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6. 鬼ごっこ

 演習場には、小雨が降っていた。


 深和が乗り込んだ氾火は、グレーと水色のラインが塗装された標準的なものだ。深和の波形によって白藍色に見える導波動が、立ち上る湯気のようにも見える。


 氾火の両前腕にはそれぞれ砲身が直接装備され、ペイント弾を発射できるようになっている。


 土の地面が広がる演習場に悠之歩の流火も到着し、両者は50メートルを隔てて向かい合う。流火の右手には、緋導鋼の芯をゴム製の刀身で覆った模擬刀が握られている。


《用意……始め!》


 矩場の声が耳に入るなり、深和は生身の感覚を頼りに両腕を無造作に構え、小手調べに3発ずつの連射《3点バースト》で発砲した。


 だが、1秒とかからず放たれたペイント弾は流火に当たらなかった。


 開始と同時に流火が浅く腰を落として右半身ごと右足を踏み出した途端、その立ち位置が深和から見て左に1メートルほどずれ、深和の射撃を躱したのだ。


 1メートル――数字としてはさほど大きくないが、センチ単位の直径の弾を撃つ側からすると充分に厄介な移動距離だ。


 しかも流火の動きは横ステップからの前進や蛇行、斜め方向の直進とも違い、ただ「ずれながら近づいてきた」としか言いようがない。


 深和は悠之歩の動き方に違和感を覚えつつ、今度は冷静にカーソルを流火に合わせてから狙い撃った。しかし深和が引鉄を引き始めると同時に流火の位置が小さく右にずれ始め、発砲した時にはまたも流火は既に躱し終えている。


 狙わされている――


 たった二度の射撃でそれがわかり、深和は背中に濡れた氷が滑り落ちたような悪寒を覚えた。


 流火の動きはさほど速くない。深和の視界から外れることもなく、常に意識して追うことができる。だが、悠之歩の方も深和にどう狙われているかわかっているから、自分を狙わせながら位置を微妙に変えることで最小限の動きで射撃を躱せるのだ。


 深和も流火を使ったが、こんな動きをしようなどとは考えなかった。


 どうやったらできるのかもわからない。


 そんな性質を持つ一動作を、悠之歩は早々に捻じ込んできた。


 装骨格を使い始めて間もない悠之歩が、何故そんな動きをできるのか。


 どんな武術をどれほど稽古して、どのように波形が変化しているのか。


 それとも、生身ではできないが、流火だからこのような動きになったのだろうか。まさか、試作機としての特性が作用しているのか。


 深和は動揺しつつ、バック走行して流火との距離を保ちながら何度も発砲する。それに対し、流火はやはり横に大きく飛び出すこともなく、上半身を真っ直ぐ立てたまま、人混みで通行人を避けるようなさりげなさで間合いを詰めてきた。


 悠之歩は左右の半身を交互に出すとは限らず、直前に前に出したのと同じ側の足をまた踏み出すこともあり、その回避運動は不規則だ。しかも予備動作や回避直後の硬直もほとんどないので、流火は短い間隔で次々とランダムに立ち位置を変え、大して速くないにも拘わらず1秒後にどの位置にいるのかまったく絞り込めない。


 流火の姿と位置は完全に認識できているのに、まるで雲か霞に向かって弾を撃っているかのような手応えしかなく、感覚と結果の異様な乖離が薄気味悪い。


 当たり前だと思っていた感覚がずれ、地肌に汗が滲み、焦りに衝き動かされた深和は流火を包み込むようにフルオートでばら撒くように発砲し、流火の動きに合わせて射線を集束させようとした。だが深和が銃口を逸らした瞬間、流火は速度を上げて真っ直ぐ突っ込み、それに対し深和が慌てて流火に砲火を集中させようとすると、今度は冷静に、射撃が完全に一点に絞られるより先に地表を滑るような動きで射線から脱した。


 たまに流火に当たり、装甲表面でペイント弾の塗料が付着するが、この当たり方では実弾でも掠り傷しかつかないだろう。


 ブースターと脚力の両方で前進できる流火に対し、バックする氾火はメインブースターを使えず、射撃にも意識を割かねばならない。彼我の距離が詰まり、深和は旋回して流火に背を向け、背中のブースターも使った全速力で左右へのターンを混ぜ、流火をとの距離を保とうとした。


 流火に遠距離攻撃の手段はないので、これで対策を練る時間を稼げる。


 その間に必死で思考を巡らせ、深和は次の手を探った。


 狙えば外される。狙わなければ最短距離を突っ込まれる。何発か当てたところで、勝利条件である弾数を連続して当てられない。悠之歩は深和が銃口を向けるタイミングで回避行動に移る――ならば、そのタイミングを悟らせなければいい。


 深和は走りながらバックカメラで流火の位置を確認し、左足のタイヤを逆回転させて急転回スピンして背後を向くと同時にトリガーを引いた。しかし悠之歩は、直前まで銃口を隠されていた速射すらも、あらかじめ読んでいたかのように難なく躱す。深和は再び流火に背を向け走ってからタイムングをずらして同じ射撃を繰り返すが、命中したことを示す音は切れ切れにしかならない。


 弾倉の弾数を撃ち尽くし、腰の予備弾倉をリロードしながら深和は理解した。


 悠之歩は銃口を向けられてから回避し始めるのではなく、常に回避の性質を含んだ歩き方をし、深和が何かしらのアクションを起こす瞬間にさらに大きく回避している。しかもその運動効率からして、深和のフェイントも本命も同じように回避するだろう。


 射撃の効果面積では悠之歩の流火を捉えることができず、深和では悠之歩の歩みを遅らせることもできない。どれだけ必死に逃げても、流火は距離を詰めてくる。


 鬼火のような導波動を纏う二本角の流火の外見もあって、鬼ごっこはより迫真の様相を呈してきた。


 降り出していた雨は、勢いを増していた。

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