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違和

付き合い始めてから、二人の時間は変わっていった。


貯めていたお金を使って、携帯を契約した。

それまで紙に書いた番号で繋がっていた関係が、手の中に収まるようになった。


それだけのことなのに、距離が一気に縮まった気がした。

________________________________________


「もしもし?聞こえる?」


「聞こえてるよ」


「なんかいいねこういうの」


そんなやり取りを、何度も繰り返した。

意味なんてない、確認だけ。


でも、それをしないと落ち着かなかった。

夜になると、決まって電話をした。


「もうお風呂出た?」

「今? もう寝る準備完了だよ」

「え、早くない?」

「そっちが遅いんだよ」


くだらない会話だった。

でも、その“くだらなさ”が、妙に心地よかった。


「今日さ、部活どうだった?」

「普通。もう大会終わったし、やる気出ないわ」

「えー、そうなの?」

「まあね」


大人ぶって、そう言った。


本当は、終わったことが寂しかっただけだった。


でも、それをそのまま言うのは、なんとなく格好悪い気がした。


「そっちは?」

「んー、普通かな。でも今日ね——」


遥が楽しそうに話し始める。


その声を聞いているだけで、満たされていく感覚があった。

気づけば、朝まで電話していることもあった。


「やばい、もうこんな時間だよ」

「ほんとだ。寝ないとじゃん」


「遥」

「うん?」


「もうすこしだけ話そうよ」


少し笑いながら、そう言う。

断られる気は、しなかった。


「……いいよ」

その一言で、また時間が伸びる。


通話が切れたあと、少し眠ってまた学校に行く。

二人とも、いつも寝不足だった。

でも、それすら嫌じゃなかった。

むしろ、どこか満たされていた。


________________________________________


土曜日は、必ず会った。


「今日どこ行く?」

「どこでもいいよ」

「それ一番困るやつじゃん」


そんなやり取りをしながら、駅で待ち合わせる。

改札の前で、遥が手を振る。


「おはよ」

「おはよ」


それだけで、なんとなく一日がうまくいく気がした。

ショッピングモールに入って、特に目的もなく店を見て回る。


「これ似合いそうじゃない?」

「いや、それはないでしょ」

「えー、絶対似合うって」


そんな軽いやり取りを繰り返す。


特別なことは、何もなかった。


でも、その“何もなさ”が、やけに満たされていた。



帰り道、駅に向かって歩いているときだった。


「ねえ」



遥が間を置いて言う。


「今日さ、いないんだ」


「ん?誰が?」

駿は軽く返す。


「親。今日いないの」


「……そっか」


それだけ言って、歩き続けた。



一瞬だけ、頭の中で何かがよぎる。

でも、それをそのまま受け取ることができなかった。



「どうする?」


遥がこちらを見る。


「とりあえず、どっかでお茶する?」

無難なことしか言えなかった。


「……うん」

遥は笑ったけど、どこか違和感があった。



結局気づけば、彼女の家の前にいた。


「ちょっとだけ、上がる?」


その言葉に、ほんの少しだけ間があった。


「……うん」


断る理由はなかった。

「お邪魔します」


靴を脱いで、家に入る。

それだけで、急に現実味が増した。

ドアが閉まる音が、小さく響く。

外の空気が、完全に遮断される。


「なんか、変な感じだね」


遥が笑う。


「なにが?」

「いや、なんかさ」



「……そうだね」


曖昧に答える。

言葉は、そこで途切れた。


気づけば、距離が近づいていた。

玄関先で、キスをする。


「……ねえ」

「うん?」


言葉は続かなかった。

ただ、またキスをした。

今までより、長く。

抱きしめる力が、自然と強くなる。

離れたくない、というより、

離れる理由が見つからなかった。


そのまま、遥の部屋に入る。

ベッドが目に入る。

心臓の音が、大きくなる。


「……いいの?」


自分でもよく分からない質問をした。

遥は、少しだけ笑って


「うん」

と返した。


そのままベッドに入る。

隣に、遥がいる。

それだけで心臓の鼓動が耳に響くほどだった。



その時だった。



「……」



遥が、止まった。

ほんの2秒ほどだろうか。


でも、それは異様な沈黙だった。



「……遥?」


「邪魔。どいて」


優しい遥とはまったく違う、強くとげのある言い方だった。


駿は、呆気に取られていた。


「早くどいて」


「……遥?」


「違う」


遥じゃない遥が、そう答えた。

それでも、遥だと思おうとした。

声も、顔も、同じはずだった。

そうじゃないと、おかしかった。

そうじゃないと、困る気がした。


だから聞きなおした。


「遥、じゃないの?」


遥は下を向いたまま答えた。


「瑞樹」


短く、それだけだった。



「遥は?」


「いるよ、中に。眠ってるけど」


「どういうこと?」


「昔ね、あの子、壊れかけたことあってさ」



全部は理解できなかった。

そんなにすぐに頭に入るわけがなかった。

でも、なんとなく分かった。


目の前の遥は、暗くて、強くて、怖かった。


「遥と別れて」


急すぎて、意味が分からなかった。


「……は?」


思ったより強い声が出た。

「ちょっと待ってよ」


頭が追いつかないまま、言葉だけ出る。


「なんでそんなこと言われないといけないの?」


強く言えば伝わるのかと思った。



「男って」


「結局さ」


「そういうことでしょ」


言葉が、刺さる。


「違うよ」

すぐに否定した。


でも、その直前までの自分を思い出して、詰まる。


「……違うって」


うまく言えない。


「じゃあ何?」


返せなかった。

沈黙が落ちる。


「……別れたくないよ」


弱い声しかだせなかった。


「待ってよ」


それでも、まだどこか強がっていた。



「ごめん。別れて」


もう一度言われたとき、

何かが崩れた。


言葉が出なくなった。

遥に別れを告げられた気がした。

苦しくなった。


気づいたら、涙が出ていた。

止まらなかった。


「……なんでだよ」


自分でも、何に対して言ってるのか分からなかった。


「好きなんだよ」


それだけは、はっきりしていた。


「一緒にいたいんだ」


そこから先は、あまり覚えていない。

たぶん、いっぱい話した。

遥のこと。

好きなところ。

どうでもいいことまで。

とにかく、離れたくなかった。

とにかく全てを話したかった。



遥は、黙って聞いていた。

それから、ふっと息を吐いて


「好きな気持ちはわかったよ」


「急に泣かないよ普通」



そう言った。


さっきまでと違って言葉の力が抜けていた。




遥は、何も言わずに部屋を出ていった。

しばらくして、戻ってくる。

湯気の立つコップを、無言で差し出された。


その直後だった。

パチッ、と音がして、部屋の明かりがついた。

さっきまでの暗さが、一瞬で消える。


思わず、目の前の顔を見る。

そのとき初めて、ちゃんと見た気がした。

同じはずなのに、全然違った。

やわらかさがなくて、輪郭がはっきりしていた。


そこでやっと理解した。


――この人は、遥じゃない。


瑞樹なんだと。

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