20. 1パーセント
長期間テストを止めないよう、まず流火2機を大規模整備に送り、残った2機を4人で使い回すことになった。
装骨格は極めて重要かつ危険性の高い兵器であるため、犯罪者に襲撃され奪われる可能性を徹底的に排除せねばならない。そこで、トレーラーに積まれた機体に登場し、待機状態で起動させ、不測の事態に備えることが義務付けられている。裏を返すと、このような移送にも骨格者パイロットが必要であるため、公認三社の人手不足に拍車がかかり、予備警備員制度が必要になったと言える。
先に整備に回されたのは流火の三番機と四番機であり、それには深和と燎が同行したが、特に何事もなかったらしい。そして次に、一番機と二番機を整備工場に送る往路の移送を翔と悠之歩が担当する。
「退屈になりそうだな」
更衣室で防護スーツに着替えながら翔がぼやく。
「流火の中でじっとしてなきゃいけませんからね」
自分は流火の中で呼吸法の稽古をするつもりでいたが、悠之歩は同意した。
装骨格の移送には警察が同行することになっており、道中交通整理をしたり、トレーラーの走行速度に制限があったりといった理由で、移動距離の割に時間が長い。私物も持ち込めないので、退屈に感じること自体は至極真っ当だ。
「移送中に装骨格犯罪に巻き込まれたら、退屈どころじゃないですけど」
「あぁ、1パーくらいの確率であるんだったか」
公認三社が装骨格を運んでいる途中、その移送車列そのものが襲撃される場合や、移送ルート近辺で発生した違法装骨格犯罪への対応依頼が入る場合がある。こういったケースは年間十数件あり、これがパイロット同行を求められる理由だ。
――1パーセントって、普通にあり得る数字だしな……。
緊張で手が震えるのを自覚しながら、悠之歩はロッカーを閉めて格納庫に向かう。
そして流火を起動させ、トレーラーの荷台に載せて両脚を軽く曲げ、背もたれのような支持フレームに上体を預けた姿勢で寝そべる。機体の固定を確認した悠之歩は、四肢やブースターを動かないようにする待機状態にシステム変更した。
《荒風、薙雲の待機モード移行を確認。移送開始》
管制室のオペレーターである女性の声がし、コクピット内にも伝わる振動と共にトレーラーが動き始める。
流火は正式採用前の実験機であり、一番機から四番機は導式加速筋の構造が少しずつ異なるので、手続き上はすべて別機種のワンオフ機扱いとなる。そのため流火という名称は実戦記録で使わず、各機体に個別の機体名が割り振られた。コールサインは、翔の一番機は「荒風」、悠之歩の二番機は「薙雲」、深和の三番機は「摘雪」、そして燎の四番機は「剥光」だ。
道中、時折通信で「交通整理による一時停止」「自衛隊対応領域に進入」「自衛隊対応領域から離脱」などの報告がなされながら、トラブルもなく移送が進む。
自衛隊対応領域とは、違法装骨格による犯罪が確認された際、輸送ヘリで自衛隊の装骨格部隊が10分以内に到着可能な範囲を指す。ここにいる場合は基本的に、自衛隊機を混乱させないよう、公認三社の機体が戦闘を行うことはない。
悠之歩はコクピットの中で、呼吸に合わせて腹圧を上げる深層筋の鍛錬をしながら、無線を聞き流す。基本的に悠之歩たちの側で何か流火の操作はすることがないため、翔が言った通り退屈な時間だ。燎いわく、「これでバイト代が出るなら儲けもの」らしい。
そんな折だ。
これまでと異質な無線が流れてきた。
『――署より入電。〇二四三、違法装骨格らしき機影を目撃したとの通報。自衛隊及び他社の装骨格出撃情報を照会するも、該当なし。違法装骨格と認定。自衛隊対応領域外につき、特種警備業法に基づき、涼羽SAで対処する。荒風、薙雲は現場に急行せよ。繰り返す――』
言われた内容が一拍遅れて脳に届いた途端、悠之歩は防護スーツの内側と掌にどっと汗をかくのを感じた。
〈荒風、了解。現場に向かう〉
翔が無線で応える声を聞き、悠之歩も震える手でコンソールを操作して声を出す。
「な、薙雲、了解です」
薙雲と荒風が載ったトレーラーを運転する涼羽SAの正規職員たちがハンドルを切り、本来の巡回ルートを外れて現場に向かう。
――予備警備員初回で戦闘って……我ながら運が悪過ぎるだろ……!
悠之歩は内心悪態を吐きながら座席下から水筒を出して水を飲み、にわかに渇き出した口の中を湿らせながらマニュアルを思い出す。
実際に悠之歩たちが装骨格で戦闘を開始するまでには、警察による現場付近の交通規制と避難誘導を待たねばならない。封鎖は三重で、通報箇所の半径500メートル、1000メートル、1500メートルが交通規制の対象となり、中心部で警察の避難誘導が行われるまでは待機が原則だ。違法装骨格が1500メートルの封鎖範囲から出ようとした場合、停止と武装解除の警告をしても応じなければ、その場で戦闘開始となる。
荒風と薙雲を積載したトレーラーは、第二封鎖地点で停車し、悠之歩はそこでシステムを通常モードに移行して薙雲をトレーラーから降ろした。そしてトレーラーの荷台の床が開き、そこから刀と盾を取り出して装備する。
操縦桿を握る手は震えるが、深呼吸して無理やり押さえつける。
『再度入電。第一封鎖範囲内で、違法装骨格三機を確認。違法機体同士での戦闘が勃発している模様。現場は物流倉庫街。深夜は操業しておらず無人とのこと。避難誘導完了と見做し、交戦を許可』
〈了解。薙雲、いつも通り俺が合わせる〉
「はい――お願いします」
悠之歩は答え、タイヤで道路を走る。
途中、パトカーの赤色灯の光に照らされた、生身の警察官たちの怯えた表情が視界の端に映る。
装骨格が戦闘を行っている。その周辺で身を守るのに充分な装備もないまま、いるかどうかもわからない避難者を誘導するため、そして一般人が戦闘域に入らないよう交通規制するために立っていなければならないのだ。
自分が彼らの立場ならという考えに意識が割かれそうになるのを、悠之歩は押し留める。
それは今考えることではない。
目の前の戦いに全神経を集中させねば。
蘇芳色の導波動を帯びた一本角の荒風と、竜胆色の導波動を帯びた二本角の薙雲――天狗と鬼が、深夜の道路を疾走した。




