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一 オープニング

一 オープニング


『天宮文吾、至急職員室に来い! ィキィィン』

 八月二十八日 夏休みが明け、桜ヶ丘高校の放課後に放送がかかる。フルボリュームの上に叫ぶからマイクがハウリングを起こしている。

 この放送の天宮文吾とは、進学校である本学校の一年生である。学業はまずまず、運動神経は抜群、目鼻立ちははっきりしておりイケメンの部類に入る。ここまではいたって普通である。

 ただ、容姿と素行が悪い。髪型はトサカのようなリーゼント、学生ズボンはは太めに改造されたものである。手首にはリストバンドやアクセサリーをチャラチャラと身に着けている。そして夏休み中の行いだけでも、他人には言えないようなバイト、族の集会、ケンカ等々。いわゆる、ヤンキーである。

 この学校だけで有名人というわけでもなく中学から有名であり、名の通った悪ガキであり、警察にとっては要注意人物でである。

 文吾は職員室に呼ばれた理由を考えていた。

 髪型か? それは朝で既に怒られた。

 制服か? 今は学ランじゃなくてワイシャツだ。アクセサリーも注意くらいで終わる。

 荷物か? 今日は持ち物検査を受けていない。

 夏休み中のことか? それはバレていないはず。

 今日の遅刻か? きっとそれだ。まだ怒られていないから、多分それだ。

 職員室に呼ばれた文吾は続々と出てくる悪事を考えながら、職員室と反対側にある生徒玄関に向かう。

 怒られると知って何故するか? きっと彼らは口を揃えて「大人が勝手に決めたことじゃん。俺らはしたいことをしているだけ」と言うだろう。

「怒られるってわかっていて行くわけねぇじゃん」

 文吾は心の声がこぼれる。

行かない理由は、面倒くさいからと一言に尽きる。

明日にでも『すいません。聞いてませんでした』とか適当に言ってやり過ごせばいいか。なんて考えていたら、玄関に着いてしまったから今日はこのまま帰ろう。うん、そうしよう……等と文吾は頭を巡らせながら下駄箱から靴を取り出し履き替える。

 外に出ると、校門前に誰かが仁王立ちしている。その人物は文吾を見つけ、声を荒げた。

「おい、そこのリーゼント!」

 長い髪を一つにまとめ前の方に流した髪型、きっちり決めたパンツスーツ、豊満な胸の前で腕を組んで凛々しく立っている。きれいな顔立ちをしており男子生徒女子生徒共に人気があり、生徒の生活指導を任されている三十三歳独身女性教員の真島光であった。

そのベッピンさんな顔の表情は、眉根を寄せ怒っている。ヒカル先生と一回り以上違う世代の言葉で表すなら激おこぷんぷん丸であろう。

 怒っている理由は、来いと言っているのに文吾が職員室に行かなかったからである。文吾は一目、いや半目でヒカル先生が激おこぷんぷん丸状態と理解した。

 ヒカル先生が自分を生徒玄関に待ち伏せしているという状況に文吾は恐ろしいことに気付く。

素直に職員室へ行かないと自分の行動パターンが読まれている……文吾は冷や汗が止まらない。今度から呼び出しを受けたら、生徒玄関を使わないと心に誓う。きっとその思考すら読まれているだろう。

 文吾はしばらく無視して歩いていると、ヒカル先生が文吾の道を塞ぐ。

「シカトぶっこくなよな、不良。今日も元気にドカンをきめたらヨーラン背負ってリーゼントか?」

公立の教師が一生徒を不良呼ばわりしている姿はPTAに見られたら問題になるだろう。ちなみに文吾はヨーランを背負っていない。

「何を言っているんですか? ジャスラックとか大丈夫なんすか?」

「スマン。完全に悪ノリだ。気にするな。ただ、パッと見でわからないドカンはいて、リストバンドと腰にチェーンぶら下げて、そのイカした髪型はリーゼントじゃないのか? ビーバップハイスクールなのか?」

「あ、そうでした。俺、リーゼントできめてきたんだった。いやぁ、思い出させてくれてありがとうございます。あとクローズ世代です」

 文吾は穏便に済ませようとヒカル先生を横からスルッと抜けようとする。ヒカル先生も文吾の動きに合わせてとことん道を塞ぐ。

「そうは問屋が卸しても、私が許さない。これから行く所があるんじゃないのか?」

「そうなんすよ。これから行くんすよ。家に」

「不良がそんなに早く帰るはずが な い だ ろ!」

 ヒカル先生は文吾の頭をリーゼントごと鷲掴みにする。そのまま頭を強く握りアイアンクローをかます。

「痛い! 痛い! 痛い!」

「当たり前だ。痛くなるように力を入れているからな」

 文吾はヒカル先生の腕を掴みなんとか抑えようとするが何ともならない。このままでは頭蓋骨が手の形で陥没すると文吾が覚悟した瞬間、ヒカル先生は頭を投げるように手を放す。

「ギャフン」

 誰も口にしないような言葉を口からこぼしながら文吾は地面に横たわる。あまりの痛さで涙目になり頭を押さえたまま、しばらく動けなかった。起き上がると自然とお姉さん座りになっていた。文吾……涙が出ちゃう。だってアイアンクローされたんだもん。

 すかさずヒカル先生は文吾を足蹴にする。

「気持ち悪いから、その昔のスポ根演出を止めなさい。おい不良、放送を聞いてなかったかね?」

 文吾は朝七時に起きてキメたリーゼントを手櫛で直しながら、素知らぬ顔でとぼけた。

「放送? なんすか、それ?」

「じゃあ、もう一回特別に言ってやる。天宮文吾、私に付いて来い」

 ヒカル先生は親指を自分に向ける。

「さっ――」 瞬間、文吾は言葉を飲み込む。

 さっきの放送と違うじゃんとツッコみたかったが、ツッコんだら放送を聞いていたということになり職員室に即連行である。危うく誘導尋問に引っ掛かるところだったと文吾は大きくフーと息を漏らす。

「チッ!」 ヒカル先生はひっかからなかったかと舌打ちを鳴らす。

 一難去ってまた一難。文吾はここで自分を天宮文吾と認めたら帰れなくなると思考を止めずにいた。その位置で左右、後方を確認する。

「天宮文吾は君の名前だろうが」 ヒカル先生は目の前の男子生徒を指差す。

 ですよねーと思うが、文吾は引き下がれない。引き下がれない戦いがここにある。今日は早く帰りたい気分なのである。

「違うっすよ。俺は山田太郎です」 文吾は右手を横に振っとぼける。

「それなら、今すぐ野球部に行け」 ヒカル先生はグラウンドを指差す。

「どんな偏見すか。帰宅部の山田太郎だって良いじゃないっすか? 全国の山田太郎に謝っ――」

 ヒカル先生は文吾が言い切る前にグーで殴る。さっき痛めたところにジャストミートし、文吾本日二度目のダウン。今回はすぐに立ち上がるも、他生徒にやったら失神するレベルだろう。

「体罰とかうるさい現代でゲンコツですか」

「これで思い出しただろう。君の名前は天宮文吾だ。……そうだろう?」

 文吾の胸ぐらを掴み、グイッと引張り込みながら睨む。

「……そんな名前だった……かな?」 文吾は目を逸らす。

「素直でよろしい」

 認めてしまった文吾はひたすらツッコミを入れてしまう。

「叩いて直るとか、俺はブラウン管テレビと同レベルということか? 今のご時世、テレビも生徒も薄型で叩いちゃいけなんすよ」

「ゆとり世代のはみ出し者が何を言う。君には関係ないだろ」

 ていうか、『この人には』が正しいだろ。この人、こんな進学校にいて良いのか? もっと別な所があるだろ? ヤンキー、母校に帰れよと文吾は視線を送る。

 ヒカル先生の手は文吾のワイシャツをまだ掴んで放さない。

「何か不満そうだな。それと文吾、何か言うことないのか?」

「髪切りました?」 文吾は笑顔を作る。

間髪入れずにヒカル先生の頭突きが入る。

「切ってない」 

「冗談が通じねぇなぁ。だけどなんか雰囲気が違うから、二、三歳若く見えましたよ」

「きっと誰かが私を怒らせて細胞が活性化したんじゃないか?」

「三十オーバーは変わりないですけど。ははは」

「ははは」 文吾が笑うと、真島先生も笑う。

 笑顔のままヒカル先生の膝が文吾の鳩尾をピンポイントに捉え、文吾はグッタリとヒカル先生に身を預けた。ヒカル先生は前屈みになりながらも、文吾を倒れないように未だ手を離さない。

「じょーくじゃないっすか」

 文吾の口から涎が垂れ、元気のないツッコミを入れる。

「で、何か言うことは?」 ヒカル先生の顔は依然と笑っている。

「……御足労、御手数掛けてすみません」 文吾は白目を向く。

「よし、付いて来い」 ヒカル先生は文吾を地面に投げ捨てた。

 ジャケットを格好良く翻してヒカル先生は倒れている文吾をお構いなしに校舎に向かっていく。

 やべぇ……カッコイイ背中、惚れちゃう。

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