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33. 知的獣性

〈――あの2人は相変わらず相性が悪いようなので、そこを狙います〉


 流火で格納庫から演習場に向かいながら、翔と燎には聞こえない通信チャンネルで深和が悠之歩に言った。


 悠之歩と深和が乱取りをした翌日、涼羽SAの拠点で、悠之歩・深和ペアと翔・燎ペアの2対2の模擬戦をすることになった。悠之歩は三番機、深和が四番機、翔が二番機、燎は一番機を使っている。


「翔先輩はそう言ってたけど……言うほど相性悪い?」


 悠之歩は深和に尋ねた。


 これまでにこの組み合わせでも何度か模擬戦をしてきたが、翔いわく、「千秋との方が動きやすい」とのことだ。燎は敵を中心として放射状の軌道で接近と離脱を繰り返す上、悠之歩と比べると移動速度が速く、範囲も広い。そうなると翔が高速で飛び込むことで衝突のリスクが高まってしまうため、燎と組む時の翔はほとんど攻撃できないとのことだ。


 悠之歩と翔が流火の移送のような実戦で組んでいたのも、翔が悠之歩と相性が良く、燎とは悪かったからだ。


〈私に付け入られるようなら、悪いでしょうね〉


「お、なかなか強気な発言」


 深和の作戦の大筋を聞きつつ、心なしか活き活きとしている彼女の様子に安堵する。


 これまでも模擬戦後の感想戦で意見交換などしていたが、その時とは本質的に異なる。試行錯誤や戦略的な発言が深和から出るのは初めてだ。


 ――やる気が出たのは何よりだけど、それでどう変わるかな……いや、二冬のことよりまず自分のことを気にしろ。いつまで燎にいいようにやられてるんだ。


 悠之歩は深和の流火と並んで立ち、模擬戦開始を待った。


 そしてややあって、豊永が合図を出す。


《用意――始め!》


 4機の流火は同時に、各々の方向に動き出した。


 まず際立つのは、やはり翔の流火だ。地面を蹴りながらブースターを全開にして空中に躍り上がり、悠之歩か深和の死角を狙う。また、燎も悠之歩の方へ敢然と間合いを詰めてきた。もはや悠之歩が燎の立ち回りに対応しきれていないのを把握されているので、ここのとこをは毎回大胆かつ強気に出てくる。


 一方で、この日の深和の動きは今までとまったく異なるもので、悠之歩たち3人の予想を大きく外れたものだった。


 翔ほどではないものの、ブースターを噴かして高速で飛び出し、翔より一回りか二回り内側で悠之歩と燎の周囲を旋回し始めたのだ。深和は以前の模擬戦でも機体の速力を活かそうとしたことがあったものの、悠之歩や燎にカウンターを当てられたり、翔との機動戦では追いつけなかったりと効果がなかった。無策に同じ手を使っているのでなければ、この動き方に何か活路を見出したのだろう。


 そして悠之歩にも、目立たないながらも変化がある。後退する燎を相手に無理に追わず、柔法に集中できるよう歩法の移動範囲をさらに抑えたのだ。


 図らずも深和と生身で乱取りをし、深和をいたずらに傷つけまいとしたことで、上半身の余計な筋力を抜き、丹田の一点で姿勢を支えるような意識と感覚を再認識できた。これを利用して音斬の発生率を高めることが、今回の模擬戦で悠之歩が自分に課した命題だ。


 燎はいつものように、踏み込みながら槍の連撃を繰り出し、悠之歩は消極的なカウンター狙いにも見える立ち回りでそれを凌ぐ。ただ、燎が悠之歩に向かって踏み込む角度、悠之歩から離れるバックステップの角度には制限があり、いつもより手数が少ない。近くを走る深和との衝突自体や、深和が音斬を撃つことは、燎もさほど警戒していないだろう。しかし深和と衝突した隙に、悠之歩が間合いを詰めて音斬を撃つことは避けたいようだ。


 また、燎の移動範囲に悠之歩も深和もいる以上、翔は切り込むのが難しくなる。


 これによって膠着状態となり、ほぼ互角と言える展開が続く。


 だが駆け引きの中で、遂に深和の動きに綻びが生まれた。


 悠之歩と燎の位置関係が目まぐるしく入れ替わる中で、深和が燎の間合いから離れてしまったのだ。


 その隙を見逃さず、翔が猛禽のように襲い掛かる。


 やはり深和に高機動戦は難しかったのか。


 そう思われた瞬間、翔の軌道とタイミングを完全に読み切った深和はサイドステップと共にチャフスモーク弾を撃ち、翔に命中した。これまで一度も当たらなかった深和の射撃が、よりにもよって四人の中で最速の翔を捉えたのだ。


 とはいえ、それ自体は模擬戦で有効な攻撃とは見做されない。所詮は目眩ましだ。しかも翔は視界を奪われても、類稀な空間認識能力で自分と深和の位置関係を把握している。誤って深和の方に突っ込んだり、墜落や転倒したりすることもない。


 しかし翔とてやはり人間だ。自分に向けられた射撃に対しては反射的な回避行動を取ってしまうらしく、微かに遅れながらも、ダメージに計上されないチャフスモーク弾を食らいながら方向転換する。


 そしてその先には、悠之歩が待ち構えていた。


 柔法を意識し、音斬の予備動作として必要な脱力をできている悠之歩が。


 自身の肉体を、そして自分が乗る流火をも圧縮し、一振りの薄く鋭い斬撃となって翔の流火を両断せんばかりに、悠之歩は一気に臍下丹田を圧迫しつつ歩法と共に模擬刀を振った。


 衝撃波と共に放たれた音斬は、それでもなお超人的な反応速度でブースターを使い、姿勢を変えようとした翔の流火の右脚に触れた。


《春日、音斬被弾! 離脱しろ!》


 これまで一度も撃破判定を下されたことのない翔の退場に、豊永の語気もどこか高揚して聞こえる。


〈――薙雲!〉


 未だ緊張を解かない声で深和が警告しながら、音斬を撃った直後の悠之歩を狙い居合の構えから音斬を放とうとした燎に、牽制のチャフスモーク弾を撃つ。燎はそれを無意味と断じて真っ直ぐ突っ込むが、気を抜いていなかった悠之歩は、模擬刀を盾にしつつ燎に向けて逆に間合いを潰してずらし、音速で振られた槍の柄を受け止めた。


 そのまま模擬戦は続き、悠之歩と深和は燎を倒せなかったものの、初の勝利を飾ることとなった。


「――やったね、二冬」


 格納庫で流火を降り、感想戦のため視聴覚室に向かいながら悠之歩は深和に声をかける。


「あそこまで二冬の読み通りになるなんて、すごいよ」


「へぇ? 全部深和の作戦だったんだ?」


 燎が言った。


「やるじゃん。まさか翔さんを倒すなんてさ。どういう心境の変化?」


「いい加減、負けに飽きて、勝ちに飢えていただけです」


 深和は事もなげに言った。


「言うじゃん」


「せっかく勝てたのに、二冬ガッツポーズしないの?」


 悠之歩が聞くと、深和は微笑んだ。


「千秋くんと夏目くんも倒したら、するかもしれません」


「何だ、俺の首だけじゃ不満か」


 翔は、自分の黒星について何か思う様子もなくぼやいた。

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