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おじ戦士道  作者: 伝統わがし
第三章 おじ戦士の先導者編

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第79話 おじ戦士、本音で語り合う

「問題はね、この城壁が一繋ぎの円になってるところなのよ」


 これから行う儀式の内容について、ミアは自らの理論を淡々と説明していく。

 ミアの指示に従い、壁に刻まれた魔印ルーンを削り取る作業を手伝っていたラルフは、その魔術の講義を少し懐かしさを感じながら聞いていた。


「円は力の循環。魔術、錬金術、呪術を問わず、あらゆる源流から生み出した力を、さらに高めるための流れを作る上で必要不可欠な要素。だから、こういう円形の建造物って、魔力やその他諸々の力を巡らせやすくて危険な構造なの。魔術の研究が盛んな地域では、昔からそういう造りは注意深く避けられてきたはずなんだけどね」

「その話は初耳だな。うちの国で円形の建物をあまり見ないのは、そういう事情があったのか」

「うん、大規模な建造物が建てられる際には、製図をアカデミーでチェックしてるからね。この街が作られた当時の事情がどうだったのかまでは、私は知らないけど」


 その辺りの歴史的事情にはあまり関心がないのか、ミアは興味がなさそうな口ぶりで肩をすくめる。

 トレスタがかつて独立した都市国家だったという話を、ラルフは以前どこかで聞いたことを思い出した。当時の魔術技術の水準がどうだったのかまでは知らないが、都市の建設時にはそうした事情を気に留めていなかったに違いない。


「先人たちが後世に余計な苦労を押し付けるという構図は、昔から変わらんな……よし、削り取りは終わったぞ。ここに新たな封印術を仕込むわけか?」

「そう、こういう建造物への対策としては、一部に封印術式を施して魔力的な連続性を断ってしまえばいいの。そしたら、この壁はもう一繋ぎの円として機能しなくなるから、当面は魔法陣として利用される心配も無くなるはずよ」


 作業を終えて退いたラルフと入れ替わるように、ミアが一歩進み出る。

 壁にじかに手を触れてみて、魔印の消失によって魔力的な干渉が失われていることを確認する。


「しかし、そんな大掛かりな術を使って大丈夫なのか? 今日はもうだいぶ魔法を使ったから疲弊してるって、さっき言ってたろ?」

「うん、だから少し残念だけど、今支配している使い魔は解放しちゃうわ。使い魔を支配するために回していた魔力を回収すれば、何とかなると思う」


 ミアは目を閉じて呼吸を整えると、静かに呪文の詠唱をはじめる。


『祖は黒き虚 全知の理と不動の導すら放逐する 虚空の牢獄よ――』


 呪文が完成すると同時に、ミアは光る杖の先端で、壁に埋め込まれた二つのくさびに順に触れていく。杖で触れた瞬間、淡く青白い光が金属製の楔全体を包み、鈴の音に似た独特の音が響き渡った。

 二対の光は、互いに共鳴し合うようにしばらく瞬いたかと思うと、一瞬強く光り輝き、次の瞬間には壁の中に吸い込まれるように消えていった。


「――よっし、これでもう大丈夫」


 溜まっていた息を吐き出した後、ミアは弾んだ声で言った。

 術が上手くいったのだろう。

 ほっとした笑みを浮かべて、後ろに立つラルフを振り仰ぐ。


「この封印はそう簡単には破れないわ。媒介用の魔導合金の楔を逆に利用して、魔法強度を高めておいたの。我ながら大成功だと思う――」


 話している途中に、ミアの体がぐらついた。

 倒れそうになった彼女を、ラルフは慌てて抱きとめた。


「……ごめん、ちょっと疲れたかも。力使いすぎたかな」


 ミアは、今度は弱々しい笑みを浮かべる。

 意識は保っているものの、全身から力が抜けたかのようにぐったりとしている。

 限界まで気力を使い果たす、一歩手前といった様子だった。


「それだけ頑張ってくれたってことだ。感謝しているぞ、ミア」

「ほんと? じゃあ、このまま運んで行ってくれる?」

「ああ」


 ミアはラルフの背中に体を預け、彼の首に手を回した。

 ラルフは、背中に抱きついたミアを右手だけで支え、そのまま立ち上がった。


「おじさんって、やっぱり力強いよね」


 ラルフの耳元で、ミアは感心したように呟く。

 戦士の背中は大きく、自分を背負って歩いているにもかかわらず、大木の幹のごとく揺るがない。

 その力強さを改めて肌で感じ、ミアは今までにない充足感に包まれていた。


「まあ、それが取り柄だからな。あと、どちらかというと、お前の体が軽すぎるんじゃないか?」

「……それって褒めてるの? それとも馬鹿にしてるの?」

「もちろん、褒めてるぞ」


 ミアはラルフの首に回していた手で、彼の頬を軽くつねった。


「今の、絶対嘘でしょ。出だしからもう、声が笑ってたもん」

「笑ってない。日頃から心がけている持ち前の明るさが、つい溢れ出てしまっただけだな」

「はい、嘘ー。おじさんがそんな愛想よくしてるところなんて見たことないし。大体、もう取り繕えないほど笑っちゃってるじゃん」


 笑いをかみ殺すラルフの頬を、ミアはさらにぐいぐいと引っ張る。

 口ではラルフを非難しながらも、彼女もおかしそうに笑っていた。

 ひとしきり笑い合った後、ラルフは一転して真面目な口調で語りかける。


「ところで、ミア。さっきの話の続きなんだが」


 先ほど打ち切ってしまった話題を振る。

 賊たちへの対処の方針について、ミアが抱えている不満に改めて答えておきたかったからだ。

 いい機会なので、ラルフがずっと考えていたことを言葉にして伝えていく。


「俺はな、別に悪人を倒すために戦っているわけじゃない。倒さなければならない敵に、結果として悪人が多いだけなんだ」

「……なにそれ? 言葉遊びしてるの?」


 期待していた答えではなかったのか、ミアは不満そうな声を上げる。

 少し消沈した様子で、ラルフの頬をつねっていた手を離した。


「そうじゃない。あの連中が本当に悪人と呼べるのかという話だ。もし仮に、ただ命令に従って動いているだけの者がいるとして、そういう人間を悪人と言っていいものか?」

「理由に関わらず、他人を不幸にするやつは、私は悪人だと思う」

「なるほど、そういう捉え方もあるな。では、家族を人質に取られ、やむなく無関係な人間を手にかけてしまった者はどうだ? そいつは悪人か?」

「それは……」

「一概に悪人とは呼べないかもしれないな。それでも、その罪を裁く役目が俺に回ってきたら、俺は躊躇ためらわずそいつを斬ることができる」


 ラルフは盾を持つ左手も使ってミアの体を支え、もう一度しっかりと彼女を背負い直してから、さらに言葉を続けた。


「善悪というのは本当に曖昧だ。それを判断の基準にしてしまうと、どうしても主観が混じるから、肝心なときに決断力を欠いてしまう。だから俺は常に、結果を第一に考えてやり方を決めるようにしている。そのほうが過程に納得できるし、最終的に辿り着いた結果に間違いがあったとしても、後悔よりも先に反省ができるからな。少なくとも後ろ向きな気持ちにはならなくて済む」

「時には、自分の信念にも妥協しろってこと?」

「その一線を譲れるか譲れないかも含めて、もっと事前に話し合っておくべきだったと今更ながら反省しているところだ。俺はもう、一人ではないからな。相談の機会はいくらでもあったのに、ここまで後回しにしてしまい、すまなかった」


 ミアが何を思って冒険者になったのかは、すでに彼女の口から聞かされている。

 彼女の思いは理解できるし、十分に尊重するつもりでいる。しかし、根本的な部分でラルフとは価値観が異なるのは、どうにもならない。

 最終的には、必ずどちらかが譲歩することになる。

 すべてに応えることができないからこそ、互いに納得できる方法を探していきたいというのが、ラルフの偽らざる気持ちだった。


「それにな、お前とこういう話をするのはことほか楽しい。この手の話題を真剣に話してくれる冒険者は、今どきの若いのにはあまりいないからな」

「……私も、おじさんと話すの、好きだよ」


 はにかむような呟きを、ミアはポツリと漏らした。

 言ってから、もぞもぞと身をよじるが、ラルフの首に回した手を離すわけにもいかず、結局姿勢はほとんど変わらなかった。

 やがて勝手に観念したかのように、ミアは抵抗することをやめ、ラルフの背中に顔をうずめた。


「――ラルフさん! 戻ってきてください!」


 曲線状の壁の向こうから、ラルフを呼ぶ別の声が聞こえてきた。

 姿を確認するまでもなく、セーラの声だ。

 切羽詰まった叫びではないが、緊張した声色であることが伝わってくる。

 

「ミア、少し揺れるからしっかり掴まってろ」

 

 ラルフは、金属の鎧と人ひとりの重さがかかった両脚に力を込める。

 残りわずかな距離を、ミアを背負ったまま一気に駆け抜けた。

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