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40. 必然的偶然

 翔が浅葱色の導波動の不知火を疑似音斬で倒していたちょうどその時、深和は朱色の導波動の不知火を足止めしていた。


 深和の背後、十数メートル離れたところでは悠之歩が黒茶色の導波動を帯びた不知火と戦っている。音斬という決壊量に届く攻撃手段を持っている悠之歩がそちらを撃破するまで、彼の1対1の状態を確保するのが深和の役目だ。


 片腕がなく攻撃手段も持たない以上、いよいよ足止めに徹するしかない。


 深和は翔に勝った時の模擬戦と同様、可能な限り高速で敵の周囲を回りつつ、時折チャフスモーク弾を撃って敵を攪乱した。


 翔ほどの速度や立体的な機動はできないまでも、深和の操縦技術であれば、地表を駆け回り敵の射撃を躱し続けるくらいのことはできる。チャフスモーク弾もあり、しかも深和の射撃精度であれば造作もない。


 この2ヶ月余りジムで繰り返していたサンドバッグ打ちの感覚を応用し、コンパクトなジャブやフックを繰り出す感覚で腕を出しながら、チャフスモーク弾を撃つ。これによって射撃の瞬間に盾を構えられない時間を最小限に抑えつつ、狙った場所に正確に撃ち込み、深和は不知火の当てずっぽうな射撃を躱した。


 とはいえ、いずれはチャフスモーク弾も切れる。そうなった時に深和が足止めできなくなれば、この不知火は悠之歩が戦っている薙雲の方に向かいかねない。そうでなくても、深和の摘雪に決壊量に届く攻撃手段がないと敵が断じれば、不知火を無視して動かれる可能性もある。それだけは避けねばならない。


 盾を使って体当たりをすべきか……そんなことを考えていた矢先だった。

 深和は、敵の銃口が自分の進行方向を向いているのに気づき、急制動をかけて左に跳びつつ、機体の向きを半回転させながらチャフスモーク弾を撃った。


 その瞬間、空間を叩き割るような音が轟き、深和のチャフスモーク弾はあらぬ方向に飛んで行って工場棟の壁面に当たり炸裂した。


 目の前の不知火の射撃か、もしくは悠之歩たち他の誰かが戦っている不知火の流れ弾が当たったのかと思い、ぞっとする。だが、コクピットに警告音が鳴っていない。


 そして一拍置いて、それが深和の求めていた衝撃波の発生音であることに気づいた。


 音斬だ。


 まったく意識せず、求めてもいないタイミングで、深和は音斬を《《撃ててしまった》》。


 反射的に高揚しそうになるが、「完全にまぐれだ」「狙って再現することはできない」と深和の怜悧な本能が告げる。しかし同時に、これまではないものと思っていた攻撃手段が選択肢に加わった。その事実もまた、深和の知能が確信する。


 意図的に再現できないが、偶発的に再発する可能性はある。チャフスモーク弾がいずれは弾切れになるなら、この不確実な音斬を活かして状況を打開せねばならない。


 深和はバランスを崩した摘雪が倒れそうになり、咄嗟に盾を地面について転倒を防ぎ、勢いを殺さないまま姿勢を立て直して再度走りながら思考を巡らせる。


 狙って撃てないなら、また引き当てられるまで狙い続ければいい。今までは音斬を撃てる確率がゼロだった。しかし、偶然とはいえ撃てたことで、低いながらも深和の中に「成功率」という情報が追加されたのだ。


 試し続ければ、いつか必ず引き当てられる。


 ならば深和が次に考慮すべきは、当たるまで試し続けられるように何をすべきかだ。


 まず、回避と防御が最優先だ。偶然の要素にすべてを委ねてはいけない。音斬という技の華やかさに惑わされず、自分のベストを尽くすため射撃に徹し、まぐれをまぐれと認識した上で、リスクの少ない形で同じ条件を割り出してそのまぐれを引き出す戦法が必要だ。


 欲張ってはならない。


 賭けてはならない。


 淡々と思考し、粛々と試行する。


 深和は歯の隙間から鋭く息を吐き出し、駆ける。


 片腕がなく、盾しか持っていない状態で音斬を撃てたとして、それをどう当てれば敵に対して有効か?


 そう考えてまず思い出すのは、徒手で音斬を撃って氾火の腕を破壊した悠之歩の技だ。しかしあれは両手を使っており、鳴気流合気柔術の心得がある悠之歩だからできたに過ぎない。まったく同じことを深和が今しようとしても、条件があまりに違う。


 だが、音速の投げ技という要素だけなら、使いようによっては深和でも再現できるかもしれない。例えば、盾を不知火の脚に引っかけ、音速で脚払いをかけてみてはどうか。


 装骨格では生身と違って反射的に堪えることが難しい。しっかりと敵の片脚を浮かせ、その状態で体当たりもできれば、転倒させることは可能だ。これだけでも充分敵を無力化できる。少なくとも、すぐ立ち上がられないよう深和が見張れば、悠之歩が落ち着いて1対1で黒茶色の導波動の不知火と戦う時間を確保できる。


 そこまで瞬時に導き出し、深和は次の思考に移る。


 先ほど音斬が暴発した原因はおそらく、翔が模擬戦で疑似音斬を撃った時のように、急転回によって深層筋が刺激されたことだ。であれば、急転回のタイミングで摘雪の重心を切り返そうとする感覚がトリガーになる。


 翔ほどの速度は出していないので抵抗放射は見込めない。しかし急な方向転換が擬似音斬に繋がることはわかっている。


 そうとわかれば、不知火から少し逸れた方向に直進してから、急旋回して不知火とニアミスですれ違おうとし、そのタイミングで盾を持った右腕を振ればいい。


 すべきことを見定め、深和は意を決する。


 効果を得たい。


 勝利が欲しい。


 糧を喰らいたい。


 そのためなら、徹底した合理性と論理性を愚直に遂行できる。


 深和はチャフスモーク弾をリロードし、時折それを撃ち込んで目眩ましをしながら、音斬を暴発させた時の深層筋の感覚を再現しようと試みた。


 しかしなかなか、敵とすれ違うタイミングや適切な距離が合わず、深層筋も刺激できない。その度に盾を空振りし、不知火の脚を狙おうと前のめりになって躓きそうになっては、右手を地面について踏ん張り、どうにか止まらないようにして走り続ける。


 敵に少しでも反撃の気配があれば、敵との距離が離れていてもすぐ回避行動に移り、また死角に回り込んでリトライする。


 それを何度も繰り返す。


 みっともなく無様な戦いぶりだ。


 翔のような化物にも、悠之歩のような魔物にも、燎のような怪物にもなれない。


 いささかの獣らしさを持ち合わせているだけだ。


 だが、それでいい。


 自らの知能を本能的に使いこなす理知的な獣性こそが、二冬深和の真髄だ。


 11回目の試みも失敗し、深和は不知火の傍で倒れそうになるが、右手の盾をついて転びそうになった。


 しかしここで、深和は咄嗟に、ブースターを噴かせることを選んだ。


 この瞬間はまだ不知火が摘雪の方を向くのが間に合っておらず、今ならむしろ不知火に飛びついた方が機体を支えられるかもしれない。


 素早くそう判断したのだ。


 だが、一度踏み止まろうとしてからそれを中断して急加速ようとしたことで、Gが深和の深層筋を刺激した。


 それが、先ほど音斬が暴発した寸前の予兆と似通っていることに気づく。


 この予感を利用してみたい。


 そんな嗅覚に従い、深和は不知火の左斜め後ろから真っ直ぐ不知火の方へと飛び込んだ。そして手前にある左脚ではなく、奥の右脚に向けて摘雪の右腕を伸ばし、盾を引っかけ、急転換しながらその勢いを利用して摘雪の体勢を立て直そうとする。


 その瞬間、肚の奥の一点がぐいと引っ張られるような感触がした。


 やはり覚えがある。


 先ほどチャフスモーク弾を撃とうとした時と同じ感触だ。


 その実感に喜びや興奮が湧きそうになるが、それらすらも音斬の邪魔になりそうな予感がして、深和は反射的に興奮を押し殺してGに身を任せる。


 獣の歓喜の咆哮にも聞こえる衝撃波が発せられ、再び暴発した音速の牙が敵機の脚を掬い上げ、違法装骨格はもんどりを打って地面にうつ伏せに叩きつけられた。


 音斬の反動で摘雪を立ち直らせた深和は、興奮しながらも半信半疑に、念のため回避行動を取って不知火が射撃してきても躱せるようさらに跳び退すさりながら、敵の方を振り返った。


 朱色の導波動の不知火は倒れている。


 深和は冷静さを維持するよう努めつつ、急いで不知火の左脇の方にしゃがみ込み、摘雪の左膝で敵の左腕を踏み、盾で背中を押さえつけることで寝返りを打てなくした。


 これで地面以外に導波動弾を撃つことができず、左腕のブレードも振れない。


 あとはこの状態を、悠之歩が黒茶色の導波動の不知火を倒すまで維持する。


 何があってもこの獲物を食い止め続ける。


 油断も慢心もなく、強い目的意識で深和が次なるタスクに臨もうとした時だった。


 離れた位置で衝撃波の轟音が鳴り響き、黒茶色の導波動の不知火が装甲の破片と共に吹き飛ばされてきて、10メートルほど離れた場所に転がった。


 そこに悠之歩の薙雲が歩み寄ったかと思うと、音斬で残った左腕を斬り落とした。


 あまりにさりげないその挙動は、相手の両腕を斬るという行為にしては冷酷さなどなく、まるで地面に落ちたハンカチでも拾っているかのように見えた。


 そして周囲を睥睨した薙雲は、不知火を取り押さえている摘雪に視線を留める。


〈――さっきの衝撃波、もしかして音斬撃てたの!?〉


 悠之歩は日常の中で世間話でもするかのように言った。


「えぇ、まぐれですが……」


〈そっか、やったね〉


 薙雲は摘雪の方に近づき、悠之歩が言う。


〈脚と武器、壊しておくよ〉


「ありがとうございます」


 深和が頷くと、薙雲は不知火の脚の方に回り込み、2発の音斬で両脚を破壊した。


 当たり前のように音斬を撃つその姿は、介錯をする首斬り役人にも、木々を剪定する庭師のようでもあった。


「薙雲は、荒風と剥光の援護に行ってください。ここの見張りは私で充分です」


 深和は不知火の左脇から離れ、薙雲が不知火の背面の重火器を斬り散らす横で、周囲を警戒しながら言った。


「彼らは建物に入りました。場所と相性を考えると、荒風が動きにくいはずです」


 話しながらもどんどん論理的思考が凄まじい勢いで組み立てられ、深和は根拠と推測が積み上げられた傍から口に出す。


「それに、ターゲットは前回、屋内に紛れ込んで逃げたんですよね。今回も同じか、もっと派手に逃げるかもしれません」


〈わかった、じゃあ出入り口を塞いでおく〉


「いえ、北西側に回り込んでください。その方角は道路がなくて、廃棄農地が広がっています。装骨格で逃げるなら、そっちだと思います」


 前回のように装骨格を放棄するなら車かバイクで道路を走るだろうが、その場合は警察の検問で抑えられる。ならば、悠之歩の薙雲は不知火で強行突破されるケースに備えるべきだ。


〈なるほど……了解。もしまた敵が来たりしたら、すぐ呼んで〉


「わかっています。これ以上は、無茶しませんから」


〈うん、気をつけて〉


 悠之歩はそう言い、深和が指した方へ向かっていった。

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