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史上最悪(ヒトラー)の後始末 ――1943年、世界で一番“詰んでいる”男に転生した  作者: イチジク浣腸


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8/10

同盟国の崩壊

 1943年7月26日。

 午前3時。総統官邸の電話が鳴った。

 俺は、浅い眠りから叩き起こされた。受話器を取る。

「……総統閣下、緊急の報告です」

 副官の声。ひどく動揺している。

「……何があった」

「イタリアから電報が。ムッソリーニが――失脚しました」

 俺は、ベッドから飛び起きた。

(……来たか)

 7月25日。史実通りなら、ファシズム大評議会でグランディ決議が採択され、ムッソリーニは国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世に解任される。そして逮捕。

 だが、今は26日だ。一日遅れている。

 俺が、7月12日の閣議で「イタリアを見捨てる」と発言したことで、何かが変わったのか?

「……詳細を報告しろ」

 俺は、執務室へ向かった。

 30分後、ボルマン、ゲーリング、ヒムラー、ゲッベルス、カイテルが集まった。

「状況を説明する」

 カイテルが、電文を読み上げた。

「7月24日、ファシズム大評議会が開催されました。グランディ伯爵が、『統帥権を国王に返還する』動議を提出。賛成多数で可決されました」

「25日、ムッソリーニが国王に拝謁。その場で解任を告げられ、逮捕されました。後任の首相には、ピエトロ・バドリオ元帥が任命されました」

 ゲーリングが、机を叩いた。

「裏切りだ! イタリアは我々を裏切った!」

「まだ、裏切ってはいない」

 俺は、冷静に言った。

「バドリオは、『戦争は続ける』と表明している」

「ですが、閣下」

 ゲッベルスが、鋭い目で俺を見た。

「バドリオは、以前からムッソリーニと対立していました。彼は、連合軍との講和を探るでしょう」

「……わかっている」

 俺は、地図を見た。イタリア半島。シチリア島には、すでに連合軍が上陸している。

(……史実通りなら、9月8日にイタリアは降伏する)

 あと一ヶ月半。

「カイテル。北イタリアへのドイツ軍進駐を準備しろ」

「はい。すでに、ロンメル元帥がアルプス方面に展開しています」

「ムッソリーニの居場所を探れ。救出作戦を準備する」

 ヒムラーが、頷いた。

「親衛隊の特殊部隊を派遣します」

 俺は、窓の外を見た。ベルリンの夜明け。灰色の空。

(……俺は、ムッソリーニを救うべきなのか?)

 史実では、ヒトラーはムッソリーニを救出し、北イタリアに傀儡政権「イタリア社会共和国」を樹立させた。だが、それは戦争を長引かせるだけだった。

 もし、俺がムッソリーニを見捨てれば――イタリアは早く降伏する。連合軍は、イタリア半島から北上し、ドイツ本土に迫る。

 だが、それでいいのか?

「閣下」

 マンシュタインが、部屋に入ってきた。緊急招集に応じて、駆けつけたのだ。

「イタリアの件、お聞きになりましたか」

「……ああ」

「私の意見を述べさせていただきます」

 マンシュタインは、地図を指差した。

「イタリアは、もう終わりです。バドリオは、必ず連合軍と講和します。我々がすべきことは、イタリア半島での防衛線構築です」

「ムッソリーニは?」

「……救出する必要はありません」

 マンシュタインは、きっぱりと言った。

「ムッソリーニを救出し、傀儡政権を樹立しても、それは戦力の無駄遣いです。それよりも、アルプスからバルカン半島にかけて、堅固な防衛線を敷くべきです」

 ゲーリングが、叫んだ。

「マンシュタイン! 同盟国を見捨てろと言うのか!」

「同盟国はすでに我々を見捨てました」

 マンシュタインは、ゲーリングを見た。

「現実を見てください。イタリアは、もう戦う意志がありません」

 俺は、マンシュタインを見た。

(……こいつの言うことが、正しい)

 だが――

「マンシュタイン。もし、ムッソリーニを見捨てれば、どうなる?」

「イタリアは、早く降伏します。連合軍は、北上します。そして――」

 マンシュタインは、地図のフランスを指差した。

「来年、連合軍はフランスに上陸するでしょう。そうなれば、我々は東部でソ連軍、南部で連合軍、西部でも連合軍と戦うことになります」

「三正面作戦、か」

「はい。不可能です」

 沈黙。

 重い沈黙が、部屋を支配した。

「……では、どうすればいい?」

 俺は、マンシュタインに聞いた。

「講和です」

 マンシュタインは、答えた。

「西側連合国と、講和する。それ以外に、道はありません」

「だが、西側は『無条件降伏』を要求している」

「ならば、条件を変えるしかありません」

 マンシュタインは、俺を見た。

「総統閣下。もし、あなたが退位すれば――」

「待て」

 ヒムラーが、立ち上がった。

「総統閣下の退位など、ありえない! 閣下こそが、ドイツの魂だ!」

「ドイツの魂よりも、ドイツ国民の命が大切だ」

 マンシュタインは、ヒムラーを睨んだ。

「ヒムラー長官。あなたは、何万人のドイツ兵が死ねば満足するのですか?」

 ヒムラーが、歯ぎしりした。

「貴様……軍人のくせに、敗北主義か!」

「敗北主義ではない。現実主義だ」

 マンシュタインは、地図を叩いた。

「我々は、負けている。問題は、どう負けるか、だ」

 その言葉が、部屋に響いた。

 俺は、窓の外を見た。

(……どう、負けるか)

 イタリアは、崩壊する。

 ドイツも、いずれ崩壊する。

 だが、その前に――少しでも多くの命を救えるか?

「……全員、退室しろ」

 俺は、低い声で言った。

「俺一人で、考える」

 一同が、困惑した表情で退室していく。最後に残ったのは、マンシュタインだけだった。

「閣下」

 マンシュタインは、静かに言った。

「時間がありません。9月までに、決断を」

「……わかっている」

 マンシュタインが退室した後、俺は一人、地図を見つめた。

 イタリア半島。

 ムッソリーニは、どこかの山中に幽閉されている。史実では、9月12日にドイツ軍の特殊部隊が救出する。

 だが、俺は――

(……ムッソリーニを、見捨てるべきか?)

 見捨てれば、イタリアは早く降伏する。戦争は、少しだけ早く終わる。

 だが、それは――同盟国を裏切ることだ。

 窓の外では、雨が降り始めていた。

 ベルリンの街を、冷たく濡らしていく。

 8月10日。

 ヒムラーからの報告が届いた。

『ムッソリーニの居場所、特定。グラン・サッソの山中、ホテルに幽閉されている模様。救出作戦、準備完了』

 俺は、報告書を握りしめた。

(……決断の時だ)

 ムッソリーニを救うか、見捨てるか。

 救えば、戦争は長引く。見捨てれば、同盟国を裏切る。

 どちらを選んでも、地獄だ。

 だが――

 俺は、ペンを取った。そして、命令書に署名した。

『ムッソリーニ救出作戦、中止』

 手が、震えた。

(……これで、いいのか?)

 わからない。

 だが、マンシュタインの言葉を信じる。

「どう負けるか」

 できるだけ早く。できるだけ多くの命を救って。

 窓の外では、雷が鳴り始めていた。

 ベルリンの空を、激しく揺らしていく。

 まるで、これから起きる嵐を予告するかのように。

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