曖昧
深夜、駅から自転車に乗って帰る。
冷たい空気が顔に当たる。
息が白い。
やっと落ち着く。
でも、頭の中はずっとさっきのままだった。
瑞樹の顔が、やけに残っていた。
最初に会ったときより、
柔らかく見えた気がした。
気づいたら、
そのことを考えていた。
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日曜日。
特にやることもなく、家にいた。
「大学どうするの?」
また母親に聞かれる。
「まだ考えてる」
そう答えたけど、
ちゃんと考えていたわけじゃなかった。
「考えてるだけじゃダメでしょ」
正論だった。
だからイラっとした。
「いいよ、働くから」
「結婚するし」
言い過ぎたと思った。
でも、引くのも違う気がして、そのままにした。
母親は何も言わなかった。
その空気が嫌で、部屋に戻った。
強く扉を閉めた。
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最近、家にいるのがあまり好きじゃなかった。
前はそんなことなかったのに。
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夜。
電話。
いつも通りだった。
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「気持ち聞かないの?」
「……いや」
「聞くのはさ」
言いかけて、止まる。
「聞けばいいじゃん」
少しだけ、笑った気がした。
「そういうことじゃないって」
思ったより強い声が出た。
「……答えてくれると思うよ」
さっきより、トーンが落ちていた。
「わかんないじゃんか」
うまく言えなかった。
「あれ」
「ごめん寝てた私」
「平気だよ」
「もう寝よっか。またあしたね」
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曖昧だった。
不思議と気にならなかった。
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数日後。
遥が母親に紹介してくれた。
「今度の夜、お母さんが料理作ってくれるからさ」
なんか嬉しかった。
ちゃんとした服を着て、髪も整えて行った。
出てきたのは、想像していたより静かな人だった。
特に何も言われなかった。
食卓には、もう料理が並んでいた。
学校のこととか、部活のこととか、
当たり障りのない話。
変に踏み込まれることもなかった。
「娘と仲良くしてあげてくださいね」
帰り際に、そう言われた。
見透かされてる気がして、
姿勢を直した。
「はい」
それだけ答えた。
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帰り道。
「ありがとう」
遥が言う。
「ちゃんと話してくれて」
「当たり前だよ」
「結婚とかも、考えてるからさ」
自然に出た言葉だった。
その時は、
ちゃんと考えているつもりだった。
一瞬だけ、遥の動きが止まる。
ほんのわずかだったけど、
遥は、小さくうなずいた。
その顔を、ちゃんと見なかった。
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別れ際、軽くキスをした。
違う気がした。
唇が、冷たかった。
遥は何か言いかけて、やめた。
聞こうか迷って、やめた。
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結婚。
考えていなかったわけじゃない。
ただ、
それを言えば、
うまくいく気がしていた。
それだけだった。




