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鬼道ウォーカー  作者: 有多照
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3. 不殺の提案

 彩音から深層筋の導波動波形について説明を受けた翌日の午後、講義を受け終えた悠之歩は彩音の紹介で涼羽精工の担当者と会うべく、警備特区内のカフェに向かった。そこでプロジェクトの概要を案内され、参加を承諾した場合は会社の方に向かうとのことだ。


 ――百白先輩は機密がどうのって言ってたけど、カフェなんかで話していいのか?


 そんなことを思いつつ悠之歩が指定されたカフェに向かい、出迎えた店員に「3人で待ち合わせです」と言うと、店内を通り抜けた先にあるテラス席に案内された。テラス席は1つしかないため、第三者に会話を聞かれにくそうだ。涼羽精工の担当者は、このカフェのテラス席のことを知っていてこの店を指定したらしい。


 そしてテラス席には、既に一組の男女が向き合って座っていた。


 スーツ姿男の方は悠之歩より少し背が低そうで、短髪で角縁の眼鏡をかけており、年齢は30代から40代に見える。


 そして悠之歩の方に背を向けている女子学生は、一度も染めたことのなさそうな黒髪は括らなくても邪魔にならない長さに切られている。座ってはいるが、背丈は悠之歩と同じくらいだ。悠之歩の身長は同年代男子の平均程度なので、彼女は女子としては長身の部類に入るだろう。


 見慣れたその後ろ姿を見て、悠之歩は「やっぱり」と思わず口元に笑みを浮かべた。


 二冬(ふたふゆ)深和(みわ)というその女子とは、奈笠第二高校で三年間同じクラスだった。彼女は高等部一年の頃から常に座学の試験で学年トップの成績を修め、体力測定では男子上位層に食い込む記録を叩き出してきた優等生だ。深和より優れた身体能力を持つのは運動系の部活で熱心にトレーニングしていた男子だけだったのだが、深和は部活に入らず、一人でジムに通ったりランニングしたりといった自主トレーニングだけで、それほどの運動能力を鍛え上げていたのだ。


 ――嗚呼、そうだよな。僕が選ばれて、二冬が選ばれない訳ないよな。


「すみません……涼羽精工の方ですか?」


 悠之歩は2人の方に近づき、初対面の中年男性に声をかけることへの緊張を、知った顔が傍にいる安堵でどうにか押し殺して声をかけた。すると男性の方が「おぉ」と軽快な口調で応じる。


「そうそう、涼羽の者です。そっちは、第32研究室の紹介で来た……?」


「奈笠大導学部1年の、千秋悠之歩です」


「そっか、よろしくな。っと、俺は矩場くば紀充のりみつっていいます」


 矩場と名乗った男は立ち上がって名刺を出し、悠之歩に差し出した。


 それを両手で受け取り紙面を見ると、「株式会社涼羽精工 先端機構技術部第3開発室 室長 矩場紀充」とある。


「今日はよろしくお願いします」

 悠之歩は矩場に言ってから深和に視線を移すと、深和は化粧っ気のない顔に困惑の色を浮かべて悠之歩を見上げていた。


「……こんにちは。千秋くんも呼ばれていたんですね」


「へっ? あぁ、うん。そうみたい」


 悠之歩は、深和に自分の名前を呼ばれたことに面食らいながら頷いた。


 高校で深和は基本的にクラスの誰かとつるむことはなく、休憩時間もいつも参考書などを広げて勉強していた。そして悠之歩も、特に親しくもない上に、勉強やトレーニングにいそしむ深和の邪魔をしようとも思わなかったため、3年間同じクラスだったにも関わらず数えるほどしか話したことがない。


  深和も奈笠大学に進学しているとはいえ、学部も違う今、こうして学校の外で会って話すのは妙な気がした。


「なんだ、2人知り合いか? 同い歳だなとは思ってたけど」


 矩場が少し驚いたように言い、悠之歩は答えた。


「高校の時、同級生でした」


「へー? あの基準をクリアした面子が顔見知りってのは、縁ってもんかなー。ま、とにかく座って好きなもん注文しな」


 矩場に促されて悠之歩は深和の隣の席に座り、悠之歩と矩場はホットコーヒー、深和はアイスティーを店員に注文した。


「研究室で、基準を満たした人が僕以外に2人いると聞いたんですけど……」


 悠之歩は聞いた。


「もう1人は、先に声かけるタイミングがあってな。その場で了承済みだ。それより、2人は何かスポーツとか格闘技をやってたのか? あの深層筋の基準値、ほとんどの骨格者がクリアできなかったのに」


「自主トレーニングをしていただけです」


 深和が答えた。


「自主トレ? どんな?」


「ランニングと基本的な筋トレ、サンドバッグ打ち、あとは耐G訓練の腹筋です」


「どうしてまたそんなトレーニングしてたんだ?」


 矩場が尋ねる。


「装骨格のパイロットになる進路を選択肢に入れるためです。自衛隊や公認三社は人手不足だと聞いたので」


 深和がはっきりと答えた。


 公認三社とは、導式装骨格の運用を法律で認められた3社の民間警備会社のことだ。


 日本ではプロメテウスの再犯で2000人以上の死傷者が出たこともあり、自衛隊用の装骨格の開発と配備は2年ほどと速やかに行われた。


 しかし、緋導鋼の流通は法律で規制されているにも関わらず、日本国内でも度々装骨格が犯罪に使われるようになり、自衛隊だけでは日本全国の違法装骨格犯罪に備えるには骨格者が足りなくなった。かといって警察も装骨格を配備するとなると、国家予算を含め様々な問題が生じる。


 そこで、これもまた日本という国にしては随分と大胆ではあるが、民意の後押しもあって3社の民間警備会社も装骨格を警備業務で運用できるようになったのだ。これによって一部の民間企業や施設は、公認三社と警備契約を結ぶことで違法装骨格の襲撃に備えている。


 その最たる典型が日本に6つある警備特区であり、それぞれの特区は公認三社の警備下にある。


 とはいえ、やはり骨格者が人口の500人に1人の割合でしか存在しないこともあり、公認三社のパイロットも限られており、警備できる場所や範囲には限りがある。


「真面目だねぇ。それで去年、合同インターンに来てたんだ?」


「はい。インターン経験がないと、公認三社には入れませんから」


 矩場が言った合同インターンとは、警備特区内の高校生や大学生に向けて公認三社が合同で開催する、装骨格パイロットになるためのインターンだ。ここで学生たち装骨格の操縦を学び、インターン経験者として登録されることで、公認三社の年2回の採用に優先して応募できるようになる。


 ――そうか。二冬はインターンで装骨格を使った時に波形を記録されたのか。それで直接勧誘されたんだ。


 悠之歩は納得した。


「で、千秋くんの方はどうやって深層筋を鍛えてた?」


 矩場が悠之歩に話を振った。


「えっと……10年くらい武術経験があるので、それが理由だと思います」


「10年か、大したもんだ。剣道? 柔道?」


鳴気(なるき)合気(あいき)柔術っていう、地元の小さい流派で……高校に入るまでは、そこに通ってました」


「高校ではどうしていたんですか?」


 耐えかねたように深和が口を挟んだ。


 骨格者たちが警備特区に住む主な理由の一つは、身の安全のためだ。


 導波動の存在が明らかになって以降、骨格者は言うなれば莫大なエネルギーの源でもあり、導波動というエネルギーの謎を解き明かすための検体とも見做されるようになった。そのため、犯罪組織による誘拐や人身売買は日本を含め世界中で増加している。


 警備特区内では導波動関連の研究や教育が進んでいるのも、公認三社の警備によって骨格者や導波動関連の機械や研究施設が守られ、骨格者が集まっているからだ。


 そんな警備特区に住んでいるのに、稽古のために頻繁に警備特区を出ているはずがないと深和は考えたのだろう。


「一人でできる稽古を、家で続けてたよ。型の動きとか」


 悠之歩は深和に言ってから、矩場に視線を戻した。


「丹田――深層筋をかなり意識した稽古なので、それで波形も発達したんだと思います」


「なるほどねぇ……」


 そうこう話をしている内に注文した飲み物が運ばれ、店員が店の中に戻るのをコーヒーを啜りながら見届け、矩場が本題を切り出した。


「端的に言うと、うちが作ってる試作装骨格のテストに協力して欲しい」


「……試作装骨格?」


 悠之歩は反射的に聞き返した。隣で深和も怪訝そうな表情を浮かべている。


「ああ。知ってると思うが、公認三社の内の1社、涼羽(セキュリティー)(エージェンシー)は涼羽精工の子会社だ。で、子会社で使う機体は親会社で作ってる。その試作機のテストなんで、涼羽SAじゃなく涼羽精工からの依頼って訳だ」


「どういう試作機なんですか?」


 深和が質問した。


「違法装骨格と戦って、パイロットを殺さず逮捕できる機体だ。基本的に装骨格同士の戦いは、『殺される前に殺す』一択でな。装骨格自体が強力過ぎて、撃破時のパイロット死亡率は6割を超える。殺しても法的に責任はないが、それでも気に病む社員がいるんでな。詳しいカラクリはまだ言えないが、敵を殺さずに済む機体を作ることにした。ただ、比較用に試作機を複数用意しなきゃいけなくてな。ぶっちゃけ予算がない」


 ――社会人に金の話をされると、学生はリアクションに困るな……。


 矩場のあけすけな物言いに、悠之歩はやや辟易した。


「上等な緋導鋼を使えないと、機体の出力も落ちる。そこで、パイロットの質でカバーすることになった。導波動は、波形の変化量が大きければ大きいほどその性質が強く発揮される。大きな身動きを取れないコクピットでそんな波形変化を起こすには、発達した深層筋が要るって訳だ」


「インターンとは別物ということですか?」


「ああ。インターンでも警備業務でもない、会社私有地内でのテストだ。これなら国に申請する必要もない。実戦データを採取する場合は、予備警備員制度を使うがな」


 予備警備員制度とは、公認三社が正規社員以外で登録した骨格者に臨時で警備業務を任せられる制度だ。年間で予備警備員を使える時間に上限があるが、人手不足対策としてこのような制度も政府に認められている。


「実戦にも出るんですか?」


 悠之歩が聞くと、矩場はひらひらと手を振った。


「実戦に出れるレベルの強さなら、その時初めて検討されるってだけだ。私有地内のテストをやってくれるだけでも大助かりだよ。何せ、パイロットは警備業務に出ずっぱりで、試作機のテストなんて全然できないからな」


 涼羽としても、素人を実践に駆り出して試作機を壊された挙句、犬死されて責任を負うのは避けたいところだろう。


 ――ということは、ひとまずは私有地で装骨格を使うだけってことか……。


 悠之歩が思案を巡らせていると、隣の深和が言った。


「私は引き受けさせていただきます」


「おっ、即断。ありがたいね」


 矩場が機嫌よく言った。


 悠之歩は深和を見た。


 彼女の表情はいつもの怜悧で淡々としたものではなかった。悠之歩には、わずかに瞳が輝いているように見える。


 自衛隊か公認三社に入り、骨格者にしか使えない装骨格という兵器で違法装骨格と戦う――そんな進路も視野に入れていた深和にとって、今回の件は自分の価値を証明する機会なのかもしれない。


 もしくは、矩場の「殺さず逮捕」という警察のような物言いが深和の胸を打ったのだろうか。


「千秋くんは?」


 矩場に問われ、悠之歩は少し考える。


 ――二冬が将来自衛隊か警備会社に入ったら、違法装骨格と戦うことになる。相手を殺すかもしれないし、二冬が怪我したり、死ぬかもしれない……。

 その可能性を考え、悠之歩の表情は曇る。


 日常生活の中で常に呼吸の度に臍下丹田を圧迫し、鍛える。そんな稽古を己に課していた悠之歩は、深和が教室で休憩時間も勉強し、放課後すぐジムに向かうのを見る度、励まされていた。何気ない生活のすべてを鍛錬に捧げているのは自分だけではない。そう思えるだけで、深和に負けじと悠之歩は自分の稽古を貫くことができたのだ。


 これは悠之歩から深和への一方的な仲間意識と敬意だ。深和にそれを伝えるつもりも、必要性もない。深和は悠之歩の友人ですらなく、ただの元同級生だ。


 そんな浅く細い関係性の悠之歩には、深和に「装骨格パイロットにならないで欲しい」などと止める権利はない。気持ちを伝えることすら烏滸がましい。

 ――二冬に危ない目に遭って欲しくないけど、それで二冬のやりたいことに文句をつけるのは我がままでしかない。考えること自体が失礼で、傲慢で、歪んでる。僕が納得すれば済むだけの話なのに――そうか。


 深和と一緒に試作機のテストをしていれば、深和がどれくらい装骨格を使いこなせるかを間近で確認できる。そこで深和が非凡な優秀さを思い知ることができるだろう。


 ――それなら、二冬を引き留めたがる弱い僕を殺せばいい。二冬なら僕を殺せる――二冬になら殺されてもいい。


 悠之歩は肚の中で結論を出し、矩場に言った。


「……僕も、やらせていただきます」

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