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おじ戦士道  作者: 伝統わがし
第三章 おじ戦士の先導者編

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第83話 おじ戦士、布石を回収する

 ラルフたちがトレスタの正門をくぐって街に入れたのは、すでに夜も更けようかという時刻だった。

 トレスタくらいの地方都市では、このくらいの時間帯に開いている店はあまり多くない。多様な職業の人が暮らす王都とは異なり、夜遅くに出歩く者自体が少ないので、客足が途絶えた店からさっさと店じまいを始めてしまうのだ。

 加えて、タイミングも良くなかった。

 つい先ほどまで、街は正門が閉鎖されるという非常事態の最中だったのだ。そうした悪条件が重なったこともあってか、街内は明かりを灯している店すらほとんど見当たらない状態だった。

 それでも幸いなことに、その数少ない店の中から、空き部屋がある宿屋をすぐに探し当てることができた。

 なにせ時勢が時勢だ。一部の商売人たちを除けば、今にも戦が始まろうとしているこの時期に、わざわざトレスタの地を訪れる旅人は少ないらしい。おかげで、街の宿はどこも空室を抱えた状態が続いており、一人でも多くの宿泊客を確保しようと遅くまで店を開けているのだと、宿の主人が説明してくれた。

 そうした事情を語る一方で、これからの街の行く末を案じてか、主人の顔にはどこか不安げな様子も見え隠れしていた。

 ともあれ、人数分の客室は無事に確保することができた。

 ほっと一息ついたところで、ラルフたちはひどく空腹であることに気がついた。なし崩しに戦いに巻き込まれたせいで、今晩はまだ何も食べていないのだ。

 二階の部屋に上がる前に、まず一階の酒場で遅めの夕食を済ませることにした。


「ふぁあ……ぅん」


 ミアの口から大きな欠伸が漏れる。

 見れば、彼女は運ばれてきた料理にもほとんど手を付けていなかった。

 さっきから眠そうな目で、何度もまばたきを繰り返している。


「ちょっと、大丈夫?」

「うぅん……だめかも、ねむい……」


 隣に座るセーラが心配そうにミアの肩を揺するが、ミアの頭は徐々に徐々に下がっていく。

 そういうセーラも、実はあまり食が進んでいなかった。

 もう時刻も遅いため、用意されたのはあり合わせのような冷めた料理ばかりで、疲れ切った体にはあまり受け付けなかったのだ。

 彼女もかなり疲労が蓄積しているようで、しきりに目の辺りに手を当てている。


「二人とも、眠いのなら先に休んでくれて構わないんだぞ。一度寝て起きた後で、もっとしっかりとしたものを食べればいい」

「うん……そうしよっかな」

「すみません、ラルフさん。お言葉に甘えて、今日は先に休ませてもらいますね」


 セーラは申し訳なさそうに頭を下げた。

 ミアに至っては、もうほとんどテーブルに突っ伏しそうな勢いになっている。

 魔法の連発によって疲労が限界に達していた二人は、ふらつく体を互いに支え合いながらも、二階にある自分たちの部屋へと引き上げていった。

 二人がいなくなると、酒場にはラルフが一人取り残された。


「今一歩、といったところか……」


 他に客が誰もいなくなった店内で、ラルフは深く長い息をついた。背もたれに体を預けると、あまり頑丈ではない椅子が軋みを上げる。

 相変わらず筋はいいが、魔法による消耗に関しては如何ともしがたい。

 今の彼女たちにはこの辺りが限度ということだ。現時点での限界を知ることができただけでも、今回は十分だった。

 もちろん、ラルフにも疲れはある。

 昔ほど無理が利かなくなってきたことは自覚している。ただ、そのおかげか無駄な動きをすることもほぼ無くなった。現に、疲れはあっても、まだまだ動けそうなほど体力にも気力にも余裕がある。

 だからこそ、ここから先は自分の役目だ。


「何か、飲むかね?」


 一人だけ残ったラルフに気を遣ったのか、宿の主人のほうから声をかけてきた。

 いつもの調子で麦酒エールを注文しかけたが、まだやることが残っていることを思い出し、どうにかその言葉を飲み込んだ。


「連れの二人が起きたら、何か温かいものを食べさせてやってくれ」


 代わりというわけではないが、ラルフは主人に向かって頼むと、銀貨を十数枚取り出してテーブルの上に置いた。

 店の主人は快く頷いてから、銀貨を掴み取って奥の厨房へと戻っていった。

 ゴーン、ゴーン。

 ちょうどその時、表から僧院の鐘の音が聞こえてきた。

 本格的な夜の訪れを告げるその鐘の音とともに、ほとんどの住人は一日の活動を終えて、その日の眠りにつくことになる。

 もちろん、いつまでも眠らずに起きている不届き者は、どこの街にも一定数いる。

 今宵はラルフもその一人だ。


 ※ ※ ※


 宿屋をった後、ラルフは街の大通りから一本外れた通りを歩いていた。

 大通りと比べて道幅の狭い道をしばらく歩き続けると、角地にある一軒のパン屋の前に辿り着く。

 そのパン屋は、年季の入った原色の看板がまず目に留まる、いかにも老舗といった佇まいの古い店だった。もう何十年もこの場所で変わらずあきないを続けていることが、外観からも伝わってくる。確かな名店に違いない。

 とはいえ、夜中なので当然ながら店は閉まっている。

 ラルフはパン屋の前をそのまま通り過ぎると、店の脇にあるさらに狭い路地へ足を踏み入れた。


「もう来ていたのか」


 先に来ていた待ち合わせの人物に声をかける。

 待ち人は、薄暗い路地の物陰に隠れるように身を潜めていたが、ラルフに声をかけられると、すくっと立ち上がった。


「もう少しゆっくりでも構わなかったんだぞ?」

「毎日決まった時間にここに来るようにって、あれほど念押ししてたくせに、後になってからそういうこと言うの酷くない?」


 子供のような体格のその人影は、少しだけ周囲を警戒する素振りを見せると、被っていた頭巾フードを邪魔そうに外した。

 月明かりに照らされ、特徴的な獣耳がひょこりと顔を出す。


「毎夜、誰にも見つからないようにこっそり抜け出してくるのって、意外と大変なんだからね」


 砂漠の潜伏者(デザートラーカー)のドニーは頬を膨らませ、不満を口にする。

 しかも、ただでさえ今夜は巡回の兵士の数が多いので、子供のふりをしている自分は夜中に歩き回りにくいのだと、ぶつぶつと愚痴をこぼす。


「そいつは悪いことをしたな。まあ、それはさておき、さっそく情報を共有するとしよう。今回の戦いで負傷した者はいるか? まさかとは思うが、パーティ内で死人は出ていないだろうな?」

「うん、それは大丈夫。最後の戦いで、ロッテが敵の呪術師の魔法を受けて倒されちゃったから焦ったけど、回復魔法をかけられたらすぐに戦いに復帰してたから平気だよ。結局、とどめはヘレン姉さんが刺しちゃったけどね」


 それ以外に負った怪我も、仲間の僧侶がすべて癒やしてくれたから問題はないとドニーは語る。

 唯一問題があったとすれば、最後の戦いで全くいいところのなかったカルロッテが、いつまでもグチグチと不満を漏らしていたことくらいだそうだ。


「カルロッテのやつも大概癖の強い性格だからな。初仕事でいきなり慣れない役回りを頼んだわけだが、あいつらとは上手くやれてるか?」

「うん、みんな面白い人たちばかりだね。ボクはこんな見た目だから最初は驚かれたけど、それも最初だけだったね。ラルフに頼まれて助っ人に来たって説明したら、すんなり受け入れてくれたよ」


 ドニーは愛嬌のある顔でにっこりと笑う。

 ヘレンの対人能力には一抹の不安があるため、彼女のお目付け役としてドニーを同行させたのだが、どうやらしっかりと役目を果たしてくれているようだ。

 もともと冒険者に向いている性格だと思って勧誘したわけだが、ラルフが期待していた以上に適性が高いのかもしれない。


「あと、よっぽど前衛が足りてなかったみたいで、ヘレン姉さんが来てくれたことをみんなすっごく歓迎してた」

「ヘレンも無事に役目を果たしてくれたか。なら、助っ人として送り込んだ甲斐があるというものだ」

「いやぁ、それがさぁ……ヘレン姉さん、戦いになると毎回すごい勢いで敵に襲いかかっていくもんだから、途中からはみんなドン引きしてたよ? 最後の戦いでも、躊躇なく槍で串刺しにしちゃったから、敵の素性も結局分からずじまいだね」

「……まあ、それに関しては仕方がない。カルロッテがやられるような相手なら、生け捕りにすること自体が困難だろ」


 若干、引きつり気味に笑いながらも、ラルフは彼らの事情に理解を示した。

 カルロッテは決して弱い魔法戦士ではない。

 純粋な実力差なのか、油断して致命的な一撃を食らってしまったのかは分からないが、少なくとも彼女を倒したからには、敵は相当な手練れだったはずだ。

 そうした強敵を生け捕りにするということは、強敵相手に手加減して戦えと言っているも同然で、もともと酷な注文なのだ。


「しかし、お前の目から見ても、その連中の素性は不明なのか。本当に何も心当たりはないのか?」

「何もないってわけじゃないよ。ボクらの国から来てる人間に間違いないと思うけど、どこの氏族の人間かまで特定するのは難しいね」


 確証が得られないうちは、特定の氏族名は出さないほうがよいというのが、ドニーの言い分だった。


「ふむ、そうか……まあいい、本命はここからだからな。事後報告のために領主の館に招かれたと聞いたが、地下牢の様子は確認できたか?」

「こっそり見てきたけど、しばらく人が立ち入った形跡はなかったよ。牢番すらいなかったし、今はまったく使われていないみたいだね」

「では、例の場所はどうだった? そちらも調べはついているんだろうな?」

「うん、仕事の合間を縫ってなんとか調べておいたよ。姉さんのフォローだけでも忙しいのに、あれもこれもって、ほんとに人使いが荒いんだからさ」


 ドニーは道端に落ちていた小石をいくつか拾い、それを模型に見立てて動かしながら、調査結果を説明していった。


「入り口には鍵がかかっているのに、誰かが頻繁に出入りした痕跡が残ってた。一応、忍び込んで中の様子も探ってきたけど……」


 そこで見たものについて、ドニーはできるだけ詳しく外見を説明する。

 話しているうちに、その時の光景を思い出したのか、ドニーの表情が次第にこわばっていく。


「……あんな気持ち悪いの、ボクは初めて見たよ。さすがに気味が悪くなって、それ以上は調べずにさっさとその場から退散しちゃったんだけど」

「いや、十分な成果だ。なるほどな、ただ不死生物アンデッドの数を増やすことが目的なら、敢えてこの街だけにこだわる必要はない。わざわざ魔法陣を用意したのも、すべてはそれのためだったと考えれば辻褄が合うか……」


 これまでの経緯と、これから起こりうる事件の可能性について。

 ラルフはしばらく考え込むように眉根を寄せていたが、やがて納得したように何度か頷いてドニーを振り返った。


「よし、情報は出揃った。行くとしよう」

「行くって……どこに?」

「せっかく手に入れた新鮮な情報だからな。鮮度がいいうちに活かすべきだろう」

「えぇ……」


 ドニーは少し嫌そうな顔をして眉をひそめた。

 今日は散々な目に遭って、ドニーも疲れていた。体力的な面はともかく、気分的には今すぐ寝床に戻って休みたいほどだった。


「いや、だってもう真夜中だよ? 今日はゆっくり休んで、明日みんなで攻め込めばいいんじゃないの?」

「この状況で死霊術師に時間を与えるのは下策だ。追い詰めるべきタイミングで徹底的に追い詰めてこそ、本当の意味でやつらの息の根を止めることができる」


 きっぱりと言い切るラルフを見て、ドニーは早々に説得を諦めた。

 付き合いはそれほど長くないが、この男がこういう目をしているときは、もう何を言っても無駄だということは分かっている。

 そして、この戦士がこういう目をしているとき、阻むことができる者などいないことも、ドニーはすでに知っている。


「……そっか、分かったよ。じゃ、気をつけてね」

「いやいや、何を言ってる。もちろんお前もついてくるんだぞ? 入り口が施錠されてるのなら、せめて鍵くらいは開けてくれよ。できれば、道中に新しく罠が仕掛けられていないかも調べてほしいな」


 ラルフはさも当然だろうという顔で、ドニーにも同行を促す。

 ドニーは、深いため息をついた。

 ひょっとしたら、今回はしれっと見送ることができないかとも思ったのだが、やはり無理があったようだ。


「ラルフって、ほんとに人使いが荒いよねぇ……」


 ドニーは諦めたように首を振ると、外していた頭巾フードを目深に被り直した。

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