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おじ戦士道  作者: 伝統わがし
第三章 おじ戦士の先導者編

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第82話 南の協力者、後手を引く

 街の中心付近にある古びた邸宅。

 かつてこの街に暮らしていた有力者の住まいだが、家主は数年前に家族を連れて他所に移り住んでしまったため、この家に住人はいない。いつか戻ってくるつもりがあるのか、邸宅は売りに出されることもなく、現在では完全に空き家と化していた。

 その一室が、ランプのおぼろげな光で照らされた。

 ランプを片手に空き家に侵入した人物――灰色の外套マントを纏ったその女は、迷いのない足取りで邸宅の廊下を進み、やがて一室の前で立ち止まった。手元のランプのを消してから、おもむろに室内に足を踏み入れる。

 室内は散々たる有様だった。窓硝子が割られ、床には破壊された家具の破片が散らばり、まだ乾き切っていない大量の血痕が残っている。すでに死体は運び出されていたが、部屋に染み付いた血の匂いが激しい戦闘の直後であることを物語っていた。

 女は、床に散らばる破片を避けながら窓際へと近づく。

 壊れた窓の向こうには、夜のとばりが下りた薄暗いトレスタの街並みが広がっていた。さらにその先には、街と外界を隔てる巨大な城壁が見える。

 静かな夜だった。

 今宵、この街がこのような静かな夜を迎えることになるとは予想だにしなかった。

 正門から大通りにかけては、兵士たちがまだ慌ただしく動き回っているが、しばらくすればそれも落ち着くだろう。トレスタの街は着実に平穏を取り戻していた。

 ――ふと何かに気づき、女は窓際から一歩退く。

 直後、夜闇を切り裂く冷たい風とともに、無数のコウモリが羽音を立てながら窓から室内に侵入してきた。コウモリたちは部屋の片隅に集まると、瞬時にして人の形を成した。


「……あちゃー、こりゃひどいや。どうやら一足遅かったみたいですね。うーん、どうもお気の毒様でした」


 コウモリから変化した黒衣の青年は、室内の光景を目にした瞬間、おどけた声を上げた。先に部屋にいた女に対して同情の言葉をかけた形になるわけだが、その茶化すような口調からは、同情というよりも皮肉やからかいの色が強く表れていた。

 しかし、女は向けられた言葉に対して何の反応も示さなかった。青年のことを見ようともせずに、窓の外の風景に視線を向けたまま沈黙を保つ。


「サルカンの護人もりびとたちを使った苦肉の策も、どうやら失敗に終わったようですね。門を開けさせるために陽動を任せた部隊だけでなく、生贄の確保に動いていた精鋭たちも、ほとんど討ち取られるか敗走しちゃったみたいですよ」


 青年の声は聞こえているはずだが、女の反応に変わりはない。

 先ほどから楽しげに語る青年を一瞥することもなく、彼の声を聞き流していた。


「僕は、サルカンみたいな野蛮な氏族の流儀については不勉強なんですけど、やっぱり慣れない土地での戦いってのは難しいものなんですかねぇ? まあ、もともと伏兵として待機させていた無関係の人員を、急遽作戦に巻き込んだわけですから、同情の余地はあるかと思いますよ。薄い義理しかない他氏族の人間を助けようと懸命に動いてくれたなんて、涙ぐましい話じゃないですか。しかも、その原因を作った間抜けどもは、結局街から脱出できずに死んでるわけですし――」

「それで? 何が言いたいの?」


 饒舌じょうぜつに喋り続ける童顔の青年を、女は静かな声で制する。

 女の声には殺意にも似た念が込められていたが、それを悟られないようにと感情を抑えたギリギリの声色だった。


「えー、話聞いてなかったんですか? ですから、外での戦いの報告ですって。この街で活動させてたあなたの部下たちが死んじゃったことくらい、この隠れ家の状態を見れば馬鹿でも分かりますって。当初の計画が破綻しちゃったわけですから、壁の外側に施した起死回生の仕掛けがどうなったのか、もはや気が気でないでしょう? だから、代わりに調べてきてあげました」


 あからさまな嫌味を浴びせた後、青年は子供のようにニコニコと笑った。

 そして、本来なら自分は儀式の結果を見届けるためだけに来たのに、こうして手を貸しているのだから感謝の言葉の一つでもかけてくださいよ、とさらに嫌味を付け加えた上で、本題に入る。


「結論から言うと、あの仕掛けはもうダメですね。生贄の確保に失敗しただけならまだ望みもありましたが、封印術まで施されてしまったので、もうお手上げです」

「封印術など、解呪すれば済む話でしょう」

「いやぁ、たぶん無理だと思いますよ? 魔導合金を利用してガチガチに封印の強度を高めてますから。あれを解呪するくらいなら、あの辺りの壁を一度壊して作り直したほうが早いくらいです――って、そんなのもっと無理な話か、失礼失礼」


 女は、笑顔の青年を睨みつける。

 口調こそ丁寧だが、さっきから話している内容はひたすら無神経で悪意しかない。その真意が、自分に対するあざけりであることは言われずとも知れている。


「いやはや、意外でしたよ。媒介に使っていた魔導合金の性質をあんな風に利用してくるなんて……この国の魔法技術の水準は低いものとばかり思ってましたが、なかなかどうして侮れない使い手もいるものですねぇ」


 当てつけだろうか、青年はわざとらしく何度も頷いてみせる。

 いよいよ鬱陶うっとうしくなり、女は青年から視線を切った。

 窓の向こうに見える城壁を睨み、唇を嚙む。

 こうなってしまった以上、計画の完全な遂行はもはや不可能となった。

 かくなる上は、別のやり方で成果を上げるしかない。そして、その成果を手土産に高慢な大家の連中を納得させるより他に術はない。


「まあ、あなたがその気になれば、あの封印も解呪できちゃうかもしれませんけどねぇ――持ってるんでしょ? 恒法石こうほうせき


 女はぴくりと肩を震わせる。

 振り返ると、青年は先ほどまでとは異なる酷薄な笑みを浮かべていた。


「あんな大規模な儀式を企んでおいて、僕が気づいていないとでも本気で思ってたんですか? プリマスの遺跡でも、『遺産』はあれど『鍵』は見つからなかったのだから、あとこの国で可能性があるのはフーラの遺跡くらいですよ。あの辺り一帯を治めているのが例の公爵である以上、彼の手元に恒法石があったと考えるのはごく自然な発想でしょう?」


 女は無意識のうちに片足を引き、半身の構えを取った。

 青年から見えないほうの手で、外套の下に隠しているソレに触れる。

 あわよくばヒュドラを出し抜くことまで狙っていたのだが、気づかれてしまったからには致し方ない。

 死霊術師にとって、自分自身の命などそう惜しいものではない。氏族の存亡のためなら、この場で青年と一戦交えるのも辞さない覚悟であった。

 しかし、青年はそんなことはお構いなしとばかりに喋り続ける。


「あはは! まぁ、封印の解呪なんかに石の力を使ったら、肝心の魔法陣のほうはどうやって儀式を完成させるんだって話ですよね! ――どの道、計画の失敗は確実なんだから、もう気が済んだでしょう? 本音を言うとね、僕個人としては死霊術の成果なんて割とどうでもいいんです。石さえ手に入ればそれで十分なので、大人しくそれを渡してください」

「……まだ私の計画は終わっていないわ」

「いや、だから計画はどうでもいいんですって。――ていうか、さっさと本国に引き上げてください。今、あっちはあっちで割と大変なんですから」

「どういうこと?」

蜥蜴リザードマンどもがね、とうとう反乱を起こしたんです。奴隷の暴動を鎮圧するために現地に出向いたライアン家の将軍を暗殺し、そのままの勢いで決起したらしいですよ」


 話の内容の重大さに対して、青年の口調はあまりにも軽い。

 まるで世間話でもしているかのように、やれやれといった仕草で肩をすくめる。


「まあ、うちには直接関係のない話なんですが、少なくともサルカンの護人たちにとっては気が気ではないでしょうね。ライアンがそんな状態と知れば、彼らはすぐにでも国に引き上げますよ。ライアン家に援軍を送るにしても、見切りを付けるにしても、主戦力の護人が余所の国にいて戦えませんでは、言い訳にもならない」

「サルカンの協力者たちは帰してもらっても結構。しかし、我らダベラの術師はまだこの国に残ります。十分な成果を上げぬまま、おめおめと帰るわけにはいかない」


 これだけは譲れぬとばかりに、女は青年を睨みつける。

 一方、鋭い視線を向けられた側は、相変わらず場違いなほどの満面の笑みでそれを受け止めた。


「ま、いいでしょう。長年の同盟相手の顔を立てて、最後の悪あがきが済むまでは付き合ってあげますよ」


 青年はおどけた仕草で肩をひとつすくめると、再びコウモリとなってこの場から立ち去るべく、呪文を唱える動作に入る。

 ふと、詠唱を始める段階になって、青年は言い忘れていたことがあるのを思い出し、笑顔で付け加える。


「ああ、そうそう。今この場で無理やり石を取り上げないのは、あくまでも『貸し』ですからね? それでもし負債ができたら、あなた方ダベラの氏族には相応の代価を支払ってもらいますので、その点をお忘れなく、ビフロンス」

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