余白
その日は、そのまま帰った。
何も解決していないまま。
何も分からないまま。
家までの道を、どう歩いたのか覚えていない。
ただ、胸の奥に、重たいものだけが残っていた。
さっきまで確かにあったはずのものが、
形を変えてしまったような感覚。
それをどう扱えばいいのか、分からなかった。
部屋に入っても、現実感は戻らなかった。
ただ、静かだった。
異様なくらい、静かだった。
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日曜日も、同じだった。
家にいても、落ち着かない。
静かすぎる部屋が、やけに狭く感じた。
外に出ればましになると思って、
公園に行って、駅前まで歩いて、
ゲームセンターにも行った。
音はうるさいのに、
自分の中だけが、やけに静かだった。
何をしても、埋まらなかった。
携帯になにか文章を打ち込んでは消していた。
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家に帰ると、母親が何か言っていた。
内容は覚えていない。
たぶん、いつもと同じだった。
「勉強でもしたら」とか、
「やることないの」とか。
その言葉に、今日はなぜか引っかかった。
普段なら流せるはずなのに、
その日は、うまくいかなかった。
短く返したつもりだった。
でも、自分でも強かったと思う。
母親の表情が変わった。
空気が重くなる。
それ以上何も言わずに、部屋に戻った。
なんであんな言い方をしたのか分からなかった。
分からないけど、
何かをぶつけたかったのかもしれない。
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水曜日、遥から返事が来た。
短い文章だった。
大丈夫。
心配かけてごめん。
それだけだった。
安心したはずなのに、
どこか引っかかった。
本当に大丈夫なのか、と思った。
でも、それ以上踏み込んでいいのか分からなかった。
自分がとても苛立っていることだけは分かっていた。
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その夜久しぶりに電話をした。
遥が何か話してくれる気がした。
遥の声は、静かだった。
元気そうにしているのは分かる。
でも、その奥までは見えなかった。
何か言わなきゃと思って、言葉を探す。
「大丈夫だよ。元気出してね」
「無理しなくていいから」
軽い言葉しか出てこなかった。
本当は思っていた。
どうして何も言ってくれないんだろう、と。
あの日のことも、
その後のことも。
聞けばいいだけなのに、
聞いたら壊れてしまう気がした。
だから、結局何も聞けなかった。
ただ一緒にいたいだけなのに、
その「一緒」が、
遠くなった気がしていた。
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二週間ぶりに会った。
改札を抜けて、姿が見えた瞬間、安心した。
同時に、どこか緊張もあった。
久しぶり、というには短いはずなのに、
妙に長く感じていた。
近づいて、言葉を交わす。
いつも通りのはずなのに、どこかぎこちない。
でも、それを気にしすぎないようにした。
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どこに行くでもなかったが、気分転換に公園へ行こうと誘った。
昼下がりの公園は、思っていたよりも空いていた。
空いていたベンチに座る。
肩が触れそうで触れない距離。
何か話さないと、と思った。
学校の話をする。
どうでもいい話。
遥は頷いて、時々笑った。
でも、それ以上は続かなかった。
会話が終わる。
また探す。
子供たちの声が、やけに大きく聞こえた。
もう一度話す。
無理に明るくしているのが、自分でも分かった。
遥は合わせてくれていた。
でも、どこか遠かった。
隣にいるのに、距離がある。
分かっていた。
聞けばいい。
あの日のことを。
もう一人のことを。
でも、それを言った瞬間、
何かが壊れる気がした。
だから、言えなかった。
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沈黙が長くなる。
肩がわずかに触れる。
そのたびに、意識がそっちに引っ張られる。
だからまた言葉を探す。
同じようなことを繰り返す。
時間だけが過ぎていく。
結局、一番聞きたかったことは、何一つ聞けなかった。
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そのときだった。
「久しぶり」
隣から聞こえた声に遅れて気づく。
遥の声で、違う声。
「……遥?」
「違う」
短い返事。
誰かはわかった。
視線は前を向いたまま。
「どうしたの?」
「別に」
少し間があく。
「話したかっただけ」
あのときと同じ声だった。
でも、違った。
刺すような感じが、あまりない。
「……なんで」
言いかけて、止まる。
うまく言葉にできなかった。
「なんで、出てきたの」
少し考えるような間。
「話したいからって言った」
あっさりした答えだった。
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しばらく沈黙があった。
「泣いてたよね」
不意に言われた。
「この前」
視線が、初めてこっちを向く。
「だいぶ恥ずかしかったよ私も」
急に温度を感じる言葉になり動揺してしまった。
「……うるさいな」
瑞樹は目を細める。
それ以上は、何も言わなかった。
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怖かった。
終わってしまう気がしていた。
しばらく予定があって、
会えなかった。
だから、
電話だけは続けていた。




