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十 君にジュースを買ってあげる♡

十 君にジュースを買ってあげる♡


 三時四十分、授業が終わるチャイムが鳴り桜丘高校は放課後となった。

 文吾はとりあえずボランティア部の部室へ向かった。その途中の階段で伊佐と卜部が立っていた。

「よぉ、こんな所で珍しいな」

「今日は部活動をしないでそのまま帰るわよ」

「マジ、ラッキー。ほじゃ、さいなら」

「その前にすることがあるでしょうが」

 体育館裏に行くと鼻血で倒れた熊田京子の子分が立っていた。

「何でいんの?」

「ブンゴンが来るのを待ってるんだって」

「昼休みから?」

「うん、休み時間ずっと」

「え~、ほっとこうぜ」

「自分が蒔いた種くらい自分で刈り取りなさい」

「卜部がさせたんだろうが。刈り取るくらいてめぇがせーや」

「却下よ。きっとあの人は天宮に弄ばれたと知って人間不信に陥ってまた一人引きこもりになっていくのでしょうね」

「うっ、うっ、ブンゴン今ならまだ間に合うよ。助けてあげて」

「疲れた。もう止めようぜ」

「苦しい疲れたもうやめたでは人の命は救えない by北岡洋志」

「誰だよ」

「海上保安庁特殊救難隊初代隊長」

「そんな事言ってまた変なことさせんだろ」

「今回は大丈夫よ。脚本・監督は真弓だから」

「イエイ」 伊佐がダブルピースをする。

「余計心配なんですけど」 文吾は嫌な予感しかせず苦笑いが出る。


~ ~ ~


 髪を下ろしたイケメン文吾が女子生徒の前に現れる。

「ごめん、ずっと待ってたんだね」

「うん」

「ずっと見てた。君を見てると胸騒ぎするんだ。その原因がやっとわかった」

「うん」

「……君には悪霊が憑いている」

「う――え?」

「だけどもう心配ありません。このブレスレットをすれば大丈夫。通常価格は二万九千八百円のところ、今だけ今だけ一万一九二〇円。まさかの七〇%OFF。イイクニゼロと覚えましょう」

 文吾が全て言い切る頃には彼女はいなくなっていた。

「ですよねー」 文吾は見上げると、涙で空が滲んだ。

「カーット! いやー、お疲れ―ライス。ブンゴン君、なかなか良い演技だったよ」

監督気取りの伊佐は文吾の肩をポンと叩く。

「さすが真弓ね。特に脚本が光っていたわ」

 スマホを持った卜部が陰から出てくる。

「まさかまた撮ったのか」

「何を言っているの? 私が盗撮するわけないわ」

「さきっちょ、後で私のとこにも頂戴ね」

「ええ、わかったわ」

「だから、堂々と嘘を吐くな」

「さぁ、帰りましょうか」

 三人は生徒玄関に向かう。

「なぁ、伊佐。あれ何とかならなかったのかよ」

「えー、チョー頑張ったんだよ。だってブンゴンの評判を落とさず、あの娘を心残りなくスパッと別れるいい方法だと思ったのに」

 伊佐はブーブー文句を言う。

「バカか。逆に変な噂がたつだろ。俺が霊視できるとか」

「ブンゴン、霊視できるの?」

「おい、話聞いてたか?」

「私のオーラの色は何色?」

「そうだな、お前のオーラの色はうんこだな」

「きゃはは! うんこってあのうんこ? 私のオーラ、うんこだってさきっちょ。ははは」

「喜んでもらって大変結構なこった」

 伊佐が急に真剣な顔をする。

「ブンゴン。口を思いっきし横に引っ張って文吾って言ってみて」

「ぜってぇやだ」 文吾は伊佐に中指を立てる。

「いいじゃん。いいじゃん」 伊佐が文吾の腕を揺らす。

 生徒玄関に着くと吉川遥が待っていた。

「いろいろ手伝ってくれたのにあんな事言っちゃってごめんなさい」

 三人は急に謝られて何の話と固まるが、吉川遥が女子トイレでの最後にキレたことだと理解する。その場にいなかった伊佐は理解できず、ポカンとアホ面になる。

「あのくらいのことは想定内だから気にしていないわ」

「ああ言われると想定してあれを言うとは、さすが卜部さんだわ」

「ちょっとくらい気にしてくれないと、逆に傷付く」

「この後用事でもあるかしら?」 卜部は吉川遥に尋ねる。

「いや、ないけど」

「なら丁度良かった。一緒に帰りましょう」

 校門でやたらに人だかりができていた。その中から聞きなれた声がした。

「君、AKBの誰かに似てるって言われない? え? 俺? 誰がエグザエルのTAKAHIROだっつーの。よく間違えられるけど、元イケメン美容師じゃないっつーの」

 文吾は気付いた。チャラい声、内容がない会話、いつもと同じ口説き文句。江良聡である。

「お、文吾! 良いとこに来た。今から二・二でコンパしようって話になったんだよ。だから来い」

「その前に色々と俺に言うことあるだろ」

「髪型変えた?」

「いつもと違うけど」

「ここに来た説明だ」

「私が呼んだのよ」

「何で?」

「この二人を家まで送ってもらうのよ」 卜部は伊佐と吉川遥を指差す。

「じゃあ、ブンゴンとさきっちょは?」

「デートよ」

 文吾と伊佐は急に言われたことで驚き、卜部を見る。

「ズルい! ズルい!」伊佐は地面に転がり子供のように駄々をこねる。

「安心しろ。冗談だ」 文吾はすぐに嘘だと見破る。

「え? ホント?」 伊佐は駄々をこねるのを止め、パァと明るい顔になる。

「いいえ、本気よ」

「ヤダ! ヤダ!」 伊佐は地面に伏せ泣きじゃくる。

「真弓、これは必要なことなの。わかって」

「うん、わかった。だって最後の秘密兵器まゆゆだから」

「真弓、あそこのお兄さんに何か奢ってもらいなさい」

「うん、わかったー。エラサー、ゴールドバー買って」

「ん? 何それ? 新しいアイス?」

「んーん、こんくらいのピカピカの金の塊」

「延べ棒かよ」

「延べ棒って美味しい?」

「食べたことないからわかんない」

「食べたことないものより美味しいクレープ奢ってあげる」

「うん、一理ある」

「納得しちゃったよ」

「よし、行こう!」 聡は伊佐と吉川遥の手を引いて歩き始める。

「じゃ、俺も」 文吾も流れで違う方向へ歩き始めた。

「あなたは違うでしょ」

「早く行かなきゃ、レディスフォーに遅れる」

「あなたみたいな不良が見ているわけないでしょ」

「あ、違った。哲治にご飯あげなきゃ」

「そんなのいいから行きましょうか」

「哲治が腹ペコで待ってるつーのに」

「哲治って何なのよ?」

「リクガメ」

「なんで打撃の神様と同じなのよ。紛らわしい」

「知らん。親父が名付けたっぽい。デートって何すんだよ」

「さぁ……江良に聞いてみてよ」

 メールで尋ねるとすぐに返信が来た。

「女の子が行きたい場所に行くことだってさ。どこ行きたい?」

「ジブリの森」

「うん、無理」

「知っているわ」

「じゃあ、何故聞いた?」

「もしかしたらがあるかなと思って」

「そんなもしかしたらねぇよ」

「私もヤフー知恵袋で聞いてみたら、おしゃれな雑貨屋巡りって返って来たわ。雑貨屋をうろちょろして何が楽しいのかしら?」

「俺に聞くな。ジブリの森は無理だけどさ、確かららぽーとにジブリの店があったよな」

「ええ」

「とりあえずそこ行こうぜ」

「そうしてみましょうか。そこに行けばあなたの不良も浄化されるかも」

「ジブリにそんなご利益があんのかよ」


~ ~ ~


 ららぽーとに行くまでの間、文吾と卜部は終始無言であった。

「ららぽーとに着きましたけど――」

 文吾は入り口前で立ち止まり、ららぽーと全体を見上げる。卜部は立ち止まらず、そのまま中へ入っていく。

「てどこ行くんだよ。むやみやたらに歩き回ると迷うぞ」

「それはあなただけでしょ」

 伊佐は目移りすることなく少し早足気味でららぽーと内を進む。文吾はそれをただただ駆け足で追いかける。気が付くとどんぐり共和国なるショップの前に辿り着いた。

「いらっしゃいませー。あ、咲さん、いつもありがとうございます。良いの入荷してますよ。今日は珍しいですね。男の子を連れて。しかもかっこいい」

「いいえ、何かの間違いです」

「え? お得意様なの?」

「何か悪い?」

「いや、悪くないけど、意外だなと思って。さっきもジブリの森って即答するあたり相当好きなんだな」

「ええ、好きよ」

 文吾は卜部がすんなりと答えたことに驚く。

「どうしたのよ、急に」

「プライベートなことはあまり言わなさそうな奴だから、びっくりした。いつもならシカトぶっこく所なのに」

「ジブリは人を純粋無垢な子供に戻すのよ」

「似合わねー」

「それにジブリの前では嘘はつけないわ」

「どんだけ信仰してんだよ」

「しょうがないじゃない。宮崎駿が神様なのだから」

 卜部はそう言い、店内を巡る。文吾はその後を付いて行く。

文吾はキョロキョと見渡すと、子供や女子が好きそうなファンシーな店の雰囲気が自分と合っていないと知り居たたまれなく感じてきた。ふと見たことある英国紳士風の猫のフィギュアに目が留まる。

「お目が高いわね。天宮」 卜部が後ろから話しかけてきた。

「急に話しかけんな。びっくりするだろ」 文吾は慌てて振り返る。

「その子はジブリで珍しく二作に登場するのよ」

「あれだろ、チャーチル一世」

「何それ、本気で言いているわけ? この子はフンベルト・フォン・ジッキンゲン男爵。通称、バロン。一作目の耳をすませばに人形として出てきて、作家志望の月島雫に気に入られて彼女が初めて書いた物語『耳をすませば』に主人公のモデルになったのよ。二作目の猫の恩返しはその月島雫が七年後に書き上げたっていう設定のスピンオフ作品よ。ちなみにドイツに生き別れた恋人ルイーゼがいるわ。彼が淹れる紅茶は――」

 文吾は長くなると察して卜部の話を途中で遮る。

「スゲー好きなのはわかった。だけどもうお腹いっぱいなんですけど、卜部さん」

「何も知らないあなたに教えてあげているのだからありがたく聞きなさい」

「どんな説法だよ。ただ自分が話してーだけだろ」

「あら、気付いちゃったかしら」

「その素直さを何で学校で出してくれないんだよ」

 文吾はいつもの卜部より少し可愛く見えた。これがジブリの力なのかと思い知る。


~ ~ ~


 文吾と卜部は新横浜駅の近くの大きな公園のベンチに座っている。

 文吾と卜部は店を後にし、ららぽーと内を散策して公園に来たが、文吾は気まずくなり缶ジュースを買いに立つ。

文吾はららぽーとでの卜部の様子を思い出した。卜部は、どんぐり王国は行きつけのわりに多くが初めて行く所ばかりだった。興味がある所以外は行かない。実に卜部らしい。それと同時に疑問が生まれた。

 吉川にはどういう風に感じたのだろう。大して興味があるように感じられない。卜部は吉川を助ける動機を部活動で先生の依頼と言った。卜部がいじめを嫌悪しているが、吉川がいじめられているというのは知ったのは調べた後からである。ヒカル先生の口ぶりである程度予測していただろうが、いつもの卜部なら冷たく切っていたと思う。

 いや、違う。ヒカル先生から依頼される前から知っていたのかもしれない。何の確証もない。ただの推測だ。それは卜部の口から聞くしかない。

 文吾は卜部が好きそうなロイヤルミルクティを選び、卜部の手に渡す。文吾は人一人分空けて座り、ドクターペッパーを飲む。

 卜部はスマホをいじりながら、話す。

「みんながデートをしたがる理由を少し見えたわ。好きな人と好きな場所へ行く。こんなに好きでもない人と行ってもそこそこ楽しいのだから、好きな人と行けば良い思い出になるわね」

「それがデートの神髄かもな」

「今度はあなた以外の人と行きたいわね。それにしても来ないわね」

「え? 何が?」

「お客さんよ。……もう来ているはずなのに。……もう少し泳がすつもりなのかしら。……そういえば、昼休みの時も少し遅かったわね」

 卜部はブツブツと何か考え始めた。

「だから、何の話だ。全くわからん」 文吾は煙草に火を点ける。

 卜部は二人の間を埋めるようにベンチに手をつき文吾に体を傾け近付く。上目遣いで見つめる。

「ねぇ、美里さんと付き合ってどのくらいになるの?」

「何だよ。急に気持ちわりー」

「教えて」 卜部は真剣な顔で言う。

「えーと、一年と半年くらい」

「ふーん、私が付き合ってと言ったらどうする?」

「何、言ってんだよ」

「本気――」

「バカなことを言うな。ほら、あっちから人がいっぱい来る。人前でするような話じゃない。ほら……熊田……京子が……来た?」

 文吾は自分で口にしといて驚いた。

熊田京子が聡と同じブレザーの制服を着た男子生徒を十人連れてやって来た。

「え? 何で?」 文吾は心の声がこぼれた。

「いらっしゃい、待ちかねて少し遊んじゃったわ」

 文吾は初めて卜部に弄ばれていたことに気付く。

「私、言ったわよ。『明日から気を付ける』って。ただ、今日気を付けるのはあなた達の方だっただけの話。デートなんて余裕たっぷりね」

「何を言っているのよ。わざわざ盛り上げた二人のムードを壊すため、わざわざこのタイミングで入ってきたくせに」

「何? 自分が誘ったみたいなこと言って」

「自分が罠に嵌めたとでも思っていたの? トイレの時だって、今だって、いろんなヒント出していたのよ。あなたみたいな賢いと思っている馬鹿を誘い出すことは簡単よ」

「じゃあ、今からそのバカに痛めつけられるのよ。誘い出したのはいいけど、準備が足りないんじゃないの?」

「準備しすぎたらあなた達がおっかながって、今みたいに出て来てくれないわ。そちらのモブはうちのモブンゴよりブンゴだわ」

「人の名前をうんこみたいに使うな」

「確か卜部っていったよね。じゃあ、その男子たちに代理戦争でもさせようか」

「ええ、いいわよ。じゃあ、何か賭けましょうか」

「じゃあ、土下座は?」

「良いわね」

 卜部も熊田京子も勝つ気でいる。文吾は卜部の自信はどこから来るのか不思議に思えた。

「え~、初耳なんですけど」

「ええ、あなたには言っていないから当然よ」

「他の奴らには言ってあるのかよ」

「ええ、大体。だから、あなたの彼女の弟を呼んで真弓たちを送らせたのよ。だからあなたも早く行きなさい」

 卜部は文吾の背中を思いっきり押す。

 文吾は前に出ながら、指で相手の数を数える。

「十人もいるのかよ」

「天宮!」

後ろから卜部の呼ぶ声で文吾が振り返ると、卜部は左手で右耳を触っている。

文吾は卜部が何故呼び止めるかが全く分からなかったが、卜部の動作で気付く。

右耳を反対の左手で触ることはまずない。これはサインだ。サインなのはいいけど……。文吾にはそのサインの意味がわからなかった。

伊佐と卜部は独自のサインで会話ができるほど種類が多彩である。しかし文吾が知っているサインは二つだけであった。さきっちょの言う通りと任せとけのサインだけである。その二つに当てはまらない。

卜部の性格上、負け戦をするはずがない。だが俺を無理矢理にケンカへ送り出した。卜部はきっと俺の強さを知ってて、こんな奴らは楽勝だと見込んだ。そうなれば行き着く答えは一つだ。このサインは、『頑張れ』のサインだ。

文吾はウインク二回と親指を自分に立てる任せとけのポーズを卜部にし、ケンカ相手となる十人の男子生徒の方へ体を向ける。

「じゃあ、一人ずつ相手してやる。だから順番に来い」

 文吾は両手を広げ、男子生徒を誘う。

「え? それ本気で言ってるわけ?」

「大マジですけど」

馬鹿な奴が馬鹿なことを言っていると男子生徒たちはケラケラと笑う。

「タイム、天宮ちょっと来なさい」

 卜部は音もなく文吾の後ろに近付き、腕を引っ張って男子生徒と距離をとる。

「女子に尻に敷かれてるし」 さらに男子生徒たちに笑いが巻き起こる。

 卜部と文吾はしゃがんで小さくなり、ひそひそと作戦会議を始めた。

「天宮、何をやっているのよ。監督のサインを無視するバッターがどこにいるのよ」

「あれは頑張れのサインだろ」

「時間を稼げのサインよ」

「じゃあ、なんで背中を押したんだよ」

「あそこで私がやる気を見せないと不自然になるわ。相手の流れに乗った上での時間稼ぎをしてと言ったのよ」

「難しいこと言うなよ。そんなんしなくても勝てるっつーの」

「あなたの作戦こそザルだわ。相手が行儀良く待ってくれると思っているわけ」

「待ってくれたらラッキーくらいにしか思ってねぇよ。あんな雑魚、乱戦になっても余裕だ」

 文吾はそう言い立ち上がり、男子生徒に近付く。

「お、タイム終わった」

「余裕たっぷりだな。順番決めたか」

「ケンカする順番なんてテキトーでいいだろ。一発で決まるし」

「バーカ。誰がケンカの順番なんて言った。やられる順番の話だよ。何なら二人ずつでもいいぞ」

「コノヤロー。人を馬鹿にするのもいい加減にしろよな」

 数人の男子生徒が文吾の言葉に苛立ち、一歩前に出た瞬間。

「お嬢! お待たせしました」 金髪のヤンキーが卜部に駆け寄ってきた。

 文吾は聞き覚えがある声が聞き、振り返ると達也がいた。

「え? 何で達也が?」 ただただ達也の存在に驚く。

「遅いわよ。何をやっていたのよ。小田切」

「あの金髪、それに小田切達也って。西工の小田切じゃね?」

 男子生徒たちは達也を知っており、怯む。

「あれ? もうやってんの?」 ゆっくりとロン毛のチビが文吾に近付く。

「千尋まで何しに?」 文吾は情報処理が追いつかずキョトンとする。

「いやさ、あいつに呼ばれて」 千尋は卜部を指差す。

 文吾は卜部の自信満々だったのも時間を稼げというのもこの二人を呼んでいたからと察した。

「文吾! お前、お嬢に危険な目に遭わせるようなことしやがって!」

 達也は文吾の胸ぐらを掴む。

「いやいや、俺じゃない。むしろこいつが火中の栗を拾いんだよ」

「何、わけわかんねーこと言ってんだよ。どこにも栗なんてねーじゃねーか!」

「バカか。例え話だ。てか、お嬢ってなんだよ」

「見ればわかんだろ。咲さんは高嶺の花のようなお嬢様だからだろうが!」

「わかんねーよ。土下座マッチをするお嬢様がどこにいんだよ」

「土下座マッチって何だよ!」

「そんなことより早くしなさいよ」

 いつまでもグダグダとしている文吾らを見かねて卜部が怒る。

「はい!」 達也は笑顔で元気良く返事をする。

「三人に増えたところで十人に勝てると思っているわけ」

 熊田京子はヘラヘラと笑う。

「さぁ? ただ本人たちは勝つつもりらしいわ。黙って見ていなさい」

 卜部は文吾、達也、千尋のケンカの強さを知っているらしい。

「おい、文吾。どういうことだよ! 聞いてたのと違うぞ」

 千尋が急に文吾に怒り始める。

「どうした? 雑魚でも不足はねーぞ」

「どーしたじゃねーだろ。もう少し多いって聞いたぞ」

「そっちかよ」

「……十人だから、五千円。まぁ、許してやる」

 千尋は文吾の指摘も聞かずに男子生徒に向かって大声で話す。

「おーい、おめぇら。わざわざケンカしてやるんだから、負けたら罰金として五百円ずつ徴収するからな」

「それは罰金じゃねー。強盗と言うんだ」

「だけどよ、数が合ってねーぞ。十を三で割ったら、二余るじゃねーか」

「金の勘定は出来て、この割り算は何で間違えるんだ」

「その数なら問題ねーべ。先に一人消せば数が合う」

 達也が文吾らに近付きながら、後ろから話しかける。そして文吾の肩をポンと叩く。

「だから、文吾すまん。先に消えてくれ」

「味方を消すのかよ。消すんだったら、あっちだろ」

 文吾は男子生徒らを指差しながら、徐に男子生徒の方に歩みを寄せる。

「小田切連れて来たからって調子乗んじゃねーぞ」

 一人の男子生徒が前に出てガンを飛ばす。

「やっぱ邪魔だな」 文吾は前髪を掻き上げる。

「あ、お前。あまみ――」 男子生徒は天宮文吾だと初めて気付く。

 文吾は言い切る前にハイキック一発でノックダウンさせる。

「ほら、これで数が合う」 達也と千尋に振り返りながら文吾が言う。

「もう一余ってじゃねーか」

「それは計算間違いだっつーの」

「何も言わずに蹴るって最低だわ」

「それがケンカだ。油断する奴が悪い。先手必勝って言うだろ」

「そうなんすよ、お嬢。こいつ、サイテーのヤローなんすよ。俺の獲物、手ぇ出して」

 文吾の一撃を見て、男子生徒は怯む。

「油断してんじゃないわよ。たった三人よ。さっさと囲めば楽勝よ」

 熊田京子が一喝し、残りの九人は焦って近くにいる文吾から襲い始める。

 文吾は九人を相手することになった。九人を一気に片づけられないと判断し、相手の様子を見ながら繰り出される拳や蹴りを軽々と捌いていく。

「ストップ! 俺らのこと忘れてんじゃねーべ」

 達也が一人の髪を掴み引っ張る。

「いでぇ!」 引っ張られながら達也を見る。

 他の八人も足が止まり達也に視線をやる。

そのまま達也は引っ張り倒し、鳩尾に瓦割りの要領で一発入れ仕留める。

「もう二人来な。来ねーなら俺が行くぜ」

男子生徒たちには先程の勢いを失う。

「アックスボンバー!」

 千尋は達也の反対側から駆け寄りながら一人にただのラリアットをかます。かまされた相手は上体を思い切り地面に打ち付けた。

「お、オラぁ!」 近くの一人が千尋に襲いかかる。

千尋は倒れた男子生徒の腕を取り、軽々とファイヤーマンズキャリーで持ち上げ、襲いかかる相手にぶん投げる。

二人の男子生徒は頭でぶつかり合い、重なったまま勢いよく倒れた。

「今、二人やっつけたから、俺はもう二人やればいいのか」

文吾はチラリと周りを見て自分に注意が向けられていないことに気付く。

「よそ見してていいのか」

 その瞬間、文吾は足刀、裏拳、飛び膝蹴りを連続で繰り出し、近くにいる三人の顎にピンポイントで当てた。三人は脳震盪を起こし崩れるように倒れた。

 残り三人は達也が正拳突き一発ずつで二人を、千尋が頭突きで一人を伸した。

千尋は人差し指と小指を立て頭上高く突き上げ、勝利の雄叫びを上げた。

「ウィィーー! 確か十人だったよな。一、二、三、四、五、六、七、八、九……あれ? 一人いねーじゃん。ま、いっか五千円いただきます」

 千尋は手を合わせた後、一人の男子生徒の財布から五千円札を抜き取る。

文吾は千尋の言葉に受け、急いで辺りを見回す。

「キャッ!」 卜部が悲鳴を上げている。

 文吾は考えるより早く体が卜部の方へと動いた。

 最初に倒された男子生徒と熊田京子が卜部に襲いかかる。卜部は手を前に出し抵抗するが、すぐに卜部の腕を押さえられ捕まる。

「こいつがどーなっていいの?」

 ジタバタする卜部の肘が偶然男子生徒の鳩尾に入った。

「何すんだ! このアマ!」 男子生徒は卜部を睨み、より強く押さえる。

「何すんだはこっちのセリフだ」 文吾は踏み込み、飛び上がる。

 文吾の声を聞き男子生徒が視線を戻すと、文吾は屈んでいる卜部を飛び越え足を前に突き出していた。

男子生徒は飛び蹴りを受け豪快に倒れていった。

近くにいた熊田京子は驚いて尻もちをつく。

文吾は着地しすぐさま卜部の方を向く。卜部は足が竦み地面に跪いていた。

卜部は目の前で今までに見たことない光景を目にし心臓がいつもより速く強く脈打つを感じた。

「大丈夫か」

「う、うん。何とか」

 卜部は何故か真っ直ぐ文吾を見ることが出来なかった。

「良かった」 文吾は卜部に手を差し伸ばす。

卜部は少し躊躇しながら文吾に手を伸ばす。文吾が掴み力強く引っ張り起こす瞬間、胸の奥が今までで一番大きくトクンと鼓動した。

「何、手ぇ出しとんじゃ、コラ!」

 卜部に手を出した男子生徒は倒れた後も、達也にマウント状態でタコ殴りにされていた。

 卜部は理解不能の動悸で少し調子を崩すも、膝に付いた汚れを手で払い落とし大きく息を吸い込んで気持ちをリセットし、熊田京子を見る。

「十人もいて、二ページも持たないなんて本当に雑魚だったのね」

「こいつ、どーすんの?」 文吾は熊田京子を指差す。

「まだ、手は残ってるんだから」

 熊田京子は立ち上がり少し距離をとり、携帯電話で誰かに電話をかける。

「さきっちょ~! だいじょぶだった?」 伊佐が卜部に抱き付いて来る。

「どうして真弓がここにいるのよ?」

 男子生徒と同じブレザーを着た聡が後からゆっくりと来る。

「真弓ちゃんがブンゴン、さきっちょ、ブンゴン、さきっちょってうるさいから連れて来た。お、知らないかわい子ちゃんがいる」

聡は熊田京子を眺めながら尋ねる。

「遥ちゃん家の前にあいつら寄こしたの、アンタ? ……残念だけどあいつらは逃げたよ」

「お前んとこにも来たのか?」

「ああ、二人ばかり。口ばっかの先輩で弱かった」

「エラサー、超卑怯なんだよ。争いは良くないってコインのオモテウラで決めようっつっといてコインをピンって弾いた瞬間、パンチ、キックで倒しちゃったんだよ」

 熊田京子は吉川遥のところにも男子生徒を二人向かわせていた。しかし目論見は外れ、手の力が抜け耳元に置いている携帯電話を落とす。

「熊田京子。これに懲りたら、もう二度としないことね。あとあなたの安い土下座なんて見たくないから早く消え失せて」

 落とした携帯電話を卜部が拾い、熊田京子の手に渡す。

「何よ! 何よ! 何よ!」 

 熊田京子は涙を滲ませながら手に持った携帯電話を強く握り走り去っていく。

「あらら~、泣かせちゃった。けっこー好みだったのに」

 遠くに去っていく熊田京子を残念そうに聡が眺めている。

「卜部、これでホントに終わりか?」

「独自ルート調べでは、熊田京子の手持ちの駒は全て使い切った筈よ。それに流石にもう懲りたと思うわ」

「これにて一件落着」 伊佐が偉そうにふんぞり返る。

「お前何かしたの?」

「ブンゴンは見てなかったの? 陰に生き、陰に死ぬ私の活躍」

「もう少し明るい所に出てきてくれ。あと死ぬな。この寝てる奴らどーする?」

「暖かいから、風邪はひかないでしょうし、その内に目覚めるわよ」

「お~お~やられてんじゃん、先輩。お~い、起きろ」

 聡はバシバシと顔を叩いて目覚めさせる。

「え、江良」

「先輩、かっこわり―ことばっかしてっから痛い目に遭うんすよ。かっこわりーのは顔だけにしてくださいよ」

「見たか! これが江良親衛隊の実力だ!」

 伊佐はズビシッと指をさして決め台詞を言った。

 言われた男子生徒の頭の中にはクエスチョンマークしかなかった。

「こんな奴らいいから、帰ろうぜ。なんか腹減らね?」

 文吾は手をお腹に当てて歩き出す。

「臨時収入があるから奢ってやろうか。文吾、出口はこっちだ」

 千尋は反対方向を指差す。

「だったら、それ倍に増やそうぜ。こないだ良い台見つけたんだよ」

 達也はハンドルを捻る動作をする。

「無理だから、止めとけ」 文吾は達也を冷たい目で見つめる。

「そんなんより二・二の合コンなんだよ。これから」

 聡は腕時計で時間を確かめる。

「無理だから、止めとけ」 文吾は聡を冷たい目で見つめる。

「決めつけんなよな」

「お嬢たちはどーします?」

「遠慮しとくわ。近くに美里さんがいるらしいから、直接お礼を言いたいのよ」

「私はさきっちょと行くちょ」

「そうすか。残念です。じゃあ、俺もお供します」

「おめぇはこっちだ」 文吾は襟首を引っ張る。

 歩いて新横浜駅まで行き、男子組と女子組に別れた。


~ ~ ~


 七時五十分 文吾は自宅に着き、玄関を開けた。

「てでーま」

「お、文吾。丁度いい時に帰ってきた」

 玄関を開けると、目の前に父親の姿があり、文吾はビビる。

「今から酒を配達してくれ」 父親の野太い声が文吾に有無を言わせない。

 文吾の父親は祖父から続く酒屋を経営している。

「どこまで?」 文吾は怒ると鬼怖い父親に弱かった。

「大通りのおでん屋台をやってる内川さんってとこ」

父親は片手ずつに持っている瓶ビール一ケースと一升瓶二本を文吾に軽々と渡す。

「そこだけなんだろな」

「ああ、つり銭間違えんなよ」

「引き算間違えないっつーの」

 文吾はカブにケースを乗せ固定し早々と出発する。

 この時間の配達は珍しくないが、初めて配達する場所で十五分程かかった。

 四席しかない風情があるおでん屋台であった。面積的に酒を多く置いていないようで、在庫がなくなり天宮酒屋を頼ったようである。文吾は裏から行けば良いか表から行けば良いか悩みながら、とりあえず暖簾をくぐる。

「あ、申し訳ないんですけど、今満席で無理なんです」

 店主は文吾をお客と勘違いしている。

「お客じゃなくて、天宮酒屋っす」

「お、来たな。文吾!」

 ほろ酔いなヒカル先生が一升瓶を振り回して歓迎してきた。

「あ、ホントに来た」 伊佐がおでんの串で文吾を指す。

「親父さんじゃないんだ」 美里がはふはふしながら大根を頬張る。

 その隣で卜部はテーブルにうなだれている。

 何故あんたたちが……と思ったが、先に店裏で会計する。

「あのお客、あんたの知り合いかい?」

「一応」

「早く帰ってくれるよう説得してくれ。店が持たない」

「良いじゃないですか、繁盛して」 文吾は軽々しく言う。

 卜部以外の三人が文吾を急かすように文吾コールをする。ヒカル先生に関しては一升瓶を屋台にガンガンと打ち付けて拍子をとる。

 店主は物理的に屋台が壊れることの心配をしていた。

「そうですよね。お店、大事ですよね」

 文吾は店主の気持ちを察した。店裏を出て、もう一度暖簾をくぐる。

「あんたたちは何故ここにいる?」

「何故って見てわかんだろ。呑んでいるのだよ。呑んでいたら、酒がなくなったと言うから、知り合いの酒屋を紹介してあげたのだよ」

「あんたが元凶か。この組み合わせは何だ?」

「それはアタシの所に真弓ちゃんとさきちゃんが来て、立ち話でもなんだなと思っていたら、ヒカルさんと偶然会ってこの店を紹介してくれたの」

 確かに美里の所にお礼をしに行くと言っていたことを文吾は思い出す。

「今偶然と言ったが、偶然ではない。ラブコメの水脈を感じたのだよ」

 卜部がガバッと起き上がり、キョロキョロと見渡す。文吾を見つけ指差す。

「あ! あっくんに似ている人だ」

「誰?」 卜部がいつもの卜部と見違えるほどに変わっており文吾は驚いた。

「ひどい、咲ちゃんだよぅ」

 何だ? あのテンションの高い卜部は? 何だ? あのバカっぽい喋りをする卜部は?

「さきっちょは満月の夜になるとこうやってはっちゃけるのです。……嘘です」

 文吾は思考が追いつかなくなり、一瞬信じかけた。

「さきっちょは下戸中の下戸。ゲコゲコなのです」

「乾杯したらアタシのビールが少し制服にかかちゃって、それからこんな調子」

 文吾は今までの卜部とのギャップの違いに別人かと思うほどであった。

「ヒック。ほら、さっき言っていたあっくんに似ている人だよぅ」

 卜部はしゃっくりが出始め、少し呂律が回っていない。

「何それ?」

「なんかさっき文吾が咲ちゃんを助けた時、ときめいたんだって」

「ちっがーう。吊り橋効果で少しあっくんに似てるかもって思った話」

「ほら、ここ掘れわんわん。ここにラブコメディーが埋まっているぞ」

 ヒカル先生はゲラゲラと笑い、一番楽しそうにしている。

「そんなんいいから、お店の人が困ってるから早く出ろ」

「そんなんじゃないでしょ。彼女か、許嫁か、咲ちゃんか? 一番好きなの誰よ」

「そりゃ、彼女でしょ」 文吾は即答する。

 美里はウンウンと大きく頷く。

「私が聞いてるのとちっがーう。関係をフッラトにして、思い出もなくして」

「そこまで行ったら、ただの他人じゃん」

「あ、それアタシも聞いてみたい」

 文吾の味方だと思えていた美里は敵にまわる。

「関係も思い出もナシにしたら、外見と中身で判断しろっつーのかよ」

 文吾は三人の目を見ると、本気であった。本気には本気で返したい文吾であったが決められなかった。文吾の基準には容姿はほぼ含まれていない。基準となる順番として性格、相手をどれだけ想っているか想われているか、積み重ねられた年月である。

関係も思い出もなくした状態の今、性格だけで決めるのは難しかった。

性格には良し悪しがある。良い部分だけを持つ人間はいない。良い部分、悪い部分全てを含めて人間なのである。さらに主観的な好き嫌いが入ってくると、訳がわからなくなる。

こうなるとほぼ含まれないと言っていた容姿を基準にするが、全員レベルが高すぎて話にならない。

ここで文吾が回答を間違えると、リアル三國無双が始まる。

「みんな美人で良い奴だから決めらんねーよ」 文吾は正直に答えた。

「そこまで言うとこっちが恥ずかしくなるだろ」 ヒカル先生が照れる。

「あんたには言ってねー」

「そんな優等生の模範解答を聞いてるんじゃないよ」

「だってそうだろ。比べようがねーんだって。例えば、カレー、ラーメン、寿司を食べ比べろっつってるもんだよ。同じものなら上下関係はっきりできるけど、ジャンルが違うとむずい。カレー食いたい日もあれば、ラーメンを食べたい日もある。はたまた寿司の気分だって時も。どれもおいしいんだって」

「バカ舌がグルメ語ってるんじゃないよ」

「じゃあ、わかったわよ。今の気分でいいわ。答えて……」

 卜部はゆらりと立ち上がり、伊佐と美里の顔を見合わせる。

伊佐と美里は何かを察したように頷く。

「咲ちゃんとカレーを食べたいか?」 卜部は自分に親指を突き立てる。

「まゆゆとラーメンを食いに行くか?」

 伊佐は勢い良く立ち上がり、卜部と同じポーズをとる。

「アタシと寿司を食べるか?」 美里も勢い良く立ち上がり、以下略。

「私と焼肉に行くか?」 ヒカル先生以下略。

「「「「さぁ、どれ⁉」」」」

「……今の気分でいいっつったよな。達也たちと牛丼特盛を食ったから無理」

「うわ、ここで男かよ。本当にちんこ付いてんのか、こいつ」

「え? 何? 結局、達文ってこと? それとも、ちひ文?」

「牛丼も食べてラーメンを食べるんだよね」

「私のカレーが食えないのか」

「わかった。コンビニでスイーツ奢ってやるから、みんなここから出ろ」


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