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女剣士アリス・ヴァンの冒険譚  作者: こかとりす
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幕開けの一戦 2

 

 

 旅を続ける家無し娘に必須な物は何だ?  

 私アリス・ヴァンはその自問にこう答える。間違いなく金だ。

 まぁ、この時代に人として生まれた以上、金はあらゆる物事に等しく不可欠なものだが、今の私は人一倍に金銭の必要性を実感している一人と言えるだろう。

 よく金銭問題に陥る私に、知り合いは商人や夫婦めおととなって身を落ち着けろ言うが、私の心は安寧を欲していない。

 


 目的地である王都への道中は予想以上に長かった。

 膨大な道のりの他、様々なアクシデントが旅路にはつきもので、当初の見込みであった一月ではとても着きそうになかった。

 予想を裏切る長旅が続けば色々と問題が出てくもので、――そして、冒頭の自問へと戻るわけだ。

 体力や気力は減るものじゃないし、自分次第でどうとでも保てるから良いとして、問題は金、これに尽きた。

 じゃらじゃらと景気の良い音を鳴らしていた私の財布は、徐々に寂しさを感じさせる音色となり、今では衰弱した小鳥の様に弱々しくなっていた。つまり、底を尽きかけているのだ。

 これは非常に困る事態だった。まぎれもなく死活問題だ。

 とっくの昔に手の届かない贅沢となった『小竜のステーキ』と、『女王蜂クイーンビーの蜂蜜酒』は置いておくとして、このままでは週に一度の贅沢でもあるスイートロールまで諦めなければならなくなってしまう。

 それだけはなんとしても避けたかった私は、ちょうど近くまで来ていた海瓏平原の最北部にある、平原の入口と呼ばれる小さな村『リリズヒル』へと立ち寄った。

 

 この時世、どの様な小さな、または辺境の地にあったとしても大抵の村や町には、自警団体の他に、国にって設けられたギルドと呼ばれる機関が備わっているものだ。

 その機関には種類がある。

 その一つは戦士ギルド。最も大きな規模で展開されているギルドで、今しがた国に依って設けられているとは言ったが、このギルドに関してはそれは最早過去の話しで、今や国の干渉を受けない中立的立場を確保した一大勢力となっていた。

 

 傭兵の様に人間相手に剣を振るう訳でもなく、国に徴兵を強いられることもない戦士達が集うギルド。

 昔から変わらず、現在に至るまで愚直に担い続けてきたその役割とは――魔物の討伐。

 

 魔物から得られる素材を利用して作られた武具の質は鉄や銅、黒檀すらも凌ぎ、武具だけに限らず、魔創石を利用した魔導器具、兵器など様々用途に用いられ、今では人類にはなくてはならない戦力の一つ、または生活の助長として深く根付いていた。

 これが戦士ギルドの世界における立ち位置を決め、国をも認めさせている大きな理由だった。

 他にも、魔物の領域である危険指定地域に踏み入り、貴重な資源を持ち帰ったり、また同地域に向かう必要のある要人の護衛であったりと、様々な役割を依頼として受けるのだが、世間一般 戦士ギルドの活動内容は? と聞かれて、まず思い浮かべるのは魔物の討伐。この一言に尽きるのは間違いなかった。


 その他には、世界の未開拓地を自らの足で切り開き、経験をもって白い地図に色を塗る冒険者ギルド。

 魔物の体内で生成される魔力と呼ばれる力の解析に全霊を注ぎ、太古に失われた古代の力『魔法』の復活を主な目的とした魔術ギルドなんかがあるけれど、正直、私にはよく分からない団体だ。


 戦士ギルドに詳しいのは当然である。

 私もギルドの一員なのだから。


 リリズヒルはとても小さな村だったが、それでも戦士ギルドは すぐに見つかった。

 この村で一番大きな建物の入口に、盾の前面に剣と斧がつがいを描くシンボルが目に付いた。

 戦う者の証。戦士ギルドの紋章だ。


 ギルド内には大抵酒場が備えられており、様々な防具と得物を持つ個性豊かな剣士に戦士達が、喧しい賑わいを見せていた。

 

 多くの人が私に複雑な視線を向けるのはいつものことだった。

 色欲と畏怖が混じりあった男性の目線。化物でも見るような失礼な目線。

 ツヴァイハンダーに目を当て驚愕が顔に出ている者もいれば、瞳をキラキラと輝かせて私を見る者もいた――酒場のカウンターで受付をする女の子だった。

 

 クエストボードに貼り付けられた依頼を一見して、一番高額な報酬金額が記された紙を引き剥がす。

 自分のギルドランクさえ足りていれば、どんな内容のクエストであろうが受注は可能だ。

 幸い、どのクエストも現在の私のランク『蒼霊印』を下回るものばかりだった。

 

 クエストレベルは辺境の地にあるギルドにしては難易度は高く、受けるのに必要なランクは『地霊印』。私のランクの二つ下だった。


 「ここ、これ受けるんですかぁ!?」

 

 私が依頼書をカウンターへと持っていくと、悲鳴に近い叫び声を受付の女の子はギルド内に響かせた。

 とても五月蝿かった。ここが都の図書館なら、間違いなく30年間の出禁を喰らっていたところだろう。

 まぁ、幸い大半のギルドでは同程度の叫び声やら怒声やらの大音声だいおんじょうは、日常茶飯事なので誰も気にした様子は見られないが。

 

 「そうだけど、何か問題でも?」

 

 私は淡白と問う。


 「いやいや別に、問題は、んー。ないんですけど。この村にこのクエストを受けられる人なんて殆どいなかったものですから」


 確かに、『地霊印』ともなれば受注できる者の限られてくるだろう。

 ギルドランクは最初は黄印、緑印、青印、紫印、赤印の順に色で位が付けられており。

 次に、地霊印、風霊印、蒼霊印、蛇霊印、竜王印、天老印と聖霊の文様になぞられ上がっていく。


 中でも赤の壁と呼ばれる色印 最後の赤印から、地霊印へとランクアップを図る条件は非常に厳しく、大半のギルド員は赤、か それ以下で打ち止めを喰らってしまうことで知られていた。


 私も当時を思い出す。

 確かに、赤印から地霊印へと移る際の条件はそれまでの難易度と比べて格段に増していた記憶がある。

 自分の限界を感じ、心折れる者が後を絶たないと聞くのも頷ける内容だった。

 赤の壁を突破できた者とは、ある種の才能を持つ天才のたぐいか、または相当な実力を身につけたの修練の士――どちらにせよ、地霊印以上は実力の約束された本物の戦士だと言うことだ。

 

 実力のある本物の戦士……か。

 ある種の後ろめたさを感じずにはいられない。

 天才の類でもあければ、血の滲む様な努力をしたわけでもない私には、その戦士を名乗る資格があるのだろうか。

 


 「…………」


 卑怯者――と、喉まででかかった呟きを飲み込んだ。

 



 クエストの内容は、海瓏平原の最西端にある第四位危険指定地域『魔境平原』付近で とある調査を行うことだ。

 それも緊急依頼と赤字で念押しをされていることから、この地方を管理する大国『ルーンヘルム』の国防機関から直々に出されたものだと言うのが分かる。

 恐らく、この村以外にも このクエストは数多く出回っている筈、か、それか期限が近づけば、国の方から騎士団が派遣されることになるだろう。

 つまり このクエストにおける期限とは、騎士団の遠征準備が整うまでの時間稼ぎと言う意味合いも含まれているに違いない。


 「これ赤字の依頼書だけど、私以外にクエストを受けた人の連絡は入ってる?」

 

 この村以外で同内容のクエストを受注した者がいれば、クエストを張り出されている各ギルドに連絡用の魔導器具を通して通達が届けられる筈だ。そうなると、もしも連絡の時間差の問題で受注した者がカブったとしても、報酬金の問題で最初にクエストを受けた者以外の契約は無効となる。


 その辺の事情の有無は、受付がしっかりと説明をしてくれるのだが……先ほどから私にキラキラした眼差しを送る、落ち着きの無い受付を見て、無性に不安になったので聞いてみた。


 「は、え? いやぁ、そんな連絡は届いてないですねぇ。えーと、アリスさん以外に まだこのクエストを受けた人はいませんね。なにしろ昨日の日付が変わる頃に提示したものですから」

 

 ペラペラと台帳をめくりながら、受付嬢は答える。

 大丈夫そうだ。


 「でも、地霊印のクエストってかなり危険ですよ? ……ソロで受けるのは流石にぃ――」


 心配してくれているようだ。

 確かにソロで依頼を受ける人物は少ないだろう。

 どんなに低ランクの魔物を相手にするにも、人数を募るに越したことはない。

 人数が多いほど一人当たりの報酬が少なくなるのは仕方がないことだが、自身の生存率が上昇すると言うメリットに比べれば、詮無き事だからだ。

 なにしろ、どんな低ランクの魔物にしても、魔物の中に弱い物など存在しないのだから。

 ソロで魔物の領域へと赴く者など、命知らずの馬鹿か、相応の実力を備えた孤高の戦士くらいのものだ。


 それに例えられるなら、恐らく私は前者だろう。ただの意地っ張りで、運が良いだけの戦士に違いない。


 「心配ない」


 それでも私はソロで魔物と対峙する道を選ぶ。


 「でもでも、その綺麗なお顔にもし傷でもついたら――」

 

  ――は? 随分と心配してくれているようだ。

 大概ギルドの受け付けと言えば、亡骸の様に無感情であったり、嫌われているのではないかと思うほど事務的である者が多い。必要以上に戦士達に関わろうとしないのが常とされていた。

 戦士とはいつどこで死んでもおかしくない命を張る所業を生業としているのだ、死と隣り合わせの者達と友情を築いてしまえば、何かと辛い感情に苛まされる事は分りきっている事である為、受付けに拘らずギルドの役員は淡々とした性格の者が多いのだ。

 希に、逆にそうであるからこそ明るく振舞う役員もいるのだが、そう言う人達は天使だと私は思う。うん。

 しかし、目の前のこの子は……少し、違う気が、うーん。



 「ありがとう。でも私は今までずっと一人でやってきたから――」

 「いやいや、絶対にお連れを募った方がいいです! 一人はホントやめた方がいいですって! 最低でも30人っ! それもアリスさんを囲む様な陣形でっ!」


 私の言葉を遮ってまくし立てる彼女。一体どうしたと言うのか。

 

 100人前後の人口の村にある小さな戦士ギルド。どれだけの戦士が滞在、はたまた戦士として暮らしているのかは知らないが、地霊印クラスのクエストを受けられる者が30人も居るとはとても思えないし、そもそも何故、この子に渋られているのかが果てしなく謎なのだが。……それにその陣形だと私の起動性が殺されているのだけど。


 「……いや、私には一人の方が何かと都合がいいから……」

 「いやいやいやいやダメですって! やばいですって!! 考え直してください! いや考え直しなさい! ソロなんて死に行くようなものですよ!? この村でソロ専なんて無謀な挑戦する人は一人もいませんよっっ!? 馬鹿なんですか貴方はっ、勇者でも目指してるって言うんですかっ!? 何がそこまで貴方を死地へと向かわせてるんですかっ!! 美人なのにっ!!! ったくぅ。――ふー……ってことで、とにかく止めといてくださいね! んじゃクエストキャンセルしときますね~。さぁ、今日はもう仕事の事はお互い忘れて二人で蜂蜜酒でも酌み交わしましょう!」

 「おい」

 

 無茶苦茶だこの子。

 

 「はぁ――いい加減にしてくれないか……早く契約を終わらせた――」 

 「目の前の玉をむざむざキズモノにしたくないって言う私の気持ちも貴方はわからないんですかっっっ!!!」 

 「いや、はぁ……(……どうして怒鳴られているんだ私は)」

 「だから勿体無いんですって!!!!! 」

 「なにが!?」



 

 果てしなく謎な食い下がりだったな……あの子。

 ギルドを後にして耽る。これはまた 報酬を受け取る際がめんどくさそうだ。

 

 

 ◇



 そして今現在 魔境平原を目指して青空の下をゆららかに進んでいた訳なのだけれど。

 広い――海下に広がる緑の平原ときたら、私が想像していたものよりも数十倍は広かった。

 その上、更に深刻な問題にも直面していた。


 ――まずい……道に迷った。


 見渡す限り、小さい丘陵が波立つ長閑な風景。

 これはマズイ。元来た道も分からない。

 ないしろ目印となるものが何一つないのだ。いや、特徴的な形の丘を目印にしようと思えばできたのだが、そんなことを言っても後の祭りだ。

 こんなことなら金をケチらずに冒険者ギルドで地図を買ってけば良かった。だが、これも後の祭だ。


 正直、泣きそうな気持ちを抑えて、冷静になる為にも身を休ませることにした。

 重い荷物を外して近くに下ろす。ドサリと、重量感のある音がした。

 こんなふざけた重荷を半日以上も担ぐ旅を続けていると言うのに、どうして私の二の腕は筋肉の付きが悪いのだろうか? 

 柔らかい肉を揉みながらふと疑問を抱くが、思い当たる点へとはすぐにたどり着く。

 とんだ茶番だと、自己解決をした。

 

 水筒を取り出し、水分補給をする。

 全身の汗がすっと引いていく様な、潤しい爽快感が身体中を巡る。

 熱を帯びた思考を冷やすと言う意味でも、水を身体に通すのは大正解だったようだ。


 日の位置を見るに恐らく昼時だろう。

 朝からずっと歩き通していた事になるのか。


 頃合だと思いついでに昼を取る事にした。

 背袋から食料の入った袋を取り出す。

 中から日持ちの良い野菜の乾物と木の実を取り出し、口へと運ぶ。とても質素な食事だ。かつての贅沢を知る幼い頃の私が、今の私の姿をみて何を思うのだろう――なんて事を想像していた時だった。


 殺気。

 人一倍感知能力に優れたこの身は、あらゆるにえの気配を感じては体内の血を激しく揺らし、私に飢餓を満たせと命令をしてくる。

 不快な感覚に眉間に皺を寄せながらも、私はその命令に自分の意思で従うことにした。


 食事を中断して、異変を感じた方向へと視線を向ける。

 複数の人間が四足歩行の生き物に追い掛け回されているのが遠目にも判った。

 人間を追っているのはただの肉食獣ではないだろうと言うことも判った。

 犇々と全身を撫でる魔物の気配。

 視覚を”強化”する。――どうやら魔物の正体は魔狼獣ガルムの様だ。


 一匹か。

 それに、ここに現れていると言うことは、つまりは石外種。

 

 思っていたより軽易な問題に、拍子抜けにも似た心持ちへと切り替わる。

 ガルムの恐ろしいところは、私にとって知性でも動きの俊敏さでもない。

 数の猛威。注意すべき点はこれ以外に有り得ない。

 

 しかも対象は一匹。

 数がいなければ脅威にもなり得ない上に、石外種である為魔創石の恩恵も受けていない。

 ともなれば、不安要素は限りなく零に近くなる。


 問題点は一つに絞られた、あの追われている者達を如何にして救うかだ。


 私は困っている人間を自ら探して求める様な正義の味方ではない。しかし、目の前で困る人間が居たとして、私の力量でそれを救うことができるのならば、私は迷うことなく正義の味方になるだろう。

 人助けの趣味はないが、人助けは悪くない。

 腰に着けた小袋から、全体が黒一色に塗りつぶされた球体の物体を取り出す。

 同じ物が私の小さい掌にも二つは載せることの出来るサイズ。

 これは『共鳴玉』。中に瘴気を密閉させ、火蜥蜴サラマンダーの火袋から精製される火薬を少量入れる事で、炸裂させると同時に爆発音を放ち、大気に拡散した瘴気が魔物を惹き付けると言う代物だ。

 ちなみにこれは、高い物だ。……高いのだ。うん。


 対象とは少し距離があるが、それでもここは効果範囲内だろう。


 共鳴玉を握り締め、出来るだけ離れた地面の起伏へとそれを思いきし投げつけた。


 急いで両耳を塞ぎ、身を縮ませる。

 

 塞いだ手の壁を突き抜けて頭の中を打ち鳴らす盛大な爆発音。

 少量の火薬で本当にこれだけの仰々しい音がなるものか? いつも思う。

 噂では爆春音を強調させる為に幻魔草マンドレイクの種をいれた物もあると言うが……まぁ、今はどうでも良いことだ。 


 鼓膜に傷を負っていないことを祈りつつ立ち上がる。


 平原から暫く音の概念が取り払われる。

 まるで聴覚が失われたかの様な錯覚に囚われる。無音が響く世界。


 見遣る。

 

 視線の先。

 撃ち放たれた弩槍の如く、私へと駆ける寄ってくる魔物の姿が そこには在った。


 

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