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43. ライバル

 廃工場での戦いの後、プロメテウスの再犯の容疑者を逮捕したというニュースは流れてこないまま、悠之歩の夏季休暇が終わって10月になった。


 プロメテウスの再犯が国際的にも政治的にも重大な存在であることから、まだ情報を公開できないのか。あるいは、誤認逮捕の可能性を徹底的に潰すために今も取り調べや調査が続いているのか。はたまた、そもそも矩場が悠之歩たちに語った内容は偽りで、初めからプロメテウスの再犯の容疑者などあの場にいなかったのか。


 あの日からそんなことを考えつつ、悠之歩はいつも通り、自室で一人、朝の稽古をしている。


 ――いずれにせよ、僕はしょせん蚊帳の外で、無知で、使われるだけの駒ってことか。


 悠之歩たちが全員生き残り、流火のコンセプトを果たせた。戦って生き残る力と、大きな組織に社会的地位を守らせられるだけのものを発揮できた。それはいい。だが――


 ――これから先はどうなる?


 鬼が囁く。


 ――流火のデータ収集が終わったら? 今回の件で、誰かが流火を危険視したら? 涼羽が僕らを切り捨てたら? そうなった時、僕に何ができる? 今の僕は何をすべきだ?


 思考の奔流は、滝が上から下に流れ落ちるかの如く、いつもの結論に着地する。


 ――稽古だ。


 悠之歩は呼吸によって臍下丹田を締める感覚と共に、見えない刀を握った両腕を振り下ろした。


 ――利用されても生き残れるように、できる稽古をする。


 心身を鍛え、いついかなる時も動き、抗い、切り抜けられるように準備するしかない。


 何かの陰謀に巻き込まれて大学を退学になるかもしれない。涼羽に協力していたことが就職活動で不利に扱われるかもしれない。今夜にでも何者かが悠之歩を殺しに来るかもしれない。


 それでも立ち向かえるように生きていく。


 そうなれるように稽古するだけだ。


 仲間がいても、一人でも。


 稽古を終えた悠之歩は、身支度をしてから大学へ向かった。


 そして秋学期初日の講義をすべて終えた悠之歩は、彩音へのデータ提供のため体育館の更衣室で道着と袴に着替えてから、武道場に向かった。


 するとそこには、彩音だけでなく深和もいた。


「お疲れ様です……どうして二冬もここに?」


 彩音に挨拶しながら言うと、彩音が応じた。


「今後しばらく、深和ちゃんのデータも取りたくてー」


 彩音は、隣に立つ深和にしな垂れかかりながら言った。


「千秋くんがやってる稽古を、深和ちゃんにもやって欲しいんだー」


「どうしてですか?」


「千秋くんの稽古を他の人がすると、どれくらいストレスがかかるのかなーって。それで、深和ちゃんは千秋くんのこと知ってるし、体力あるじゃん? だから呼んだんだー」


「二冬、実験台扱いされてるよ?」


 悠之歩が言うと、彩音にくっつかれたどぎまぎしながら、深和が答える。


「いえ、私は構いませんが……千秋くんこそいいんですか?」


「何が?」


「私に手の内を晒すことになりますが」


 どこか悠之歩の反応を窺うような視線は、質問しているというより、悠之歩の情報を集めようとするかのような抜け目のなさがあった。


 それを受けて、悠之歩は愉快な気持ちになる。


「手の内を知ったら、僕を倒せそう?」


「……なるほど、私への挑発と受け取りました」


「そんなんじゃないよ。純粋な好奇心」


「千秋くんのことですから、それが本音なのはわかってますが……」


「晒すも何も、前に1回見られてるしね。それより、慣れない稽古したら二冬の持ち味が損なわれない?」


「そこは安心してください。勝手に良いとこ取りさせてもらうので」


 悠之歩と深和がそんなやり取りをしていると、彩音がおずおず言った。


「2人共、前会った時より仲悪くなってない? 大丈夫?」


「そう見えます?」


 悠之歩は小首を傾げる。


「だって、倒すとか、挑発とか……また喧嘩したの?」


「……『また』も何も、喧嘩なんてしたことありません」


 深和が少し頑なな声音で言ってから、悠之歩を怜悧な眼差しで真っ直ぐ見据えた。


「単に、ライバルなだけです。いつか倒すつもりなので」


 ――あぁ、そうか。それはいいな。


 悠之歩の口元が綻んだ。


「楽しみにしてる」


 悠之歩の言葉に、深和も微笑を返す。


 そんな二人を見て、彩音は「そういう感じかー」と愉快そうに笑った。

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