第77話 おじ戦士、棍棒外交をする
商人をさらった賊たちを追跡するのにも、ミアの使い魔が役に立った。
空を飛んで移動でき、暗闇を見通す能力があるフクロウにとって、地面を走る人間を見つけるのはさほど難しいことではなかった。
「――見つけた。このまま城壁に沿うように進めば、すぐに追いつけるよ」
ミアは、使い魔から得た情報を仲間に共有していく。
走りながらでは使い魔に細かい命令を下すのは難しいとのことなので、一旦立ち止まって追跡に専念してもらうことにした。結果として、それが功を制したらしく、逃げた賊の居場所を素早く突き止めることができた。
「向こうは時々、足を止めて休んでる……いや、休んでいるというより……何かを探しているようにも見えるかな?」
「周囲に人影は見当たらないか? 他にも多数の仲間がいて、合流されるとさすがに厄介なんだが」
「ううん、そういう感じはしないわ……よく分かんないけど、どうもあいつら壁のほうばかりを気にしてるみたいよ」
前半ははっきりとした口調で、後半は自信なさげにミアは答える。
断片的とはいえ、事前に得られるこうした細かな情報は貴重だった。前情報があるかないかで、いざ敵と相対した時に取れる対応の幅が違ってくる。
「何をモタモタしているのかは知らないが、今が絶好のチャンスだな。一度追いついてしまえば、あとはいくらでもやりようはある」
ラルフは追跡の再開を促し、再び自身が先頭に立って走り出す。
今は何よりも時間のほうが惜しい。
足を止めて情報収集に専念したのも、あくまで追跡時間を短縮するのが目的だ。
いかに使い魔のフクロウで追跡が可能とはいえ、人の足で走って追えないところまで逃げられてしまったら、もうお手上げだからだ。
街を囲う環状の城壁に沿うように、三人は走っていく。
「おい、そこで止まれ!」
しばらく走り続けると、闇の向こうから声が上がった。
近づいてくるラルフたちの気配に、賊のほうも気づいたらしい。
その警告の声を無視して、さらに接近する。
残り十歩ほどまで迫ると、いよいよ相手の姿がはっきりと見えてきた。
「止まれと言ってる! それ以上近づくな! 近づけば、こいつらの命はないぞ」
前方にいる賊の一人が、奇妙な形の短剣を手にし、その刃を動けない商人の首に当てがうのが見えた。
それを見たミアとセーラは、やむを得ず足を止める。
だが、ラルフは止まらなかった。
ミアとセーラからは驚きの声が、賊たちからは短い罵声が飛んできたが、それでも前へと進む足は止めない。
賊まであと三歩の距離に迫ったところで、ラルフはようやく立ち止まった。
「――貴様ッ!」
「我慢比べに付き合うつもりはない。その人たちを手にかければ、次の瞬間にお前たちを殺して終わりだ」
狼狽える賊たちの正面に立ち、ラルフは短く告げる。
いつの間にか松明は地面に落ちており、剣の柄に右手をかけていた。
慌ててラルフから距離を取ろうとした者たちも、すでに抜き打ちの間合いに入ってしまっていることに気づき、動きを止めて神経を張り詰める。
「人質をアテにして短剣など抜いたのが仇となったな。この距離なら、俺の踏み込みのほうが早い。このまま斬り込むだけでも何人かは確実に助けられるし、お前たちは間違いなく全員死ぬことになる――試してみるか? 分の悪い賭けだとは思うが、腕に自信があるのなら今から剣に持ち替えるのも一興かもしれんぞ」
続くラルフの言葉に、賊たちの間から戸惑いが混じった唸り声が上がる。
四人ともがこの戦士を正面に見え据えたまま、どうしたらよいのかと、ちらちらと互いに目で合図を送っている。
しかし、誰からも解決の言葉は出てこない。
すでに全員が気づいていた。あらゆる決断を下す前に、致命的な間合いまで接近を許してしまったと。
では、どうすればいい?
もう一度警告すべきか?
それとも見せしめに人質を殺すべきか?
殺したところでその後をどう切り抜ければいい?
こいつの言う通り、剣に持ち替えて迎え討つべきか?
もういっそのこと、人質を捨てて逃げるべきか?
選択肢はいくつもあったはずだが、それらの意見を伝える冷静さも、実行に移す余裕も彼らには無かった。ほんの一瞬のうちにすべてが手遅れとなり、完全に後手に回ってしまっていた。
その動揺を見透かすかのごとく、絶妙な間でラルフは言葉を繋いでいく。
「賭けが嫌なら、取引をしないか」
「取引だと?」
賊の一人が、思わず声を上げた。
何か深い考えや関心があって返事をしたわけではない。それは動揺と混乱から出た、ほとんど反射的ともいえる反応だった。
しかし、口にしたことで会話が成立してしまう。
「なに、簡単な取引だ――この場で人質を全員解放しろ。そしたら、お前たち四人にも手出しをせず見逃すと約束する」
相手に主導権を渡すことなく、ラルフは自分の要求だけを端的に伝える。
この一方的ともいえる要求を、賊たちは拒否できなかった。今この状況下で、追い詰められているのは自分たちのほうだという自覚があるのと、何より気圧されてしまったからだ。それほどまでに、目の前に立つこの戦士の圧力は強い。
どうしたものかと、賊たちはラルフの知らない言葉で相談をはじめる。
ラルフは、彼らにゆっくりと考える間を与えず、さらに畳みかける。
「時間をかければ、不利になるのはお前たちのほうだぞ。向こうにいた連中も、すでに全員倒した。お前たちに助けは来ない。来るとすれば、外での騒ぎに気づいたこの街の衛兵たちだ」
ラルフは平然と言ってのけてみせたが、現在の戦況については把握できていないため、これに関してはただの希望的観測だった。ハッタリと言ってもよい。
とはいえ、最低でも先ほどの足止め役の四人組を倒す力がなければ、自分たちがこの場に辿り着けるはずがないのだから、それなりの説得力はあるはずだ。
いくらかブラフを交えつつ、決断を急ぐように迫る。
「……いいだろう、その取引に応じる」
四人のうち先頭に立つ男が、やや訛りがある声で答える。
ラルフはそいつを頭と見立てて、残りの交渉を進めることにした。
「だが、我らにも保険が欲しい。まずこの場で二人を解放する。残りの二人は、百歩ほど先に行ったところで解放する。それで構わんな?」
「ダメだ、この場で全員を解放しろ。百歩も離れられた末に、そのまま人質ごと逃走されたら目も当てられない」
「それはこちらとて同じことだ。この場で全員を解放したとして、解放した途端に貴様に後ろから切られぬ保証がどこにあると言うのだ」
「なら、この場で三人、残りの一人は十歩離れたところで解放しろ。それが最大限の譲歩だ。それ以上はこちらも譲れん」
それを聞いても、まだどうしたものかと迷っている様子の賊たちに、ラルフは薄く笑って見せる。
「安心しろ、いちいち約束を破ってまで討ち取ろうとするほど、お前たちの命に興味はない。人質を解放したら、どこへなりと好きに逃げるがいい」
その笑いが、彼らの自尊心を傷つけることまで、すべて計算づくの上での台詞だった。ここまで言われて、身の安全を殊更主張するような戦士はそうはいない。
自ら臆病者だと宣言するようなものだからだ。
「……俺が最後に残る。お前らは先に行け」
殺気を込めてラルフを睨みつける仲間たちを制し、先頭の男が退くように促す。
後ろの三人は、不承不承といった感じだがその指示に従った。
油断のない仕草でそれぞれ抱えていた人質を地面に下ろすと、じりじりと後ろ足で後退し、少し離れたところで踵を返してそのまま走り去った。
それを見届けた後、最後に残った男も人質を抱えたまま後ろ足で下がる。
「一つ忠告しておく。お前たちの仲間と戦ったが、皆堂々たる戦士だった。だが惜しいことに、こんな暗いところで汚い仕事に手を染めてしまっている。願わくば、日の当たる場所でその力を存分に発揮してもらいたいものだな」
男が十歩の位置まで後退したところで、ラルフはそいつに向けて言葉を送った。
ラルフの言葉に、一人残った男は鼻を鳴らす。
「要らぬ世話だ」
「そう、要らぬ世話だ。だが忠告はしたぞ」
今度は舌打ちが返ってきた。
暗闇の下で、男がやけに苦々しい顔を浮かべたように見えた。
男は人質をその場に下ろすと、後ずさりするようにさらに数歩下がった。やがて踵を返し、仲間たちが逃げた方向へと走り去った。




