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ホラー短編

噂になりたい男

作者: 牧村 咲希


「堀川センパイ見た? 今日もかっこよ♡」

「堀川センパイ、芸能事務所からお声がかかってるって噂だよ」

「聞いた。あの顔面だもんねえ」

「おばあちゃんがイギリス人だって。イギリスでデザイナーしてるって」

「あ、それも噂で聞いた。お父さんは大手銀行の支店長だってね。顔も家柄も完ぺきじゃん」


 噂話をしながら女子大生が目の前を通り過ぎていく。噂の的は大学の有名人、『堀川センパイ』。遠目に見たことがある程度だが、いつも取り巻きに囲まれていて、眩しいオーラを放っている。俺とは無縁の人種だ。


 俺だって、と唇を噛んだ。俺だって上京して大学デビューを決めたときは、明るい未来が待っていると信じていた。

 別に不細工ではないし、地元の高校ではそれなりの部類だった。だが東京へ出てきて負けを悟った。地方に生まれついた時点で、大きく出遅れている。

 実家から余裕で通学できる奴らと違い、奨学金を借りてアパートを借りている俺には余裕がない。親が毎月仕送りをしてくれているがそれだけでは余裕で足らず、バイトを掛け持ち。

 サークルやら合コンやらにかまける暇も金もなく、そのせいで友だち作りも難航。第一、地元で進学した奴らにはすでに友だちがいて、生活の基盤ができているのだ、ずるい。

 たかが東京に生まれたというだけで優位に立ち、地方出身者を小馬鹿にしている。それをヒシヒシと感じる日々を送っているうち、ますます卑屈になった。逆恨みかもしれないが、俺は奴らが心底憎い。妬ましい。何の苦労もせず、チヤホヤされやがって。努力はしているのかもしれないが、苦労をしていない。ずるい。不公平だ。


「よっ、小谷。どしたん、元気ないやん」


 大学での数少ない友人、間宮が話しかけてきた。

 間宮も俺と同類で、バイト漬けの地方出身者だ。コイツも遊ぶ金がなくて、読書が趣味だという地味な大学生だ。古本屋で買った本や図書館の本をよく持ち歩いている。

 ちょうど帰る時間が同じになり、駅まで一緒に歩いた。今日もバイトだ。これから飲み会だデートだと、浮かれている奴らを見るたび、嫌気が差す。

 この気持ち、同士の間宮なら分かるはずだと愚痴をこぼした。


「地方出身ってだけでめちゃくちゃ不利だよなあ、俺ら。親ガチャにハズレてるわ」


「そやなあ、けどこっからなんぼでも挽回できるんちゃう? 俺らまだ若いんやし」


 間宮は鷹揚に笑った。綺麗ごとの正論を言われても萎える。


「まあ、確かに何でも運が一番大事かもはしれんな。生まれついた環境って、要は運ってことやんな」


「ああ」


「じゃあ開運すればえんちゃう? 神様にお願いして」


 変な方向へ話が向かい、一瞬焦った。そういえばコイツ最近、自己啓発本やスピリチュアル系の本を持ち歩いてたな。変な宗教とかマルチを勧め出すんじゃないだろうな?


「変な勧誘はやめてよ」


「ちゃうちゃう。最近読んだ本にな――怪しい本ちゃうで、昔ベストセラーになったやつや。その本に、努力でどうにもならんことは神頼みしてみるんもありやって書いとってん。神社でお賽銭入れて、じゃらんじゃらん鳴らすやつな。変な宗教の話やのうて、普通の神社へのお参りやで」


 へぇと気のない返事が口をついて出た。


「普通だな。それって初詣とか合格祈願とか、ほとんどの国民がやってるよな。みんなが祈って、願いが叶うのは一部だろ。結局不公平だよな」


「そこや。みんなとおんなじように祈ってたんではあかんでって、その本いわくな。神様に選んでもらえるように、他と差をつけなあかんねん」


「他と差をつける祈り方ってなに?」


「お賽銭の金額らしいわ。張りこんで、万札入れたれってことや」


「賽銭を奮発しろって?」


「そや。5円玉入れて願うヤツと一万円札入れて願うヤツがおったら、後者のほうが本気度が感じられるやん。神様も選ぶとしたら、本気のほうってことや」


「はー、結局金かよ」


 地獄の沙汰も金次第という言葉があるが、神様も金次第とは、世知辛い話だ。


「けどそう言われたら一理あるな、と思うたけどな。本気で信じよう思うたら、そのくらいの覚悟がいんねん、きっと」


 間宮の言葉は全く胸に響かなかったが、印象には残った。俺には理解できない考えだと思ったからだ。


 だから、魔が差したとしか言いようがない。


 その翌日のバイト帰り、歩き慣れた帰路でふと気づいた。

 あれ、こんなところに神社なんてあったんだな。普段は気に留めない、通り過ぎるだけの道で、埋もれるようにして存在している小さな神社。間宮から「神社」というワードを聞いたばかりだったからかもしれない、なぜか気づけた。

 そしてこれもなにかの縁だという気がして、住宅街にひっそりとある、薄暗い神社の鳥居をくぐった。不気味な狛犬が二匹、俺を睨んでいる。


「神頼みも金次第、か」


 賽銭箱の前に立ち、嫌でも間宮の言葉がよみがえった。

 畜生、やってらんねえな。

 財布を開き、半ば自暴自棄に一万円札を引き抜いた。小銭以外の賽銭を入れるのは初めてだ。チャリンという音が鳴らない分、余計に損したような気分になった。

 そら奮発してやったぜ。願いを叶えてもらおうか。

 目を閉じて両手を合わせた。願い、一万円分の願い……宝くじで一億円とかは無理だよな。結果が明確でいつまでに分かる、というものは避けよう。


「俺も、堀川センパイみたく噂されるような男にしてください。もちろんいい意味での噂でお願いします」


 なんて願ったってどうせ無駄だよな。馬鹿らしい。

 けど間宮理論でいけば、このショボい神社だからこそ期待できる。大きな有名な神社では、この一万円より高額なお布施をする参拝客もいるだろう。競争率が高い。

 その点、このひっそりとした無名神社の参拝客はそう多くないはずだ。万札を投入するなんて俺くらいじゃないか。

 一神社につき一人の神様がいるとしたら、大勢で蟻の子のように群がっても勝ち目はなく、ほぼサシ状態で祈願できる、ここは穴場だ。


 まあ本気で信じちゃいないけど。つい魔が差したんだ。馬鹿なことしちまった。

 

 翌日、朝からのバイトを終えて午後から大学へ顔を出すと、面識はあるが取りたてて仲良くもない奴が話しかけてきた。


「小谷、やるなあ。聞いたぞ、痴漢を取り押さえたヒーローだって」


「へ?」


 と変な声が漏れた。何だそれ、寝耳に水だ。


「いやいや、そんな話全然知らないんだけど」


「隠すなって。今朝、うちの大学の奴がバッチリ目撃したってさ」


「見間違えだろ」


「いやぁ俺もさ、小谷はそういう目立つことするタイプじゃねーから見間違えじゃねって言ったんだけどさ、絶対に小谷だったって。何人かで見たらしいから、間違えんだろ」


「うそ、ドッペルゲンガーかよ」


 腑に落ちない出来事だった。

 だけどまあ、痴漢と間違えられたわけじゃない。痴漢を取り押さえた側に間違われただけまだいいか。変なこともあるもんだ。


 そう受け流したが、それ以降次々と「身に覚えのない」いい噂が立つようになった。

 しかもどんどん現実離れしていく。


「ねえ、小谷くんって」


 と、これまで話したこともなかっためちゃくちゃ可愛い女が、こっそり話しかけてきたときには、嫌な予感しかしなかった。


「俳優の小谷清琉の弟って、本当?」


「まさか」


 突拍子もなさすぎて驚くのはこっちなのに、女は丸い目をさらに丸くした。


「うわ、本当なんだ」


「いや違うって。どう考えても違うでしょ。名字が同じだけで、1ミリも似てないし」


「ううん、セイルくんと同郷だって聞いたし。セイルくん、4つ違いの弟いるって話してたことあるし。それによく見たら目元そっくり。絶対そうだって。噂になってるよ」


 また噂か。


「その噂、完全デマだから。ちゃんと否定しといて。俺は否定したからな」


 キッパリはねつけたところで女はなおさら喜んだ。


「よけい怪しーい。だって芸能人に似てるって、兄弟に間違えられたら、普通ちょっとは嬉しいじゃん。怒って強めに否定するって、よけい怪しいよ。バレたらまずいの? 分かった、違うってことにしといてあげる」


 しといてあげるもなにも、本当に違うのに。本人の俺が否定しても、こいつらは噂を信じる。

 こんなことが続くのは偶然か?

 いや、大いに心当たりがある。あの神社で、一万円札に託した願いごとだ。


『俺も堀川センパイみたく、噂される男になりたい。もちろんいい意味の噂で』


 あの願いが叶ったのだ。

 信じがたいが、そうとしか説明がつかない。次々と俺に、根も葉もない良い噂が立つという摩訶不思議な現象。

 しかし思っていたのと全く違う。噂がデタラメすぎるのだ。


「痴漢を取り押さえたヒーロー」から始まり、「実は人気俳優の弟」、「かくし芸で手品が得意」「手先が器用でテクニシャン」「超美人な社長秘書と付き合っているらしい」「株で一発当てて大金持ち、だけど社会勉強でバイトをしているらしい」なんて、どれも根も葉もない噂だ。


 噂が噂を呼び、真に受けた奴らが俺に取り入りたくて寄ってくるが、否定して拒絶するしか術がない。期待されるものすべて、持ち合わせていないからだ。


「小谷さん、1枚だけでいいんでセイルくんのサインもらえませんか? 何でもしますから」

「いや、だからその噂違うって」


「小谷くん、手品得意なんだってね、簡単なやつでいいから見せてもらえないかな」

「手品得意じゃないです」


「小谷、俺も株始めたんだけど、アドバイスもらえないかな。利益出たら還元するから」

「いや、なんも分かんねえよ」


「小谷、お前を紹介してほしいって、何人かの女に言われてるんだけど、年上の美人な彼女いるんだよな?」

「いないけど、紹介していらんわ」


 どうせ、ありもしない俺の財産狙いか、兄弟の人気俳優狙いだろうから。

 その上、「小谷のデートエスコートは完ぺき」で「最高の景色を見せてくれる」だの「ベッドのテクニシャン」「あれを味わって落ちない女はいない」だの、噂で散々ハードルを上げられているのだ。無理だろ。俺はまだ童貞だぞ。辛すぎる。


「よっ、小谷。久しぶり」


「間宮!」


 今日も噂に翻弄されていると、久しぶりにほっとする顔に出会った。


「えらい噂になっとるやん。見てたで。人気者も大変やなあ。いい加減、サインも諦めてほしいわなあ。それに彼女おるのにグイグイ来られても困るわなあ」


「いやそれ、全部違うんだって」


 いくら否定してもみんな俺より噂を信じる。恐ろしいほどに。だけど、もしかして間宮なら俺の話をちゃんと聞いてくれるんじゃないか。そんな気がした。


「間宮、ちょっと時間いいか。真剣に話聞いてほしいんだけど」


「ん、いいよ。何でも言うて、ちゃんと聞くから」


 話そうと思って言い淀んだ。まず、あの神社で祈願したことを話さなくていけない。

 間宮の話を馬鹿にして聞いたくせに、こっそりそれを実行して、こういう目にあっているということを。白状するのは格好悪くて恥ずかしいが、相談できるのはこいつしかいない。他のやつに話したところで、本気にされないだろう。


「実はさ……」


 恥を忍んで話した。間宮は黙って耳を傾けたあと、


「なるほどなあ」


 と言った。


「すごいやん、一万円の効果。めっちゃすごいやん。いいやん、その効果利用したったら」


「え?」


「噂を信じてみんな寄ってくるんやろ。盲目的に。利用したらは? かわいい女の子ハメ放題やし、お金もカモりたい放題ちゃう?」


「えっ」


 間宮の口からそんな言葉が出ることが意外で驚いた。


「それって詐欺だろ」


「ちゃうよ。だって小谷は一回もウソついてないやん。噂は勝手に流れてるんやし、小谷はちゃんと噂を否定しとるんやから。騙してへん」


「それはそうだけど……」


「小谷、親ガチャ外れて不公平や言うてたやん。これは神様からのプレゼントちゃう? 噂を利用して、ぜんぶ踏み台にしたれや」


「……そんなの嫌だ。俺は……俺自身を評価されたい。噂は虚構だ。噂に俺が全然追いついてない。虚しいだけだよ」


 言葉にして気づいた。そうだ、俺は俺自身を評価されたい。噂に値する人間になりたい。


 絞り出すような俺の言葉に、間宮はほっと息を吐くように笑った。


「せやな。じゃあ、噂をなくすにはこれしかないんちゃう?」


 そういって間宮が提案したのは、例の神社に「一万円より多くお布施して、願いを取り消す」というものだった。


「そうか。結局、金額次第の神様だもんな。やってみるよ」


 さっそくその日のうちに実行した。俺にまつわるあらゆる噂はピタリと収まった。

 少し惜しいことをした気もするが、事実無根の噂を否定し続けなくていい日々は、心穏やかだった。

 結局、願いごとを叶えて取り消すために総計三万円も出費したため、財布は大痛手だ。勉強代だと思うことにして、バイトに精を出した。


 世の中は不公平だと恨んでばかりいたが、バイト先で客に感謝されたり、褒められたり、新しく入ってきた女の子とちょっといい感じになったりして、俺も捨てたもんじゃないなと思ったりする。


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[良い点] のっけから噂が無茶苦茶で居心地悪い気持ちわ味わえました 面白かったです  ただ、…主人公には不幸になって欲しかったっっ 全然悪い子ちゃうけど理不尽な目にあって欲しかったっっっ
[良い点] 願いは叶ったものの、主人公が覚えのない噂に翻弄される様が恐ろしく、 結末はどうなるのか気になって読み進めました。 ラスト、痛い出費はしたものの確かな心の成長をした小谷君の姿が印象的でした。…
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