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25. 堅物と劇物

 訓練の指示を出した後、矩場は流火の準備のため会議室を出ていき、悠之歩たち4人はしばらく会議室で待機する。


「にしても、いきなり実戦とはね」


 燎が、隣に座っていた悠之歩の肩に肘をかけながら言った。


「やっぱビビった?」


「それはもう」


 悠之歩は正直に答えた。


「手は震えたし、散々パニクったし、何なら少しちびったよ」


「ははははは、正直でよろしい!」


 燎が笑う。


「でも、ちびりながら3機倒したんだろ? やるじゃん」


「倒したのは2機だよ。1機には逃げられたし……」


 悠之歩は訂正しながら、無力感と自分への苛立ちから眉根に皺を寄せる。


 思い出すと今でも肝が冷える。倉庫内に突っ込んだ装骨格はその場で機体を棄てたようだが、もしそのまま反対側の壁を抜けて市街地に行けば、甚大な被害が出かねなかった。


 あの場に燎がいたら、3機とも速やかに撃破できたのではないか。戦闘が終わってから、そんなことばかり考えてしまう。


 ――命懸けの戦いに巻き込まれても動けるように稽古してきたのに……歩法はまだしも、柔法は碌にできなかった。それじゃ稽古してきた意味がない。


「……というか、違法装骨格ってしれっと3機もいるものなんだね。そんな気やすく買えるものなのかな」


 悠之歩が疑問を述べると、燎が悠之歩から離れながら言う。


「ま、それくらい裏社会がリッチなんじゃね?」


「リッチとは?」


 深和も気になったようで尋ねる。


「スポンサーとか依頼主が多いってこと」


「依頼主はわかるけど、スポンサーってどういうこと?」


 悠之歩は、少し声量を落として聞いた。違法装骨格を取り締まることのある企業の中で、犯罪に関する話をするのには緊張感がある。


「考えてもみろよ。日本で使われる違法装骨格はほぼ全部、公認三社や自衛隊とは違う機種だろ? てことは、機体を組み立てる設備が要る訳じゃん。なら、最初にそれを用意する莫大な資金を、誰かが出したことになる」


「外国の装骨格を密輸……はないか」


「あんまないだろうね。緋導鋼は最重要資源だから。よその国に送り込むのは、本気の本気で国潰す時くらいだと思う」


「では、違法装骨格を犯罪に使うために、先行投資をした組織がいると?」


 深和が眉を顰める。


「いてもおかしくないっしょ。装骨格があれば、派手な破壊と暗殺をできるようになるんだし。密かに使いたい権力者や経営者は多いんじゃない? 現実問題、月に10件くらい装骨格犯罪があるし」


「てことは、依頼料は案外安いかもな」


 翔が口を挟み、悠之歩も合点がいく。


「確かに……高過ぎたら、こんなに事件は起きないか」


「で、そうなるとさ。利益度外視というか、スポンサーは投資額を全回収しようとしてないんじゃないかって」


「それは……装骨格犯罪を起こすこと自体が目的、という意味ですか?」


「鋭いじゃん、深和」


 燎がにやっと笑みを浮かべる。


「装骨格犯罪の存在そのものが嬉しいとか、いつでも使えるようにしときたいとか。そういう腹づもりで、かつ金に余裕のある奴らがいると思うよ」


「政治家とか?」


「政治家も噛んでるだろうけど、石油業界とか香ばしいよね」


「石油って……導波動技術が発達したら、消費量が減るから?」


 今や導波動は、世界中でクリーンエネルギーとして期待されている。何せ、骨格者を導波動コイルの磁場内に待機させれば、それだけで導波動を使って発電機を稼働させられるのだ。これによって環境を汚染しない電力が増えれば、火力発電の割合が減少し、電気自動車の数も増える。一部では、装骨格に使われている導波動ブースターを利用した航空機も実用化が進んでいるほどだ。石油業界が危機感を抱いても不思議ではない。


「そ。今は年間何十兆も動く市場だけど、導波動にシェアを奪われたら半減するだろ? 導波動で割を食う業界は他にもいくつかあるし。いずれにせよ、装骨格犯罪がほどほどに増えたら、民意も反導波動に傾くからさ。緋導鋼の流通規制とか強化できるでしょ」


「業界の衰退を先延ばしにするために、年間数十億くらいは出すかもしれない、と?」


「未来永劫とはいかないだろうけどね。でも、今の業界のトップが、自分たちの代の間だけ延命……となると、説得力ある陰謀論じゃない?」


「あ、やっぱり陰謀論なんだ」


 悠之歩は拍子抜けした。


「当たり前じゃん。確証ないんだから」


 からからと燎が笑う。


「でもこういうの、ネットで見てると良い暇潰しになるんだよ。拾った情報をこねくり回して、それっぽい理屈を発信する人は多いからさ。ぶっ飛んだ都市伝説みたいのも、それはそれで笑えるし」


 燎はそう言って欠伸した。


「ま、真相がどうあれ、装骨格犯罪が起こってるのは現実だからね。それに立ち向かうために、涼羽は流火を作ってるんだし。オレは、生け捕りに拘る必要はないと思うけど」


「……なら、どうして流火のテストに参加したんですか?」


 深和が硬質な声音で尋ねた。違法装骨格パイロットの逮捕というコンセプトに同調した深和としては、燎の発言は聞き捨てならないのだろう。


 そして、深和と燎の間の空気が剣呑なものに変わったのを察し、悠之歩は急に落ち着かなくなった。


「生存競争のためだけど?」


「生存競争?」


 燎の予想外の切り返しに、深和が面食らう。


「流火みたいな機体があれば、警察も装骨格を使えるようになるかもしんないだろ? そしたら違法装骨格の取り締まりがスムーズになる。それこそ、プロメテウスの再犯みたいな事件とか」


 燎も、警察の装骨格配備という可能性は考えていたらしい。


「そういうのを放っておいたら社会が壊れるし、社会がなきゃ人間は生きていけない。『殺さない』ってお題目で社会の自浄作用を強化できるなら、手を貸す。そんだけ」


 深和が以前悠之歩に言った参加理由とよく似ているが、その本質は決定的に異なっていると悠之歩は直感した。


 深和もその差異を察したのか、すぐ言い返す。


「まるで、殺しても殺さなくてもいいような言い方ですね」


「いざとなったら、正当防衛の返り討ちはOKにすべきでしょ。敵は銃とか機関砲撃ってくんだろ? で、流火は敵を殺さないよう気を遣わなきゃいけない。犯罪者は死ぬのに、警察官は死ぬかもしれないってことじゃん。狂ってるだろ」


「それは……だとしても、殺さないように努めるべきで――」


「じゃあ深和は、悠之歩が実戦で死んでもよかったって思ってんの?」


「――――」


 燎の極論に、深和が言葉を詰まらせる。


「深和が言ってるのって、そういうことじゃん」


「私は、そんな……」


「燎。当事者権限で、今のはさすがにイエローカード」


 悠之歩は燎をたしなめた。


「そりゃ申し訳ない。ごめん、悠之歩」


 燎が肩を竦める。


「とにかく言いたいのは、違法装骨格を止めるのが最優先ってこと。殺すか殺さないかは、過程や建前でしかない」


「……日本は法治国家です。違法装者であっても、その罪は法で裁かないと」


「ルールの中で裁けるのが一番だけどさ。法律なんて結局、破った奴の人権を制限するための大義名分じゃん。攻撃手段の一つであって、法を守っても法的制裁しか防げない。現場で起きてる暴力には、もっとプリミティブに対処すべきでしょ」


 燎は燎なりに、正義や法に対する信念と見解を持っている。犯罪者がその危険度に応じた反撃を受けるのは当然であり、法による実刑判決も戦場での暴力も、社会を、引いては人類の生存を守る上では同質と見做している。過激でこそあるが、用法・用量が適切なら薬になる価値観だ。


 社会秩序を守るためには法に則って罰を下さねばならないという深和の主張とは、熱湯と冷水ほどに違う。


 ――二冬が堅物なら、こいつは劇物みたいな価値観だな……。


「データを集める内に見えてくるものがあるんじゃない?」


 悠之歩は深和と燎の言い合いを打ち切ることにした。


 ある意味で、燎の価値観は深和の遵法精神を包括している。優劣や正誤ではなく、許容する領域や程度の観点から、深和は燎の価値観に納得しきれず、燎が深和の視野をそのまま受け入れることもないだろう。


「違法装骨格を完封できる戦術ができれば、それがベストだろうし」


「ま、そういうことにしとくか。ちなみに、悠之歩はどう思ってんの? 殺すのはアリかナシか」


 せっかく話を逸らしたのに燎に蒸し返され、悠之歩は仕方なく、しかし正直に答える。


「絶対殺しちゃダメとは言わないけど……殺さず捕まえる方が、メリットが多いとは思う」


「メリットって?」


「例えば、違法装骨格を取り締まる人の、心理的抵抗とかトラウマが減ること。正当防衛だとしても、殺すと罪悪感を持つかもしれないから」


「なるほどね。結構現実的じゃん」


 燎は興味深そうに悠之歩を眺めてから、翔に視線を移す。


「翔さん的にはどう?」


「どうでもいい。俺が流火を使えるなら」


「ある意味羨ましいね。そこまで一貫できるのも」


 燎は呆れたように宙を仰いだ。

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