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おじ戦士道  作者: 伝統わがし
第三章 おじ戦士の先導者編

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第68話 老魔術師、周囲を巻き込む

「ミアを仲間に引き入れたそうじゃな」


 部屋に足を踏み入れると挨拶も早々に、部屋主はいきなり話を振ってきた。

 まだ完全に扉を閉め終えていなかったラルフは、声のほうをちらりと一瞥しただけで、すぐに返事はしなかった。

 そのままゆっくりとした動作で扉を閉め切り、椅子に座りながら本を広げている部屋主の側まで歩み寄る。


「あまり冒険に入れ込みすぎると、本業が疎かになるか?」

「いや、そろそろ本格的な実地訓練を勧めようと思っていたところじゃ。おかげで一つ手間が省けた。これ以降、ミアをどう扱うかについてはお主に一任する」


 すぐ隣まで近寄っても、オズワルドは相変わらずこちらを見ようともせずに話しかけてくる。その口調には、わずかだが茶化すような響きがあった。

 かつての仲間の勝手な言い草に、ラルフは思わず鼻を鳴らす。


「そんなに楽しいものか? 昔の知り合いに弟子を預けるというのは」

「思ったよりも悪くはない。なかなか良い気分じゃぞ、己が歩んだ道を同じように辿る後継者がいるというのは」

「巻き込んでよいものか、俺としては結構悩んだんだけどな」


 ラルフは大げさにため息をついた。

 わざと皮肉を効かせて言っても、この爺は一向に意に介した様子はない。いちいちとぼけた返事をして煙に巻こうとする態度も昔から変わらない。

 このやり取り自体は懐かしさもあって別に嫌ではないのだが、今は少々面倒くさい気分のほうが勝った。


「それで、要件は何だ? まさかそんなことを言うために、わざわざ使い魔を寄越したわけではないだろ?」


 この日、本来ならラルフは学院アカデミーに行く予定はなかった。

 それが自宅を出たところで、いきなり塀の上から呼ばれたのだ――黒猫に。

 もちろん、人語を喋る猫などいるはずがない。それが高度な魔術によって操られた使い魔だということはラルフにもすぐピンときた。

 しかも、黒猫はその場で要件を言わずに、「すぐにアカデミーに来い」とだけ伝えると、どこかに走り去ってしまった。

 そんな回りくどい呼び出し方をする偏屈な魔術師は、一人しか知らない。


「最近、トレスタの市街で殺人事件が起きたそうじゃ。それも一晩のうちに立て続けでな」

「なに?」


 これまでの流れを断ち切るかのごとく唐突に話題が変わったため、ラルフは思わず聞き返した。

 それに構うことなくオズワルドは淡々と話を進める。


「被害者は全部で五人。年齢や性別は様々じゃが、互いの接点は特に無し……ただし、事件が起きたのはすべて街の中心部においてじゃ。見方によっては、領主の邸宅の周囲で狙って人が殺されたとも言えるな」

「待て、さっきから一体何の話をしている?」


 本題に入るように促しはしたが、話の意図が全く見えてこない。


仔細しさいは本人から聞けばよい。そろそろ来る頃合いじゃろ」


 その言葉の通り、まるで計ったかのようなタイミングで部屋の扉がノックされた。

 扉を開けて姿を見せたのは、意外な人物だった。


「カルロッテ?」

「あら、ラルフ? アカデミーで会うなんて珍しいですわね」


 部屋に入ってきたのは、ラルフもよく知る冒険者仲間だった。

 魔法戦士のカルロッテだ。

 魔術の使い手として、カルロッテも当然のごとくアカデミーに所属している。

 だからこの屋舎にいること自体は別におかしなことではないのだが、今の彼女の姿は明らかにこの場から浮いていた。

 いつもの華美な衣装を身に着けておらず、完全に冒険用の身なりだったからだ。

 赤を基調とした丈の長い上衣チュニック外套マントを身に纏い、胸回りから肩にかけては光沢のある革製の鎧(レザーアーマー)で覆っている。さらに腰には魔法戦士のかなめとなる武器、細剣レイピアを帯びている。彼女の完全武装の状態だ。

 今まさに冒険から戻ってきたばかりのようで、彼女の髪は少し乱れており、身に着けている装備も全体的に埃っぽかった。


「首尾はどうじゃった?」


 オズワルドは読んでいた本を閉じ、ようやく顔を上げた。

 そこかしこで山積みにされている書物の一番上に、手にしていた本をさらに積み重ねる。


「導師が予想していた通りでしたわ。殺人事件が起きた場所は、街の中央部からきっちり等間隔に五か所。これだけ正確な配置ですと、ただの偶然によるものとは思えませんわね」


 カルロッテは荷物の中から大きめの羊皮紙を取り出すと、部屋の中央にある机の上にそれを広げた。羊皮紙には細かな線や記号が所狭しと記入されており、それがどこかの街の地図であることはすぐに分かった。

 地図の中央付近には、とりわけ目を引くバツ印が五つ刻まれている。


「すべての地点を線で結ぶと、こうなりますわ」


 カルロッテは机の上に置かれていた羽根筆を手に取ると、羊皮紙にさらに書き込みを加えていく。バツ印がある場所をそれぞれ線で結び、最後にそれら五か所をまとめて円で繋げた。


「やはりこうなるか、やってくれたのう」

「ええ、事前に聞かされていた通りの結果すぎて、調査を任された側としては少々拍子抜けしましたけれど」


 二人が話し込んでいる後ろから、ラルフも羊皮紙を覗き見る。

 地図そのものは初めて見る形だが、その独特の形状と前後の会話内容から、どこの街の地図なのかは自ずと推測できた。


「これはトレスタの市街地図か?」


 ラルフの問いかけに、カルロッテは待っていましたと言わんばかりに嬉しそうな表情を浮かべる。

 変な琴線に触れてしまったことに気づき即座に後悔したが、もはや手遅れだった。

 カルロッテは嬉々として語り始める。


「その通りですわ! 一目で分かりまして、ラルフ? この地図はわたくしのお手製ですの、過去最高の自信作ですのよ!」

「今の王都には使える人材が少ないのでな。お主が不在の間、トレスタで起きた殺人事件については、こやつに詳細を調べてもらっていた」


 自作の地図の出来栄えについて熱弁するカルロッテを無視して、オズワルドは淡々と情報を補足していく。

 カルロッテには悪いが、ラルフとしても相手にするのは少々面倒なのでそちらの話題に乗っかることにした。


「戦を前にしたこの時期にトレスタでその手の事件となると、領主に対する脅迫の意図をまず真っ先に疑うところじゃないか?」


 現在、わずかに漏れ聞こえてくる関係各所からの情報から推測すると、開戦場所はトレスタ近辺になるものと見てほぼ間違いない。

 そうした前提を踏まえると、最前線を巡って裏舞台で政治的な駆け引きが行われたと考えるほうが自然に思えてしまう。

 喉元に刃を突きつけて脅すのも、時と場合によっては効果的だろう。


「いや、これらの殺人はただの布石じゃ。南方の呪術師が仕込んだ、大規模な儀式の一環であるとワシは睨んでおる」

「でも導師、この規模の魔法陣ともなると、実用性がありそうなのは結界術くらいではありませんこと? 領主自身が館の守りを固めるために結界を仕込んだという話ならともかく、外部の人間にとって何か利点があるとは思えませんわ」


 殺人事件の犯人が、オズワルドが予想するように南側の人間だと仮定すると辻褄が合わないのではないかと、カルロッテが反論を口にする。

 その意見に対し、オズワルドは敢えて遠回しな質問で返した。


「カルロッテ、お主の専攻は何じゃったかの?」

「えっ? 付与魔術と拡大魔術ですわよ。わたくし魔法戦士ですもの、自己強化一点突破ですわ」


 カルロッテは何故か自信満々に胸を張って答えたが、老魔術師はそんな彼女に厳しい目を向ける。


「封印術に関しては未履修か?」

「それ、いっちばん苦手な系統ですわね」

「個人によって得手不得手があることを責めはせぬ。だが、理から目を背けることは怠慢と評価せざるを得ぬな」


 カルロッテの修業方針について、オズワルドは苦言を呈す。

 普段は目にすることがない、この爺の指導者らしい一面を見れたのは興味深かったが、ラルフが知りたかった情報からは話題が遠ざかってしまった。

 魔術師と会話をしていると唐突に専門的な方向に話が逸れ始めるため、このように会話の流れから取り残されることが多々ある。


「封印術は、召喚術に対抗するためによく使っていたアレだな?」


 それでも、ラルフは過去の記憶から情報を共有できそうな部分を引っ張り出し、どうにか話の流れについていこうと試みた。


「それだけではない、封印術は死霊術への対策として同種の術式を扱うことになる系統だ。ワシはここ暫くの間、アカデミーを離反した錬金術師たちが残した痕跡を探っておった。その際に見つかった術式と、今回の魔法陣を比較した場合、同じ術者の手による死霊術という結論以外には達しなかった」

「それが死霊術の魔法陣だとして、街の中心にそんなものを仕込んで一体何がしたいんだ? まさかとは思うが、領主の館で暮らしている住人を全員不死者(アンデッド)にでもするつもりか?」


 ラルフは自分で言っておきながら、馬鹿げた話だと一笑に付す。

 無論、オズワルドにもこの発言を否定してくれることを期待したのだが、意外にも老魔術師は即座には否定せず、真剣な面持ちで首を横に振った。


「惜しいのう。良いセンはいっておるが――この魔法陣はまだ作りかけじゃ。内側の円と対を為す、もう一つの大きな円を外側に描いて儀式は完成となる」

「外側に……?」


 机の上に広げられた地図に、もう一度目を向ける。

 トレスタは街全体が円形の造りだが、街の至る所で建物が密集しているため、実際に通路が一繋ぎの円となっている場所はそう多くない。街の中心部にある領主の館の周辺を除けば、他に目につく場所は街の一番外側――街を取り囲んでいる外壁の部分だけだ。


「でも、外壁の上もトレスタの守備兵が常に行き来していますわよ? 街の衛兵も殺人事件が起きて警戒を強めていましたし、警備の目を盗んでさらにもう五人もの人間を殺害するというのは、さすがに少々無理があるのではなくって?」


 カルロッテも同じ問題に辿り着いたらしく、当然の疑問を投げかけるが、オズワルドはその疑問を一蹴する。


「特定の場所で血が流れてくれさえすれば、血を流す手段そのものは問わぬからのう。いざ戦が始まれば、壁の上には大量の兵士が並ぶことになるじゃろ? その時に少しばかり騒ぎが起きるように布石を仕込んでおくだけで事は足りる」


 そう説明しながら、オズワルドも羽根筆を手に取る。そして、地図の一番外側、街を囲む円形の外壁部分に印を打っていく。

 内側に刻まれた五か所と、新たな印を線で結ぶと、それは二重の円から構成される巨大な魔法陣となった。


「街全体を囲む魔法陣とは何とも豪快だな。そんな手の込んだ仕掛けで、一体どんな芸を披露するつもりなのかは聞きたくもないが……敵の目的は、トレスタの街を攻め落とすことではないのか?」


 不穏さを感じて眉根を寄せるラルフに、オズワルドは鷹揚に頷く。

 老魔術師はその目を鋭く細めた。


「やつらの狙いは、トレスタの街そのものにある。あの街を死霊術の実験場にするつもりじゃ」

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