中指を立てる。

「うむ、こいつは行儀も悪い。こいつもなかなかの問題児に見えてきた」

 ヒカル先生は口元に手を置いて悩む。

「ブンゴン、見て。……さきっちょの先っちょ」 伊佐はゲラゲラと笑う。

 伊佐の笑うツボが五歳児レベルである。部室はとんでもない空気になっていることに伊佐は気付いていない。

 バカな伊佐に付き合う卜部。

文吾には二人がなんだかんだ言って仲良しに見えた。遊ぼうと言わんばかりに尻尾を振ってじゃれる柴犬と嫌そうにツンと無視をする黒猫のようだ。文吾は二人を見てなんとなく懐かしく和んだ。

ヒカル先生も似たような眼差しで見つめる。

「どうしたんすか。微塵もない母性本能が湧き上がって子供が欲しくなったんすか?」

「ああ、この辺りが疼いてな」 ヒカル先生は文吾のヘソの下を殴る。

うぐっ! と声を漏らしながら文吾は胃からこみあげてくる物を必死に抑えた。子宮が疼いたヒカル先生は大きく息を吸い込み三人に話しかける。

「こいつは一年七組天宮文吾。見ての通り柄が悪い。そして素行も悪い」

「お~コラ、柄も素行も悪くて、悪かったな」

「今日から部員となり、毎日参加することとなった」

「毎日なんて聞いてねぇぞ」

「当然だ、言ってないからな。そして毎日参加するのも当然だ。時間と元気を持て余したアホがアホなことをすることはアホでもわかることだ。少しでも防ぐのが教師の務めでもある」

「アホアホ言うな。アホじゃねぇ」

「アホな頭をして何を言っているのだ。今までボランティア部はこの二人で活動してきたが、足りないものがわかった。……そう、ツッコミだ。ボラ部は今日からこの三人で活動をしていく」

「芸人でも目指すのかよ」

 周りで伊佐は「トリオ! トリオ!」と異様なテンションで騒ぎ立てる。そして黒板に何かを書きまくる。コンビ名であった。それを見て全く動こうとしなかった卜部が険しい表情で立ち上がる。

 文吾は思った。二人の仲を邪魔されてくないから喜ぶバカを止めて俺を追い出そうとしているのだと。

 卜部は伊佐の隣に立ちコンビ名の案を片っ端から添削していく。

「トリオで良いの? 俺が入っちゃっていいの?」

「そんなに入りたいのかしら?」 卜部は蔑みの眼差しを送る。

「だって一緒にむっちゃ名前考えてるじゃん」

「そういうわけではないわ。真弓が考えた名前を少しでも良いモノにしているだけよ」

 卜部は添削し終わり、椅子に座り小説の続きへと戻った。

「ツッコミ不在のカオスなのはわかった。何でこいつらはボラ部に入ってんすか?」

「テストが悪すぎて補習でも足りなくて、ここに入れば進級できると言ったら入ってきた」

 自分と違うが、一学期中に進級が危ぶまれるほど成績が悪いのかと文吾は察した。

「何? こんな大らか進学校見たことない。てことはあいつも? 頭は悪そうには見えないけど」

 文吾が卜部を指差す。卜部は小説を読みながらも文吾に答えた。

「私は私にしか解けなない難問がこの部活にあると先生に聞いて」

「なにそれ?」 文吾はヒカル先生をジッと見る。

「いや、この教育の現場では正解がない。その上一人一人全く違う。この難問を解くには卜部の力が必要なのだよ」

「だからって生徒に手伝わせるって教師として悲しくならないんすか?」

「ならない!」

「ハッキリ言い切りやがった!」

「無駄にでかいガキンチョを子守している身になってなりなさい。今日の活動内容はこいつだ」

 ヒカル先生は文吾の肩に手を乗せる。

「何すか? セクハラっすよ」 文吾は乗せている手を睨む。

「入ってくる前に言ったはずだ。この学校の問題、面倒事を解決してもらうと。ちなみにその問題の一つに君も含まれている。素行を良くしろは当たり前だが……文吾、君は友達を作れ。全生徒が怖がっている。少しは学校に君がフレンドリーであるところを見せつけろ」

「フレンド……リー? なんすか、それ。おいしいんすか?」

 文吾は久々に聞いた言葉に左右の黒目の焦点が定まらない。

「君は勘違いをしている。君が言っているものは新潟のご当地麺の店だ。ちなみにそれなりに美味しい」

 ダチを作れ? ダチってのは作ろうと思って作れるものなのかよ。確かにこの学校にダチはいねぇが、俺もパンピーの生徒もダチになることを望んでねぇ。あんたに言われる筋合いはない。

「ブンゴンじゃ無理! 無理! こんな怖い顔、近づいて来ないよ~」

 伊佐は文吾のほっぺをむにっとつまむ。

「言ってることとやってることが噛み合ってねぇぞ。確かに事実ではあるが」

「そうですよ。この不良では無理です。早くこの学校を辞めて、お友達がいるバカ学校に行って下さい」

「そういうお前も友達いねぇだろうが!」

「今はあなたの話をしているので、私は関係無いでしょ。あんたみたいな不良にお前呼ばわりされたくない。因みに友達は居ます」

「そうだよ。マユミちゃんが友達だよ」 伊佐は卜部に抱き付く。

 卜部はその伊佐の頭を撫でる。やはり二人は仲が良いようだ。

「いえ、私の下僕です」

 仲とか通り過ぎて主従関係になっていた。

「素直じゃないな~」 伊佐はそう言いながら満更じゃない顔をしている。

 ヒカル先生はこの光景を見て微笑ましく見守っている。その姿を見て文吾は再び子宮が疼いたのではないかと怯えた。

「退学者が出ると、この学校に傷が付く。それに私がさせない。だからそっちの方向はなしだ。私は合コンがあるから、ここらでドロンする」

 古っ。そんなんじゃ、今回もきっと無理だろうと文吾は予想する。

「貴様が言いたいことはわかるぞ。言うものなら口が裂けるだろう……物理的に」

 すげぇな、この人。そういえば、さっきも校門で待ち伏せてたんだっけ。この人、読心術も持っているのか?

「そうだ、貴様が考えていることなぞ、手に取るようにな」

 傍からに見るとヒカル先生からの一方的に話しているだけだが、文吾の心の声とちゃんと会話が出来ていた。

「同じ不良同士だから」 卜部はぼそっとつぶやく。

「「あぁ?」」

 文吾とヒカル先生はハモりながら卜部を睨み付ける。

「君たちに構っている時間はないのだよ。それでは」

「ヒカルちゃん、バイビ~。それと頑張ってね~」

 ヒカル先生はボランティア部から去っていった。

「ヒカルちゃん、行っちゃったね。……ブ~ンゴン」

 伊佐はドアが閉まると同時に文吾のもとへ飛んで抱き付いてきた。伊佐の頭を文吾が押して剥ごうとするが、離れない。伊佐を引き連れたまま椅子を一脚取り出し、卜部と離れた位置に椅子を置き座る。

「何で、こいつはこんなに馴れ馴れしいんだよ」

「ふふん、それが真弓の長所だから」

 卜部は鼻を鳴らして他人のことを偉そうに言う。

「それ、褒めてるとは言わねぇぞ。むしろ短所じゃね?」

 卜部は文吾を助けようとしない。助けたら自分の所に戻ってくるとわかっているのだろう。

「誰にでもするわけじゃないよ。ブンゴンだからだよ」

「理由になってねぇよ」 卜部はやっと小説と閉じ、文吾を見た。

「それで不良は本当にボランティア部に入部するのですか?」

「不良って呼ぶな。自分のこと棚に上げて他人のこと言えねぇじゃねぇか」

「アマミヤは入部するの?」 伊佐は名前に嫌味を込める。

「そうですね、ウラベ。……そういう流れになっちまったな。俺だって退学はしたくねぇからな」

 卜部同様、文吾も嫌味を込める。

「ちっ!」 卜部は舌打ちを鳴らす。

文吾のことを相当嫌っているようである。

「舌打ち聞こえてんぞ」

「アマミヤってミヤネヤみたいだね」

「全然関係ねぇし」

 こいつらと話していると疲れる。……一服してぇ。文吾はインナーの胸ポケットに手を入れ、まさぐる。

「どうしたの?」 伊佐は純粋なキラキラした目で文吾を見る。

 文吾は伊佐の眼差しを受け、非常に煙草が出しにくい。

「……いや……ちょっと、ブラが」

「ブラ? サイズは?」 伊佐は驚く。

「メビウスの八㎎」 文吾は真顔で答える。

「何それ。ちっちゃ! 何カップだっつーの!」

 伊佐の純粋な反応を見てこの場で煙草は吸えないのかと文吾は肩を落とす。それを見かねて卜部が棒付きキャンディを文吾に差し出した。

「口寂しいんでしょ? どうぞ」

「……おう、サンキュー」

「卜部、お前って奴は……つんでれ? 俺、ちょっと勘違いしてたよ」

「勘違いのままでいいわ」

 文吾はキャンディの包みを開け、口に入れる。

「甘っ! これ、何味?」

 あまりに甘すぎて反射で飴を口から出してしまった。口の中は飴をまだなめていると勘違いして涎が垂れる。

「さぁ? 汚い。唾、飛ばさないで」

 卜部はとぼけながら、一つ飴を取り出して舐め始める。

「さぁ? じゃねぇよ! 卜部はこれ、いつも舐めてんの?」

「ええ、頭が良いから糖分が必要なの」

「糖分なんてもんじゃねぇ。一週間は糖分を摂らなくていいよ」

「じゃあ、こっちは?」

 涎が垂れる文吾の口に伊佐はブスッと別の飴を差し込む。伊佐には遠慮というものはないらしい

「苦っ!」

 飴を口から出す。さらに涎が噴き出す。

「マユミちゃんは大人だからね」 伊佐は親指をグッと立てる。

「言動が既に大人じゃねぇよ。両手に舐めかけの飴を持ってるって、どんだけ食いしん坊なんだよ! 俺は!」

 文吾は二つの飴をじっと眺め、同時に口に入れる。

ん? 二つがちょうど中和し合って、舐めれなくもない。むしろ、イケる。……なんか、こいつらみたいだな。

「しょうがないわね。先生が残していった問題を考えましょうか。あなたにどうしたら友達ができるかを」

「考えるくらいで友達ができんだったら、世話ねぇし戦争も起きてねぇよ」

「もうちょっと見た目をかわいくしてみたら?」

「この凶悪面を?」

「ムリか。てへ」 伊佐は舌を出す。

「てへじゃねぇよ。それ、恥ずかしくねぇのか?」

 文吾は初めてのてへぺろを見て、驚愕する。

「じゃあ、キャピピン☆」 伊佐はピースサインを目元に立てウインクする。

「なんじゃそれ」

「いっそ、そのトサカを丸めてみたら?」 卜部は伊佐の行動を無視する。

「さっきの伊佐は流して良かったのか? オシャレって言葉を知らねぇのかよ。それにこれは俺の魂だ」

「しょぼい魂だこと」

「あぁ? これには大事な思い出があってだな。子供の頃、高熱で寝込んで母親の車で病院に行こうとした。だが、その日は十何年振りの大雪でタイヤが雪にとられ進まなくなったんだよ。そんな時にリーゼントの高校生に助けくれた。そのリーゼントに憧れてリーゼントにした仗助に憧れてリーゼントにしたんだよ」

「はぁ……くだらない」 卜部はこめかみを押さえる。

「どうした? 頭痛か? 一本吸うか?」 文吾は胸をまさぐる。

 ※注:タバコは胎児に害を与える危険があります。

「ドラ、ドラ、ドラってヤツだね」

 伊佐はラッシュをしようとするが遅すぎてラッシュに見えない。

「それじゃあ、ドラ三つで三翻だ」

 伊佐は何かを思い出したかのように文吾の頭を指差して言う。

「あ! ダメだよ。丸めちゃったら、ブンゴンの頭が貯金箱ってバレちゃう」

「そうそう……ってなんで知ってんだよ」

 文吾はついノリツッコミしてしまう。頭には確かに昔の転んだ傷があるが、誰にも言っていなかった。

「知ってるよ、ブンゴンだもん」

「だから、理由になってねぇ」

「丸めたらさらに凶悪になりそうね」 卜部は考え込む。

「こんなのはどう?」 今度は伊佐が提案する。


 冷たい雨の中、文吾は一人学ランを傘代わりに街を走る。あまりの冷たさに見かねて近くにあった自動販売機の百円で買える温もりに甘えてしまった。ポッケから取り出した百円玉を入れた瞬間、かすかに何かに怯えるようなそれでいて甘えるような弱々しい声が聞こえた。文吾は聞き耳を立てた。

「……ミャア」

 確かに聞こえた。文吾は辺りを見渡すと、小さな段ボールの中でタオルに包まる子猫が雨に濡れ震えていた。文吾はその子猫をタオルごと抱きかかえる。

「お前も一人か? 俺もそうなんだよ」

 文吾は濡れている子猫の頭や首に滴る水滴を払ってから優しく撫でまわす。子猫は自分が求めていたものはこれだと言わんばかりにゴロゴロと喉を鳴らし寄り添う。

「お前も缶コーヒーで温まるか?」

 子猫を抱きかかえたまま文吾は百円玉を入れた自動販売機に戻りホットの缶コーヒーのボタンを押す。

ガチャゴン!

 取り出し口に手を入れ、掴んだものはキンキンに冷えている炭酸飲料水だった。

文吾は冷たい缶ジュースに冷たい視線を送る。無言のまま缶ジュースを鞄にしまう。もう一度ポッケから百円玉を出し、さっきの押した隣のボタンを押す。再び炭酸飲料水が出てくる。

 何度も試すも、全く違うキンキンに冷えた缶ジュースが出てきた。自分が温かいものを飲もうとしたのに、壊れている自動販売機に総額六百円も呑まれた。

小さな友達と重たくなった鞄を連れて文吾は自宅へ向かった。


FIN


「点数をどうぞ!」 大きな手振りを付けて伊佐が仕切る。

 文吾と卜部は手元のフリップ替わりのルーズリーフに自分の今現在の気持ちを点数にする。卜部は十点、文吾は〇点となった。

「満点を付けた卜部さんから講評を」

「えー、非常に良かったと思います。文句をつけようがありません。是非今度実写化にしましょう」

「逆に〇点とした天宮さん、どういう事でしょう?」

「どうもこうねぇよ! 友達作りで何でこうなんだよ!」

「すごく怒ってんね。あ、わかった。ブンゴン、猫アレルギーなんだ。子猫の所を子犬に変えればいーんでしょ?」

「そういう問題じゃねぇ。何で俺が昭和みたいなドラマをしなきゃいけねぇんだよ」

「えーブンゴン、ギャップっての知らないの?」

「知ってるわ!」

「ギャロップじゃなくてギャップだよ。不良がふとした瞬間に見せる優しさに全国の女の子がキュンキュンするんだよ。そこにマユミちゃんがまともに買い物もできないドジっ子ってキャラをプラスしてみました」

「変化球が過ぎてボールが行方不明なんだよ。魔球って呼べるレベルだ」

「捕球がままならないなら少年野球から出直した方が良いわ。それに私は良いと思うわ。遠目で撮影しているから、さっさとおやりなさい」

「ほら、さきっちょからもOKが出た」

「却下。こいつはただただ俺を笑い者にしたいだけなんだよ」

「よく分かったわね」

「ブンゴンもブーブブー言うだけでじゃなくて考えてよ」

「ハイハイ」 文吾は気怠そうに返事をした。

 しばらく三人に沈黙が流れる。一人は考え込み、一人は既に諦めており、一人は何も考えていない。その沈黙を卜部の文庫本を閉じる音が破った。

「無駄に時間だけが流れていくだけだわ。もう最終手段しかないわね。……真弓、あなたが友達になりなさい」

「ごめん。それはムリだよ」 伊佐は間を空けずに拒否した。

「答えがノーにしても、もう少し考えてから答えてもいいじゃん。不良のハートがクレイジーなダイヤモンドだと思ったら、大間違いだ」

 文吾はさっきまで散々じゃれている伊佐の回答が予想外でショックを受ける。

「なんで? あんなにあの不良と馴れ馴れしいのに」

 う~んと唸りながら、伊佐は悩む。

「……わかった。兼友達ってことで」

「何と兼用なんだ。説明しろ」

「今ならさきっちょも付いてくる」

「付かないわよ」

「だから説明してくれ」 文吾は話に付いていけてない。

「ずるい、さきっちょ。一人占めする気だ」

「何をよ?」

「お願いです。説明して下さい」

 とりあえず文吾は自分を放置しないで欲しかった。

「だーかーらー一台買えばもう一台付いてくるって話」

「テレビショッピングみたいね」

「今ならさらにもう一台ヒカルちゃんも付いてくる」

 文吾は置いてけぼり感に軽く眩暈がし、額に手を当てる。

バカと話していると頭が痛ぇ。もういいや、聞かない。半分冗談ながらも考えてくれている二人にはありがたいが……。

「つーか友達なんか要らねぇから」

「ガ~ン……せっかく友達になってあげたのに」 伊佐は頭を押さえる。

「要らないってか居たら楽しそうけど、無理矢理に上っ面だけの友達は要らねぇって意味……一人のほうが気楽だし、それに不良ってだけで突き放して、すぐドロップアウトするだろうって見下している奴とダチになれるわけねぇ」

 文吾の考え方も理解できる。しかし俯きながら伊佐は文吾のシャツの裾をチョンチョンと引っ張る。

「ねぇ、ブンゴン……確かにブンゴンが言うような人はいるかも。う~ん……でもね、それは逆じゃないのかな。ブンゴンを見下しているんじゃなくて、ブンゴンが勝手に見上げてるんじゃないの?」

「見上げてる?……ごめん、ちょっと意味が……」

 文吾は理解できなかったが、卜部がフォローにまわる。

「真弓が言いたいことは、天宮が見下されているって見下しているってことよ。色眼鏡で見られていると思ったら、気が付いたら自分も周りの人間を色眼鏡で見ていた。……つまりは因果応報、自業自得。とにかくリーゼント止めろってそんな話でしょ?」

「……うん。……最後、何言ってるかわかんなかったけど」

 伊佐は小さく頷き、さっきまでの元気はなくなっていた。

 文吾は伊佐の的を射た反論に言葉が出なかった。

「ブンゴンがそういう気持ちで皆を見ているから友達ができないってか、皆が寄って来ないんじゃないかな。……私たちもそんな風に見えてるの? 不良ってだけで見下しているように」

 そういうような考えを持っていなかった文吾にはただただ盲点だった。

 見下されているって見下している……今まで気付かなかった。考えもしなかった。俺にそんな気持ちがないって言ったら嘘になるだろう。見下している奴とダチになれるわけがねぇ……俺ってカッコ悪。

 自分で言った言葉がブーメランのように自分に返ってくる。言い返す言葉も見つからなかった。

「自分が見えてなかったわ。これから気を付ける……ありがとな」

 文吾は優しく笑みをつくり、伊佐の頭を撫でる。その下で伊佐の表情は嬉しそうにえへへと笑っていた。

「見下すということは決して悪いことばかりではないわ。自分に強い自信があってこそできることよ。そして高い所に居なくてはできないことよ。まぁ、昔から馬鹿と何は高い所が好きということが決まっているわ」

「良い話をしてそうで俺を貶してんだろ。煙好きのバカって言いてーのか? それにぼやかすところ間違えてる。せめてバカの方にぼやかしてくれ」

 文吾は早口でツッコむ。

「ツッコミが多いわね。一行でまとめなさいよ」

「無理言うな。ボケが多いんだよ!」

「私はただ、昔の人はちゃんと的を射ていると言いたいのよ」

「その言葉を言う時点で俺を見下してるから、卜部が一番高いとこにいるわけだ」

「それはしょうがないことだわ。下界にいる下々の人間を見るには、下を覗き込まなくては見られないもの」

「お前は神様か何かか?」

「いいえ、咲様よ」

「ねぇ、ブンゴン」 伊佐が文吾の耳元で大声を出す。

「何だよ、急にうるせーな」

「友達になろう!」

「さっきまで散々渋ってたくせに」

「なろうよ~、なろうよ、友達になろうよ~。ブンゴンとさきっちょが仲が悪いのが悪いんだよ」

 伊佐は文吾の肩を大きく揺らす。

「わかった。なるから、デンプシーロールは止めてくれ」

「じゃあ、ほい」 伊佐が右手を差し出す。

「ん? 何、その手?」

「握手!」

「ハズい」 文吾は渋い顔をして嫌がる。

「安心して、あなたたちは充分恥ずかしいから」

「うるせぇよ、黙ってろ」

「さきっちょ、手~出して」

 卜部は伊佐の言うとおりに挙手する。

伊佐は躊躇している文吾の手を素早く取り、引っ張りながら机に身を乗り上げて卜部の手を掴む。

「私たち、これで友達~」

「何で私まで?」

「いいじゃん、さきっちょ。友達の友達は友達ってことで」

 伊佐はイシシッと笑う。

 卜部は小さくため息を吐き、諦める。

「それでは一つ条件があるわ。天宮はトサカ禁止ね」

「何で?」

「見ていて吐き気がするわ。もしくはモザイクかけて」

「俺の魂は汚物か! 確かに漫画だとうんこみたいな形に書いちゃうことあるけど」

 このことに関して特に意味がなかった。完全に卜部の腹いせである。

「そういうことで今日はお開き」

「勝手に締めんな」

 卜部は言い放ち、読んでいた本を片付ける。伊佐も手伝っている。

「そういや部長は卜部なのか?」

「ええ、そうよ。部長の言うことは……」

「絶対!」 伊佐が大きく拳を振り上げる。

「男子はトサカ禁止」

「王様ゲームのノリで言うな」

「これからも部長権限でこき使ってあげるから。犬になりなさい」

「ぜってぇ嫌!」 文吾は中指を立て、舌を出す。

 ヒカル先生はこのボランティア部を学校の犬と言った。文吾はその部活で犬と言われた。スクールカーストとは無縁だった文吾は最下層に躍り出た。

「そこはありがとうございますでしょ」

「あんたはドSかもしれないが、世の中すべてSかMだと思ったら大間違いだぞ」

「そんな考え方してないわ。……世の中は二つに分けられる。私と私以外の道具よ」

 卜部は不敵に笑う。

「本気でそう思ってんか? そうなら超怖ぇよ」


~ ~ ~


 翌日、文吾は洗面台の鏡とにらめっこをする。

 髪を下すのは好きじゃねぇんだよな。似合ってねぇし。前髪が目にかかる感じとか、拒絶反応を起こして反吐が出そうだ。

 文吾は昨日に卜部の言われた通りリーゼントにしなかった。

 リーゼントをセットしなかった分、朝は時間に余裕ができた。文吾はいつもより早く登校すると、学校がなんだか騒がしい気がする。

校門あたりで昨日見た朝から元気な寝癖がついている茶髪のショートヘアとそれにじゃれつかれてサイドテールを揺らしている背中を見つけた。

「私は何で朝から学校に通っているのかしら?」 卜部はふらふらと歩く。

「それは哲学か何か?」

「国は私みたいな低血圧の人間を考慮していないのよ」

 卜部は足がもつれながら、もたもたと歩く。

「低気圧ガールってことか。確かに一理あるかも」

「でしょ」 卜部は朦朧な意識の中、伊佐から賛同を得る。

 ツッコミ不在でボケが入り乱れる。

「ふらふらだね。おんぶしてあげよっか?」

「お願い」

 血液が頭まで回っていないためか卜部の言動がいつもと違う。

「ヘイ、カマンガール」

 伊佐はリュックを前にぶら下げて中腰になる。腕を背中に回し腰をたたいて卜部を呼び込む。

卜部は小さく頷いて伊佐の首に腕を絡ませ体を伊佐に預ける。

「よう、朝っぱらからお盛んだな」

「「……」」

 伊佐と卜部は振り返るも返事がない。赤の他人を見る目で文吾をじろじろと訝しむ。

「昨日会って、もう忘れたのかよ。」

 せっかく声をかけてやったのに返事もないのかよ。……わかった、面白がって『もしもボックスごっこ』をしているのか。きっと設定は『俺がいない世界』とかかな?

 二人は文吾の全身を見る。ウォレットチェーン、右手のリストバンド。卜部は文吾の前髪を上げる。ハッと思い出したかのように互いの顔を見つめる。

「天宮!」「ブンゴン!」

「マジで忘れてたのかよ。ちょっと人間不信になっちまうぜ」

「人間不信ってこっちのセリフよ!」

「知るか」

「何で私、真弓に背負われているの?」

「知るか」

「ブンゴン、超イケメン」

「知る――ハ? 何言ってんだよ」

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