19. 予備警備員登録
『いきなり驚いたわ……予備警備員で、導波動のロボットを使うなんて』
矩場から予備警備員の説明を受けた2日後、電話口で悠之歩の母親が言った。
悠之歩はまだ18歳なので、予備警備員についての説明書類を保護者に送るよう矩場に指示されたのだ。
『そんな危ない仕事じゃなくて、他のバイトをすればいいのに……』
「危ないところに乗り込む仕事はしないよ。装骨格を運ぶ手伝いをするくらいらしいし。学生の間ずっとやる訳でもないから」
下宿の部屋で夕食の支度をしながら、悠之歩は言った。
「でも一応、父さん以外には言わないで」
『それはわかったけど……』
「姉さんたちは元気?」
『歩実はバイト三昧で、悠真はまた新しい彼女ができたわ』
歩実は悠之歩より3歳上の姉で大学4年生、悠真は3歳下の弟で高校1年生だ。
「悠真、去年からモテまくりだな……バスケ部効果?」
『ちょっと抜けてるかわいい男子はモテるのよ。悠真はお父さん似ね』
「モテない僕は母さん似ってことになるけどいいの?」
『あんたはお父さんの良くないところが似ただけ』
「その押しつけはズルいよ」
『理穂は相変わらず好奇心旺盛ね。最近はデスメタルに興味を持ち始めたわ』
「健全な反抗期だね。小学2年で髪を銀色に染めたのと比べたら」
『あの事件に関しては、理穂よりあんたの方がびっくりよ。担任の先生に叱られてるところに殴りこんで、あの子に頭突きかまして連れ帰るなんて』
悠之歩が小学6年生の時、4歳下の理穂が学校にこっそりヘアチョークを持ち込み、昼休み中に髪をシルバーに染めたことがあった。
担任教師が注意しても理穂は非を認めず、これが癇に障ったらしい担任は放課後に職員室に呼び出して説教を続けたらしい。そして見かねた悠之歩の担任が悠之歩を呼び、事情を聞いて職員室に行った悠之歩は、真っ先に理穂の額に頭突きを入れたのだ。
この奇襲で理穂の担任が言葉を失った隙に、悠之歩は「ご迷惑をおかけしました。あとは両親に厳しく叱ってもらいます」と言って頭を下げ、理穂の手を引いて連れ出した。
それまで堪えていた涙を帰り道で流し出した理穂に、悠之歩は「身を守る時以外に敵を作るな」「僕がいつも助けに行けるとは限らない」と言い聞かせたのだ。
「家の躾の範疇って言った方が、丸く収まると思ったから。僕自身、理穂の髪色が変わってるの見て、気が動転したのもあるけど」
まさか自分で髪を染めるなどとは思わず、てっきり、理穂が誰かに虐められていて絵具でも塗られたのかと思ったほどだ。
あの時の不安で胃液が込み上げ冷や汗をかいた感触は、今も覚えている。
『まぁそれ以来、あの子も変なことはしなくなったけど……そんな理穂も、来年は高校入学ね』
「……そっか」
『とにかく、あんたは自分のことを心配しなさい。体には気をつけてね』
「……うん、ありがとう。じゃあまた」
そう言って悠之歩は電話を切り、味噌汁の鍋を載せたIHヒーターを止め、廊下にある狭いキッチンからリビングに入った。
燎に負けた時の無力感や悔しさは、今もまだ肚の底で渦巻いている。
このままでは、もし流火の移送中に戦闘に巻き込まれても死んでしまうかもしれない。自分が死んだり傷ついたりしたら、家族はどんな表情をするだろうか。
悠之歩の脳裏に、警備特区で一人暮らしをすると悠之歩に告げられ心配そうな表情を浮かべる両親、暗い子供部屋で悠之歩の隣で布団に包まっていた幼き日の歩実、転んで怪我をした悠真、学校からの帰り道に泣きじゃくる理穂の姿が浮かぶ。
ただでさえ、両親に心配をかけてしまっている。
きょうだいたちも予備警備員のことを知られれば同じ気持ちにさせるかもしれない。
そこから芋づる式に、ぎこちなくはにかんだ彩音や、目を赤くした深和、戦闘機パイロットを断念したと話した時の翔の表情も思い出す。
悠之歩が装骨格での戦いで傷ついたりすれば、彩音はまた自責の念を覚えてしまうのだろうか。
流火が性能不足などと涼羽が判断すれば、流火を完成させたいという深和の目標が挫かれ、流火の操縦を楽しむ翔にも水を差しかねない。
悠之歩の脳に突き刺さった棘が痛みを発する。考えまいとしても存在を忘れることができず、いつか必ず抜かねばならず、抜いた時にどれほどの出血を伴うかわからない楔だ。
悠之歩はシャツとズボンを脱ぎ捨て、道着に着替えた。
いつものように意識を失う寸前まで稽古しないと、今夜も眠れない予感がした。
翌日、悠之歩たち4人が予備警備員登録の意志を表明したことで、実戦を想定した訓練が始まった。
夏休み中なので朝から涼羽SAの拠点に赴き、実務に関連する手続きや法律、制度、業務ルールなどの座学、そして流火のデータ収集を兼ねた実機訓練に勤しむ。
最大の追加要素は、2機1組の連携訓練だ。悠之歩と燎は、翔と組んだ場合と深和と組んだ場合とでそれぞれ連携を試し、相手に音斬を当てられるよう2対2の模擬戦を繰り返す。9月に入ってからは、涼羽SA職員が使う氾火を相手にした模擬戦もするようになった。
そして最終試験では、悠之歩と翔のペア、深和と燎のペアで、それぞれ豊永を含めた2機の氾火との模擬戦を行い、勝利したことで正式に予備警備員として登録された。




