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36. 狩猟本能

 点検同行の決行は夜明け前となった。


 深和は三番機、悠之歩は二番機、翔は一番機、燎は四番機に乗り込み、関東地方東部にある廃工場に向かう。


 深和の摘雪は盾を手に持ち、両腕それぞれの前腕に、チャフスモーク弾を発射できる砲身を直接備え付けている。このチャフスモーク弾は戦闘機などが使うものと若干異なり、煙と共に金属粉を散布するものだ。敵機が銃火器を使う場合、これによってレーザー照準補正を阻害して射撃の命中率を落とせる。また、発煙機能はオンオフを切り替えられるので、悠之歩たちが格闘戦に持ち込んだ場合に煙で視界を遮らないようにすることも可能だ。


 燎の剥光は、刀を鞘に納めて右背面にマウントしており、手には長さ5メートルほどの十文字槍を、左肩には小型の盾を装備している。


 翔の荒風と悠之歩の薙雲は、右手に刀を持った上で左背面に鞘に納めた予備の刀をマウントし、荒風は左肩に剥光と同じ盾を、薙雲は左手に摘雪と同じ手持ちの盾を装備する。どちらも整備のための移送の時と異なり、武装を充実させてある。


 警察による交通規制が行われ、薄暗がりの中で深和たちは流火を起動させ、トレーラーから降りて警察の導式軽装甲車と共に廃工場の敷地へと入っていく。


 軽装甲車のスピーカーから警察が不法侵入者に向けて退去通告と出頭勧告をするのを聞きながら、深和は手袋の下でじっとりと掌に汗をかくのを感じた。


 これが生き死にのかかった実戦なのかという緊張感と共に、悠之歩と翔はこのような戦闘に前触れもなく巻き込まれたことを思い出した。そして、決意とも言えない曖昧な打算で自衛隊か公認三社、警察で装骨格を使って戦う進路を志望していると見せかけていたことの浅ましさを、改めて自己嫌悪しそうになる。


 だがすぐに、深和はかぶりを振った。


 自身の性根を思い知った上で、悠之歩はそれを善しとして受け入れてくれたのだ。今後同じ轍を踏まなければいいというチャンスをもらった以上、過去を悔いる暇などなく、目の前の戦いに集中せねばならない。


 仲間がいれば、一人ではできないこともでき、危機に陥っても助けてもらえるだろう。しかしそれは、ただ他人を頼ればいいという意味ではない。独力で何かを成し遂げられる者や他者を助けられる者だからこそ、互いに短所を補い合い、長所を活かして、より高いパフォーマンスを発揮できようになるのだ。


 己のベストを尽くし、悠之歩や翔、燎の能力を最大化することが今の深和の責務だ。


 深和は周囲を警戒しながら、翔の荒風と悠之歩の薙雲のペアとは少し距離を置き、燎の剥光と共に廃工場の敷地を巡る。


 このまま何の反応もないようなら、廃工場の中に入らねばならないか。


 そう考えた時、深和はパイロットスーツのフードに仕込まれたヘッドホンから聞こえる微細なノイズに違和感を覚えた。通信に何か影響が出ているのかと思い、サブディスプレイを確認するが、少なくとも今現場で他の流火3機と繋いでいるレーザー通信には問題がない。


 では他の無線に何か障害があるのか――それを確かめようとした瞬間、目の前の工場棟の壁を突き破り、全身を黒い装甲に覆われた2機の違法装骨格が飛び出してきた。


 流火のディスプレイは暗視状態だと緑色の画面になるのだが、装骨格などが帯びる導波動の色だけは、赤外線センサーの反射情報を元に、肉眼で目視できるのと同じ色が表示される。一機は芥子色の導波動、もう一機はにび色の導波動を帯びているようだ。


 どちらの機体も同じ武装構成で、右手にライフル型の銃器と、左右の背面にそれぞれ形状の異なる機関砲らしき重火器、そして左前腕には直接備え付けられたブレードがある。


 直前のブリーフィングでも、SBPOが撮影したトラックの台数から見積もって、廃工場にいる裏社会御用達の違法装骨格、不知火は2機が上限と予想されていた。そして同時に、その不知火が第三世代機であり、装骨格相手にも有効な射撃武装を装備していることも想定してある。


〈そんじゃ行こうか、薙雲〉


 どこか緊張感のない燎の合図で、悠之歩の薙雲が盾を構えて不知火に接近した。それに合わせて剥光も挟み込むように加速する。


 不知火が薙雲と剥光に注意を向けたと認識した瞬間、深和は不知火に向け、発煙機能をオフにしたチャフスモーク弾を撃ち込んだ。


 これによって照準補正を乱された不知火2機は、導波動を帯びた緋導鋼製の徹甲弾――導波動弾を右腕の加速砲と右肩の機関砲を乱射しながらチャフの効果範囲から逃れようとするが、薙雲と剥光は防御と回避を複合して隙を作らず肉薄する。


 そしてその周囲では、翔の荒風も高速で旋回している。


 4機での綿密な連携は訓練していない深和たちの目的は、まず敵を分断することだ。そうすれば荒風・薙雲ペアと摘雪・剥光ペアで相性の良い組み合わせに持ち込み、敵を確固撃破できる。


 だが――


〈剥光、一旦離れて回り込んで!〉


〈回り込むのは俺がやる。お前らはそのままでいい〉


〈やけにべったりだなー、こいつら〉


 悠之歩、翔、燎が声を掛け合いながら、誰かが不知火の間に割り込めるよう位置取りをしようとするも、2機の不知火は決して離れないよう立ち回っている。


 統制の取れた連携というより、芥子色の導波動の不知火が僚機の動きにうまく合わせているようだ。


 深和は翔を倒した時の模擬戦とは異なり、自分の移動スピードは重視せず、盾を構えて流れ弾に備えた上で、射撃精度を優先してチャフスモーク弾による援護に徹した。分断がうまくいくまでは、深和の射撃妨害が味方の生死を分ける要素になりかねない。


 とはいえいつまでもこの膠着状態を続けるべきではない。いっそのこと、悠之歩たちに動きを指示した上で、煙も使って敵の視界を塞ぐことで連携を断つべきか。


 状況を打開しようと深和が頭をフル回転させ始めた、その時だった。


 突如として、管制室からノイズ混じりの通信が入った。


《――5分前に不知火4機を確認した! そっちに向かってる! 繰り返す、不知火四機が接近してる!》


 不知火4機。そのフレーズの危険性を認識した直後だった。


 独特の反響音と金属の破断音、けたたましいアラーム音がコクピットに響くと共に、摘雪の装甲が砕け散った。


〈ふた――摘雪!?〉


 悠之歩の声が耳に届いたことで、深和は、自分がまだ死んでいないと遅れて自覚した。そしてその直後、増援として表れた黒い装甲の不知火四機に向かって凄まじい速度で飛んでいく荒風と、摘雪の前に割り込んできた薙雲の背中が見える。


 照準用のレーザーを照射されていると示す警告音が鳴った瞬間、深和は反射的にディスプレイの警告表示の方向に盾を向けつつブースターを噴かせ、チャフスモーク弾を撃っていたのだ。思考を挟まない本能じみた動きだったが、そのお陰で、増援としてきた不知火4機の集中砲火を盾で防ぎつつ射線から逃れることができていたらしい。


 深和は機体損傷を報せる警告音を切り、摘雪の左腕が完全に破壊されているのを確認した。


 導波動を帯びた緋導鋼製の装甲を破壊するには、同じく導波動を帯びた緋導鋼製の武器をぶつけ、決壊量に届く攻撃をせねばならない。その決壊量は運動エネルギーと導波動の量だけでなく、導波動波形の数にも大きく左右される。


 攻撃対象の導波動波形をいかに乱すかが重要であるため、瞬間的にぶつけられる導波動の波形が多彩であるほど、その効果は大きくなるのだ。当てる攻撃の威力と導波動量の総計が同じでも、1人よりも2人、2人より3人と、内訳の人数が多いほど決壊量に届きやすくなる。


 摘雪の左腕が盾ごと破壊されたのも、四種類もの導波動波形によって深和の導波動波形が瞬間的に大きく乱され、緋導鋼の強度が低下したからだろう。もし咄嗟に回避せず、チャフスモーク弾による射撃妨害をしなければ、そのまま一気にコクピットまで破壊され、深和は人体の原型も留めぬ死体に変わり果てていたはずだ。


 そして怒涛のごとく畳みかけられる事態の変化に、かつてない強さの心臓の鼓動とパニックが、暴力的な速度で深和の脳内の情報を整理した。


 おそらく最初の不知火2機が出てきた時から、廃工場周辺は敵によって強力な電波妨害をされていたのだ。現場の流火4機が使う短距離レーザー通信は問題ないのにノイズが聞こえたのは、そのせいだろう。そして増援の4機はあらかじめ付近に潜伏していたか、あるいはちょうど合流しようとしていたところであり、交通規制を突破してきたのだ。その間だけでも警察と涼羽SA管制室の無線を妨害し、味方が到着するまでの時間を稼ぐことが、不知火側の目論見だったに違いない。


〈これ持って、すぐ離脱して!〉


 悠之歩がそう言い、薙雲が持っていた盾を渡す。深和はそれを受け取りつつも、後半の言葉には反論した。


「私も残って援護します!」


〈いや危ないって!〉


 悠之歩が言い返すが、最初の不知火2機と依然として1人で渡り合いながら、燎が口を挟んだ。


〈どっちでもいいけどさー。1対4で頑張ってる人を助けてやったら? オレの方はどうにでもなるしさ〉


 仲間が死にかけたにしてはどこか呑気な口調だが、しかし数的不利な味方を早くカバーしろという冷静な指摘だ。


 それを受けて、深和と悠之歩は同時に荒風と不知火4機の方に全速力で駆け出す。


〈早く逃げてって!〉


 悠之歩は自分の隣を並走する深和に向かって言った。


「却下です! 敵が多過ぎる! 攪乱しないと!」


〈腕1本ないでしょうが!〉


「私ならうまく撃てます!」


「そういう話じゃない!」


 意見を衝突させながら、薙雲と摘雪は不知火に向かう。すると、増援の不知火4機の内2機が翔への攻撃を中断して摘雪と薙雲に射撃を仕掛けてきた。


 1対1での射撃は悠之歩にとってさして脅威ではないようだが、盾がない状態で複数機に一斉射撃されている今、薙雲は前進の効率を少し落として左右に大きめに動いている。一方、盾を持つ深和は大胆に踏み込めるため、到達できる最高速度こそ薙雲より上だが、横に大きくステップした瞬間はほとんど前進できない。


 直進する摘雪が薙雲を追い抜いたかと思えば、横にステップを入れた摘雪を躱して薙雲が前に出て、進路を交錯させながら競うような形で前に進む。


 この不規則で連携とも思えない動きによって不知火の射線が散り、深和と悠之歩は後退しながら導波動弾を撃ってくる敵との距離を縮めていった。


 だが、このまま何事もなく薙雲が格闘戦の間合いまで持ち込める保証はない。盾を持っている摘雪はともかく、薙雲に偶発的に決壊量の射撃が当たってしまうこともあり得る。そんな偶然を予防するにはチャフスモーク弾を撃たねばならないが、こうも軌道が入り乱れていては、摘雪の射線に割り込んできた薙雲に当たりかねない。


 チャフスモーク弾に破壊力はないのだから、誤射しても問題ないか? そう考え、ちょうど視界に薙雲の背中が入ってきた、その時だ。深和は、自分を翻弄してきた幽鬼がそんな甘い相手でないことを思い出した。


 そうだ――当たるはずがない。


 悠之歩は深和の射撃を悉く躱してきたではないか。


 深和が薙雲の背中を狙って撃ったとて、悠之歩ならきっと躱す。


 今共に戦っているのは、この自分を圧倒した男なのだ。


 目の前の幽鬼の纏う鬼火が深和の氷のような躊躇いを溶かし、淀みなく全身を駆け巡る清冽な感覚に衝き動かされ、深和は悠之歩の背中に手を伸ばした。

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