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おじ戦士道  作者: 伝統わがし
第三章 おじ戦士の先導者編

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第74話 おじ戦士、野営の支度をする

 使い魔との交信を終えたミアが戻ってきたのは、西の空に日が沈み、辺りが暗くなってきた頃だった。


「誰かを捕らえるために門を封鎖してるって話は、どうも本当っぽいよ。街中がかなり物々しい雰囲気になってるもん」


 フクロウの眼と耳を通して得た情報を、ミアは仲間たちに伝えていく。

 トレスタの街のあちこちで人があわただしく動き回っており、兵士だけでなく鎧を身に着けた騎士の姿もそこかしこで見かけたとのことだ。

 動ける者を総動員して、犯人の捜索をしているようだったと説明する。


「残念ながら、肝心の犯人の姿は見当たらなかったわ。でも、小路も裏通りも兵士たちが詰めて監視してたから、どこかの建物の中にでも身を潜めてるんじゃないかな? そうなると、もうフクロウでの追跡はお手上げなんだけど……」

「犯人探しは現場の人間に任せておけばいいさ。それより、城壁付近の様子はどうだった? 城壁の上にいる見張り兵の数が極端に多いとか少ないとか、兵士以外に怪しい人影を見たとかはなかったか?」

「ううん、上空から見た感じでは、壁の上には特に異変は感じなかったかな」

「そうか……まだ手遅れというわけではなさそうだな」


 後半は独り言のように呟くと、ラルフは街がある方向に目を向けた。

 すっかり夜のとばりが下りたが、城壁の上には篝火かがりびが焚かれているため、そこに街があることがはっきりと分かる。

 とうとう日没を迎えたが、結局トレスタの門が開かれることはなかった。

 あれから、さらにもう一組の隊商キャラバンがやってきたが、中には痺れを切らしたのか、トレスタに立ち寄るのを諦めて次の街へ向かってしまう者たちもいた。

 最終的に門前に残った旅人の数は、四、五十人といったところだ。

 粘り強く開門を待ち続けていた彼らも、さすがに今日中に街に入ることは諦めたようで、今は街から少し離れた場所で続々と野営の準備を始めている。

 松明か角灯ランタンのものと思わしき赤い光が徐々に数を増しており、灯りに照らされた人影がちらちらと動き回っている。


「ミア、すまないが使い魔とのやり取りをもうしばらく続けてほしい。城壁の上の様子も含め、トレスタの街内で何が起きているのかの情報収集はできる限り続けたい――どうだ、できそうか?」

「うん、使い魔を維持するだけなら大した負担にはならないから平気だよ。ただ、ずっと集中を続けると私も使い魔も疲れるから、適度に休ませてもらうね」

「ああ、無理のない範囲で構わない。夕食の用意はやっておくから、お前は火にあたってしばらく体を休めておくといい」


 そう言われてはじめて、ミアは自分の体がすっかり冷え切ってしまっていることに気づく。全身が羽毛に包まれたフクロウと感覚を共有していたため、体感の寒さを錯覚していたようだ。

 思い出したように一つくしゃみをすると、すでにおこしてくれていた焚火たきびのほうへと近づく。


「お疲れさま」

「うん、ありがと」


 焚火のそばに腰を下ろしたミアに、セーラは用意しておいたカップを手渡す。カップの中身は葡萄酒ワインを焚火で温めて酒精アルコールを飛ばし、蜂蜜で甘味を加えた飲み物だ。

 息を吹きかけて冷ましながら一口含むと、温かな甘みが口の中に広がる。

 静止し続けて冷えた体に染み渡るようで、ミアはほっと息をついた。


「それにしてもさー、上から見ていてよく分かったけど、あの街って本当に門以外に出入口がないのね。大抵の街は、街の中を川が通ってたり建物と建物の間に隙間すきまがあったりするから、その気になればいくらでも街から出られるものじゃない? なのに、街全体がぐるっと外壁に囲まれて閉ざされてる構造なんて初めて見たよ」

「城塞都市だからな。今となっては珍しいが、昔は南部や北部にああいった街は多かったらしいぞ。今よりも外敵が多い時代だったから、利便性よりも街全体を城塞化して防御力を高めることのほうが重要だったんだろうな」


 ラルフは自分の荷物から保存食を取り出しながら、ミアの疑問に答える。

 現在では、人口増加に対応しづらいという理由から都市の城塞化は敬遠される傾向にあるが、王国が南部地方を完全に平定した後も、トレスタは壁の外側に建物を拡張することを拒み続けてきた。

 はっきりとした理由は分からないが、おそらくは歴史ある城塞都市としての体面を保つため――要は見た目を重視した結果だろう。

 合理性を欠いた政策は街の発展を妨げ、結果としてトレスタに人口が一極化することはなく、南部では他の都市のほうが発達していった。それが現在におけるフーラの増長を招く遠因になったのだとすれば、何とも皮肉な話だ。


「でも、空から見た街は綺麗な円を描いてて、建物も整然としていてすっごく立派な街並みだったわ。こんな状況でさえなければ、自分の足でゆっくり街を見て回りたかったなー」


 温めた葡萄酒ワインにちびりちびりと口をつけながら、ミアは言った。


「生憎だが、ゆっくり見て回るのはまたの機会になりそうだな。今回の仕事が片付いたら、早々にトレスタを離れて王都に戻ったほうがいい」


 中央騎士団も南征騎士団も、すでに戦に向けて動き始めてしまっている。

 ここまでくると、どこかで一戦交えるのは避けられそうにない。

 現状では、その一戦はトレスタで行われる可能性が極めて高く、街に残っていると必然的に戦に巻き込まれる形になる。

 ラルフにはソードギルドの戦士として中央騎士団とともに戦う義務があるが、二人をその戦いに巻き込むつもりは毛頭ない。

 二人に協力を願うのは、あくまで冒険者でいられる時だけだ。


「でもさ、ほんとに戦なんて起きるの? なんかいまいち実感が湧かないんだけど、どうにかして止められないの?」

「さてな、この先どうなるのかは俺にも分からない。ただ、両軍とも動き始めてしまったからには、一度も会戦が行われないまま軍を解散することはまずありえないだろうな。軽い小競り合い程度でも、最低一度はどこかで両軍がぶつかり合うはずだ」

「なにそれ? それってやる意味あるの?」

「意味があるかどうかは、立場次第だ」


 いわゆる、一度振り上げた拳をどうするかという話になる。

 この手の話題になると、お互いの拳をそのまま静かに下ろせば良いと考える者もいるが、それだと誰も得をしない。戦に関わった者たちは、皆少しずつ損をする形になってしまう。

 だから、自分だけは得をしようと都合の良い振り下ろし先を探す者が必ず出てくる。ほんのわずかでも利益が生まれる限り、その選択肢が無くなることはない。

 その裏で、どれだけ損を被る者たちがいたとしても……。


「戦というのは、何の前触れもなくある日に突然始まるものではない。始まる前には必ず何かしらの予兆があるものだ。今がまさにそれだな」


 その予兆を察知できるかどうかは、日頃からどれだけ情報収集をしているかにかかっている。


「戦と言っても内乱だ。もし戦が起きたとしても、それは内政の問題、この国のお偉いさん方の不始末だ。だから、お前たちが戦いの行く末まで気にかけることはない。責を担うべき立場の人間は、もっと他にいる」

「……結局は他人ひとまかせ、私たちが動いたところで大局的にはどうにもならないってこと?」

自分ひと一人にできることなど限られているからな。自分じぶんにできないことを無理にやろうとするよりも、何ができるかを考えたほうがよほど前向きだ――ぞ?」


 話をしながら干し肉の塊を小刀で削いでいたラルフは、ふと何かに気づいたように作業の手を止めた。

 顔を上げて街のほうに目を向けると、松明の灯りに照らされた人影が先ほどよりもやけに激しく動き回っているように見える。どうも様子がおかしい。


「この声って……もしかして悲鳴じゃありませんか?」


 ほとんど同じタイミングで異変を察知したセーラが立ち上がって声を上げる。

 遠くで野営の準備をしている旅人たちが話し合う声は、これまでも風に乗って時折ここまで届いていたが、それが叫び声に変わっている。さらに叫び声に混じって、武器同士が打ち合う金属音まで聞こえてくる。

 ラルフは暗闇に目を凝らした。

 何か争いが起きているようだが、ここからでははっきりとは見えない。

 ただ、何らかの混乱が発生していることは間違いなさそうだ。


「ミア、使い魔の眼で何が起きてるのか探れないか?」

「だめ、さっきまで使い魔は街の中にある木に止めて休ませてたの。壁の外の様子を探るためには――たった今、飛び立つように命令したとこ!」

「それを待つよりも走って確かめに行くほうが早いな」


 ラルフは素早く決断を下した。

 丘の麓とはいえ、今いる場所は街よりも少し高い位置にあるため、急いで駆け降りればすぐに街まで辿り着くことができる。

 支度の途中だった夕食をその場に放り出し、荷物の中から松明を取り出す。同時に、背負い袋に立てかけておいた円形の盾(ラウンドシールド)を掴み取る。


「人か魔物かは分からんが、外敵に襲われてる可能性が高い。そうなるとこの場に留まり続けるのも危険だ。俺が先行するから、二人も後からついてきてくれ――俺より前には絶対に出るんじゃないぞ」


 焚火から松明に炎を移すわずかな間に、短く指示を出す。

 二人が数拍置いて頷いたことを確認すると、ラルフはすぐさま街に向かって夜闇の中を駆け出した。

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