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10. 導式加速筋

「音速で……」


 悠之歩は呟いた。


 氾火の腕が破壊された際の轟音は、流火の腕が音速で動いたことによる衝撃波のものだったようだ。


「流火は、その音斬を撃つための機体でな。導式どうしき加速筋かそくきんって蛇腹状のパーツが、胸から脇の装甲の下に組み込まれてる。これは、導波動波形の変化を感知することで、高初速かつ瞬間的に加速するって代物でな。そのために、一際強い磁力の反発が必要だったって訳だ」


 矩場はバインダーを開き、流火が氾火の左腕に触れた瞬間の写真を出した。鬼ごっこを監督していた氾火のカメラ映像を印刷したもののようだ。


 矩場に言われて悠之歩が改めて流火の写真を見ると、人間の腕が首筋や鎖骨から肩への流れの延長にあるのに対し、流火の腕は脇腹から脇への流れの延長で伸びていると気づいた。これによって、肩だけでなく胸や背中の範囲も使って腕を動かせるようだ。


 そして同時に、導式加速筋の詳細を事前に説明されなかった理由もはっきりした。


 導式加速筋に必要なのは腹部の深層筋の導波動波形だが、胸から脇にある導式加速筋を動かそうとすると胸や脇を意識してしまい、丹田への意識が疎かになりかねないからだ。


「波形の変化量が一定値を超えると、流火は音速で腕を振れる。しかも千秋は、流火の手で氾火の装甲に直接触れていた。だから氾火の腕の導波動波形が乱されて折れたんだよ」


 導式加速筋は左右それぞれ独立して可動するらしいので、氾火の腕が折れた時、右の導式加速筋は奥に、左の導式加速筋は手前に音速で動いたのだろう。さらに流火の全身も使って動いていたため、あの関節技には全重の何割かも乗っていた。単純な運動エネルギーだけで比較するなら、砲弾など比べ物にならない破壊力になっていただろう。


「訓練の時、装骨格の装甲にはゴムシートが貼られているのでは?」


 深和が質問した。


「導波動波形が干渉しないようになっているはずですが……」


 訓練中の装骨格は、装甲の各所に半透明のゴムシートを貼られている。これは装甲から放出される導波動を抑えるためのものだ。


 通常、緋導鋼は導波動の磁気的な性質によって、その強度が桁外れに上昇する。しかも導波動には、外部から加えられた運動エネルギーや熱エネルギーを高効率で伝導させる必要があるため、戦車の砲弾の直撃を受けても装骨格の装甲には掠り傷程度しかつかない。


 しかし導波動の波形は骨格者ごとに異なり、異なる波形の導波動が触れ合い干渉すると、導波動の性質も弱まってしまう。すると装甲の強度も低下するため、体当たりを禁止し、絶縁体であるゴムシートで導波動を遮断することで、装甲同士が直接衝突するのを予防している。


「シートを貼ってない箇所同士で触れたからだ。構造上、手と関節周りには貼りにくい。それに、今までの模擬戦でそんなとこが接触することはなかったからな。それで問題なかった」


「波形の変化がデカいと勝手に音斬になんのか? リミッターは?」


 これまで話を聞くのに徹していた翔が尋ねた。


「リミッターをかけたらテストにならねぇだろ? 音斬撃ちてぇけど撃てなくてテストしてんだから。で、千秋に確認だ。どういう意図で、何をしようとした?」


「えっと……目的は、二冬の姿勢を崩すことです。模擬刀を拾うために。だから――」


 悠之歩は、自分の腕を見せて説明した。


「流火の左手を氾火の手首、右手を肘のすぐ上に引っかけて、全身を切り返しました。装骨格の強度なら、壊さず転ばせられると思って。これなら僕は撃たれないし、氾火が転倒すれば余裕もできるかと」


「そのタイミングで深層筋を使ったんだな?」


「はい。僕が稽古してきた、鳴気流という武術の技に似た形だったので……咄嗟に、丹田を締めて重心を切り返しました」


「それだけ?」


「はい」


「マジで?」


「マジです……」


「……パイロットを殺さず違法装骨格を捕まえる、って話したろ? けどこれ、今この段階でできていいことじゃねぇんだよなぁ……しかも刀すら使わずって、出来すぎだろ……いや、そりゃな? 最終的には、お前がやったみてぇに素手で装骨格を捕まえてぇよ? でもその実現までには、導式加速筋の完成、敵に接近する方法の確立、捕獲用の武装開発、訓練の体系化と、色々ステップがいる想定だったんだよ! なのにそれ全部いっぺんにやられたら、それはそれでてんてこ舞いだろうが! 今まで立ててきたスケジュールの説得力がパーだよ! 『学生にできたならすぐ完成するね』って上が言ってきても否定できねぇし! この板挟みわかるか!? 逆ギレでごめんな!?」


「すみません……」


 ヒートアップしていく矩場に謝りつつ、そのタイミングでようやく達成感と実感、そして自分が深和に太刀打ちできた理由の理解も悠之歩に追いついてきた。


 鳴気流の技に使われる歩法では、片足の親指の付け根を軸にして、腰を落としつつ反対の足を半身ごと動かすすり足で歩く。こうして一点を起点に半身で回転するように動くことで、重心と体軸、引いては全身の位置がずれ、相手の真正面に留まらず立ち回れる。


 流火は股関節の可動域も広めで、タイヤによってすり足も再現できた。そこにブースターの噴射も上乗せされることで、単純な横ステップや斜めへの直進とも異なる独特の軌道で深和に接近できたのだろう。


 さらに鳴気流合気柔術の術理は、攻撃が当たる点と意識の線から歩法で逃れ、相手に悟られず攻撃を回避・予防したり威力を削ったりしつつ、その体の回転や移動に合わせて当身や崩し、投げを仕掛けるというものだ。


 流火の構造と音斬のすべてが、鳴気流と悠之歩と噛み合ってしまっている。


「いや、千秋は悪くねぇよ!? 悪くなくてもこういうことが起こったから、着地点を探すのが難しいって話な? 千秋が悪けりゃ千秋を生贄にして終わりだから! でも今回、千秋は価値と可能性を見せた。となると、千秋と流火を守らないといけねぇし、事故の原因をどっかに無理やり落とし込まなきゃいけねぇよチキショウ!」


 矩場の悠之歩のフォローが気遣いから来るものか、単純な事実として述べられているものかはわからないが、会社員としては扱いに困るものらしい。


「……とにかく、千秋は後で映像と導波動波形見ながら報告書出してくれ。二冬は念のためしばらく休憩だ。どっか痛んだらすぐ言え。春日は、すまんが今日はテストどころじゃねぇ。帰っていいぞ。傘ねぇなら、待っててくれりゃ千秋たちと一緒に送るわ」


 そう言って矩場が立ち上がり、悠之歩は矩場と翔、燎に続いて行こうとしてから、部屋を出る前に深和を振り返った。


「二冬――」


「気にしないでください」


 深和は、重ねて謝ろうとした悠之歩を遮った。


「あれが事故というのは、もうわかりましたから」


 そう言われてしまうと悠之歩からはそれ以上謝ることもできず、一方的な申し訳なさを抱えたまま後ろ髪を引かれる思いで医務室を後にした。

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