第71話 おじ戦士、出発に備える
今回のお話で第三章の前半戦は終了です。
残りの後半戦は土日更新、週二本のペースで進めていこうと思います。
先日トレスタの街で起きた殺人事件と、まさにこれから起きようとしている街全体を巻き込んだ陰謀について、ラルフの口から詳細が語られていく。
話を始めた時点で、すでに食事のほうはほとんど終えており食後のお茶が提供されていたのだが、ミアもセーラもそのお茶に手を付けるのも忘れて、真剣な面持ちでラルフの話に耳を傾けていた。
そして話が終わる頃には、二人の表情は見るからに険しくなっていた。
「……此度の戦に大義があるかは私には分かりません。ですが、いかなる理由があろうと、命を弄ぶ死霊術は決して許される所業ではありません。まして、そのような邪法のために無関係な住民を巻きこもうなど言語道断です」
一通りの話を聞き終えると、普段は温厚なセーラが珍しく怒りを露わにした。
不死生物は、死霊術によって人為的に創られるモノがすべてではない。遺恨や怨念、生への執着などによって死体から自然発生する個体も稀にいる。
そうした不死生物の浄化は、僧院が組織を挙げて対処に取り組んでいる問題であり、僧侶ならば誰しも解決を心がけている使命でもある。
生命の創造主たる女神アリアンの教義では、不死生物は最も忌むべき存在と見なされているからだ。
「でも、敵がどんなやつなのかは、これではっきりしたね。死霊術を使うやつなんて魔術師の中でも最低の外道――絶対に生かしておいちゃいけない悪党よ」
おかげで俄然やる気が湧いてきたと、ミアも強い口調で敵意を露わにする。
この国では純粋に倫理的な面からも、死霊術の使用は固く禁じられている。
聖職者でなくとも、王国内で一般的とされている女神の教義を幼少期から教え込まれている民であれば、こうした苛烈な反応を示すのは特に珍しいことではない。
実際に自らの手で断罪できるかどうかは、また別の話ではあるが……。
「依頼内容としては単純で、まさにミアの言う通りだ。トレスタの街で死霊術の儀式を執り行おうとしている輩を見つけ出して始末する。やるべきことはそれだけだ」
「やることは単純かもしれないけど、その死霊術の使い手が誰なのかはまだ分かってないんでしょ? 慣れない土地で見知らぬ人間を探し出すのって、相当大変なんじゃないの?」
「問題はそこだな。情報集めにはとにかく時間がかかるし、俺も得意とする分野ではない。だから、そこは協力者に頼んで一足先に現地入りしてもらった。俺たちがトレスタに着く頃には、ある程度の情報は集めてくれているはずだ」
「協力者?」
「ああ、諜報に関してはその筋の専門家に任せるのが一番だ。欲を言えば、必要な情報はすべて集め終えてくれているのが理想だな。俺たちは現地入りしたら、それらの情報から割り出した目標を始末することだけに専念する」
一通りの方針を伝え終えると、ラルフは手元のカップに手を伸ばして一息つく。
しかし、方針について聞かされても、ミアの顔はどこか釈然としないままだった。
「どうした、何か気になることでもあるのか?」
「うん、どうして別行動なのかなって……その協力者っていうのが誰なのかは知らないけど、要するに冒険者の斥候でしょ? 冒険者ならパーティを組んで常に一緒に行動したほうが、手に入れた情報をすぐに共有できて楽な気がするんだけど?」
「ふむ、理由はいくつかあるんだが……」
ラルフは少しぬるくなってしまったお茶を一息に飲み干すと、空になったカップをテーブルの端に置く。
「一番の理由は、単に目立ちたくないからだな。敵も最前線で工作活動をする以上、自分たち以外の工作員が潜んでいないかは、かなり警戒しているはずだ。そんな場所で俺たちのようなその道の素人が動き回ってると、どうなると思う?」
「そりゃあ、すぐ存在に気づかれるでしょ。私、斥候みたいにコソコソ動き回ることなんてできないもん」
「よく分かってるじゃないか」
ミアがパタパタと片手を振って「無理」と意思表示してみせると、ラルフは鷹揚に頷く。
「そう、現地で情報を集めると言っても、結局のところ斥候の働きに期待するしかないんだ。大人数で行動したところでそこは変わらない。ならいっそ、最初から別行動のほうがお互いやりやすいだろ?」
これは今回、ラルフが協力者を決めるにあたって特に憂慮した点でもある。
トレスタのような地方都市において、余所から来た人間というのはそれだけでかなり目立つ。王都からやってきた冒険者などはその典型で、街中を歩いているだけですぐにそれと悟られるだろう。さらに大人数となれば、言わずものがなだ。
迂闊に敵を警戒させないためにも、現地に上手く溶け込んで諜報活動を進める必要がある。さしあたって、そこをどうカモフラージュしていくかが大きな鍵だった。
「ただでさえ地方の街だ。俺たちのような余所者が動き回ってると人目に付きやすい。斥候から現地で情報を受け取る際も、接触は最小限に留めるべきだな」
ラルフの説明を隣で聞いていたセーラが、ふと思い出したように口を開く。
「以前、依頼で密かに情報を集める必要があった時も、チップは一人のほうが動きやすいからと単独で行動していました。あれにはそういう意図があったのですね」
「やつなりに気を遣ってくれたのだろうな。――特に今回、俺たちが担うのは最後の詰手の部分になる。現地での目立つ役回りは専門家に任せて、詰手の存在はできるだけ気取られないように役割分担は徹底したほうがいい」
「確かにその通りですね」
セーラは納得したように一つ頷いた。
ミアも説明には一応納得したようだったが、何か引っかかるのかしきりに首をひねって考え込んでいる。
「まだ何か気になることがあるか?」
「うん……はっきりと言葉にするのは難しいんだけどね」
ラルフの言い分や計画は納得できるところも多いが、完全に腑に落ちたわけではなかった。上手く言えないのだが、どこかに穴があるような気がしてならない。
「思いつくことがあるなら、今後もその都度言ってくれ。色々と話したが、一から十まで当初の計画通りに進むことのほうが稀だ。毎度、俺なりに計画は立てているつもりなんだが、最後は力押しでの解決になってしまうことが多い」
「それって要するに、グダグダになったらあとは行き当たりばったりってことよね」
「臨機応変な対応と言ってほしいな。冒険者は柔軟な切り替えが大事だぞ」
「……なんかさ、おじさんくらいの熟練者になっても、私たちとやってることあんまり変わらないんだね?」
「がっかりしたか?」
「ううん、むしろ安心した」
そう答えるミアの顔にも笑みが浮かんでいた。
今回の仕事内容は、これまで経験してきたものとは根本的に難易度が異なる。
都市を巻き込む規模の問題に自分がついていけるだろうかという不安もあって、話を聞いている間もかなり緊張していた。しかし、話しているラルフ当人には少しも張り詰めた様子はない。以前に引率してくれた時と変わらず、ずっと余裕のある態度を見せてくれている。
その姿を見て、少しだけ肩の力を抜くことが出来た。
自分が完璧ならずともよい。この人を信じ、頼ってもよいのだと思えた。
「それで、この仕事って出発はいつになるの?」
「今日、急に話を振ったわけだからな。お前たちも色々と準備に時間がかかるだろ。少なくとも今日と明日くらいは旅支度に時間を費やしてもらうとして……明後日の朝に出発するというのでどうだ?」
「それでもいいけど、もっと急いだほうがいいのなら、私はこの後すぐにでも出発できるよ?」
「私もです。すぐに冒険に出られるように、日頃から準備は怠っておりません」
「それは頼もしいな」
ラルフは笑いながらも、懐に手を入れて何かを取り出そうとする。
「だが、出発は早くとも明日の朝にしよう。今すぐに出発となると、俺のほうがまだ準備不足なんだ」
懐からジャラリと音がする革袋を取り出すと、それをテーブルの上に置いた。
「今回の依頼はすべて成功報酬になるから、前金は俺のほうで立て替えておいた。必要な物があればこれで買い揃えておくように――あと、頭巾付きの外套は必ず用意しておいてくれ。あれを羽織っている旅人というだけで、見た目からは素性が割れにくくなるからな」
ミアとセーラは、目の前に置かれた革袋には一瞥くれただけで手を伸ばそうとすらせず、互いに顔を見合わせて目配せした。
「準備不足ってことは、おじさんもまだ何か買い足す物があるってこと?」
「まあな、そのための時間も必要だ」
「それなら、これから一緒に買い物に行きませんか? 実は、装備のことでラルフさんに相談に乗ってもらいたいこともあって……」
意を決して、セーラのほうからそう切り出してきた。
その発言を猛烈に後押しするかのごとく、ミアも首を何度も縦に振っている。
「うんうん、その頭巾付き外套っていうのもさ、どんなデザインのものを買えば良いのか、どうせならおじさんの意見を聞きたいよねー」
「そんな選べるほどの種類はないと思うが……」
そう言い返しながらも、ラルフはふと思った。
冒険者仲間と共に買い出しで店を回るなど、一体いつ以来のことだろう。
「……まあ、そういうのも悪くないか」
ラルフは二人からの提案を承諾すると、食堂を後にすべく席を立った。
いい歳をしたおっさんが若い娘たちと一緒に店を回るというのには、まだ少し照れくささもあったが。




