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13. 曲者

 悠之歩と深和の鬼ごっこから1週間後、悠之歩たちは矩場が運転する車で、警備特区の外にある涼羽SAの拠点へと移動していた。


「今後は、基本的に警備特区の外の拠点でテストするからな」


 運転席の矩場が言うと、後部座席に座る翔が質問した。


「理由は?」


「いくつかあるが、主に2つだな。まず、夏休みは学生のインターンの時間が増えるから、奈笠の演習場を使える時間が短い。2つ目は、メンバーが1人増えるからだ」


 2つ目の理由には、悠之歩はあまり驚かなかった。


 7月中旬まで悠之歩と深和、翔の3人で4機の流火を使い回していたのだが、それ以降、4機目の流火はしばらく別拠点で使用すると聞いていたからだ。特区外にも悠之歩たちのように条件を満たした骨格者がおり、そちらで訓練に使われているかもしれないという推測は立っていた。


「そいつが特区外の人間なんだが、特区は出るより入る手続きが面倒だろ?」


 奈笠を含めた6つの警備特区は、居住する骨格者たちや、警備特区内の導波動関連施設などを警備する都合上、特区の中と外を繋ぐ交通網は地下鉄路線1つと高速道路1本のみとなっている。どちらも人や車が駅やインターチェンジから特区内に降りる場合、通行証を持っていなければ特区に入ることはできない。物流に関しても、専用の検査センターを一度通す必要がある。


 プロメテウスの再犯から4年ほどで教育機関や研究機関、生活インフラ、発電所などの警備特区の核となる施設などが完成し、運用を開始された直後はそうではなかった。しかしそれ以降も段階的に工事が進み、現在ではこのような形になっている。


「その人は音斬を撃てるんですか?」


 深和が尋ねた。


「あぁ、訓練始めてすぐ撃てた。奈笠大の教授とは別の専門家に推薦された奴でな。ちなみに、千秋や二冬と同学年だ」


 やがて涼羽SAの拠点に到着し、更衣室でパイロットスーツに着替えた悠之歩と深和、そして翔が格納庫前の広場エプロンに向かうと、もはや見慣れた4機の流火が等間隔で横に並び、地面に跪いていた。


 流火はすべて導式加速筋を構成する部品数や若干の構造などが異なっているが、それ以外の設計や操縦方法はすべて同じだ。ただ、個体を識別しやすいように各機の頭部から伸びる角の本数が違う。


 そして流火の前には、悠之歩たちと同じ黒のパイロットスーツに身を包んだ青年が立っていた。脱色しているのか地毛なのか、髪の色素がやや薄く、夏の日の光に透けてオレンジに見える。身長は悠之歩より少し低く、顔立ちは端正だ。


「流火のテストパイロット?」


 悠之歩たちの方を振り返った青年が快活な口調で言った。


「あぁ」


 翔が頷いた。


「オレは夏目なつめりょう。燎って呼んでよ」


 燎は、どこか優雅で洗練された動きで手を差し出した。


「春日翔」


 端的に名前だけ言って、翔は軽く握手に応じる。


 不精な性格らしい翔は、基本的にやり取りが素っ気ない。しかし悠之歩が話しかけると応答はするので、会話そのものを鬱陶しいと思ってはいないようだ。


「翔さんはオレらより一コ上なんだっけ? よろしく」


 そう言ってから、燎は悠之歩の方に手を伸ばす。


「よろしく。僕は千秋悠之歩」


 そう言いながら悠之歩が燎の手を握った瞬間、予想よりしっかりと握り返され、反射的に同程度の力を込めながら、悠之歩の脳で二つの情報が静電気のように小さく弾けた。


 一つは、燎も何かしらの武術かスポーツをやり込んでいるということだ。単に力が強いだけでなく、指の肌は硬く、悠之歩と同じように中指・薬指・小指の三本に力を込め、親指と人差し指はほとんど使っていない。これは武術で竹刀や刀、相手の腕や道着を持ち方だ。


 もう一つは、燎が悠之歩を試しているということだ。わざと武術的な握り方をし、それに対する反応で悠之歩に武術経験があるか、どの程度稽古してきたか、そして悠之歩がこの探りに気づくかどうか窺っている。


 ――こいつ曲者というか……多分、ちょっと性格悪いな。


 悠之歩は直感した。


「話は聞いてるよ、悠之歩」


 燎はにやっと笑って言った。


「素手で音斬撃って、氾火の腕折ったって。やるじゃん」


「いや、あれは……」


「わかってるって、事故だろ? だから面白いっつーかさ。いいじゃん、そういう想定外イレギュラー


 フランクな口調で燎が言う。


「で、そっちは?」


「二冬深和です」


「折られた方ね」


 深和と握手をしながら、燎がさらりと言った。


「…………」


「あー、バカにしたんじゃないよ。腕を折られた時、たまたまその氾火を操縦してた、って意味。いつか誰かの氾火が同じ目に遭ってただろうからさ。むしろ、今の内に氾火で流火と戦えたのはお得じゃない?」


「……そうですね」


 悪気はないらしい燎の言葉に、明らかに含むのところのある声音で深和が応じる。


「面通しはもう終わったか?」


 格納庫の中から出てきた矩場が悠之歩たちに言った。


 矩場の隣には、水色とグレーのパイロットスーツを着た筋肉質な体格の男もいる。涼羽SAのパイロットだろう。


「じゃあこっちも軽く紹介しとくか。この拠点で流火のテストを監督する

豊永とよながだ。夏目の訓練も担当してた」


 矩場がパイロットを簡単に紹介し、豊永は厳格そうな顔つきを崩すことなく「よろしく」とだけ言う。


「で、しばらく氾火を借りられなくなった。だから模擬戦とかやる時は、流火同士だ」


 氾火は涼羽SAのものなので、涼羽SAからすれば、親会社が勝手に子会社の機体を壊したように思われても仕方がない。


「すみません、僕のせいで……」


 悠之歩が改めて謝ると、矩場は手を振った。


「いや、あの件はルールに不備があったってことで落ち着いた。っつーか、落ち着かせた。前例もなかったし、体当たりしてねぇし、武器も使わず腕折るなんて予測できねぇからな。かといって、リミッターをかけたらテストにならねぇだろ? 音斬撃ちてぇけど撃てなくてテストしてんだし。だから対策として、今後流火の模擬戦ではお触り厳禁な」


「はい……あの、弁償とかは――」


「お前にさせる訳ねぇだろ。そういうの法律で禁止されてんだよ。弁償させたら逆に流火のプロジェクト自体飛ぶわ」


「そうなんですね……」


「何なら、千秋の音斬のお陰で補正予算が出たしな」


「氾火ぶっ壊したら金が降ってきたってこと? ウケる!」


 燎が爆笑した。


「笑えねぇよ……『実現の目途が立ったなら、金は出すからさっさと完成させろ』っつー至上命令だぞ。あと、氾火の修理費もそこから出すっていう建前だな」


 ――社会人は色々たいへんだな……。


「つー訳で、だ。今までは『音斬撃てるかな?』くらいのノリだったが、こっからは撃てること前提で動く。流火同士で模擬戦すんのも、早いサイクルでバンバン音斬を試すためだ。まず今から、千秋の2番機と夏目の4番機で模擬戦やってくれ。現状音斬が確認された組み合わせで、再現性をチェックする」

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