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余白

その日は、そのまま帰った。


何も解決していないまま。

何も分からないまま。


家までの道を、どう歩いたのか覚えていない。

ただ、胸の奥に、重たいものだけが残っていた。

さっきまで確かにあったはずのものが、

形を変えてしまったような感覚。


それをどう扱えばいいのか、分からなかった。


部屋に入っても、現実感は戻らなかった。

ただ、静かだった。

異様なくらい、静かだった。

________________________________________


日曜日も、同じだった。


家にいても、落ち着かない。


静かすぎる部屋が、やけに狭く感じた。


外に出ればましになると思って、

公園に行って、駅前まで歩いて、

ゲームセンターにも行った。


音はうるさいのに、

自分の中だけが、やけに静かだった。


何をしても、埋まらなかった。


携帯になにか文章を打ち込んでは消していた。


________________________________________


家に帰ると、母親が何か言っていた。

内容は覚えていない。

たぶん、いつもと同じだった。


「勉強でもしたら」とか、

「やることないの」とか。


その言葉に、今日はなぜか引っかかった。

普段なら流せるはずなのに、

その日は、うまくいかなかった。

短く返したつもりだった。

でも、自分でも強かったと思う。


母親の表情が変わった。

空気が重くなる。


それ以上何も言わずに、部屋に戻った。



なんであんな言い方をしたのか分からなかった。

分からないけど、

何かをぶつけたかったのかもしれない。


________________________________________


水曜日、遥から返事が来た。


短い文章だった。



大丈夫。

心配かけてごめん。



それだけだった。

安心したはずなのに、

どこか引っかかった。


本当に大丈夫なのか、と思った。


でも、それ以上踏み込んでいいのか分からなかった。

自分がとても苛立っていることだけは分かっていた。


________________________________________


その夜久しぶりに電話をした。


遥が何か話してくれる気がした。


遥の声は、静かだった。


元気そうにしているのは分かる。

でも、その奥までは見えなかった。


何か言わなきゃと思って、言葉を探す。


「大丈夫だよ。元気出してね」

「無理しなくていいから」


軽い言葉しか出てこなかった。


本当は思っていた。

どうして何も言ってくれないんだろう、と。



あの日のことも、

その後のことも。

聞けばいいだけなのに、

聞いたら壊れてしまう気がした。


だから、結局何も聞けなかった。

ただ一緒にいたいだけなのに、

その「一緒」が、


遠くなった気がしていた。


________________________________________


二週間ぶりに会った。


改札を抜けて、姿が見えた瞬間、安心した。

同時に、どこか緊張もあった。

久しぶり、というには短いはずなのに、

妙に長く感じていた。

近づいて、言葉を交わす。

いつも通りのはずなのに、どこかぎこちない。

でも、それを気にしすぎないようにした。


________________________________________


どこに行くでもなかったが、気分転換に公園へ行こうと誘った。


昼下がりの公園は、思っていたよりも空いていた。




空いていたベンチに座る。


肩が触れそうで触れない距離。


何か話さないと、と思った。

学校の話をする。

どうでもいい話。


遥は頷いて、時々笑った。


でも、それ以上は続かなかった。


会話が終わる。

また探す。


子供たちの声が、やけに大きく聞こえた。


もう一度話す。

無理に明るくしているのが、自分でも分かった。

遥は合わせてくれていた。

でも、どこか遠かった。


隣にいるのに、距離がある。


分かっていた。


聞けばいい。

あの日のことを。

もう一人のことを。

でも、それを言った瞬間、

何かが壊れる気がした。

だから、言えなかった。


________________________________________


沈黙が長くなる。


肩がわずかに触れる。

そのたびに、意識がそっちに引っ張られる。


だからまた言葉を探す。

同じようなことを繰り返す。

時間だけが過ぎていく。


結局、一番聞きたかったことは、何一つ聞けなかった。


________________________________________


そのときだった。

「久しぶり」

隣から聞こえた声に遅れて気づく。


遥の声で、違う声。


「……遥?」


「違う」


短い返事。


誰かはわかった。


視線は前を向いたまま。


「どうしたの?」


「別に」


少し間があく。



「話したかっただけ」



あのときと同じ声だった。


でも、違った。


刺すような感じが、あまりない。



「……なんで」


言いかけて、止まる。

うまく言葉にできなかった。



「なんで、出てきたの」



少し考えるような間。


「話したいからって言った」



あっさりした答えだった。


________________________________________


しばらく沈黙があった。



「泣いてたよね」



不意に言われた。



「この前」



視線が、初めてこっちを向く。


「だいぶ恥ずかしかったよ私も」


急に温度を感じる言葉になり動揺してしまった。




「……うるさいな」




瑞樹は目を細める。


それ以上は、何も言わなかった。



_______________________________________



怖かった。



終わってしまう気がしていた。



しばらく予定があって、

会えなかった。



だから、

電話だけは続けていた。



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