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おじ戦士道  作者: 伝統わがし
第三章 おじ戦士の先導者編

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第76話 おじ戦士、足止めを食らう

「ねえ、どうも様子がおかしいんだけど」


 次の目標に向かって走り始めるとすぐに、ミアが慌てたように声を上げた。

 移動の間も、彼女は使い魔の眼を通して絶えず観測を続けているため、いち早く戦場の変化に気づいた様子だった。

 ラルフはできるだけ走る速度を緩めず、移動しながら話を聞くことにする。


「どうした、何があった?」

「片方の隊商を襲っていた連中、負傷して動けなくなった人たちを担ぎ上げて、そのまま逃走しようとしてる」

「なに?」

「護衛の戦士はほとんどやられちゃってて、それを防ぐことができる人が誰もいないの。このままだとその人たち連れていかれるよ!」


 ミアが切羽詰まった声でそう訴えるが、ラルフは返答に詰まる。

 隊商キャラバンを襲ったにもかかわらず、積荷を狙わずに真っ先に人間のほうをさらっていくなど、賊の行動の意図が全く読めなかった。


「南の山岳地帯に住むという蛮族でしょうか? 彼らは人をさらって生贄にすると聞いたことがあります」

 

 セーラが自らの知識と照らし合わせて可能性を提示する。

 その蛮族の風習はラルフも知っていたが、そうだと仮定すると不自然な点が多いように思える。


「やつらの装備は統一されていたし、動きも訓練された兵のそれだった。蛮族にそこまでの技量があるとは思えないから、おそらくはどこかの兵士か、最低でも傭兵の類だろう。そんな連中が、なぜ商人をさらうのか理由は分からんが……」

「ちょっと、今はそんな悠長なこと言ってる場合じゃ――」「止まれ!」


 ミアの抗議の声を遮るように、突然ラルフが大声で制止を促した。

 先頭を走るラルフが急に足を止めたため、後ろについて走っていたミアとセーラも慌てて立ち止まる。

 次の瞬間、数本の矢が飛来した。

 先頭に立つラルフはそれぞれの矢の軌道を瞬時に見切り、自分に当たりそうな矢は盾で防ぎ、後ろに抜けていきそうな一本は剣で叩き落とした。

 ラルフがいつの間に剣を抜いたのか、すぐそばで見ていたはずの二人にも全く分からなかった。彼が右手に持っていた松明は、いつの間にか地面に転がっている。


「さすがに気づかれたらしい」


 盾に刺さった矢を根元から剣で切り落としながら、ラルフは呟く。

 そうそう何度も不意打ちを許してくれるとは思っていなかったが、それにしても対応が早い。

 暗闇の向こうで、街の外壁に沿うようにして人影が動いていくのが微かに見えた。


「ミア、あの奥で動いてる影がそうなのか?」

「そう、賊は八人いたんだけど、そのうちの半数が人を担いだまま逃走してて、残りの半数は立ち止まって弓矢でこっちを狙ってる」

「今飛んできた矢がそれだな。そいつらは足止め役か」


 話している間にも、再び矢が飛来した。

 ラルフは先ほどと同じ要領で、すべての矢を一人で防いでみせる。


「このままではらちかん――やむを得ん、一気に突っ込んで足止めの四人をまず先に片付ける。俺がやつらを引き付けるまでは、下手に動くんじゃないぞ」


 ラルフは足元の松明を足で探り当てると、矢が飛んでいた方向に蹴り上げた。

 空中を舞う松明の灯りに照らされて、こちらに向けて弓を構える四人の弓兵の影が一瞬だけはっきりと浮かび上がる。

 その一瞬で、敵の武装、位置関係、次の射撃までの間隔を把握すると、歴戦の戦士は一気に距離を詰めるべく走り出す。

 対する敵の反応も早かった。

 狙いを付けるのに利用していた松明が自分たちのほうに飛んできたことに動揺することもなく、すぐさま射撃を止めて散開した。効果の上がらない弓での攻撃を諦めて、四人とも武器を剣に持ち替える。突っ込んでくるラルフを半円状に包囲して迎え討つつもりのようだ。

 ラルフは無理に四人同時に相手にしようとはせず、盾で攻撃を防ぎつつ、細かく移動して間合いを取りながら、逆襲の隙をうかがった。


「このままじゃマズいよね……」


 焦燥に駆られ、ミアは唇を噛む。

 暗闇を見通せるフクロウの眼を通して一番状況を把握している立場だけに、どうしても焦ってしまう。

 ラルフが強いことはもちろん分かってる。

 先ほどの戦いでも、二対一の不利を全く問題にせず、ラルフは二人をほぼ同時に倒してみせた。たとえ四対一でも、ラルフなら一人ですべての敵を倒してしまいそうな気さえする。

 さりとて、敵もただの雑兵ではない。

 一人一人がかなりの手練れで、いかにラルフが強くても、それら四人を一度に相手にしていてはどうしても時間がかかる。その間に、商人たちをさらった連中に逃げられてしまうのは確実だった。

 かといって、自分とセーラだけで追いかけたところで決め手に欠ける。

 敵の強さを考慮に入れると、自分の攻撃魔法で全員を倒しきれるとは到底思えなかった。確実に無力化するには、どうしてもラルフの力が不可欠だ。

 そうなると、やはり魔法でこの場をどうにかするしかない。


「セーラ、しばらく無防備になるから防御をお願い。あと、少しだけ法力も分けて」

「分かったわ」


 セーラは頷くと、ミアの背中に手で触れる。

 魔術師が魔法を使う際に必要となる魔力と、僧侶が魔法を使うときに行使する法力は、本質的には同じ力だ。ただし、僧侶の法力のほうが魔法の根源に近い力であり、法力にはそれ自体を他者と共有できるという性質がある。

 それは法力譲渡と呼ばれ、僧侶と僧侶の間だけでなく、足りなくなった魔術師の魔力を補うのにも利用できるため、冒険者の間では頻繁に行われる儀式の一つだ。

 セーラは自分の手を通して、自身の法力をミアに分け与えていった。

 注がれてくる法力をミアは魔力に変換し、杖を振りかざし呪文の詠唱を始める。


『祖は青き刻 永劫なる中軸を以て対を成す 宿命の天秤よ――』


 ラルフと対峙する四人の敵に向けて、ミアは停滞(ステイシス)の呪文を唱えた。

 この呪文は発動と同時に、相手の動きを完全に封じ込めてしまうことができる。

 ただし、呪文の効果を維持するためには、術者が精神集中を続ける必要があるため、その間は基本的に何もできない。魔術師が単独でいる状況で使っても、ただ敵と睨み合いになってしまうだけだ。

 他に敵を倒してくれる仲間がいて、初めて効果がある魔法ともいえる。

 この呪文を四人もの目標に対して同時に使うのはミアにとっても初めてのことで、かかる負担も相応に大きく、術の効果が全員に及ぶだろうかという不安もあった。

 それでも、どうにか三人の敵には呪文が効果を発揮した。


「でかしたぞ!」


 切り結んでいた敵が急に動きを止めたのを見て、ラルフは即座に状況を理解した。

 停滞の呪文は使い方次第で様々な場面に対応できるため、冒険者の間では比較的よく使われている魔法だ。今なら制止してしまった敵を後回しにし、まだ動いている一人を倒すことに専念できる。

 逆に、敵のほうは他の仲間が急に動きを止めたことに動揺したようだった。

 狼狽えた敵が集中力を切らした一瞬の隙を逃さず、ラルフは一振りで、正面にいたそいつを切り捨てた。肩口から胸までを切り裂かれ、血しぶきを噴き上げながら地面に落ちていく。

 停滞の呪文で動けなくなっている残りの三人も、一人ずつ容赦なく切り捨てていく。ただ、最後の一人は切らずに地面に蹴り倒し、両腕両脚の関節部分に剣を突き刺して無力化する。


「よし、残りの連中を追うぞ」


 ざっと周囲を見渡して、他に伏兵が潜んでいないことを確認した後、ラルフは背後にいる仲間に向かって呼びかける。

 そして、先ほど蹴り上げて地面に転がった松明を拾い上げると、商人をさらった連中を追うべく移動を再開する。


「よくやってくれたな。おかげで手早く片付けることができた」


 二人の足音が背後から近づいてきたので、ラルフは後ろに向かって礼を言う。


「ねえ、それよりも、さっきのやつまだ一人生きてるんじゃないの? 私が呪文を解いた途端、悲鳴を上げてたよ?」

「できれば一人くらいは捕虜にするために生かしておきたい。手足に深手を負わせたから、長引くと助からないかもしれないが――」


 生きていればお互い儲けものだ、とまではさすがに口にしなかった。

 こういうのは軽口とは言わない。余計な一言だと、自分で自分を戒める。

 今はそれよりも確認しておくべきことがある。


「二人とも、余力はあとどのくらい残ってる? さっきのはかなり強力な魔法だったはずだ」


 ラルフは移動しながら背後に尋ねた。

 一瞬だけちらりと二人の様子を伺ったが、先ほどよりも顔色が良くない。

 さっきから立て続けに魔法を使っているため、相当疲弊しているようだった。


「すみません、残された法力では、あと一回治癒するくらいで精一杯です。それ以上は、おそらく意識のほうが保ちません」

「私もそろそろ限界……燃焼インシネレートの呪文くらいなら、まだ何とか唱えられるかな」

「そうか」


 ある程度は予想していた答えだ。

 二人の力量からすると、先ほどの魔法はありったけの力を使った結果のはずだ。それでも、今は何よりも時間を優先すべきだと判断し、実行に移してくれた。

 自ら判断し、今の自分にできる最大限の援護をしてくれる仲間の存在に、ラルフは満足していた。


「大丈夫だ、残りの敵は俺が何とかする。追いついた後のことは任せておけ」


 ラルフは努めて平静に言葉を返す。

 しかし、内心では何時になく奮い立つものも感じていた。

 若い二人が、ここまで力を尽くしてくれたからには、自分もその頑張りに応えないわけにはいかない。

 だいぶ距離を離されてしまったが、向こうは人を抱えたまま移動しているため足は遅いはずだ。今からでも、急げばまだ追いつけるかもしれない。

 一縷の望みをかけて、賊たちの後を追った。

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