7. 体術
――やっぱりすごい――こんなこともできるのか!
様々なテクニックを駆使して射撃してくる深和の氾火を追いながら、悠之歩の意識の片隅にそんな思いが湧く。
悠之歩が1つの術理で射撃を躱し続けているのに対し、深和は次々と多彩な攻撃を繰り出してくる。その引き出しの多さと精度の高さ、自分の能力を疑わない胆力は賛辞に値する。
装骨格を使うためだけに深和が肉体を鍛えてきたかはわからないが、こんな動きができるのは深和が鍛えてきたからに他ならない。急加速や急転回などに耐えられる筋力も、高速で動きながら正確な射撃をできる感覚も、すべて彼女の生き方の中で培われたものだ。
こうして流火を使わなければ、深和の凄さを知ることはできなかっただろう。そして深和が技の限りを尽くすのは、悠之歩にもそれだけの技量があるからだ。
悠之歩はそれが嬉しい。
――もっと見せてくれ――
深和のすべてを引き出したい。
――もっと出させてくれ――
自分のすべてを使い切りたい。
――殺しにこい――
今の内に自分の弱さを知っておきたい。
――殺す――
自分の稽古が深和に通用するか確かめたい。
悠之歩の双眸が、深く妖しい光を宿す。
深和が予想外の動きをしてくる可能性や、鳴気流の歩法に対策を講じられる可能性を警戒しながら、悠之歩は右に急カーブした深和に間合いを離されまいと右足を踏み出した。すると深和がその瞬間を狙って急転回しつつ撃ってくる。距離が縮まった状態ならカーブした深和に向かって悠之歩が最短距離を詰めてくると読んでいたのだろう。
しかし悠之歩は、深和が急転回を始めた瞬間、咄嗟に前に出した右足でそのまま踏み込み前転するように跳んだ。そしてブースターを噴射し、紙一重の高さで地面に背中をつけることなく一回転して射撃を躱して、次の動作に移れる姿勢で着地してすぐ動く。
鳴気流道場の稽古でしょっちゅう師範に投げられ、投げた直後の隙を狙って師範を攻撃しようとしていた悠之歩にとって、倒れること自体は不利や敗北ではない。初めから自らの意志で倒れることを選択肢に入れておけば、隙を作らず受身を取り、素早く姿勢を立て直して次の攻撃に転じることができる。
生身のような受身を反射的に流火で再現し、深和の射撃を躱し切った悠之歩だが、同時にミスも犯していた。ブースターの操作と一緒に模擬刀を手放してしまい、流火の手を離れ吹っ飛んでしまったのだ。
この鬼ごっこで鬼は模擬刀を使って相手を打たねば勝ちにならず、流火が模擬刀を持っていない間、深和は悠之歩から逃げることなく射撃に集中できる。
深和も即座にそう判断したのだろう。落ちた模擬刀のすぐ後ろに急転回を利用してぴたりと急停止し、悠之歩にペイント弾を撃ってくる。
そんな彼女の攻撃に、悠之歩の表情が綻んだ。
――さすが二冬、手厳しい――
模擬刀を落としたのは悠之歩の落ち度だ。深和が遠慮する必要などないし、相手が武器を拾うのを待つような似非スポーツマンシップも要らない。むしろ、これが実弾や真剣を用いた殺し合いなら、相手に武器を拾わせまいとする合理的な判断は褒められて然るべきだ。
ただ、悠之歩もルールの範囲内では容赦するつもりもない。躊躇いも雑念もなく歩法と丹田に意識を集中しながら、素手のままこれまでと同じように深和の方に歩を進める。
深和は後退せず射撃を続けてきた。悠之歩が模擬刀を拾う瞬間に集中砲火して勝ち切るつもりのようだ。
だが、悠之歩相手にその読みは甘い。
深和に様々な射撃テクニックがあるように、悠之歩にも、素手で相手を崩して投げ、深和が攻撃できない時間を作るという選択肢がある。
悠之歩は深和の射撃をすべて躱し、模擬刀を迂回して氾火に肉薄する。
生身であれば、服や腕を掴まれて投げ飛ばされそうになると素人でも多少は反射的に堪えられてしまうが、装骨格には触覚がなく、関節の可動域や重心のバランスも人体とは異なる。いくら深和でも、悠之歩が投げ技に入った瞬間に反応できないはずだ。
さらに鳴気流の技は、掌底や手刀、肩、腕などで相手に触れ、その接点から運足や丹田を起点とした全身の動きを伝えることで相手を崩し、体勢を立て直させずそのまま倒すというものだ。相手の衣服や腕を強く握る必要がなく、流火の関節の可動域でも再現しやすい。
流火が手で氾火に触れても勝ちにはならないからといって、流火の手で氾火に触れるのは禁じられてはいない。
本気で投げたところで、深和も氾火も傷つかない。
だから遠慮しない。
躊躇わなくていい。
殺すつもりでやる。
――いける――
上体を真っ直ぐ立てたまま重心を落として氾火の横に回り込み、左の手刀を氾火の左前腕に引っ掛け、強く殴るでもなく、氾火の左肘にトンと右手刀を当てる。これで銃を叩き落そうとする訳でもない。ただ流火と氾火――悠之歩と深和の接点を作るだけだ。
あとは右足を軸に流火の全身を転換させることで、氾火の背後に回り込んで模擬刀を拾える。
自分の生身を動かす必要がないからこそ、悠之歩の肉体に余計な緊張はなく、冴え渡る意識をすべて、技の感覚に注げる。
――いつもやってる形だ――
悠之歩は肚の奥にある一点に理想的な感覚のみを呼び起こし、右足を中心にして流火の全身を反時計回りに転換させた。
その瞬間、空間を叩き割らんばかりの轟音が響いた。




