第69話 おじ戦士、切り札を託される
研究室に集まった面々の間に沈黙が走る。
一つの都市を魔法陣に見立て、都市全体を巻き込んだ魔術の儀式を行う。
あまりにも現実離れした話だが、オズワルドが不確かな情報で物を語ったりしないことをラルフはよく知っている。
彼が口にした以上、その言葉は間違いなく真実であり、現実となりうる。
「魔術は万物の理、故に不可能はない――」
「然り、実現するために如何程の困難を伴うかだけじゃ」
昔、オズワルドから何度となく聞かされた台詞を呟くと、聞かせていた当人は申し合わせたかのように語尾を被せて続きの句に繋げた。
ラルフが乾いた笑いを浮かべて反応に困っていると、それまで口元に指を当てて何事か思案していたカルロッテが口を開く。
「導師が可能というのであれば実現は可能なのでしょうけど、少なくとも大規模な儀式になるほど、外的要因による失敗はつきものですわよね?」
「それもまた然り。そこでカルロッテ、お主には引き続きトレスタでの潜入活動を依頼したい。これだけの儀式ともなれば、事前の準備のために現地で動いている輩が必ず何人かいるはずじゃ。そやつらを見つけ出して始末せよ」
「えぇ!? わたくし、今日王都に戻ってきたばかりですのよ? 同行した仲間もみんな疲れてますし、美味しいものを食べてお風呂に入って、しばらくはゆっくり休みたいですわ」
「いつ王都を発つかは好きに決めればよい。最終的に与えた役目を果たしてくれさえすれば、途中どのように動くかまでは指図せぬ」
過重労働に対する抗議の声も、元冒険者であるオズワルドは歯牙にもかけない。
冒険者に対し、仕事の進め方まで事細かく指示してくれる依頼主など稀だ。
引き受けた依頼をどのような行程で遂行していくかは、ほとんどの場合は自分たちで計画を立てなければならない。それも含めて冒険者の仕事だ。
カルロッテもそのことを承知しているため何も言い返せず、先ほどから「ぐぬぬ」と変な声で唸り続けている。
「そ、そうですわ! ラルフ、こうなったからにはあなたも同行しなさいな。今回は調査が目的で仲間を集めたせいで、接近戦が得意な人員が足りてませんの」
「こやつには他にやってもらうことがある」
妙案だとばかりに声を張り上げた提案も一蹴され、カルロッテは腰に手を当てた決めポーズのまま固まってしまった。
本人の意思不在のまま誘いを断られたラルフとしても、そのあまりにも痛ましい光景にはさすがに心が痛んだ。愛想笑いと呼ぶには若干引きつり気味の笑みを浮かべながら、カルロッテに詫びる。
「そういう事らしい。悪いな、カルロッテ」
「ふん、もういいですわ。でも導師、ここまで急がせるからには報酬も多少の増額では済ましませんことよ?」
「約束の額の三倍支払おう。それでどうじゃ?」
「うっ……それなら、まあ……コホン。そ、それと、例の件はくれぐれもよろしく頼みますわよ?」
「分かっておる。お主の単位不足はワシのほうで何とかしておこう」
カルロッテは机の上に広げていた地図を丸めて自分の荷物に放り込むと、急ぎ足で研究室から出て行った。
扉が完全に閉まるのを見届けると、ラルフは小さくため息をつく。
「……随分と人を使うのが上手くなったものだな」
「今のアカデミーで実地での活動に長けた人材は貴重でな。本業のほうに今一つ身が入っておらぬのは、ちと問題だがのう」
「そこまで腕を買っているのなら、全部あいつに任せてしまってもいいだろ」
「現地での調査活動には有能じゃが、最後の詰めの部分まで任せるのはさすがに荷が重かろう。やはりその役回りは大駒に委ねるのが定石というものじゃよ」
「すると、すでに敵の持ち駒まで把握しているということか?」
鋭い目で核心に迫るラルフに、老魔術師は首を横に振って応える。
「南国の呪術師の具体的な実力までは、いまだはっきりとはせぬ。しかし、竜を不死生物に変えるほどの使い手じゃ。術者本人は言うに及ばず、取り巻きとして使役する不死生物も、それ相応の強さを想定しておいたほうがよかろう」
最悪、また吸血鬼クラスの強敵と戦うことになるかもしれない。
その強さの不死生物が相手となると、カルロッテのパーティでは確かに太刀打ちできないだろう。
「とはいえ、今は黒ニスがあるからな。厄介な不死生物が相手でも、滅ぼすのに昔ほど苦労することもないぞ」
「それに関してはワシも同意見じゃ。なので、今回は少しばかり小道具を用意してみた」
オズワルドは研究室の片隅に置かれた収納箱の前に移動したかと思うと、何かを探すように中身を漁りはじめた。
しばらくすると探していた物が見つかったらしく、簡素な鞘に納められた一振りの剣を抱えて戻ってきた。
「なんだ、この剣は?」
何も説明されずに剣を手渡されたラルフは、訝しげにそれを眺める。
そしてほとんど無意識の動作で、鞘から少しだけ刃を出して具合を確かめる。
「この刀身、青銅製だな……魔法の剣か?」
「いや、魔導合金製じゃ。成分構成比はワシなりに工夫しておるがの」
「どちらにしろ同じ素材だろ」
魔導合金とは、銅を主成分とした特殊な合金で、この合金は魔力との親和性が高いという特殊な性質を持つ。その性質から、魔道具を作る際の素材として魔導合金は好んで使用されている。
剣などの武器の形で魔力を込めたい場合には、錫を混ぜ込んだ青銅が主に用いられることになる。武器として実用に耐えうる強度を得ようとした場合、青銅以上に適した魔導合金が今のところ見つかっていないからだ。
カルロッテが使っている細剣も刀身は青銅製だ。魔導合金の細剣は魔力付与と殺傷力を両立させやすい武器として、魔法戦士の間では最も標準的な武装となっている。
ちなみに、逆に魔力との親和性が低い金属の代表格は鉄である。その性質ゆえに、魔道具や魔法武器に純粋な鉄製の品物は一つも存在しない。
「青銅の剣は粘りがないから、あまり好きではないんだが……」
「その点は心配いらぬ。強度と切れ味に関しては魔力で強化してあるため、ただの鉄の剣相手と打ち合って負ける要素はない」
「そういう単純な理屈でもないんだけどな」
ラルフはブツブツと文句を言いながら、刀身を鞘に戻した。
青銅の剣で剛性と靭性を兼ね備えるのは難しい。
ドワーフの熟練職人に依頼すれば、かなり質の良い刀身を作ってくれるだろうが、普通はそこまで手間と金をかけたりしない。どうせ魔力で性能を強化するのだからと、魔力付与の効率優先で素体となる剣の性能は二の次に考える魔術師は多い。
実際に剣を使う立場であるラルフとしては、素体の出来を軽視する傾向には少々複雑な思いもあった。
「それに、この剣の本質は対不死生物用の魔力にある。不死生物を斬りつけた際は、その存在を対消滅させる力が働く。お主らが黒ニスと呼んでおる、あの魔法薬を塗った場合と同等の効果が得られるものと思え」
「ほう」
手元にある剣の評価が一気に変わった。
黒ニスを塗る手間が省けるのなら、突然の遭遇戦にも対応しやすい。
それならば確かに有用な武器だと、ラルフも納得した。
「これは、今日持って帰ってしまっても構わないのか?」
「構わんぞ。すでに魔印登録も済ませた。アカデミーからソードギルドに貸与して試験運用を行う旨で届け出をしたため、お主が持っていても魔法武器の不法所持には当たらぬよ」
「試験運用ねぇ……そんな曖昧な名目でも許されるんだな」
この国において、恒久的な魔力を付与された魔法の武器を個人が勝手に所有することは禁じられている。そうした強力な武器を、国の支配下にない戦士たちが好き勝手に使う危険性を、お偉い方が憂慮した結果だ。
基本的に無条件で所有できるのは支配階級か、アカデミーのような王家直属の機関の人間だけで、それ以外の者が魔法の武器を所有する場合は魔印登録という形で国から厳しく管理されることになる。
「アカデミー所属なら更新料もかからないと聞くし、うらやましい限りだ」
「気に入ったのなら、そのままくれてやる。代金は今回の報酬額から差し引かせてもらうとしよう」
それは遠慮しておくと、ラルフは首を横に振って苦笑を浮かべる。
昔はラルフも自前の魔法の剣を持っていたが、今となっては所有する利点よりも欠点のほうが気になってしまう。
「そんなことより、お主も急ぎトレスタに向かってくれ。現地でこそこそと嗅ぎ回っている冒険者がいることに、あちらもそろそろ感付き始めている頃合いじゃろ。敵が見せた尻尾ではなく、その先にある本体をお主は叩け」
「つまり、カルロッテたちは囮か……味方にもすべてを伝えないそのやり口は、相変わらずだな」
「最後の詰め手は、できるだけ目立たないように動かすのが基本じゃろう」
どこまでも抜け目のない爺だと、ラルフは心の中だけで悪態をつく。
だが同時に、この爺の智謀は昔から最も頼りとするところでもある。
ここまで下準備をしてもらったからには、あとは自分が現地に赴いて始末する相手を見極めるだけだ。
「雇い主様がそうおっしゃるのであれば、急ぎ出発の準備に取りかかるとしますか」
「そうしてくれ」
話は済んだため、ラルフもこの場を後にしようと部屋の出口に向かう。
「――ラルフ、お主はフーラの太守ルキウスとは面識があったかの?」
扉の取っ手に触れようとしたところで予期せぬ質問を投げかけられ、ラルフは怪訝そうに振り返る。
「相手は公爵様だぞ。面識なんてあるわけないだろ」
「戦闘魔道団の団長だった男じゃ。戦中、その名を耳にする機会はあったじゃろ?」
「もちろんそれは知ってるが、魔道団とは作戦行動を共にする機会が一度も無かったからな。戦時中に知り合った魔道団員は一人もいない。あんたとの初顔合わせも、戦後の魔族狩りの時だった」
「……そうじゃったな」
先の戦で魔族を先兵として利用した代償だろう。
召喚した術者の死など、何らかの原因によって支配から解き放たれた魔族はかなりの数に及んだ。
いわゆる野生化した魔族というやつで、戦後はそうした個体を探して狩り出すために、冒険者の酒場にもかなり頻繁に魔族退治の依頼が回ってきていた。
「そのフーラの太守が何だって言うんだ?」
「いや、大したことではない。もし戦場で見かける機会があれば、お主の手で引導を渡してやってくれ」
疑問を含んだ表情を浮かべるラルフから視線を逸らすと、オズワルドは深く椅子に身を沈めた。そして、独白するように呟く。
「ルキウス・イスマインは、ワシのかつての上司であり、同じ師の下で学んだ同胞でもあった。常に魔術でこの国を支えたいと願っていたあの男を、ワシは自分の都合で――ずっと苦しめてきた」




