15. 居合
〈―― 一本! そこまで!〉
豊永のアナウンスが響き、悠之歩と燎は既に始めていた次のアクションを止めた。
《良い感じじゃねーか! この調子でいきゃ、データもバンバン集まるな!》
管制室にいる矩場の上機嫌な声も、パイロットスーツのフードに仕込まれたヘッドホンから聞こえてくる。
「……すみません、最後、どうなったんですか?」
まだ訳がわからないままの悠之歩は、どっと噴き出した汗を拭い、呼吸を整えつつ豊永に尋ねた。
〈夏目の音斬が千秋の流火の右腕に当たった。夏目の勝ちだ。千秋の音斬は、その直後に夏目の模擬槍に当たったらしい〉
「……わかりました。ありがとうございます」
――負けた。
頭蓋の裡で、声がする。
――真剣での音斬なら、腕が壊れるだけじゃなくて、殺されてるかもしれない。
戦いの直後で心臓の鼓動は大きく、耳の血管もバクバクと高鳴っている。
――いや、音斬を撃ち合う前からもう一方的だった。何度も槍で突かれて……あの中の一突きも音斬だったら、それでもう死んでたかもしれない。
槍捌き、立ち回り、そして戦術。すべてにおいて燎には隙がなかった。
流火の肩は生身と比べて可動域が狭いが、その制約すら燎は手首の捻りと足捌きで補い、動き回る悠之歩に槍を当て続けた。
離脱の際も接近の際も、常に牽制を織り交ぜていた。
そして何より、最後の一撃の交錯こそが、燎の技量を最も美しく証明している。
悠之歩は自分の音斬を届かせるため燎に肉薄しようとしたが、燎はそれを読み、さらに後退して音斬を放ったのだ。
当てずっぽうに跳び下がったのではない。
槍の穂先が悠之歩に命中するよう、完璧に間合いを支配していた。
もし互いに真剣だったら、悠之歩はもう死んでいる。
――ほら、やっぱり死に足りなかったんだ。
鬼の声が、耳鳴りのように響く。
――わかってたはずだ。一人で稽古するだけじゃ、意味がないって――
ぎりっ、と歯軋りし、悠之歩は歯の隙間から息を漏らした。
模擬槍を肩に担ぐ燎の流火の立ち姿からは、その神々しい向日葵色のオーラに反し、長大な鎌を持つ死神のような印象を与えた。
〈二人は格納庫前のスペースに移動しろ。次は春日と二冬だ〉
豊永が指示し、悠之歩は燎と共に演習場を後にした。
「お疲れ、悠之歩」
流火から降りた悠之歩に、同じく四番機を降りてきた燎が声をかけた。
「お疲れ……強いね、燎」
「どーも。それよりさ、悠之歩がやってきた武術って何? 剣道とか柔道じゃないだろ。一瞬ボクシングかとも思ったけど、ちょい合気道っぽさもあったよな」
好奇心を前面に出して尋ねられ、悠之歩は敗者が供物を差し出すような心地を覚えつつ答えた。
「鳴気流っていって……一応、古流柔術になるのかな。多分、合気道に似てる」
「道理で、間合いの感じが独特な訳だ」
「燎は、どこで槍を習ったの?」
「我流ってことになんのかなー。師匠に一対一で教わったんだけど、師匠が我流らしいんだよね」
「そうなんだ……その師匠からは、居合も教わった?」
「……へぇ?」
ずっと浮かべられていた燎の笑顔に、何か複雑に色が混ざった。
目は笑っておらず、刺すような眼光で悠之歩を見ているが、燎の口元の笑み自体は自然なままだ。
「まさか、装骨格で戦ってバレるとは思わなかったなー。いや、装骨格だから? どっちにしろ予想外だ」
「槍で居合を再現する方が、よっぽどぶっ飛んでるけど……」
「悠之歩の読み通り、居合も教わっててさ。『槍と居合が交わるところに丹田がある』『槍も刀も丹田で触れ』って言われたんだよね」
「槍と刀って……燎のお師匠、戦国武将でいらっしゃる?」
「ははは、武人っぽさはあるかも! 悠之歩の師匠はどんな人?」
「気さくなお爺ちゃん、って感じかな。茶目っ気があって……師匠に投げられる時は、斬られたって感じがする」
「何それ、気になる」
燎が少し身を乗り出す。
「言葉にするのは難しいな……師匠の丹田の動きが僕の丹田に伝わって、僕の丹田が動かされて……腹筋とか背骨がそれに引っ張られて、歪められて、抉られて、斬られていく……みたいな?」
「ふぅん……柔術ってことは素手の投げ技とか稽古してんだよね?」
「うん。刀で斬るのと同じ術理で、素手の技を使う稽古。斬られたみたいって表現になったのも、そのせい」
「斬る動きで投げる、か……」
呟きながら、燎は微かに身じろぎする。
悠之歩にはわかる。
今、燎は自身の丹田を意識し、居合で刀を振る時の感覚を再現して、それが生身で触れた相手に伝播しそうなものか確かめたのだ。
「何か、悠之歩とは仲良くやれそうな気がしてきた。改めてよろしく」
「……よろしく、燎」
惨敗し、自分は殺されたという敗北感を叩き込まれ、まざまざと実感した。
おそらく、燎は俗に天才と呼ばれる人種だ。
根底にあるものの格か質が、悠之歩とは違う。
だが、その周囲や表面を分厚く覆う鍛錬の層や、武術全般に遍く通じる本質的なものは共有できている。
――ああ、わかりきってた。
悠之歩は、燎に対する屈辱と、敬意と、焦燥と、共感と、渇望が混ざり合いながらどろどろと肚の底へ流れ落ちるのを感じた。
―― 一人だけで稽古しても、足りないものに気づけない。こうやって負けるまで、何ができないかもわからない。独力で悟れるほど勘が良ければ、こんなみっともない苦労なんてしてない。
肚の奥底で、溶岩のような感情の奔流に灼かれながら鬼が唸る。
――だから、今回の死も喰らってやる。殺されたからこそ生まれ変われて、これからの稽古の糧にできる。そしてその新しい稽古で、僕は、弱い僕をまた殺せる。




