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9. 音斬

 格納庫に戻り流火を跪かせた悠之歩は、機体のシステムをダウンさせ、背面装甲を開き、外の空気を吸い込んで手の震えを止めようとした。


 ――何で氾火はあんな風に壊れたんだ……? 二冬は怪我してないか? パイロットスーツを着てても、あんな風に転がったら――


 パイロットスーツのフードには緋導鋼のワイヤーが仕込まれており、導波動の磁力によって頭を強打するのを防ぐ機構になっている。それでも心配を拭えず、インナーの下に薄い膜のような脂汗をかきながら、悠之歩は慌てて、しかし質量や存在感を感じさせずふわりと流火から飛び降り、隣の氾火に駆け寄った。


 格納庫の整備士たちはそれぞれが整備している機体の傍から、悠之歩の方を見て何かをヒソヒソと囁き合っている。試作パーツのテスト機体で装骨格を破損させたからだろう。


 悠之歩はそんな職員たちを尻目に、泥塗れの氾火から降りてきた深和に声をかけた。


「ごめん二冬、怪我は――」


 その言葉の途中で、自分の方を向いた深和を見た悠之歩はぎょっと怯んだ。


 深和の目は赤く充血していた。


 どうやら泣いていたらしい。


「……あれは何ですか?」


 深和が悠之歩から視線を逸らし、目元を拭いながら微かに喉を震えさせて言った。


 ――あれってどれだ……?


 鳴気流の体捌きのことか、流火の運動性のことか、氾火の腕を折ったことか、はたまたそれら全部か。心当たりが複数あり、悠之歩は戸惑った。


 わかる範囲で答えようにも、「鳴気流を流火で再現できた」という説明だけで納得してもらえるとは思えず、氾火の腕を折れた理由に至っては悠之歩も知りたいくらいだ。


「ごめん、僕もわかってなくて……」


 中途半端に釈明しても却って深和を鬱陶しがらせることになると考え、悠之歩は言った。


「……そうですか」


「土下座ならするけど……」


「何で土下座に抵抗がないんですか……」


 深和は「すん」と鼻を啜りながら悠之歩と視線を合わせないように歩き出し、悠之歩はそれを追って、機体から降りる前に矩場から言われた通り医務室に向かった。


 そして悠之歩が医務室の外で深和の診察が終わるのを待っていると、バインダーを小脇に抱えた矩場と翔が通路を歩いてきた。


「機体を壊してしまってすみません」


 悠之歩が頭を下げると、矩場は手を振った。


「あぁ、いや、いい。あそこまで派手にぶっ壊れると予想できなかった。対策不足なこっちのミスだ。そもそも、模擬戦で装骨格が壊れること自体が前代未聞だしな。それより、最後のは偶然か?」


「はい」


 悠之歩は迷いなく頷いた。


 体術を使ったのは氾火の体勢を崩すためであり、腕が折れるような角度や速度で動いたつもりはおろか、関節技で拘束するつもりすらなかった。しかし両手を氾火の左腕に絡めて重心を切り返した瞬間、衝撃波と共に肘関節が砕け散り、氾火が吹っ飛んだのだ。


 矩場は医務室のドアをノックし、女性医師がドアを開けて顔を出して、悠之歩たちを中に入れて自分は出ていった。


「怪我は?」


 パイロットスーツを着直した深和に矩場が聞いた。


「ありません。痛みも特に。それより気になったことが……」


「だろうな」


 矩場は医師用の椅子に腰かけ、悠之歩と翔は診察台に座らせて言った。


「とにかく二人ともお疲れ。結論から言うと、目当ての現象が発生した。流火の腕が音速で動くっつー現象だ。音速で刀を振るから、俺らはこれを音斬ねきりって呼んでる」

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