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第6話 おじ戦士、言いくるめられる

「これなんかどうだ? 南の街道で多発している行方不明者の捜索だってさ」

「えー、そういう得体のしれないやつは避けようよ」


「おい見ろよ、こっちの依頼はすげぇ報酬額だぞ!」

「なになに、採石場を荒らすドラゴンの退治……馬鹿たれ、ちゃんと内容を読んでから言え」


 冒険者の酒場は、今日も冒険者たちで朝から大賑わいだ。

 老若男女を問わず、何組もの冒険者たちが受けるべき仕事を探して、依頼掲示板の前に集まっている。

 俺もこの日は朝から冒険者の酒場に来ていた。

 俺の本業は、あくまでも冒険者だ。

 ソードギルドに所属しているのは仕事というより義務に近い。この国で戦士という職に就いている者は、特別な事情でもない限りは、誰もがあの組織に所属しなければならない決まりがある。国軍である騎士団以外の兵力がどのくらい存在しているのかは、国として常に把握しておかなければならない重要な情報だ。

 そして、他国との戦争が発生したなどの有事の際は、ソードギルドの構成員は戦力として招集される契約になっている。ギルド設立以来、そのような事態はまだ一度も起きていないが。


 そう、だから本来ソードギルドは所属しているだけで良いのだ。

 書類の作成が必要となるギルドマスター以外は、特に果たすべき職務はない。俺が昨日したことはただのボランティアだ。

 他の構成員たちは常日頃から、各々が勝手に傭兵をしたり、冒険者をしたりして好きに生計を立てている。

 俺の場合は、収入のほとんどが冒険者の仕事になる。

 昔は固定でパーティを組んでいた時期もあったが、最近はどこかのパーティに飛び入りで参加させてもらうことが多い。

 もしくは単独ソロでも引き受けられる単純な依頼を探すかだな。


「さーて、あたいらはどうすっかね。何か適当な護衛依頼でも受けるかい?」

「うぅぅ……」

「いや、俺はもっと実戦経験を積みたい。今回も魔物退治にしないか?」

「うぉぉん……」

「おじさん、さっきからうるさい。あとお酒臭い」


 二日酔いで苦しむ俺に、ミアからの容赦ない罵倒が浴びせられる。

 俺は痛む頭を押さえながら、昨晩のことを思い出す。

 昨晩のシャロンは、ひときわ上機嫌だった。

 ザルを通り越してワクと言ってもよいほど酒が強いあいつに、夜遅くまで付き合った結果、俺は見事に酔いつぶれた。

 おかげで二日連続の二日酔いである。こういうのって三日酔いというのかな?


「ラルフさん、お酒の飲みすぎは体に毒ですよ……お水、飲めますか?」

「……すまん、セーラ。助かる」


 セーラが手渡してくれた陶器の杯を受け取り、荒れ狂う胃に水を流し込む。

 うーん、既視感デジャヴ


「おじさんって思ったよりだらしないんだねー。なによ、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるセーラみたいな子がいいの?」


 ミアはテーブルに頬杖をつきながら、ジト目で俺のほうを睨んできた。

 やめてくれ、胃に負担がかかっている今の俺に、その視線は効く。


「……そうだな。女の子に優しくされて気を良くしない男は、そういないと思うぞ」


 思わせぶりにそう言って、ちらりとセーラのほうに目をやると……顔を赤らめてうつむいていらっしゃる。

 うおー、マジか。シャロン、どうもこれマジっぽいわ。

 彼女の予想はいくらなんでも大穴狙いが過ぎるだろうと半信半疑だったが、これにはびっくりだ。見ればミアのほうも、俺の発言のせいかさっきよりも明らかにむくれてしまっている。

 なんか急に酔いが冷めてきたな。


「ていうか、なんでお前ら俺のテーブルに集まってきたんだ?」

「えっ、だって私たち一緒に冒険するんでしょ?」


 ミアはきょとんとした顔で変なことを言ってきた。


「いやいや、言ったじゃないか、この前のは引率だって。ゴブリン退治は依頼の性質上、得体のしれない魔物が出ることが多いから同行しただけであって、今後はお前たちだけで冒険に出るんだぞ?」

「マジっすか!?」


 俺の説明を聞いたチップも、愕然としたように叫んだ。

 ……いや、ミアとチップだけじゃない。このテーブル、俺以外は全員そんな表情になってる。


「あれ……? もしかして俺、その辺りの説明ちゃんとしてなかったか?」

「私も、これから先もラルフさんに指導していただけるものとばかり思ってました……」

「あたいも……」

「俺もだ……」


 なんてこったい。

 みんな分かってくれているものだと勝手に思い込んでいたようだ。

 おじさん痛恨のミスである。今度から気を付けよう。


「んんん? ねえ、ちょっと閃いたんだけどさ。次に受ける依頼も詳細がよく分からないやつにすれば、おじさんがついてきてくれるんじゃないの?」


 気づいてはいけない禁じ手に、ミアが初手から気づいてしまった。

 おいやめろばか。


「いや、そういうのはほんとやめてくれ。頼むから」

「なんでよー、未知の脅威から新人冒険者を守るためにベテランが同行するんでしょ? どこもおかしくないじゃん」

「その仕組み、まだ善意で成り立ってるだけなんだ。いつまでもお前たちの専属みたいにしてたら、この先もっと新入りが入ってきた時に、そっちの助けに行けないじゃないか」

「じゃあ、連続でついてきてもらうのはあと一回だけ! それくらいならいいでしょ? 今は私たちが一番新入りだよぉ」


 ミアはなかなか引こうとしない。思ったよりも交渉上手だ。

 確かに今のところ一番新入りなのはこいつらだから、この言い分は筋も通ってるんだよなぁ。


「……分かったよ、次の依頼までだぞ」

「やったぁ!」


 結局、俺が折れることになった。

 ミアは嬉しそうに飛び跳ねながら、仲間たちとハイタッチを交わしている。

 仲間たちも仲間たちで、でかした、よくやった、などと口々に賞賛の声を上げてミアを讃えている。そこまでのことかね?


「それでは、受ける依頼はラルフさんに来ていただくのに、相応しい内容でなければなりませんね」

「うん、そうしないと他の冒険者の人たちに角が立っちゃうからねー」

「行方不明者の捜索にでもしておくかい? ほら、南の街道で多発しているってやつ」

「ああ、あれなら報酬額も良かったしな。俺、ちょっくら依頼書をもらってくるわ」


 ダニエル以外の四人は積極的に話し合い、早々に受ける依頼を決めてしまった。

 当のダニエルはなぜかドラゴン退治の依頼書をガン見していた気がするが、見なかったことにしよう。


「そうだな、俺もその依頼は気になっていた」


 チップが掲示板から剥がして持ってきてくれた依頼書を受け取り、書かれている詳細に目を通す。

 王都から出て南に続く街道では、このところ旅人や隊商キャラバンの行方不明事件が多発しているらしい。

 王都を東西に抜ける主要街道と比べ、南の街道は道幅が狭く、人の往来もまばらだ。舗装や整備も行き届いていない場所が多い。だから山賊による略奪や、魔物の襲撃による被害は、毎年それなりの頻度で発生している。

 依頼主である騎士団の周辺警備部門は、そうした事件に常に目を光らせており、その都度対応を行っている。そして軽度な事件なら、冒険者に問題の解決が委託されるわけだが……。


「おじさん、これのどこが気になるの?」

「依頼内容が『討伐』ではなく『行方不明者の捜索』ってところだ。仮に山賊や魔物に襲われたとしても、その場から逃げ出せた者が一人でもいれば、そいつから証言を聞いて相手の正体は分かる。普通ならそこから対象の討伐依頼となるはずだ。しかし見てみろ、この依頼はその辺りが何も書かれていない」


 依頼書を全員に見えるようにテーブルの真ん中に置く。

 依頼内容は、行方不明者の捜索と、その原因となる脅威の発見と排除、それだけだ。具体的なことは何も書かれていない。


「それってつまり……」

「ああ、生き残りがいないから、他に何の情報も得られていないんだ」

「おいおい、気軽に選んじまったあたいが言うのもなんだけど、そんな依頼を受けちまって大丈夫なのかい?」


 ドワーフのドマは、少し気まずそうに頭を掻きながらぼやいた。


「依頼を受けるかどうか決めるのも含め、冒険者の仕事だぞ。自分たちの手に余ると思うのなら、受けなければいい」


 俺はピシャリと言い切った。

 本来であればこの依頼は、新入りが選んではいけないものだ。俺が一緒にいるからといって、そういう嗅覚を利かせるのを疎かにしてもらっては困る。


「とはいえ、ここでお前らが引き受けなかったとしても、俺はこの依頼を調査するつもりだけどな」


 その場合も、さすがに俺一人で調査するなんて無茶なことはしない。

 この依頼に興味を持った冒険者は他にもいた。声をかければ、何人かは協力してくれるだろう。


「さあ、どうする?」


 俺の腹はもう決まっている。

 問題は、まだ新入りのこいつら五人にどの程度の覚悟があるかだ。

 急に静まり返ってしまったテーブルで、俺は若者たちの返事を待った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 冒険者ギルドじゃなくて冒険者の酒場、ここがまたノスタルジーを感じて良いですね。依頼一回命一生、おじさんはもっと酷い環境で数十年生き延びてきたんだろうなあ…
[良い点] ・「同行するのは善意でなりたってる」とかはっきり言った上に、明らかにヤバそうな行方不明者調査に首をつっこむ気満々なの人柄良くて実力があるってアピールしてるようなものなのですけど、おじさん気…
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