第二話 魔法使いで筋肉バカってマ?
「ねーねー、勇者様。魔法使いとか欲しくない?」
フリードが問う。
支援や攻撃ができる魔法使いは基本的に冒険者パーティーには必須の役職だ。と、いうのが常識ではある。
「そうか? 遠距離攻撃ならフリードがいるじゃん。火力不足の時は聖剣でも投れば良いでしょ」
「アホか」
なんやかんやで結局ギルドの酒場に行くことにした。ちなみに今日の昼メシ代はアレトスの奢りだったとか。
「……はーい。今日はどんなご用ですか?」
受付嬢は、面倒ごと……ゴホンゴホン。勇者が来たことに少し苦悶の表情を浮かべた。
受付嬢は素朴な疑問を口した。
「勇者様はなんで1人で旅してたんです?」
酒場の空気感がガラッと変わった。あの変人と有名な勇者アレトスがずっと1人で冒険をしていた理由が明かされそうとしている。
「んなもん簡単だ。誰もついてこれなかった……ただそれだけだな!」
アレトスは一瞬暗い顔をした気がする。でも今は笑っている。さっきのは気のせいだったのか。
そう悩むフリードだった。
酒場は笑い声で溢れ出した。みんなが思っていたよりも勇者が適当な人物だったと気づいたのだ。
「ささ、話を戻しましょう」
受付嬢が流れを戻してくれた。話が脱線した原因が彼女である事は言わないでおこう。
「魔法使いで空いてる人なんて中々いないですよ。そりゃあ癖者とかぐらいしかね。だったら魔法ギルドの方に向かわれてはどうです?
こちらは総合受付所的な感じなので専門家を探したいならそちらに」
厄介ごとを他の場所に押し付けられてなんだかハッピーな受付嬢であった。
とりあえずアレトスとフリードは喜んで答えた。
「わかりました!!」
場所も聞かずに走ってギルドを出て行った2人が町で迷ったのはまた別のお話に。
真夜中、町の外れにある魔法ギルドにたどり着いた。常識があまりないアレトスは強く扉を叩いた。
普通に考えたら人が出てくるわけがない。
はずだった。
「ふぅ。なんだ、おまえら?」
魔法ギルドの扉から出てきたのは、魔法使いとは思えない、ゆうに2メートルは超える身長を持ち、丸太ほどの腕を持つ巨漢? いや女性だな。ついてる果実2つが男性にはあり得ないほど大きい。
アレトスが急いで話す。
「すまん! 魔法ギルドとジムを間違えた様だ。それじゃあ」
巨漢の女性?は、足早に駆けていくアレトスをがっしりと後ろから掴んだ。
「ここは魔法ギルドであってるぞ。そして私の名前はリリーナだ。18歳のぴちぴち女子だな」
アレトスは開いた口が塞がらない。歳が全く同じだったのだ。力に自信があった彼は、魔法使いでそれも女性に背中を掴まれ振り解けなかった。その事がプライドを傷つけた。
フリードはアレトスの様子を見て、話をわざと遮った。
「えー、私より2つも歳上なんですね! その筋肉めっちゃ凄いですね」
リリーナは雑談を始めた。フリードとのほぼ女子会だ。
「ゆっ、許せねぇ」
アレトスは不機嫌治らない様子だった。
想像よりも勇者アレトスはガキすぎたのだ。負けず嫌いのくせに何かと勝負をしたがる。
「リリーナ! 俺と腕相撲で勝負しろ!」
「ほおぅ。私に立ち向かうのか、勇者よ。勇敢なものだな。少し待てい、プロテインで魔力を回復させてもらおう。両者が万全である試合を楽しもう」
リリーナは豪快に笑ってプロテインを差し出してきた。
アレトスの肌は感じ取った。これはヤベェ。魔王軍幹部、いやそれよりも重く強大な圧力を放っていた。
「あぁ、いい試合にしよう」
アレトスはプロテインを受け取り一気飲みした。
その奇妙な決闘前夜を無言で見守るしかないフリードは知らぬ間に試合の審判に抜擢されていたとさ。
ーー次の日ーー
「さぁー始まってまいりました! 実況はフリード、解説はフリード。私の仕事多いなおいっ!」
ボケもツッコミも全てが渋滞する決闘のリング。そう、ギルドの酒場だ。
試合の会場になると聞いて受付嬢も嫌々とした面持ちで注意しに来ていたが、リリーナの姿を見た途端に去って行った。
この神聖な戦いを邪魔する者は1人としていない。アレトス、リリーナ共に熱気のボルテージはMAXまで上がっている。
「どうだい? 腕の調子は」
「勇者が筋肉で魔法使いに負ける訳がないだろう?」
机の上に手が組まれる。これぞ世界中で伝統的な腕相撲の構えだ。
「ひ弱な勇者様は魔法でもなんでも使っていいぞ」
リリーナがアレトスを挑発する。そこには強者の余裕しか存在していない。
「御託を並べたところで強者になれる訳ではないだろ?」
アレトスも煽り返す。試合前のパフォーマンスであろうか。互いに顔を見合わせる。
「リリーナ、あんたが負けたら俺の仲間になれ」
「私が勝ったら死よりも辛い筋トレをさせてあげようじゃないか」
嵐の前の静けさであった。ギルドの酒場に居合わせた全員が固唾を飲んで行く末を見届ける準備が完了した。
刹那、人を吹き飛ばすほどの強風を発しながら戦いの火蓋が開けられた。
「ぬぅぉぉぉぉぉ」
「くぅぅぅぅぅぅ」
実力は拮抗している。土台の机が壊れ、近くの窓が砕け始める。
「中々やるじゃねぇか!」
決闘者同士の声が揃う。彼らはこの時間、魂で繋がりあった戦友である。
床の石材にヒビが入り出す。
……しかし、酒場の異常にようやく理解したのか奥の方に逃げていた受付嬢が出てきた。
「ストップ、ストッッッッッップ!!!」
コンマ数秒、リリーナの意識が受付嬢に向けられる。瞬きよりも早い時間で決着がついた。
そしてギルドの床も半壊した。
「はぁはぁ。良い試合だった」
「リリーナ、またやろう。今度は真に孤独になれるリングの上で」
2人は拳を合わせた。そうしてリリーナは仲間になった。
「……ところでリリーナってどんな魔法が使えるの?」
重苦しい雰囲気から解放されてフリードが声を出した。ずっと疑問に思ってたんだろうなって質問だ。
「プロテインを生み出す魔法、筋トレの疲労だけを瞬時に回復させる魔法。それと使い道は少ないけど雷の魔法が使えるわ」
「それなら完璧に魔法使いだな。それに雷魔法なら筋肉に刺激を与えて回復を促せる」
アレトスは戦友をパーティーに追加する申請をしながら魔法の技術を褒めるのでした。




