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35. 点検同行

「――お前らには、プロメテウスの再犯の実行犯を捕まえてもらいたい」


 矩場の言葉に、涼羽SAの拠点の駐車場で送迎用のワゴン車に乗り込もうとしていた悠之歩たちは足を止めた。


「プロ……え?」


 悠之歩は困惑の表情を浮かべるが、深和も目を丸くしており、燎は眉間に深い皺を刻み、翔ですら口が半開きになっている。


「何か質問あるか?」


「……あり過ぎるんですけど」


 他に誰も何も言わないので、悠之歩が全員の気持ちを代弁した。それに対し、矩場はワゴン車の車体にもたれかかりながら、それとなく周囲を見渡して言った。


「前に春日と千秋が巻き込まれた戦闘で、パイロットが逃げて放棄された機体があったろ。コクピットのシートに髪や微妙な皮脂があったらしくてな。検出されたDNAが、プロメテウスの再犯で新幹線を斬った機体に残ってたものと一致したそうだ。ほぼほぼクロだが、名目上は筆頭容疑者だな」


「へー、堂々と――って言うのも変だけど、違法装骨格使ってたんだ?」


 燎が言った。


「放棄された機体の傍には、割れた瓶と灯油の痕跡があってな。今までは痕跡を燃やしてたが、今回はテンパって火炎瓶を落としたっぽい。こいつは千載一遇のチャンスだ」


「なのに私たちが捕まえるんですか?」


 深和が怪訝そうに尋ねる。


「警察の威信がかかっていますし、公安などが捕まえるのでは?」


「それが、そう単純な話じゃなくてな」


 ガシガシと頭を掻き、矩場は言葉を選びながら答える。


「確かに特捜部も血眼で探してる。日本で最大最悪の被害を出して、10年逃げてきた奴だからな。それに、今まで逮捕された各国の実行犯たちは、黒幕の情報を碌に持ってなかった。まだ捕まってないこいつが、手がかりを握ってる可能性もある訳だ。だからこそ、この3人目の存在は重くなり過ぎた」


「重い……?」


「プロメテウスの再犯は、世界的かつ歴史的な大事件だぞ? 黒幕の情報はどの国も喉から手が出るほど欲しい。そんで事件直後なら、各国の警察や軍がその場で実行犯を逮捕できたんだがな。今このタイミングだと、迂闊に情報が漏れれば、よその国の諜報員に攫われかねん」


 そう言われた瞬間、悠之歩は、矩場が会議室や車中でこの話を切り出さなかった理由に思い至った。室外から他の社員に聞き耳を立てられたり、ドライブレコーダーに会話の録音が残ったりしないようにするためだ。


 今この駐車場は、車も少なく見晴らしがいい。誰かが近づいてきてもすぐ話を中断できる。


「警察の内部にしたって、特捜部ができてから時間が経ち過ぎた。どんなネズミが紛れ込んでるかもわからん。さらにダメ押しで、装骨格を使われると警察じゃ手に負えん。かといって自衛隊に戦わせると、うっかり殺しかねん始末だ」


「装骨格に乗ってない時に捕まえろよ」


 翔が身も蓋もないことを言うと、矩場がため息をつく。


「容疑者が違法装骨格を使って、他の違法装骨格に殺されるケースもあり得るだろ。警察にはプレッシャーがでか過ぎて、慎重にならざるを得ない。なのに、容疑者はいつ命の危険に晒されるかわからねぇんだよ」


「重ね重ね迷惑な奴だなー」


 燎が吐き捨てるように言った。


 見様によっては容疑者を保護せねばならないようなものなので、釈然としないのも道理だ。


「そこで警察庁の特種犯罪対策課長は、治域基盤構想機構《SBPO》経由でうちに情報を漏らした」


「何でそうなる」


 翔が突っ込んだ。


「前もちょろっと言ったろ? SBPOのリスク管理部の調査能力が高い。そんでうちには、違法装骨格パイロット殺傷ゼロの実績がある。言ってなかったが、複数機相手にしてパイロット生存率100%は、史上初だぞ。交戦直前に降伏された場合を除いてだが」


「へぇ、しれっと偉業じゃん」


 燎は雑に言った。


「で、涼羽とSBPOのトップ同士で悪だくみしたらしくてな。捕まえた装骨格パイロットが、偶然指名手配犯だったって筋書きにするつもりだ。音斬が使い物になるとわかって、春日らが実戦やってて、しかもプロメテウスの再犯絡みだからな。上もテンパってんだろ」


「テンパってるどころじゃなさそうですね……」


 悠之歩は、涼羽の経営陣に僅かながら同情した。


「警察も失敗の責任は取りたくないよねー」


 燎が鼻で嗤う。


「もしオレらがうっかり殺しても、知らなかったことにしてリスクを避けられるし」


 ――確かに、これが明るみに出たらいくつ首が飛ぶやら……。


「手柄は警察の総取り?」


「んな訳ねぇだろ。多分」


「多分って」


「お偉方の目論見なんざ、中間管理職にゃ推し量れねぇよ」


「容疑者がどこにいるかはわかんのか? 前逃げられたんだろ?」


 翔が尋ねる。


「あー、SBPOが別件で見つけたらしい」


「どうやってだよ」


「SBPOは、装骨格犯罪関連の相談窓口をやっててな。漠然とした、『怪しいトラックが出入りしてる』みたいな通報を受け付けてる。で、通報された廃工場を監視してたら、前逃げた奴も出入りしてたんだと。前の現場の監視カメラ映像も、支援金やらの申請の調査で持ってたみたいでな。そこも含めて、千載一遇っつーことだ」


「捕まえるというのは、攻め込むということですか? そういった攻撃は、自衛隊がテロ組織にするものでは?」


 深和の質問に、矩場は軽く答える。


「点検同行っつー業務形式を利用することになってる。公認三社がたまに使う、まぁぶっちゃけると抜け穴みたいな手法だ」


 ――いよいよ隠さなくなってきたな……。


「さっき言った廃工場にも、土地やらの所有者がいてな。その所有者にSBPOから、『違法装骨格が運び込まれてるかも』って連絡した。で、所有者から、警察と一緒に立ち入り調査をするよう涼羽に依頼があったって訳だ。これが点検同行」


「警察と一緒って、どういうことですか?」


 まだ理解できず、悠之歩は尋ねる。


「まず、所有者はシンプルな不法侵入者に対応するって体でな。それを追い出すのに警察を呼ぶ。装骨格が出てこなけりゃ、不法侵入で警察が逮捕すればいい。ただ、違法装骨格を使われる万が一があるかもしれん。だから念のため公認三社に依頼する、って名目だ」


「え……依頼主は所有者なんですか?」


「そうだ」


「警察だけじゃ危ないから雇うなら、警察が依頼するんじゃないんですか? 所有者にとっても、装骨格を雇うのはすごく金がかかると思いますけど……」


「あくまで疑惑段階だと、警察から公認三社への依頼には、時間と手間がかかんだよ。事前調査、決議、公認三社への入札やらの行政的な手続きとか。緊急性が低いから、自衛隊も呼べねぇし。とはいえ、本当に違法装骨格があったら、市街地に出てきて暴れるリスクがあるだろ? だから迅速に対応するには、所有者が依頼して、後から費用を回収するのがいい」


「あー、不法侵入の損害賠償と、支援金か」


 燎が納得したように手を叩くが、悠之歩がまだわかっていないという表情を浮かべると、矩場が説明を続けた。


「そもそも今回は、不審者が勝手に私有地を占拠してるだろ? そのせいで、高い金払って装骨格を雇うことになった。その責任は侵入者にあるから、所有者は民事訴訟で損害賠償請求できんだよ。これで依頼料の大半を賄える。さらに違法装骨格もあれば、SBPOから導波動関連特別支援金が給付される。装骨格犯罪に巻き込まれたら被害に応じてもらえる支援金だな。これもあれば、土地所有者の実費負担は完全にゼロ、何なら黒字だ。こうでもしないと違法装骨格は看過されちまうからな。SBPOが訴訟の手伝いや支援金を提供して、少しでも取り締まれるようにしてんだよ」


 ――逆に所有者が公認三社に依頼しないと、責任を問われたり、支援金をもらえなかったりするのか……損させず、依頼せざるを得ないように、随分とうまい仕組みになってるな。


 悠之歩は、感心するのを通り越して不気味さすら覚えた。


 そしてもう一つ気になることがあり、悠之歩はおずおずと言った。


「あの、もしかしてなんですけど……プロメテウスの再犯の容疑者が相手って、本当は僕らに言っちゃダメじゃないんですか?」


「おぅ、上からは口止めされてる。チクるなよ? バレたらすげー怒られるから」


「それ、オレらも機密漏洩に巻き込まれたってことじゃん」


「ふざけんなよ」


「矩場さん、さすがにそれは……」


 燎、翔、深和からも非難轟々である。


「これは俺なりの誠意ってやつだ」


 矩場は真っ直ぐな視線で悠之歩たちを見て言った。


「取締役からは、俺の方でイイ感じにお前らを丸め込めって言われたけどな。最初に千秋に言ったろ? お前らを実戦に出すつもりはないって。予備警備員として流火を移送させるのだって、相当グレーだった。その上、千秋と春日は戦闘に巻き込まれちまった。これ以上、なし崩しで戦わせるべきじゃねぇって思ったんだよ。大人としてな」


 ――詭弁くさいな……。


 悠之歩がうたぐっていると、翔がすぐ言った。。


「要はうまい口実を思いつかなかったんだろ」


「翔先輩、言っちゃダメですって」


「正規パイロットや、他の装骨格の援護はありますか?」


 深和が聞いた。


「ない」


「さすがに無茶では……」


「お前ら、導式徹甲弾撃つ味方と連携できねぇだろ。そんな訓練してねぇんだから。下手したら、誤射で死ぬリスクの方が高ぇぞ」


「それは……笑えませんね」


 矩場の言う通りではあるので、悠之歩も同意せざるを得ない。


「そうなると、お前ら四人でやんのがベストだ。一人でも欠けるなら、正規パイロットを軸にガチガチの作戦を練る。容疑者が廃工場にいる間に、対策を準備できるか怪しいがな」


「オレはやるよ?」


 燎が言った。


「捕まえて、顔晒して、ムショぶち込んで、日本中の恨みの呪詛を浴びせながら極刑にしよう。それでもまだ足んない大罪人だけどね」


「俺もやってもいい」


 いつもと変わらぬ様子で翔も応じる。


「参加します。私でも貢献できるなら、やれることをやりたいです」


 ――「やりたい」か。


 以前は「やらねば」としか言わなかった深和の変化を喜ばしく思いながら、悠之歩も告げる。


「僕も行きます」


 自分が前の戦闘で取り逃がしたという負い目がある。


 プロメテウスの再犯を実行し、今も違法装骨格を使っているような人間だ。今後も無関係の人間を巻き込んだり、新幹線両断のような事件を起こさないとも限らない。


 流火を使える悠之歩は、そうなる恐れを殺す選択肢を手にしているのだ。


 それを棄てた罪悪感と悔いに苛まれるのが怖い。容疑者のせいでまた人が死んだと報された時、自分で自分をどれほど強く責めてしまうかわからない。


 そんな自分になりたくない。


 深和に対して散々「したいことをできて欲しい」と言っておきながら、自分は不安や恐怖から逃げるために戦おうとしている。


 だが、それが千秋悠之歩だ。


 悔やみかねない自分を殺すために戦う。


 戦うしかない時のために、稽古してきたのだ。


「全員参加か。ありがたいこった」


「矩場さんさ。ホントのこと言った方がみんな乗るってわかってたでしょ」


「まさか。春日は何も考えず来るとは思ってただけだ」


「そうか、図星だ」


 翔は他人事のように言った。

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