3. 不殺への勧誘
空き教室の一つに彩音がノックして入ると、そこには3人の先客がいた。
1人はスーツ姿の男で、教卓の前に立っている。悠之歩より少し背が低く、短髪で角縁の眼鏡をかけており、年齢は30代から40代に見える。
これから席に座ろうとしているもう1人の男は2メートルほどの背丈で、癖のある髪が無造作に伸び、鼻も高い。その存在感のある体躯が醸し出す荒々しさに、どこかしなやかにも見える身のこなしや気怠げな眼差しが混ざり合い、靄のかかった奥深い森のような異様な雰囲気が漂っている。
そして既に着席している3人目の顔を見て、悠之歩は「やっぱり」と表情を柔らかくする。
その女子学生は立てば背丈は悠之歩と同じくらいだろう。悠之歩の身長は同年代男子の平均程度なので、彼女は女子としては長身の部類に入る。括らなくても邪魔にならない長さの黒髪で、その顔には化粧っ気が薄く、それが却って彼女の怜悧で整った顔立ちを際立たせているようだ。
二冬深和というその女子は、奈笠第二高校で3年間悠之歩と同じクラスだった。彼女は1年生の頃から常に座学の試験で学年トップの成績を修め、体力測定では男子上位層に食い込む記録を叩き出してきた優等生だ。しかも深和は部活に入らず、1人でジムに通ったりランニングしたりといった自主トレーニングだけで、それほどまでに運動能力を鍛え上げていた。
――そうだよな。僕が選ばれて、二冬が選ばれない訳がない。
「お世話になっていますー」
彩音が中年男性に話しかけた。
「おぅ。初めて直接会うな」
「はいー。先週の件で、候補者の紹介に来ましたー。これ同意書です」
彩音は、悠之歩がサインした同意書の封筒を渡した。
「もう連れてきてくれたか。助かるわ」
「いえいえ、彼が快く引き受けてくれたのでー。千秋くん、こちらは矩場さん」
「はじめまして。奈笠大1年の、千秋悠之歩です」
「俺は矩場紀充。涼羽精工の者だ。よろしくな」
矩場は名刺入れから名刺を1枚抜き、悠之歩に差し出した。それを両手で受け取り紙面を見ると、「株式会社涼羽精工 先端機構技術部第3開発室 室長 矩場紀充」とある。
「それじゃ、あたしはこれでー」
「おぅ、サンキューな。教授にもよろしく伝えといてくれ」
彩音は「はいー」と言って会釈し、悠之歩に少し手を振ってから教室を出ていった。
「全員揃ったし、説明を始めるか。千秋も席についてくれ」
矩場に言われ、悠之歩は矩場から向かって左の空きテーブルの席に座った。
「今回依頼したいのは、うちが作った試作装骨格のテストだ」
矩場が悠之歩たちを見渡して言った。
「10年前に起きた『プロメテウスの再犯』を始め、装骨格犯罪はどれも重大で緊急性が高い。だから自衛隊はおろか、一部の民間警備会社まで装骨格を使えるようになった。違法装骨格を撃破して、そのパイロットが死傷しても罰せられない。とはいえ致死率が5割、重傷3割ってのは、社会的な批判もあってな」
自衛隊の出動や新兵器の配備には極度に慎重な日本ですら、自衛隊や民間警備会社である公認三社まで装骨格を運用している。さらには、規定通りの運用の範囲内で適切な事後報告さえあれば、違法装骨格撃破時にパイロットが死傷しても裁かれることはないほどだ。
人権団体による抗議活動や、違法装骨格パイロットの遺族による訴訟もあるが、装骨格犯罪の危険性と現実的な対応の範囲であるとして、大多数の世論や司法は容認している。
「そこで、パイロットを殺さず、かつ銃火器を使わず装骨格を無力化する機体を開発した」
銃火器を使わず非殺傷で無力化する。
そう言われた瞬間、悠之歩は自分が先ほど男子生徒を転倒させた時のことを思い出した。
――まさか、武術で捕まえるとか? ……装骨格って、生身の技を再現できるのか?
「ただ予算の都合で、使えるパーツや素材に限界があってな。テストパイロットの質で補うことにした。その条件が、狭いコクピットで身動きせず、腹の筋肉と内臓、神経を強く刺激できる深層筋って訳だ。導波動はその波形の変化量が大きいほど性質が顕著に表れる。つまり、導波動の磁力も強くなる。試作機の特性を引き出すにはこの強い磁力が必要だ」
――なるほど、コクピットの中じゃ激しい運動はできないからか。何かの装置で激しい痛みを与える、みたいなことをするのは問題になりそうだし。
悠之歩は納得した。
「場所は、この奈笠警備特区内にある涼羽SAの演習場を使う。報酬はシンプルに時給制だ。訓練やテストの段階によって金額が変わる。概算はレジュメの4ページを見てくれ」
矩場はそう言って、スケジュールに応じて変動する報酬について一通り説明する。
「――やることの概要と選抜理由は、ざっとこんなとこだな。何か質問は?」
矩場に言われ、悠之歩たち3人は同時に挙手をした。
「じゃあ春日から順に言ってけ」
矩場がそう言うと、春日と呼ばれた青年はどこか無精な口調で言った。
「試作機ってのは、普通の機体とどう違う?」
悠之歩も考えていた質問の1つだ。武術を再現できる機体なのかは、悠之歩も知りたい。
「詳しくはまだ言えん。ただ、基本的な操縦方法は既存の機体と同じだ。あと強度試験や安全テストは全部済ませてある。ちなみに、試作機は4機あって、それぞれ細部の設計が違ってな。これをテストパイロットたちで使い回して、データを比較して、量産に最適な設計を特定する。予算がカツカツになったのは、四機も作ったせいなんだけどな。あっはっは」
――社会人に金の話をされると、学生としてはリアクションに困るな……それに、肝心の部分はわからずじまいか。
「じゃあ次、二冬」
「外部の学生が試作機を使ってもいいのでしょうか?」
深和が質問した。
「色々法律が厳しくなるのは、『私有地外で装骨格を使う』場合でな。そうなると、涼羽SAを含めた公認三社と、その所属パイロットしか使えん。だが涼羽精工も、『装骨格を作って保管する』許可はある。私有地内のテストはその一環で、学生かどうかは問題にならない」
「理解できました。ありがとうございます」
「千秋の質問は?」
「将来的に、実戦に出ることはありますか?」
表面上は安全で合法的な仕事を装い、最終的には悠之歩たちを実戦に駆り立てる方向へ誘導するのではないかと警戒し、悠之歩は質問した。
「現時点でそのつもりはない。最優先は私有地内のテストだ。それが順調に進んで、実戦で使えるレベルだと実証されたら、検討が始まる。仮にそれが決まったとて、テストパイロット全員参加必須にもならんだろう」
――警備会社も、学生を使って死なれるリスクは負いたくないか。矩場さんの言葉を疑うにしても、まだ判断材料がないな。
悠之歩は、ひとまず矩場の説明をそのまま呑み込むことにした。
「わかりました。ありがとうございます」
「他に聞きたいことがなけりゃ、今日の説明は以上だ。あとで電子署名付きの契約書を送るから、参加希望ならサインしてメールで送ってくれ」
矩場はそう言って悠之歩たちを見渡し、追加の質問がないのを確認して出ていった。




