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5. 試作機

 試作機のテストに協力する契約を結んでから2ヶ月、悠之歩は警備特区内の涼羽SAの拠点で、深和や翔が合同インターンで受けたのと同じ装骨格操縦の基礎訓練を受けた。内容としては、装骨格のシステム操作や通信ルールの学習、歩行訓練や走行訓練などだ。


 7月に大学の春学期末試験の勉強に追われながらも何とか切り抜け、夏休みに入る。


「――千秋もようやく基礎訓練が終わったか。これで次のステップに移れるな」


 その日の訓練スケジュールを伝えるミーティングで、矩場が言った。


「という訳で、千秋にも流火りゅうかで鬼ごっこをしてもらう」


 流火とは、悠之歩たちがテストすることになったくだんの試作装骨格のことだ。


「緒戦の相手は二冬がやってくれ。流火で模擬戦用の模擬刀を持って、二冬の氾火はんかを叩いたら千秋の勝ち。制限時間いっぱい逃げ切るか、流火に一定以上のペイント弾を当てたら二冬の勝ちだ。模擬刀はしっかり振って当てろよ? 掠っただけじゃノーカンだからな。模擬刀でいくら殴っても装骨格は壊れないから、遠慮しなくていい。その代わり体当たりは禁止な」


 実質的にはただの模擬戦だが、「逃げる」という選択肢の比重が大きいので、鬼ごっこという言い方もあながち間違いではないだろう。


 説明を受けた後、悠之歩たちはパイロットスーツに着替え、格納庫に向かった。


 フード付きのスキーウェアのような黒いパイロットスーツは、特殊な繊維で作られており熱や摩擦、そして防弾性能が高い。そして襟の中には通信用のヘッドホンとマイクがある。


 悠之歩は格納庫で、自分が使う試作機――流火二番機に近づき、見上げた。


 今は跪いているが、流火が立ち上がれば体高が4メートルほどだ。銀と黒に塗装された全身の装甲、頭部の刃のような二本角と2つの切れ長のカメラアイ――その姿はまるで、機械化された鬼のようにも見える。


 警備特区などで使われる一般的な装骨格・氾火と比べ、流火はやや装甲が薄く、肩回りの関節の可動域が広い。一方で、同様に胴や脚の前後幅が広く、人体とは体躯のバランスが異なるのは共通している。横から見ると肩は胴の中心から胸側に寄った位置にあり、頭部も全高に比して小さく頭身が高めだ。また、背中と両腿側面にブースターがあり、足にタイヤが装備されている。


 兵器として開発されたにしては人間的で、人体に似せて設計されたというにはどこか猟奇的、そして異形とはいえその構造には合理的かつ機能的だ。


 悠之歩は流火の背後に回り込み、装甲が開かれたコクピットに乗り込む。中には跨って座るタイプのシート、正面と左右のメインディスプレイ、正面ディスプレイ下の小さいサブディスプレイ、2本の操縦桿がある。


 悠之歩は背面装甲を閉じ、装骨格の心臓ともいえる導波動コイルを起動させた。


 この導波動コイルの芯材に使われている緋導鋼ヒヒイロカネという合金こそが、装骨格、引いてはありとあらゆる導波動技術の骨子だ。緋導鋼に導波動を帯びるという性質があるからこそ、導波動は観測され、電磁気的なエネルギーとして利用可能になる。


 コイルの磁場と共振して増幅された悠之歩の導波動が、緋導鋼でできた流火の全身の回路や装甲に行き渡る。


 緋導鋼が帯びた導波動は光の屈折率にも影響を及ぼすため、骨格者の波形によってその色が異なり、悠之歩の流火は鬼火を思わせる竜胆色(りんどういろ)の導波動を纏った。


 その双眸に光を宿した流火は、深呼吸のようなブースターの吸気と排気を始める。


 流火を使い始めて2ヶ月経つが、機体が駆動し始めるこの音と振動には未だに慣れない。高揚感と全能感を覚え、自分がより大きく強い存在になったと錯覚しそうになり、そんな感覚を抱く自分に漠然とした不安が襲いかかる。


 ――二冬と模擬戦、か。


 悠之歩自身も深呼吸し、肚の底からぶるりと震える。


 逃げれば勝ちの鬼ごっことはいえ、深和は射撃をしてくる。彼女の強さを体感するにはうってつけのシチュエーションだ。


 そしてこの2ヶ月で確証を得たが、流火でなら部分的に鳴気流の術理を応用できそうだ。装骨格の四肢はパイロットの導波動波形を感知することで操作できる。悠之歩が腕や脚を動かそうとする感覚を想起すれば、およそその感覚通りに流火も動く。


 つまりこの模擬戦は、深和が装骨格を使うために培ってきた能力と、悠之歩が鍛え上げてきた鳴気流の比べ合いということになる。


 1人で黙々と、淡々と自身に鍛錬を課す深和の姿は、高等部の3年間でいつも悠之歩の視界の端に入っていた。


 授業中や休憩時間、登下校中も常に密かに臍下丹田を鍛えていた悠之歩は、時を選ばず勉強する深和に共感していた。そして、人目を気にして鳴気流のことを秘めている悠之歩と違い、周囲の目を気にせず鍛え、その上で周囲にそれを認めさせた深和が眩しかった。


 異なる鍛錬の良し悪しや程度を比較することはできず、深和の鍛錬をすべて悠之歩が知っている訳でもない。深和がしてきたトレーニングがどの程度装骨格操縦に反映されるかもかも不明だ。ただ、深和が自身の時間を限界まで使って鍛えてきたことだけはわかる。


 そんな深和に挑むからこそ、悠之歩も己の人生を費やして積み上げたものをすべて出し切り、限界を超え、自分1人では気づけなかった何かを自分の中に見つけられるかもしれない。


 ――二冬の方が装骨格に慣れてるし、僕じゃ手も足も出ないかもしれない。でも――


 人生の時間の大半を消費して鍛え上げてきた能力を打ち破られるということは、人生そのものを踏み躙られ、否定され、今までの自分を殺されるようなものだ。


 しかし悠之歩は自分の鍛錬の重みがわかっているからこそ、深和に捩じ伏せられても、深和がそれだけの鍛錬をしてきたからだと納得できる。


 ――二冬になら、殺されてもいい。


 深和に敗北すれば、その「死」を糧に、今の悠之歩に足りない稽古を見出せるかもしれない。


 悠之歩は流火を立ち上がらせ、演習場に向かうため一歩踏み出した。

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