第81話 おじ戦士、局面を見極める
当初は、賊の追跡を優先すると主張していた兵士たちであったが、最終的にはラルフの頼みを聞き入れる形となった。
彼らに協力してもらい、負傷した商人たちを抱えてトレスタの正門まで戻ると、戦いの直後ということもあってか、門前は大勢の怪我人で溢れかえっていた。
軽傷者はその場で手当てを受けているが、重傷者はまだ片開き状態の門から次々と街内に運び込まれていく。ラルフたちが助けた四人の商人も、意識がないため重傷者の扱いで直ちに街の僧院に運ばれることになった。
ただ残念ながら、ラルフたちがすぐに街に入ることは許可されなかった。特に負傷しているわけでもないため、正式に開門するまでは大人しくこの場で待つようにと番兵から言い渡される。
不満はあるが、負傷者が大勢いる中で自分たちだけが特別扱いを受ける理由もないので、ここは言われた通りに開門を待つしかなかった。
そんな風にしばらく待っていると、先ほどの周辺警備の兵士たちに案内され、一人の騎士がラルフたちのもとへやってきた。
「お久しぶりです、ラルフ殿」
やってきたのは、かなり若い騎士だった。
見た目から予想される年齢は、まだ二十を少し超えた程度だろう。
それでも兵士たちの話によれば、この若い騎士が彼らの上官にあたるらしい。
騎士は笑顔でラルフに挨拶をしてきたが、当のラルフは彼が誰なのか、いまいち思い出せなかった。
「たしか、以前の吸血鬼退治のときにも見た顔だな。……すまん、名前は何と言ったかな?」
「ルディウスです。部隊ではアルベルト隊長の補佐を務めています」
苦笑いというほどではないが、若い騎士は少しだけ複雑そうな笑みを浮かべる。
友好を示す握手を求めてきたので、ラルフもその手を握り返す。
「まさかトレスタに来ていたとは。そうだと分かっていたら、すぐにでも出迎えに上がりましたのに」
「中央騎士団がすでにトレスタを押さえたという情報は、道中ではまだ耳にしなかったからな。今この街を押さえているのがどちらの勢力か分からなかったので、少し警戒していた。――周辺警備の騎士が出向いているということは、現在のトレスタの将はアルベルトだと考えていいのだろう?」
「はい。先日、バーンライト領に移られたリズマイル伯爵に代わって、今は隊長がこの街の衛兵隊と守備隊を管理しています」
「では、アルベルトがいるのは領主の館か。それもある意味では都合がいいな……ところで若いの、俺は別にお前の上官ではない。そんなに畏まらずともタメ口で構わないんだぞ?」
「いえ、しかし……騎士としての規律もありますので」
「騎士道典範を遵守するとは、今どき真面目だな。アルベルトのやつが気に入るのもよく分かる」
若い騎士は「恐縮です」と返すだけで、言葉の裏に込められた皮肉には気づいていないようだった。
毒気を抜かれたラルフは、さっさと雑談を切り上げて本題に入ることにした。
「ところで、門はすぐに開くことができるのか?」
「はい、すでに開門の準備に取りかかっています。城門を閉じていた理由は、この街で破壊活動を企む輩がいるとの情報があり、それを確実に捕らえるためでした。その者たちは街中に潜んで行方を眩ませていたのですが、先ほどようやく制圧に成功したとの報告が入りました」
「門が開いたら、負傷者以外の旅人たちもひとまず街に入れてやってくれ。緊急事態だからな……通行税の徴収や通行証の記録は、街を出るときに入念に審査すれば、今は省略してしまっても構わないだろう?」
「はい、今回はそのように対処するつもりです」
「話が早くて助かる。ああ、それとな、向こうに見える丘に行商人たちの一団を避難させておいた」
次いでラルフは視線を巡らし、先ほどまで自分たちが野営をしていた場所がある方向を指さす。
自分たちが用意した焚火はとっくに燃え尽きてしまったようだが、わずかな月明かりに照らされて、街道の先にある小高い丘の存在が何とか確認できた。
「実はな、俺たちの荷物もあの場所に置きっぱなしなんだ。誰か人をやって、行商人たちを呼びに行くついでに荷物を回収してきてほしい。回収した荷物は詰め所にでも置いておいてくれ。後で俺が取りに行くから」
「分かりました。後ほど兵をあちらの丘に向かわせます」
「よろしく頼む。――さて、話を戻すが、街中に潜んでいたという犯人どもの身元は割れたのか? 生き残りは何人いる?」
「いえ、それが、その……そうした危険な連中が街に潜んでいると知ったのも、とある冒険者グループからの情報提供があったからなのです。元々、その冒険者たちが中心となって犯人たちを追っていたのですが、結局最後も彼らが犯人を追い詰め、激しい戦いの末に全員を殺害する結果になった、との報告です」
「そうか、全員殺してしまったかぁ……」
ラルフは少しだけ遠い目をして、天を仰ぐ。
自分も大概、敵対した相手には容赦なくとどめを刺しているので文句を言えた身ではないが、もう少しこう、手心があってもよかったのではないかと思えてしまう。
とはいえ、こうなってしまった以上は仕方がない。あいつが遺留品から身元を特定してくれていることに期待するしかなさそうだ。
「その冒険者たちが今どこにいるのか、分かるか?」
「街の中心部にある領主の館です。事後処理という形になりますが、事件の詳しい経緯について、アルベルト隊長が直々に話を聞いているところです」
そのとき、門を守る番兵が開門を告げる声が聞こえてきた。
片側だけ中途半端に閉じたままだったトレスタの城門が、重い音を立てながら徐々に開いていく。
「……あの、表で隊商を相手に無法を働いていた連中も、もしかして街で起きていた事件の犯人と何か関係があったりするのですか?」
開門の様子を眺めていたラルフに、ルディウスがふいに問いかける。
その唐突な問いに、ラルフは眉をぴくりと上げる。
「ほう、どうしてそう思った?」
「隊長が教えてくれました。ラルフ殿は、目先の勝ち負けではなく、本質的な勝利のために常に動いていると。たとえ騎士団の目の届かない場所で問題が発生しても、必ず解決のために動いてくれているだろうと――」
「それはアルベルトの贔屓目だろう。今のところ、目先の勝ち負けだけで手一杯だ」
ラルフはそっけない言葉を返すと、若い騎士から視線を外した。
少し離れた場所で座り込み、こちらの様子を伺っている仲間たちと目が合う。
ミアもセーラも先刻までの戦いで疲れ切っていたため、開門したらすぐに街に入れるようにと、彼女たちには門の近くで休んでもらっていた。
開門した以上、一刻も早く仲間のもとに戻りたかったが、まだ伝えなければならないことがあるのを思い出し、ラルフはもう一度騎士のほうを振り返った。
「ルディウス、だったな? できれば、お前には今夜は詰め所で待機してもらいたい。今後は俺のほうから連絡を取るから、そちらからの接触はしばらく控えてくれ」
「それは構いませんが、理由を伺ってもいいですか?」
「理由か? 敢えて言うならば、本質的な勝利のため、かな」
「……分かりました。気をつけるようにします」
ルディウスはやや困惑気味ではあったものの、ラルフの要求に敬礼で応えた。言いたいことを彼なりに解釈し、納得してくれたようだ。
ラルフも小さく頷いてから、略式の敬礼を返す。
返礼を済ませると、急ぎ足で仲間たちのもとへ戻っていった。




