14. 槍使い
悠之歩が2本角の流火・二番機に乗り込み、慣れた手つきで流火を起動させていると、隣で燎の流火・四番機が立ち上がる。
燎の流火が帯びる向日葵色の導波動はどこか神々しく煌びやかであり、頭部から伸びた4本の角は王冠の装飾のようにも見える。
――燎は音斬を撃てるらしいけど……そもそも、僕のは半分まぐれだしな……。
悠之歩は、深和との鬼ごっこの時の感覚を思い起こした。
鬼ごっこをするまでにも、悠之歩たちは流火の訓練で刀を使ってコンクリートの柱で据え斬りなどをしていたが、その時は音斬を撃てなかったのだ。
導式加速筋のカラクリと音斬の存在が明らかになった今となっては、鬼ごっこで音斬を撃てた理由もわかる。
まず、実際に刀を振るのは初めてな上、それが生身ではなく流火というのもあって、流火を操縦し腕を動かす意識が強かった。また、緊張などで丹田の波形変化も、普段の稽古の時より鈍かったのだろう。しかし鬼ごっこをする中で、刀がない瞬間に鳴気流の歩法の感覚を再現できたので音斬が暴発したのだろう。
――今度は狙って撃てるかな……。
そう思いつつ悠之歩も流火を立たせ、傍のスタンドに近づき、立てかけてあった模擬刀を手に取る。
〈模擬刀でいいのか? 夏目は模擬槍を使うが〉
監督のため氾火に乗り込んだ豊永が通信で言った。
「模擬刀にしておきます。槍は使い慣れてないので」
悠之歩は、燎の流火が5メートルほどの長さの模擬槍を肩に担ぎ、演習場に向かうのを見送りながら言った。
厳密に言うと悠之歩は刀も使い慣れている訳ではないが、槍の穂先は先端から2メートル弱の部分だけで、柄で音斬を当てても無効であるため間合いの管理に意識を割かねばならない。さらに流火の体高よりも長いので、不慣れなまま扱うとデメリットの方が多そうだ。
流火の戦闘中の速度では、刀と槍のリーチ差も生身の時よりカバーしやすいだろう。
そんなことを考えつつ悠之歩も演習場に移動し、燎の流火と50メートルを挟んで向かい合う。
燎の流火は、槍の柄の石突から拳2つ分のところを片手で握り、左半身を前に出して槍を構えた。
燎がどのような槍の術理を身に着けているかは知らないが、そもそも流火の腕力で扱う槍が人間の武術としての槍と同じとは限らない。軽々と、それこそ刀のように槍を振り回す可能性もある。
〈位置についたな。制限時間は5分。音斬がヒットしたら終了だ。用意――始め〉
豊永の合図と共に、悠之歩は燎の方に直行せず、距離を保ったまま燎の周囲を反時計回りに円軌道で動き始めた。燎もその意図を汲んだのか、彼自身もそのつもりだったのか、構えを変えないままタイヤを使いバック走行し、悠之歩に模擬槍の穂先を向けたまま悠之歩と同じ回転方向に動く。人間の槍術の構えを取りつつ、流火がタイヤで走れるという兵器としての側面も利用するとはかなりの器用さだ。
――こうなるのか……。
共に流火を使い、おそらくは武術経験があり、音斬を撃てる者同士での戦いが獣同士の睨み合いのような駆け引きとなることに、悠之歩は感嘆にも似た驚きを覚えた。
燎が自在に音斬を撃てるとすれば、迂闊に槍の間合いに入った瞬間に音斬で槍を一閃されるとそれで勝負がつきかねない。どこを狙われるか読み切れない以上、模擬刀でガードしようとするのは下策だ。
となれば、燎に音斬を撃つタイミングを迷わせ、音斬を撃たれる前に間合いを詰め切らねばならない。そして悠之歩が音斬を撃つ上でも、燎の隙を衝く形で模擬刀の音斬が当たる位置まで近づく必要がある。
悠之歩と燎は円周を辿るように、しかし距離を徐々に狭めていく。2人の間には透明な風船があり、それを押し合っているかのように、互いに決定的な間合いには立ち入らない。
緊張感が徐々に高まり、悠之歩の頬を汗が伝う。
やがて両者は15メートル――ブースターを噴かせば、1秒とかからず潰せるところまで接近した。
――いつ仕掛ける――
悠之歩が機を窺っていると、不意に、どこか拍子抜けするかのような気軽さで、燎はポンと毬が弾むかのように軽く地面を蹴って悠之歩の方へ踏み込んできた。
タイヤを使っての走行ではない。ブースターを噴射しつつの、悠之歩が使う鳴気流の歩法のような、人間的な運足だ。
それに対し、悠之歩は反射的に鳴気流の歩法を使い、重心をずらしつつ右足を前に出して燎とすれ違って死角に入ろうとする。
接近と共に放たれた槍の初撃は完全に躱した――しかし次の瞬間には、二突き目と三突き目が悠之歩を襲っていた。
二突き目は咄嗟に模擬刀で払うが、三突き目は悠之歩の流火の右肩を打つ。
――速っ――!?
焦りつつも悠之歩は継足でさらに右足を出し、燎の側面へと入身しようとするが、それより先に燎はブースターも使ったバックステップで斜め後ろに離れてしまう。
悠之歩は燎を追うが、一度間合いを空けた燎はすぐにまた、踏み込みと同時に目視できない速度で突きを繰り出してきた。
悠之歩は反射的に右足を軸に左半身を前に出し、歩法で立ち位置を変えながら模擬刀で模擬槍を逸らすが、その直後には燎の槍は引かれ、二撃目が繰り出されていた。悠之歩は、それがどこを狙っているか確認するよりも先に、左足で地面を蹴りつつブースターを噴かして歩法で燎の正面から外れ、燎の背後に回ろうとするが、燎がバックステップで離れて次の攻撃を仕掛けてくる方が速い。
そこで悠之歩はようやく気づく。
流火の肩は生身と比べて可動域が狭いが、燎は流火に可能な範囲で手首と腕を捻って巧みに槍の穂先の角度を変え、あとは足捌きによって照準を調整して動き回る悠之歩に槍を当ててくる。
しかも、最大稼働すれば音速を超えたの音斬を放てる導式加速筋は、裏を返せば、最大稼働せず音速に届かずとも超高速で腕を振れる。武術の効率的な動作を部分的にでも再現できれば、一秒ほどの間に数発の突きを放つくらい容易いだろう。
これが本物の緋導鋼製の槍なら、流火の装甲には傷がついているはずだ。
そして燎は、まるで自分の突きの反動を利用しているかのように、攻撃を放つとすぐ弾かれたように悠之歩から離れてしまう。反撃できない悠之歩は回避に徹するしかなく、後手に回らざるを得ない。
単なる一撃離脱より遥かに攻撃的で、支配的な立ち回りだ。
――止まるな――歩け――
主導権を握れず、一突き一突きすべてを捌くのは現実的ではない以上、燎が踏み込んでくるのに合わせてカウンターで悠之歩が音斬を撃つしかない。歩法で重心を左右にずらす幅を最小限に抑え、可能な限り最短距離で燎の懐に飛び込む。
そう決め、悠之歩は燎が跳んで後退するのと同時に、これまでよりも強くブースターを噴かして前進しつつ刀を振ろうとした。
だがその瞬間、燎の動きが突如として変調する。
これまでは左半身を前に出していたが、右足を軸にして左半身を下げながら右手一本で模擬槍を振るってきたのだ。
カウンターを狙っていたはずの悠之歩に向けて、さらなるカウンターが放たれ、悠之歩は咄嗟に右半身を出しつつ模擬刀で槍を撥ね上げる。だが、それだけでは燎の流火の姿勢は崩れない。
弾かれた模擬槍は燎の流火の左脇へと吸い込まれるように収まる。
右半身が前に出て、腰溜めに槍を構えた姿勢。
槍術ではない。
もっと別の術理に基づく構えだ。
その正体が何か悠之歩が察するのと同時に、悠之歩は一か八か右足を軸に左半身ごと出して前進しようとする。
二重の衝撃波が、炎天下の演習場の灼けつくような大気を揺るがした。




