34. 3人目の実行犯
自分の組織が装骨格を調達し、新しい拠点を確保するまでの間、小崎は傭兵として他組織で装骨格を用いた仕事を請けるため、関東地方東部の廃工場にいた。
低層の工場棟が複数あり、敷地の一部が雑草に蝕まれている。放棄耕作地を挟んで住宅地から挟まれた場所にあるため、人目が少なく静かだ。
その工場棟の一つの中で、小崎はもう一人の傭兵と共に仲介役から依頼の説明を受ける。
「――標的組織は、第一世代機を3機保有している。装骨格の全機撃破と、すべての構成員抹殺。これを10分以内に完了することが目的だ」
痩せぎすでポロシャツを着た中年男性が、タオルで汗を拭きながら説明した。
「第三世代機、不知火参型一相を人数分用意してある」
「大盤振る舞いだな」
小崎は黄ばんだ歯を剥き出しにして笑った。
不知火とは、日本の裏社会でとある組織によって製造されている違法装骨格の総称だ。小崎が先日まで乗っていたのも、小崎がいた倉庫を襲撃してきたのも、枝番は違えどどちらも第一世代の不知火壱型だった。
いかに正規品より品質が劣る緋導鋼で作られているとはいえ、第三世代として導波動を帯びた徹甲弾を撃てるのであれば、その戦闘性能は第一世代とは埋めがたい差がある。
「……標的は、大きい組織なんですか」
一緒に説明を受けていた、もう一人の若い傭兵が尋ねた。男ながら髪を長く伸ばしており、その隙間から見える肌はニキビ痕で荒れている。
「それはお前ら傭兵の知ったことじゃない」
仲介役の男はにべもなく言った。
「重要なのは、迅速かつ確実に、襲撃地点にいる人間を皆殺しにすることだ。だから参型を採用した。僚機と連携して殲滅しろ」
それからは具体的な襲撃日時や撤収方法を指示される。
説明が終わり仲介役の男が立ち去ると、小崎はもう一人の傭兵に声を掛けた。
「お前、経験何年?」
「……3年です」
傭兵は小崎と目を合わせず答えた。
「だったらわかんだろ。あんな質問したって、仲介役がまともに答える訳ねぇって」
「……でも、3機も装骨格持ってるって」
「第一世代だろ? レンタルなら大した額じゃねぇし、しょぼい組織でもそんくらい揃う。組織の規模聞くなんて無意味なんだよ」
「……しょぼい組織を、わざわざ皆殺しにするんですか」
「大方、依頼主にとって不都合な人間がいんだろ。それを身元不明死体にすんのが目的って訳だ。政治家かそこらの依頼だな」
そう言いながら、小崎は既に工場の一角に運び込まれた不知火を振り返った。
軍用機並みの重武装が為された黒塗りの装骨格を見て、ぞくぞくと淀んだ興奮が皮膚を這い上がってくるのを感じる。
こういう戦いを望んでいたのだ。
自分でなければ振るえない圧倒的かつ無惨な力で、一方的に弱者を蹂躙する戦いを。
10年前まで、小崎は誰からも見向きもされていなかった。
大学卒業後に就職した不動産業者は給料が安く劣悪な労働環境で、程なくして辞めた後も短期間に職を転々としたが、やがて再就職も億劫になった。
そうして一人暮らしの安アパートに引きこもって、向上心も希望も持たず無為に時間を浪費していたある日のことだ。
生活費が底をつきかけ、生活保護でも申請しようかと思っていた矢先、SNSで治験のバイトを見つけた。指定された場所に赴いて一定時間を過ごして、条件を満たしているとわかれば50万円の報酬が出る本番治験に参加でき、本番に進めなくとも1万円の報酬が出るというものだ。小崎はそれに応募して現地に赴き、狭い部屋に数分待機してから簡単な面接をしたところ、適性ありと認められた。
今思えば、部屋のドアノブか何かが緋導鋼でできており、応募者が骨格者かどうかを測定していたのだろう。そして面接では、小崎が生活に困窮し身寄りがないと確かめるものだったに違いない。
小崎は1ヶ月ほど主催者から提供されたホテルの一室で過ごし、倉庫に連れていかれた。そこにあったのは、装甲車の車体のようなものから二本の脚が伸びた、体高3メートルほどの機械――後にプロトタイプ装骨格と呼ばれる兵器だった。
小崎を案内した男は、機体の中にマニュアルがあることと、1時間後にプロトタイプ装骨格で走行中の新幹線を攻撃しろと告げ、1枚のキャッシュカードを渡した。定刻になると、機体のシステムが起動して暗証番号が表示され、仕事を終えたら口座の金がすべて報酬になるとのことだ。
主体性も望みも持たない小崎は、ただ何か無責任な傷跡を世間に残したいと思い、その指示通りにプロトタイプ装骨格に乗った。操縦方法は極めて簡易なものとなっており、コクピットは一般的な乗用車と酷似し、ドアの開閉やブレードの操作するためのボタンがあった。
そして午前10時になると、倉庫を飛び出して線路に乗り上げ、ブレードを展開し、向かい側から走って来る新幹線を正面から両断した。
あの時の想像を絶する金属音と機体の振動は、今でも忘れられない。
プロトタイプ装骨格は損傷することなく新幹線を斬り裂き、導波動の影響でブレードの厚みより大きく車体を抉られた新幹線は、脱線して近くの商業ビルに激突した。
撒き散らされる血潮、阿鼻叫喚の数多の絶叫と崩落の轟音、燃える炎と立ち昇る黒煙、逃げ惑う群衆。
小崎は興奮とパニック、驚愕、歓喜の奔流に意識を支配され、失禁しながら哄笑し、それでも異様に冴え渡った理性に従って新幹線が激突したビルに装骨格で突入した。新幹線の周囲には生きた人間などいるはずもなく、屋外からも見えない。
小崎は着ていたシャツを脱いで顔を隠し、装骨格を降りてビルを抜け、群衆に紛れて現場を後にした。
近くのコンビニATMでキャッシュカードを使うと、その口座には500万円の預金があり、小崎は複数のコンビニを梯子して預金を全額引き落とし、すぐ逃亡生活に入った。
具体的に何人が死傷したかはわからなかったが、自分は歴史上類を見ない規模の殺戮者になったとわかった。そんな自分は逮捕されれば確実に死刑になるだろう。
自分にプロトタイプ装骨格を使わせたのが一体何者なのか、どうやって装骨格を作ったのか、新幹線を襲撃させたのはなぜなのか。
小崎には一切わからず、知りたいとも、再会したいとも思わなかった。
逃亡し始めて2日後、駅のモニターのニュースで、自分が引き起こした事件は、世界中で同時に発生した33件の無差別大量破壊事件の一つだったと知った。そして、日本では他に2ヶ所でプロトタイプ装骨格による事件があったこと、その実行犯2人はその場で捕まったこと、小崎の攻撃によって1000人以上が死傷し、小崎を特定できる情報はなく犯人を捜索中と報道されるだけだった。
小崎たちが起こした事件はプロメテウスの再犯と呼ばれるようになり、1年以上の間、ニュースなどで取り上げられない日はなかった。
逃亡生活から2年、小崎は恐怖に苛まれていた。
いつ自分は警察に逮捕されるのか。逮捕されれば死刑になるまでにどんな目に遭わされるのか。あるいは、死など生ぬるいほどの責め苦を味わわされるのだろうか。
同時に、徐々に解明されていく緋導鋼や導波動、そしてプロメテウスの再犯の影響を知るほどに、またあの強大な力を振るいたいという渇望も湧いた。
あの力があれば、小崎は特別になれる。まるで神にでもなったかのように、世界を変えることができる。
そんな全能感に浸りたい。
そう思い、小崎は導波動技術関連のニュースを漁った。プロメテウスの再犯から2年で、既に世界各地の裏社会では違法な導式装甲車は出回っているようだった。プロトタイプ装骨格ほどの性能や破壊力はないが、仕方がない。
小崎は緋導鋼の廃棄業者を調べ、出入りする車輛を観察した。
裏社会に導式装甲車があるなら、必ず違法な緋導鋼関連の犯罪組織もあるはずだ。そして、犯罪の抜け穴があるとすれば、緋導鋼を調練する企業ではなく廃棄業者の方だろうと考えた。
不審なトラックが出ていくのを見た小崎は、中古で買ったスクーターでわざと露骨にそれを追った。小崎の予想通りそれは犯罪組織に緋導鋼を運ぶトラックであり、尾行していた小崎は屈強な男たちに捕らえられ、どこの回し者かと詰問された。
小崎は自分が骨格者だと明かし、「用心棒として導式装甲車を使う」「食事と休息以外は必要ない」と売り込み、組織に所属することとなった。
それからさらに3年後には違法装骨格を使えるようになり、プロメテウスの再犯の実行犯であることを誰にも明かさないまま、組織に専属の用心棒であり続けた。
表社会にはほとんど出ず、組織の拠点の中で生活し、時々装骨格で戦って敵機を撃破してパイロットを殺したり、傭兵としての出稼ぎで暗殺や破壊工作をした。
装骨格を使う時は必ずフルフェイスのヘルメットやライダースーツを着用して、髪や指紋が残らないようにし、機体を放棄する時は火炎瓶でコクピットを燃やす。
こうして、プロメテウスの再犯から10年間、小崎は捜査から逃れてきた。
もはや自分でも、この人生の果てがどんなものになるかわからない。
だが小崎が思うに、これはもう只人の生き方ではない。凡百の衆愚は経験したことも想像することもない生き様であり、予想できるものではないと考えている。
であれば、ただひたすら骨格者としての才能を使い、この世に顕現した神の力にも等しい装骨格を使うだけだ。
そうすればやがて、誰も知らない、唯一無二の存在になれるかもしれない。
そんな根拠のない陶酔感を無理やり汲み出し、小崎はそれに浸ろうと努めた。




