テヘランの決裂
1943年12月5日。
ベルリン、総統官邸。
俺は、マンシュタインからの電報を握りしめていた。
『テヘラン会談終了。結果——連合国、完全に団結。1944年5月、北フランス上陸作戦決定。ソ連、対日参戦約束。我々との交渉、完全拒否』
紙が、わずかに軋む。
(……やっぱりか)
予想はしていた。していたはずなのに、胸の奥が妙に冷える。
テヘラン会談。連合軍は西ヨーロッパ上陸を決定し、ソ連は対日参戦を約束した。
そして——ドイツとの交渉は、完全に切り捨てられた。
窓の外。雪が、静かに降り始めている。
(……失敗、か)
スイス経由で投げた“疑念”は、届かなかったのか。それとも——届いた上で、無視されたのか。
どちらにせよ、結果は同じだ。
連合国は、まだ崩れていない。
ドアがノックされた。
「閣下、マンシュタイン元帥がお見えです」
「……入れ」
入ってきた彼の顔は、明らかに疲れていた。
「詳細を報告します」
地図が広げられる。
「1944年春から初夏にかけて、北フランス上陸は確実です。規模は三十万以上——いや、それ以上になる可能性が高い」
「……止められるか」
短く問う。
間。
「……困難です」
言葉を選んだが、意味は同じだった。
「東部戦線への補充が優先され、西に回せる戦力は限られています。さらに制空権の問題が——」
「いい」
手で制した。
聞かなくてもわかる。
(……詰んでる)
頭では冷静に分析しているのに、どこか現実感が薄い。
椅子に座ると、背もたれがやけに硬く感じた。
「……勝てると思うか」
自分でも、無意味な問いだとわかっていた。
マンシュタインは、すぐには答えなかった。
「……いいえ」
その一言で、すべてが確定する。
「時間は?」
「一年半。長くて二年」
指が、無意識に机を叩いていた。
止める。
「……その前に、何ができる」
マンシュタインは一瞬だけ迷い、そして言った。
「民間人の疎開です。東部に残れば——被害は甚大になります」
“甚大”という言葉の中身を、俺は知っている。
(……やるしかない)
「優先順位を変える。東部の民間人を、西へ動かせ。鉄道を回せ。軍需より優先だ」
マンシュタインの眉がわずかに動いた。
「……現場の反発が予想されます」
「無視しろ。命令だ」
少し強く言い過ぎたかもしれない。
だが——
「……承知しました」
彼は頷いた。
退室後、部屋に残ったのは沈黙だけだった。
(……勝てない)
その現実が、ようやく腹に落ちてくる。
だが——
(……まだ終わらせ方は選べる)
窓の外の雪は、静かに降り続いていた。




