23. 犯罪組織
フルフェイスのヘルメットを被った男が、明け方の公道をバイクで走っていた。
しかしその走り方は些か不自然だ。左折を四回繰り返して同じ道に戻ったり、コンビニの駐車場に入ってUターンしたりといった動きを繰り返している。
やがて男は雑居ビルが立ち並ぶ路地に到着し、その中の一棟の裏に回った。男はバイクを降りてエンジンを切り、裏手の非常口の鉄扉を開けてバイクを中に入れる。屋外から見えないのを確認し、男はようやくヘルメットを脱いだ。
まだ32歳にも拘わらず白髪交じりの短髪で、もみあげはちぢれて膨らんでおり、背が低い中年の男だ。垂れ目の奥の瞳には、どこか卑屈な光すらある。
男の名前は、小崎隆典。数時間前まで物流倉庫街で違法装骨格を駆っていた骨格者で、他組織の違法装骨格2機と涼羽SAの装骨格2機と戦闘を繰り広げていた。
4機すべてを短時間で撃破して逃走するのは不可能だと判断した小崎は、自分の組織の倉庫に突っ込んで敵の視界から逃れ、中に隠してあった逃走用バイクで現場から立ち去ったのだ。
小崎はビルの最上階である3階まで階段で上がり、事務所に入った。
「―小崎てめぇ……どの面下げて戻って来やがった! あァ!?」
ドアを開けて事務所に入るや否や、太った男の構成員が小崎を見て言った。
「は?」
小崎は、その第一声を鼻で嗤った。
「お前らが逃げる時間稼いでやったんだろ。感謝しろや」
「感謝だ!? てめぇが手間取ったせいで、商品を放棄するしかなかったんだろうが!」
「責任転嫁すんな。俺は戦っただけだ。緋導鋼を棄てる判断をしたのはお前じゃねぇか」
小崎は言い捨て、空いていたソファーにどかっと腰を下ろした。
緋導鋼は「調錬」と呼ばれる特殊な手順で作られるが、市場に流通させる緋導鋼の品質には厳格な基準がある。調練を政府に認められたごく一部の企業は、基準に届かなかった等外品の廃棄は処理業者に外注し、処理業者は他の合金を作る際に等外品緋導鋼を混ぜ込むのだが、中には等外品緋導鋼を横流しする業者もある。この横流しされた等外品が、違法装骨格や認可外企業による導波動研究に用いられているのだ。
小崎たちの組織は、この等外品緋導鋼を裏社会で一時的に保管し運搬する組織だ。商流が上の売り手組織から定額の管理費を受け取り、緋導鋼の買い手が決まったら小崎たちの組織が受け渡しに行く。
小崎はそんな組織に専属の唯一の装骨格パイロットだ。組織はフロント企業として合法的な荷物の輸送なども請け負っているが、それに紛れ込ませる形で倉庫に緋導鋼も隠し持っており、その倉庫を小崎が違法装骨格で警備している。
「そう判断しなきゃいけねぇのは、お前が手間取ったせいだろ!? 敵を殺すのに時間かかったら、自衛隊や公認三社が来る。それでお前が死んで俺らが逮捕されたら、その方が損害が出る!」
「要はトラックで逃げるのにビビったんだろ。逃げにくいから。結局保身じゃねぇか」
「てめっ――」
「やめろって」
ここでようやく、事務所の奥のデスク前に座っていた組織のボスが口を挟んだ。
こざっぱりとした髪型の背の高い男で、ジャケットを羽織り、派手ながらのネクタイを締めた中年の男だ。出で立ちだけは、都心にオフィスを構えるITベンチャー企業の経営者でもしていそうに見える。
ボスは41歳という年齢にしては軽薄な喋り方で言った。
「これまでにもこういうことはあったじゃん。とにかく今は、次の会社の名義で商売を再開できるように動け。で、小崎。襲撃してきた奴ら、あれどこのだ?」
「どこだろうな。パイロットは十中八九傭兵だし、機体は裏でよく出回ってる第一世代だった」
気やすい口調で答えつつ、小崎は着ていたライダースーツのファスナーを開けて、籠っていた熱を発散させる。
小崎は、8年前にこの組織ができた時から所属している古参だ。ボスとの付き合いも長い。
「となると競合のどっかか。新しい倉庫とトラックを調達するにしても、足がつかないようにしないとなー」
「それより、緋導鋼の賠償金かかるだろ」
違法な緋導鋼を保有していると、今回のような他の違法組織の襲撃や、警察による摘発などといったリスクがある。それを肩代わりする報酬として安定収入を得られるのが小崎たち保管業者だが、売り手組織の資産を喪失したとなれば、多額の賠償金を払う契約になっている。
「まぁ、賠償金はいつでも払えるようにしてるよ? ぶっちゃけ、金さえ払えばいいっつーか。量にもよるけど、ある程度の損失は上も見込んでるっしょ」
これまでにも何度か、小崎たちが保管する緋導鋼を奪おうとする犯罪組織や、シェアを奪い合う同業他社に倉庫や輸送車列を襲撃されている。既に緋導鋼をすべて運んだ後だったり、小崎が速やかに襲撃者を殺して緋導鋼を運び出したりできたこともあるが、二度ほど緋導鋼を放棄したこともあった。
警察を頼れない組織で、装骨格や導式装甲車といった強力な兵器が裏社会に出回っていれば、営業妨害や競争の方法が直接的な暴力になるのも致し方ないことだ。
「小崎、お前はしばらく出稼ぎにいってくんね? 仕事探しとくから」
「あいよ」
違法装骨格パイロットの傭兵として派遣されるのも、もはや慣れたものだ。
導波動技術を推す過激派環境組織が石油関連施設を襲撃することがあれば、導波動技術反対派が緋導鋼関連施設を襲撃することもある。他にも、小崎たちのような緋導鋼保管組織の用心棒や、他の組織の事業や導波動研究を妨害するための攻撃など、違法装骨格パイロットの需要というのは存外多い。
一部の企業や犯罪組織は、違法に緋導鋼の加工や研究、骨格者の人体実験などを行い、その成果を認可企業に売りつけている。認可企業はその成果から逆算する形で、安全な実験だけを行い、あたかも一切危険な実験はせず自力でその成果を挙げたかのように振舞うのだ。
そして実験が実験なだけに、他社や競合組織の妨害はより直接的になりやすい。何せ、事件が起こっても、その研究施設は警察に通報できないのだ。必然的に、直接的な暴力による妨害が横行することとなる。
「じゃ、俺は寝るわ。他の奴は仮眠室入ってくんなよ」
小崎はそう言って事務所を出て、2階の仮眠室でライダースーツを脱ぎ捨て、洗濯後まだ誰も使っていないらしい布団の上に寝転ぶ。
段ボールで窓を塞いでもわずかに陽光が入る、薄ぼんやりした暗闇の中で、先ほど戦った機体が脳裏に浮かんだ。
竜胆色の導波動を帯びた、鬼のような二本角の機体だ。裏社会に流通している違法装骨格はおろか、自衛隊や公認三社が使う機体とも違う。しかも銃火器すら装備していなかった。
その機体を思い出し、小崎は歯痒さと苛立ちを覚える。
随分とせせこましい戦い方をする装骨格だった。
装骨格がどれほど強大な力を持っているか、まるでわかっていない。刃を振るえば走行中の新幹線すら容易く両断し、一度に1000人以上を殺傷することだってできる兵器だというのに、人間じみたつまらない動きしかしていなかった。もっと本能を解き放ち、建造物も障害物も無視して思いのままに暴れればいい。
装骨格は、それだけで世界を変えられるほどの代物なのだ。
その癖、ちょこまか動き回るせいで攻撃も当てにくい。飛び回る羽虫に対するものと似た不快さだった。
遅れて、考えまいとしていた猛烈な不安が追いついてくる。
今まで小崎は自分の機体を使い捨てる時、必ずコクピットを火炎瓶で焼いて自分の痕跡を消してきた。だが今回は違う。倉庫内に飛び込んで隠れたものの、いつ敵も突入してくるかわからない恐怖で手が震え、着火しようとした火炎瓶を床に落として割ってしまったのだ。
証拠の隠滅に失敗した。これが今後どう響いてくるだろうか?
いや、逃げる際に尾行はないと確認した。これからも隠れて生きていけば問題ない。
装骨格に乗り、装骨格で暴れ、壊せるものを壊し、殺せる人間は殺していけばいい。
それで自分は守られる。
小崎は薄手の毛布を被って目を閉じ、意識を疲労の泥に沈めようと努めた。




