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【短編】初恋〜機械生命体に恋をする〜

作者: 彼方夢

 コンドームをゴミ箱に捨てて、海斗はベッドに寝転がった。

 隣では疲れて寝息を立てている女性。

 先ほどまでの甘美な喘ぎ声や、腰をうねらせていた情景がフラッシュバックした。

 豊かな乳房を、海斗は呆然と眺める。

 ――なんか、疲れたな。

 すると、唸りながら女性が起き上がった。端正な顔立ちを歪めながら、綺麗な栗髪を揺らす。



 ラブホテル備え付けの冷蔵庫から、水を取り出してそれを半分ほど飲み干していた。

 そんな、女性の名前は飛鳥。職業、モデル。

「漫画青年誌のグラビアに載れた」なんて年甲斐もなく自慢してくるほどには、夢を追いかけているくせに、こうして情事のあとにもかかわらず全裸のまま水を飲めるぐらいにはどこか達観もしている。



 海斗はたばこの火を点けて紫煙をくゆらせた。

 どこかぎこちない雰囲気。

「ねぇ、今度のライブ、行くよ」

「どうしたんだよ。急に」

 ――ライブ。海斗はバンドマンであった。売れないバンドを、もう三年も続けている。

 百人のハコも埋められないほどに売れてないし、それなのに現実感のない「武道館」という大層な夢を抱えている。そんなアンバランスさ。もう、諦めないといけないのは分かっている。でも、三年積み重ねた年数が水の泡と化すのだけは、抵抗感がある。



 そしてこの女。性行為のあとに気分が高ぶって発した言葉なのか、釈然としないが海斗は苛立った。なぜなら、飛鳥は今までで一度たりともライブに来たことが無かった。

 だから、自身の夢を嘲笑しているのかと感じた。

 どこか嗜虐的な目を向けてきているようで、そのあと飛鳥は溜め息をついた。



「つまらない男」

「んだと?」

「ベッドの上でも思ったけど、あなたって女を気持ちよくさせられない男なのね。自分本位っていうか」

 海斗は頭をガシガシと掻いた。ああ、腸が煮えくり返る。ふざけるのも大概にしろよ。

 なんだよ女を気持ちよくさせられない、って。あんなに興奮していたじゃないか。あれが演技だったって言うのか?



 飛鳥は下着を付け始めて、最後にニコリと笑った。

「別れましょ。オナニー男」


 朝、天井にぶら下がっているシーリングファンを見て、「ああ、ここはラブホテルか」と独り言ちる。

 服に着替えて車の鍵を持って部屋の外に出る。

 フロアキーを返して、それから駐車場に向かう。

 セダンやフィット、ベンツなどのナンバープレートの数字を数えながら、なにも考えないようにしていた。

 自身の車に乗り込み、ふぅ、と息をはいたあと、海斗はステアリングを叩いた。

 そして、すすり泣いてしまう。

 もう、嫌だ。こんな人生。



 帰宅してテレビを点ける。少し音量を下げて。

 木造アパート。壁が薄い1Kの一室。ここでそういう行為は駄目だろうということで、奮発してラブホテルの金を出したのに、振られてしまった。つくづく災難だ。

 テレビではトー横キッズのオーバードーズについて特集番組が組まれている。

 それを何とはなしに見ていた海斗は、正直に言えばくだらないと思った。



 ストレスか、家庭環境が悪かったのかはさておいて、それを処方薬の売買やODで多幸感を得て逃げているようでははっきり言って人生舐めているのか、と。

 海斗は煙草に火を点けてテレビを消した。

 すると電話が鳴った。それをあえて十コールほど放置したあと、通話に出た。

「お前、いつも電話に出るのが遅いんだよ」

「ワリィ。いま、料理作っていてさ」

 低く、動物が声をさえずっているような耳障りの悪い声色。この電話相手――後藤の特徴のひとつであり、海斗の彼に対しての嫌いな部分でもある。



 海斗は音に繊細であった。いや、もはや神経質と言ってもいいかもしれない。

 だから、この男の人間性が現れているような声が嫌い、なのだ。

 咄嗟についた嘘も、この男に見透かされていたのか、「はいはい」と軽くいなされた。

「で、今度のライブだけどさ。ハコ代、お前が出してくんない?」

「はぁ?」

 意味が分からなかった。どんな小規模なライブハウスでも一つ抑えるのに数百万はかかる。

 たとえインディーズレーベルでも、そういった出費は極力出さないで済むように持ち前のダンススタジオぐらいは数か所保有している。



 だが、まだレーベルにすら所属していない個人活動だと、そういったマイナーレーベルからスタジオを貸してもらわないといけない。

 その金額が数百万

「お前さぁ、俺のこと舐めてんの?」

「いやいや、違うって。そのさ、今まで四人で分割だったじゃん。でも正直に言ってもう歌手になりたいとか豪語しているの、お前だけだぜ」

「……」

「気付いてなかったのかよ。なら俺が言ってやるよ。そろそろ現実を見ろ」

「んなこと言ったって……」

 ああ、だからこいつの声が嫌いなんだ。いつにもましてそう思う。

「じゃあ、そういうことで」

 通話が切れた。まだ耳に「現実を見ろ」というざらざらとした違和感しかない言葉が残っている。



 宙を見上げた。蛍光灯の光がやけにまぶしく、そのあと滲み始めた。

 そのときになってようやっと気付く。

「ああ、俺、また泣いているんだ」

 どれだけ涙もろくなったのだろうか。

 この時ばかりは、安易に多幸を得ようとする新宿のガキどもの気持ちが分かったような気がした。




 新宿を闊歩した。

 夜のドンキホーテでいちゃつきながら店外に出ていったカップルに、憂いを感じてしまう。

 いまの海斗を憐れんでくれる人間も、心の傷を愛撫してくれる存在もいない。

 月光が照らす、その先には十人ぐらいで固まっている地雷系ファッションに身を包んだ女子や、時代遅れな長髪ウルフカットの青年。

 それを呆然と見ていると、「なに見ているんだよ」と怒号が響いた。

 その瞬間、轟音と共に視界がぐらついた。視界に収まった光景を見ると鉄パイプを持った少年がいた。鉄パイプには血痕が付いている。



 ――ああ、殺されるかも。

 そう感じた海斗は不思議と笑みが漏れてしまった。

「なに笑ってんだよ。このおっさん」

「別にいいだろ。っていうかこいつの顔見てたら腹立ってマジで殺してしまいそうだわ。もう行こうぜ」

 海斗は意識が失った――


 

 ライブ会場の、観客の絶叫が鼓膜に響いた。自身の歌を聴いて興奮してくれることは、何にも代えがたいまさしく快楽そのものだった。

 海斗は、汗をかきながら懸命に歌声を奏でた。ピッチが大きく外れていようと、ルックスが駄目でも、二番煎じなメロディだろうが構わない。これが、これこそが海斗《《の》》音楽だ。

 ――今思えばこの時からかもしれない。

 独りよがりになってしまっていたのは。他のメンバーのことは顧みず、ひとりで突っ走っていたのだ。

 バンド活動というのは個人種目ではもちろん無く、どんな集団芸よりも協調性が必要なのだ。それを分かっていなかった。

 嫌なもので、それをようやく自覚したときには全てを失っていた。

 

□■□


「――お兄さん」

「あ?」

 アスファルトにずっと寝転んでいたのと頭部の強打で頭痛がひどい。少し酩酊感もある。

 そんなとき、中学生ぐらいだろうか、黒いセーラー服を身に纏った女子が海斗の顔を窺っていた。

「ピンク……」

「なにそれ?」首を傾げる女子中学生。そのとき、肩まである長い黒髪が揺れて甘いシャンプーの匂いが鼻腔をくすぐった。



 ピンク、というのは女子中学生が屈んだ状態なので図らずも、海斗の視界に入っている下着の色なわけだが。

 そんなこと、思春期女子には口が裂けても言えない。

「お兄さん、血が出てるけど喧嘩でもしたの?」

 妙に舌足らずな喋り方に、乳臭い餓鬼だなと思う。しっかりハキハキ喋れよ。

 すると、女子中学生は立ち上がり微笑する。

「お兄さん、私が慰めてあげる」

「は? いや、犯罪、だろうが……」

 海斗は咳き込んだ。

「大丈夫だよ。お兄さん、安心して――」

 女子中学生はどこかへ連絡をかけた。

 その様子を呆けて見ていたが、意識がプツリと途切れた。


□■□


 目の前にまた悠然と回るシーリングファン。

「またラブホテルか」

「違うよ」

 声のした方を見ると先ほどの女子中学生が、純白のワンピースに着替えていた。

 確かに、彼女の言う通り部屋はラブホテルのような下品な作りではなく、高級住宅の一室のようで。整理整頓も行き届いていた。

「なぁ、女子中学生。ここは?」

 すると彼女が頬を膨らませた。



「奈緒」

「え?」

「倉敷奈緒。私の名前。次からは奈緒って言って」

「そうか。分かった……」

「ここは私の家だよ。ちなみに――」

 するとノック音が響いた。奈緒が返事をした。

 そうしたら驚いたことに、中世のようなメイド服を着た女性が、粛々と室内に入ってきた。

「奈緒様、怪我人の看病もよろしいのですが、そろそろお時間です」

「ああ、バッテリー交換だね」

「バッテリー?」

 つい、言葉を発してしまった。それに答えてくれた奈緒。



 ――だが、その答えは驚愕のものだった。

「私、アンドロイドなの」

 そのときの彼女の目からは、普通あるはずの人間らしい感情が見えるものだが、それが無かった。演技でここまでのことは出来ないだろう、と海斗は思う。


 つまりは、彼女は機械生命体アンドロイドということ、なのかもしれない。



 メイド服の女性が海斗のもとへ食事を運んできた。銀食器で、ティーグラスやクローシュまであった。

 料理はフカヒレスープ。ブレッド。鱸のタプナード焼き。紅茶。

「では、ごゆっくり」

 一切目も合わせずメイドは帰っていった。

「そりゃあ歓迎はされないよな……」

 素性の知らない男を女子中学生が連れてきたらそりゃあ警戒もする、と海斗は思った。

 シーリングファンは悠々と回る。

 食事を始めて十分後。部屋が再びノックされる。入ってきたのは奈緒だった。

 奈緒は海斗を見るなり笑みを溢した。不思議な女だ。どこか、その笑みは魅惑的で男の性欲を駆り立てる。だが、まだ彼女は未成年。そうした行為に発展することはない。

 海斗の横に座り、なぜか彼の腰を擦ってきた。何をされているのだろうか……

「あの……なにしてんの?」

「落ち着く?」

「まぁ……」

 そりゃあ腰を擦られたら落ち着くものだろう。   

 というか、どうしてこんなことをされているのだろうか。

 菜緒が小首を傾げて、「どうしたの?」と訊ねてきた。



「そりゃあこっちのセリフだ。俺は別に精神が参っているわけではない。そんなことはしなくてもいい」

 そうしたら澄ました顔を見せた奈緒。手を自身の膝元に直した。

「分かった。だけど……しんどかったらいつでも言ってね」

「……優しいんだな」

「優しくない。これは普通の行動だよ」

 普通、か。普通って何だろうな。夢を大層に追いかけることは普通なのか。餓鬼に喧嘩を売られてもどうすることも出来なかった、他人にも人生にも舐められているのが普通なのか。もう、判らない。

「……もっと話がしたかったけど、明日にするね」

「え?」

 菜緒は微笑を浮かべて立ち去っていった。

 そのとき、また泣いていたことに気付いた。

 ――こんな自分でも、まだ優しくしてくれる人間はいるんだな。

 その事実を噛み締めて、涙をぬぐった。


 □■□


 翌日、メイドに怪我を治療されていた。その際に訊ねてみた。

「あの……奈緒、さんがアンドロイドってどういう意味です?」

 するとメイドが怪訝な顔をした。

「……そのままの意味です。デザイナーベビーというのはご存知ですか?」

「あ、いや……」

「ヒトゲノムの遺伝配列はすべて解析済みで、技術的にはそれを用いてデザイナーベビーというクローン人間を作ることが容易なのですが、倫理的な問題で不可能なんです。

 そこで、倫理的には人間ではない機械生命体を作ればいいだろう、という結論に至ったそうです」

「それが……彼女……」

 メイドは頷き、海斗の額に絆創膏を貼った。

 去っていこうとするメイドを衝動的に呼び止めてしまう。「あの……」

 鋭く睨みつけられ、冷たさが混じった声音を返された。

「なんです?」

「俺、今日中にここを出ます」

「そうですか……」

 メイドは今度こそ去っていった。


□■□

 

 玄関も広々としていた。俺はメイドから渡された手土産が入った袋を握り、この住宅から去ろうとしていた。奈緒だけが別れの場にいてくれる。

「送っていくよ」

 奈緒がまたいつもの微笑みを浮かべながら言う。

「ここまでしてもらっているのにまた迷惑をかけられない。それに餓鬼じゃないからさ」

「いいから。いいから」

 海斗の手を引いて、奈緒が玄関の扉を開けた。

 女子中学生に手を引かれながら歩いていると、その中学生の奈緒が神妙な面持ちをする。

「私、あの家にいたくないの」

「何でだよ」

「いままで人間扱いされてこなかったからさ。中学とかも行ってないんだ」

「は? いや、でも初めてあったとき制服で……」

「あれはコスプレ。けど年齢は十四歳だよ。ほら、学校って日本の人権と国籍があって初めて義務教育を受けられるんだけど、私、両方無いんだ。アンドロイドだからね。その代わり国家の秘密養成所には所属してる。末はスパイか軍人かな」



 色々ぶっ飛び過ぎて理解が追いつかないが、それでも言ってしまった。

「それに比べると俺はなんとぬるい生活をしてきたんだろうな」

「卑屈にならないでよ」

 また、他人を気遣う笑みを浮かべだした奈緒。

 だから口走ってしまう。

「なぁ、だったら一緒に住むか? 俺の家に」

 奈緒が目を見開いて、そのあと微かに笑った。

「お兄さん、変なことしないでよ」

「まぁ、気を付けるわ。お前、可愛いからさ」

 肩を小突いてきた奈緒。


□■□

 

 人権も国籍もない、アンドロイドと一緒に生活することにした。 



 鏡の前に立つと、そこにいたのは自分であって自分ではない"なにか"だった。そいつは道化師みたく恐ろしく微笑み、語りかけてくる。「夢に敗れた、その次の行動が他人に甘えるとは滑稽だね」

 ――五月蝿い。黙れ。そんなの、お前には関係ないじゃないか。

 異形に形を変えた幻影。それは《《奈緒》》だった。彼女のことを異形だと思っている、という意味なのか。理解出来ない。

 苦しい。腰元がふわふわとして、頭に血が昇り視界がぐらつき始めた――


「――もう、辞めてくれ!」

 ベッドから勢いよく上体を起こしてしまった。このとき、先ほどの映像が夢であったと認識出来たのだった。

 床で布団を敷いて横になっていた奈緒が、海斗に目を遣る。

「大丈夫? 心拍数と脈拍が上がってるけど?」

 海斗は浅い呼吸を抑え込もうとする。

「大丈夫だ。それより、見ただけで心拍数とか分かるのか?」

「まぁ、そんなことよりとりあえず病院に行こうよ。顔色凄く悪いよ?」  

 奈緒が海斗がいるベッドに腰掛けてじっと見据えてくる。

「そんな金はない……」

「…………分かった。私、お金あるからそれで行ってきて」


 彼女は財布から三万円を引き抜き、海斗の手に包ませた。

「私はいけないから。東京の街中に防犯カメラがあるからね。擬態モジュールを使うにはバッテリーが少ないから難しいし」

「ありがとう。恩に着る」

 クスッ、と愛らしい笑みを見せる奈緒。胸の内側が感動で熱くなった。


□■□


「鬱病、かもしれませんね」

 剥げた内科医が顎髭を掻いて、

「紹介状を書くので精神科に受診して下さい」


 去り際に常套句の心の籠もっていない、「お大事に」を投げられて病室を後にした。

 天井を見上げ、ぽつりと、

「死のうかな……」

 なんてぼやいた。近くにいた看護婦が心配してくれたが、無視して病院から出た。

「――大丈夫?」

 身長が高い柔和な雰囲気の、普通なら知らない女性が立っていた。

 ――だが、分かる。女性の正体は奈緒だ。姿形がまるで幼稚だった中学生女児とは違うが、なぜだか気付けたのだ。


「帰ろうか。奈緒」

「擬態モジュールに気付けたんだ」

「その、舌足らずな喋り方だけは誤魔化せないぞ」

 奈緒は頬を膨らませ、「もう知らない」とそっぽを向いた。

「冗談だよ」

 そうしたら晴れ晴れしい照れ笑いをした奈緒。


 もっと、彼女の笑顔が見たいと思った。  


パラメディック=米国などの、高度な救命・緊急医療処置ができる救急隊員。


□■□


「鬱病…………ですか」

 儚げに見据えてくる奈緒。どこか、それには同情や憐れみのような感情が感じられた。

 視界に靄がかかっている現状に、海斗は言い表せない不安と焦燥を感じられた。

「ちょっと待ってくださいね……」

 すると、彼女は熊のポーチから薬を取り出した。


「抗不安薬です。ベンゾジアゼピン系の。依存形成が生まれるかもしれませんが、不安に思う必要はありません」

「精神薬なんて、効果はあるのか?」

 奈緒が、海斗の不安を吹き飛ばすような笑みを見せる。 

「プラセボとの対比は実証されています」

「どうして、そんなに詳しいんだ?」

 奈緒は目線を逸らした。その後、言い淀みながら、

「パラメディック、って聞いたことはありますか?」

「パラメディック?」

 聞いたことが無い単語だった。

「米国での救命士の名称です。私、実は――パラメディック・アンドロイドなんです。米国と日本の共同開発――互いの国家の利権が複雑に絡み合った末の人形なんです」


□■□


「奈緒が隔離施設からの逃亡か。どうします? 事務次官」

 背広の男二人が、喫煙室でたばこを吸いながら語っていた。

 事務次官、と問いかけられた男がにやりと笑う。

「処分しろ。また作ればいい。逃げた家畜は殺処分が妥当だろう」

 笑う隣の男。

「流石です。それが総務省事務次官の意見、なんですから」

「皮肉か?」

「いえいえ。では――」

 男はまた滑稽な笑みを見せた。


「明朝、殺処分決定で」


 夜、奈緒がベッドに潜り込んできた。

 海斗は驚いて反射的に起き上がる。

「なにしてんだよ……」

「すみません。どうしてか不安で……」

 奈緒の伏し目がちな目元。どこか赤らんだ表情。

 海斗が奈緒の髪を撫でてやる。

「大丈夫だ。手なら握ってやる」

「ありがとうござい、ます」

 海斗と奈緒は天井を見上げた。

「もし、私が破壊されたら……いいえ、なんでもないです」

「余計なことは考えるな」


□■□


 朝、目覚めると横に奈緒の存在は無かった。

 机の上に置き手紙があった。

 ――タンスの二段目を見てください。

 タンスを開けてやるとそこには、ボイスレコーダーとICチップがあった。

 それを再生する。約三十分の録音に海斗の涙腺が崩壊した。

 

 その日、奈緒は破壊されたらしい。 

 


□■□


 海斗はそれから猛勉強した。

 抗不安薬の服用により、いつしか鬱病は寛解して、だからこそ現実に歩み出せたのかもしれない。

 そして、国立大学の機械工学の博士号を取得。

 機械生命体の研究に着手した。系二十年間の開発。文字通り、人生を賭けた。

 

 女性の体をした機械生命体の電源を入れる。

 目を開けた女性は、あのときの笑みを見せた。

「お兄さん……」

「奈緒。おかえり」

 ICチップは奈緒の記憶容量だったのだ。


「ただいま。それと、愛しています――」 

 


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