深夜の図書室に潜む者
私は去年から、私立高校の図書室で司書として働いている。
図書室は校舎の4階にあり、窓からは校庭や遠くの山々が一望できる静かな場所だ。
普段は穏やかな時間が流れるこの空間だが、その日、私は卒業生から寄贈された古い本の整理のために、深夜まで残業をすることになった。
本の分類や登録作業を、図書準備室で黙々と進めていた。
時計の針はすでに夜11時を回っていた。
静寂の中、ふと耳に届いたのは、図書室の方から聞こえる「キュッ、キュッ」というシューズの足音だった。
続いて、本を取るための踏み台を踏む「カタカタ」という音が響き、私は一瞬手を止めた。
誰もいないはずの図書室で、そんな音がするはずがない。
気味が悪くなりながらも、気になって仕方なかった私は、準備室を離れて図書室へ向かった。
照明を点けると、暗かった部屋が一気に明るくなった。
目を凝らして周囲を見回すが、誰もいない。
本棚も机も、いつも通りの静けさだ。「気のせいかな…」と呟きながら、準備室に戻った。
だが、再び作業を始めた矢先、今度は「カラカラ」という音が聞こえた。
図書室にある本を載せるワゴンが動く音だ。
心臓がドキリと跳ねた。
私は再び図書室へ駆け込み、照明を点けた。
すると、信じられない光景が目に飛び込んできた。
誰もいないはずの部屋で、ワゴンが勝手に動き、本棚に「ゴトン」とぶつかって止まっている。
冷や汗が背中を伝った。
確実に誰かがいる。私は恐る恐る図書室をくまなく見て回ったが、どこにも人の気配はない。
「もう限界だ…」と震えながら準備室に戻ろうとしたその瞬間、背筋が凍る出来事が起きた。
鍵などかけていないはずの準備室のドアが、びくともしないのだ。
慌ててドアノブをガチャガチャと回すが、扉はまるで封じられたように開かない。
その時、背後で奇妙な気配を感じ、突然図書室の照明が消えた。
窓の外を覗くと、そこには夕焼けのような真っ赤な空が広がっていた。
まるで血のような色が、図書室全体を染め上げる。
混乱しながら目をこすり、周囲を見渡したその時、視界の端に異様な影が現れた。
長い髪をなびかせ、セーラー服を着た女生徒が、スタスタと私の目の前を横切った。
彼女は躊躇いなく窓を開け、本を取るための踏み台に上ると、静かに窓の外へ身を躍らせた。
次の瞬間、「バンッ!」という激しい音が外から響いた。
慌てて窓に駆け寄り下を覗くと、衝撃的な光景が広がっていた。
真っ赤な液体が広がり、手足が不自然な方向に投げ出された女生徒の姿が、ピクリとも動かずに横たわっている。
吐き気を催し、頭が真っ白になるほどの恐怖に襲われた私は、震える手でなんとかスマホを握ろうとしたが、指が思うように動かず、救急に連絡するどころか立ち尽くすしかなかった。
その時、視界の端でまたしても彼女が現れた。彼女が再びスタスタと近づいてくる。
彼女は私をすーっとすり抜け、窓から身を躍らせた。
そしてまた「バンッ」と音がした。
目を疑う中、彼女は再び現れ、同じ行動を繰り返す。
まるで時間がループしているかのように、彼女は無限に窓から落ち続け、地面に叩きつけられる音が響き続ける。
パニックに駆られた私は、図書準備室の扉ではなく、図書室の出口に飛びついた。
奇跡的に扉が開き、私は廊下に飛び出した。
そこには夕焼けの赤い空はなく、暗闇に包まれた深夜の学校の廊下が続いていた。
振り返ると、図書室からは薄黄色い蛍光ランプの光が漏れるだけだった。
あの赤い世界はどこへ消えたのだろう。
翌日、私は古くから学校に勤める用務員に、恐る恐るその話を切り出した。
すると、彼は重い口調で語り始めた。
数十年前、この学校でいじめを苦にした女子生徒が、図書室の窓から飛び降り、自ら命を絶ったという。
彼女の死は生徒たちの間で語り継がれているが、学校は事件を公に取り上げることを控え、代々の司書には「不可解な現象が深夜に図書室で起こる」という警告だけが申し送り事項として伝えられてきたらしい。
しかし、一昨年、運営母体が変わり校長も替わった混乱の中で、私にはその警告が届かなかったのだ。
用務員はさらに語った。
「実は、彼女の霊はただ落ち続けるだけじゃないんです。昔の司書が残した記録によると、図書室に長く残ると、彼女の影響で危険な状況に追い込まれることがあったそうです。一人の司書は、深夜に図書室で作業中に意識を失い、目が覚めた時には窓の縁にしがみついて立たされており、落下寸前だったと残していました。その司書は、意識を失う前に冷たい手が肩に触れたような感覚を覚え、後に彼女の仕業だと噂されました。もう一人は、彼女の姿に惹かれるように窓に近づき、気がついた時には踏み台の上でバランスを崩し、飛び降りそうになっていたそうです。どうやら、彼女は自分の死を受け入れられず、毎夜毎夜、同じ行為を繰り返している。そして、図書室にいる者を自分の世界に引き寄せて、一緒にその運命を味わわせようとしているのかもしれません。」
その言葉に、私は背筋が凍った。
彼女は死してなお、永遠にその瞬間を繰り返しているだけでなく、他の者を巻き込もうとしているのだろうか。
それから、私は夕方以降、絶対に図書室に残らないようにしている。
だが、時折、自宅で窓の外を眺めていると、遠くの校舎から漏れる薄い光が目に留まり、ゾッとする。あの赤い空が再び現れ、彼女が私を呼び寄せるのではないかという恐怖が、心の奥底に巣食っている。
VTuberをやらせていただいています、言乃葉 千夜と申します。
この物語は、私のYouTubeチャンネル「言乃葉の館」で朗読用に作ったホラーストーリーです。
YouTubeチャンネル→https://t.co/UBdBrzvOYa
この物語の動画→https://youtu.be/jIcDUDAH-JI
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