16. 速さと速さ
悠之歩と燎の後に行われた翔と深和の模擬戦は引き分けに終わったが、その内容はあまりに一方的だった。
翔が高速で動き回りながら深和の隙を衝き、幾度となく模擬刀を叩きつけていたのだ。そのすべてが音斬でなかったため、形式的には引き分けという結果なだけで、傍から見ればただの私刑である。
そして午後の模擬戦は、矩場が「勝った奴ら同士で戦ったらどうなるか見たい」と私欲を丸出しにし、翔対燎、悠之歩対深和の組み合わせで行う運びとなった。
翔が操縦する一本角の流火一番機と燎の流火四番機が向き合うのを、悠之歩は演習場の隅で流火二番機に乗って傍観する。
蘇芳色――黒みを帯びた赤の導波動を全身から発する翔の流火は、遠目からは長い鼻を伸ばした天狗のように見えた。
未だ音斬を撃てていない翔は、模擬戦のルール上の「勝ち」を得ることは難しいだろう。しかし気になるのは、悠之歩を封殺した燎の立ち回りに翔がどんな解を導き出すか、そしてそれが悠之歩の参考になるかだ。
固唾を呑んで見守る悠之歩の前で、豊永が合図を出した瞬間に翔と燎が動き始める。
翔の動きは、悠之歩はおろか、深和や燎ともまったく異なる。
タイヤもフルスロットルで駆動させるばかりか、ブースターを全開にして跳躍し、空中でも自由自在に動き回るのだ。
四メートル近い鋼の体躯で宙を飛び回り、転倒することも制御不能になることもなく、高速で相手の死角に回り込んで一撃離脱を繰り返す。
タイヤとブースターを併せた流火の最高速度は時速300キロメートルほどだが、さすがに常に全速力とはいかず、方向転換のタイミングなどで減速もするも、それが却って緩急となるため目で追いきれない。
とはいえ燎は巧みな足捌きで翔に隙を見せず、翔が接近しようとしてもすぐ模擬槍を向けることで、翔に攻撃の隙を与えないよう立ち回る。
移動速度という意味での速さに長けた翔と、攻撃自体の速さと手数に優れた燎の戦いは、膠着するかに見えた。
しかしそうなると、主導権は徐々に翔へと移っていく。常に高速で動き続ける翔に対し、燎が果敢に間合いを詰めようとしても追いつけないのだ。
燎は翔の着地の瞬間などを狙おうとするも、翔もまた燎との位置関係を完璧に把握しているため隙を見せない。そればかりか、翔を打とうと槍を振った直後の燎の死角を狙って攻撃をしかけ、燎がそれを回避しながらさらに反撃しようとしても、翔はすんでのところで離脱している。
そんな攻防が幾度となく繰り返され、翔が二度のフェイントをかけてから燎の懐に飛び込んだ時だった。
横に飛びながら燎が放った音斬と、翔が高速で跳びながら振った模擬刀が、衝撃波と共にほぼ同時に相手の胴を打ったのだ。
だが豊永から模擬戦終了の合図は出ず、戦いはそのまま続き、二人とも音斬を相手に当てられないまま終了した。
その後、悠之歩と深和の模擬戦では悠之歩が深和を鳴気流の歩法で翻弄し、悠之歩が音斬を当てたことで勝利して終わる。
「――燎と打ち合った時、翔先輩の攻撃で衝撃波出てませんでした?」
視聴覚室で各模擬戦の映像を観て、戦闘中の意図や展開を言語化・分析して音斬成功のコツを共有する感想戦をしている中、悠之歩が矩場に訊いた。
「出てたな。でもあれは音斬じゃなかった」
矩場の答えを悠之歩が理解できないでいると、深和が口を挟んだ。
「機体本体の速度に上乗せしたら、模擬刀が音速に届いた……ということですか?」
「そーゆーことだ。導式加速筋だけじゃ音斬に届いてないから、言うなれば疑似音斬ってとこか」
「音速なのに音斬扱いになんないのか」
翔が言った。
「音斬は導式加速筋が完成すりゃ誰でも撃てるが、疑似音斬はそうはいかねぇだろ。お前以外に誰ができんだ? 敵と時速200キロ以上ですれ違う一瞬に合わせて刀振って当てるなんて芸当」
「そっか、刀を構えてすれ違うだけじゃダメだもんね。振って初めて音速に届くから」
燎は理解したようだが、悠之歩は疑似音斬の難易度の全容を掴み切れず、隣の深和に小声で尋ねる。
「どれくらい難しいかわかる?」
「秒速70メートルくらいですれ違うので……刀を振るタイミングを、0.1秒前後で見極めないといけません」
「あー……僕には無理だ」
「……そもそも音斬を撃てているので、気にする必要はないのでは?」
悠之歩と深和が話すのを他所に、矩場が翔に言う。
「あくまで目標は、導式加速筋を最大稼働させることだ。威力が同等だろうと、疑似音斬はノーカウントにするからな。ったく……千秋といい、何でこうトンチみたいなトンデモ回答を叩き出すかね? これが今時の若者か?」
「問題文に不備があるんだろ」
「翔さんステイ」
燎が笑いながら翔を諫める。
「とはいえ、二冬とやった時は疑似音斬も撃ててなかったな。何でだ?」
矩場が翔に尋ねた。
流火本体の移動速度を上乗せするとしても、そもそも導式加速筋の稼働率が低く腕を振るのが遅ければ、模擬刀の速度は音速に届かない。今回初めて疑似音斬になったということは、燎との模擬戦では翔の導式加速筋の稼働率が上がったということだ。
「知らん。夏目との時は、全速力で突っ込むことしか考えてなかったからか?」
翔が答えるが、要領を得ない。
「翔さん、深和のことも爆速でしばき回してたじゃん」
「…………」
燎からの流れ弾に、深和が眉間に皺を寄せた。
翔と深和の模擬戦で翔は何度もすれ違いざまに深和の流火に模擬刀を当てていたが、疑似音斬になっていなかった。速度だけが条件ならばそこで疑似音斬が出ていたはずだ。
「加速の仕方がいつもと違った、とか?」
悠之歩が言うと、深和が思い出したように言った。
「そういえば……疑似音斬の時、春日先輩の軌道が少し変わった気がします」




