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おじ戦士道  作者: 伝統わがし
第三章 おじ戦士の先導者編

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第66話 おじ戦士、戦士と向き合う

 シャロンの自宅は、ソードギルド本部の敷地内にある。

 自宅といっても、元は物置として使われていた建物の中身を作り替え、どうにか人が住める程度に寝床と水回りの設備を整えただけのものだ。

 そんな簡易的な住まいではあるのだが、ギルドマスターの特権として専用の住居が貰えると知ったとき、シャロンは大喜びだった。

 王都にあるほとんどの建物は人間が利用することを想定して作られているため、巨人族の血を引く大柄な彼女は、どこに行っても窮屈な思いをすることになる。

 これまでは寝床を確保するにもわざわざ大部屋がある宿を探し、さらには寝台もそのまま使うには小さすぎるので、諦めて床で寝るより他になかった。その状況を思えば、巨人族のために用意されたこの広い空間はまさに快適そのものだった。

 そうした経緯もあって、いつでも気兼ねなく手足を伸ばして休めるこの建物は、彼女にとってまさに安住の地であり、ソードギルドの中でも限られた者だけが足を踏み入れることを許される場所となった。


蛇竜ワーム退治に行っていたそうだな?」


 部屋に入ると挨拶も早々に、ラルフは家主に近況について尋ねた。

 家主のシャロンはというと、ほとんど下着姿とも言ってよいほどラフな格好をしていた。積みあげた干し草の上に猛獣の毛皮を敷いただけの椅子とも寝台ともつかぬものに、ゆったりと身体を預けている。

 部屋の隅には鎧が脱ぎ捨てられており、まだ整理が済んでいない様々な旅具もそこかしこで散らかっている。

 いかにも、つい先ほど旅から帰ってきたばかりといった様子だ。

 そんな状態ではあるのだが、当のシャロンはとくに疲れた様子もなく、上機嫌でラルフを出迎えた。


「そそ、この前、東に現れたドラゴンをあたしらが退治したせいで、あの辺りの縄張りに変化があったみたいなのよ。山岳地帯の端にまで蛇竜が現れるようになったから、今度はそいつを退治してくれって依頼が回ってきてた」

「東の山岳地帯との行き来にしても、随分と帰りが遅かったんじゃないか?」

「いやぁ? そんなことないと思うけど?」


 蛇竜ワームは、巨大な蛇のような見た目をしている魔物で、頭部の形状がドラゴンに似ているため亜竜の一種に分類される。

 竜との違いは手脚や翼を持たない個体が多いことと、竜の最大の攻撃手段である炎のブレスを吐かないところにある。

 そのため純粋な戦闘能力は竜に一歩劣るものの、竜よりも知能が高く、縄張り意識が強いという特性があり、かなり厄介な魔物として恐れられている。

 この強力な魔物を仕留められる冒険者は王都でもほとんどいないため、今回もソードギルドに退治の依頼が回ってきた形だろう。


「目標の蛇竜が逃げ回るもんだから、なかなかとどめを刺せなかっただけよ。あと、厄介な魔物を退治したおかげで近隣の村の住人も喜んでくれてさ。しばらく歓待を受けてたってのもあるけどね」

「王都からの伝令もその頃には届いていたはずだ。帰れば面倒な仕事が待ってることが分かりきってるから、それが嫌ですぐには戻ってこなかったんだろ」

「えー、そんなつもりはないよ。偶然だよ、ぐーぜん」


 つまるところ、ていのいいサボりだろうと指摘しても、シャロンはとぼけた口調で否定した。わざとらしく視線も逸らしている。

 その様子にラルフは小さく息をつく。

 ラルフとしてもこの件を殊更に追及するつもりはないため、さっさと次の話題に移ることにする。


「まあ、偶然ということにしておくか。――それで本題だが、知っての通りソードギルドの人員は王都に集結しつつある。騎士団が南への進軍を決めたら、ほとんどのやつらがそれに従軍する形になるだろうから、そのつもりでいてくれ」

「わかったわかった。けど、その参戦って別に強制ではないんだよね?」

「ギルドの戦士一人一人に対して強制力があるわけではないが、戦時に既定の割合を従軍させるのが騎士団とソードギルドとの間で結んでいる契約だからな。いざ人数が足りないと、組織としての信頼を失うことになる。ギルド長としては面倒ごとが増えるだけだぞ?」

「そしたら頭を替えるか、また別の組織でも作り直してくれればいいのに」

「冗談じゃない。そんなに何度も体制をひっくり返されるのはゴメンだ」


 ラルフは、心底嫌そうな顔で首を振る。

 それを見たシャロンもおどけたような仕草で肩をすくめた。


「それで、具体的な活動内容は? さっきから全然話が先に進まないんだけど?」

「お前がいちいち話を逸らすからだろ……今回は集まったギルドの戦士たちを率いて騎士団に追従すればいい。うちからの動員は三百人ほどになると見込んでいる」

「三百人? なんか少なくない?」

「割合で言ったらそんなもんだ。傭兵連中はほぼ全員が参戦するはずだが、別の仕事で王都を離れていて戻って来れないやつもいるからな。こういうときは多少、少なめに見積もっておいたほうがいい」

「ふーん、まあいいや。今回は三百人ってことにしとこうか。そしたら、あたしはそいつらを率いて騎士団について行けばいいんだよね?」

「ああ、それでいい。具体的な部隊運用については、基本的には騎士団の意向に従ってくれ。その場その場での細かい指示は、お前の判断に任せる」


 ここまでの内容は共有できたものとして、納得して頷き合った。

 さらに、ラルフは個人的な要件についても触れる。


「――それとだ。俺は、ソードギルドの本隊には加わらない。一足先に前線へ向かうから、そのつもりでいてくれ」

「あぁん?」


 こちらはすぐに納得とはいかなかった。

 シャロンはたちまち不機嫌そうな表情となり、ラルフを睨む。


「突然、何を言い出すのさ……なに? もう別動隊の要請がきてるってこと?」

「いや、これはあくまで俺の判断だ。おそらく、開戦直後はトレスタの奪い合いになるだろうからな。あの街を押さえるために予めできることはやっておきたい。そうなると、俺は単独で動いたほうが何かとやりやすいんだ」

「それじゃ、今回の戦ではあたしの補佐はしないつもり?」

「本隊が前線に着いたらその時は合流するさ。それまでの補佐はアイゼンザックに任せておけば十分だろ」


 ラルフは頼りとする熟練僧兵の名を上げる。

 自分を除けば、アイゼンザックは先の大戦を経験している数少ない生き残りの一人だ。傭兵集団のまとめ方も心得ているため、彼に任せておけば問題なかろう。

 その説明を受けても、シャロンはなぜか不満げなままだった。拗ねたような顔でラルフのほうをじっと見つめてくる。


「なんだ、言いたいことがあるならはっきり言えよ」

「べっつにー? ただ、こういう時にはあんたが補佐に回ってくれるって言うから、こっちもギルド長なんて面倒な役を引き受けたのにさ。そっか、結局はあたしを見捨てて行っちゃうんだぁ、ふーん……」

「……お前、そんな面倒くさいこと言うやつだったっけ?」


 ラルフは困惑した顔で問い返した。

 恨み節の一つくらい言われることは覚悟していたが、こんな子供じみた愚痴を聞かされるとは思っていなかったので、さすがに戸惑ってしまう。

 シャロンの真意を測りかね、困ったように頭をかく。

 

「約束を反故ほごにしようとしているのは事実だからな。ギルド長がどうしてもというのであれば、そちらの命令を優先する。その上でギルドの人員をどう動かすかは、お前の一存だけで決めるわけには――」

「あー、もういいよ、そういうのはさぁ」


 シャロンはラルフの事務的な発言をさえぎると、おもむろに手招きをしてこちらに来るように促す。

 訳も分からずにラルフが近づくと、目の前に立ったところで、シャロンはいきなりラルフの頭を掴んで胸に抱え込んだ。

 獲物を捕らえたシャロンは満足そうに大きく息を吸い込むが、そこでふと何かに気づいた様子で眉をひそめた。


「……なんか女の匂いが混じってるねぇ」

「いきなり抱き寄せておいて最初に言うことがそれか?」

「あたしはねぇ、あんたの匂いも結構好きだったんだよ。人間のくせに、あたしたちと同じ猛々《たけだけ》しい匂いをまとってた……なのにすっかり染められちまいやがって」


 シャロンはひとしきり文句を言いながらも、ラルフを強く抱きしめたまま離さなかった。口調も徐々に穏やかになっていく。


「噂には聞いてるよ。ヘレンとデキたんだって?」

「そういうことだ。お前はもう冷めてるって言ってたし、未練は無いだろ?」

「それはそれ、これはこれよ。今さらあんたが他の女の物になるって思うと、それはそれでなんか腹が立つね」

「……なるほど、意外と面倒くさい一面もあったんだな」

「おい、こういう女心を面倒くさいとか言うんじゃないよ。――ったく、この鈍感野郎が!」


 シャロンは抱えているラルフの頭を軽く小突いた。

 殴られている側としては割と本気で痛い打撃なのだが、悪いのは確かに失言をしたおっさんのほうなので甘んじて受けることにする。

 しばらくそんな感じでじゃれ合いながら、先ほどまでの戦の話は忘れて穏やかに笑い合った。


「どうした、今日はやけに甘えてくるじゃないか。何かあったのか?」

「別に……このところ立て続けに大物と戦ったからかな。何となく、昔を思い出しただけよ」


 シャロンは静かに目を閉じると、ラルフを抱える腕にわずかに力を込めた。


「ヴァンもレアンもシドニーも、みんないいやつだったねぇ」

「そうだな」

「それに強かった。あの頃はあんた達にくっついて冒険に出るのが一番楽しかった。向かうところ敵なしの最高の仲間たちだった……けど、みんな死んじまった。もう生きているのは、あんただけだ」

「そうだな」

「もう無理しなくてもいいんじゃない? ヘレンと一緒になったのなら尚のこと、まだ生きてる自分自身を大事にしなさいよ。あとはあたしの傍で、ほんの少し手を貸してくれるだけでいいのよ?」

「生憎と、そういう生き方は向いてなさそうでな」


 ラルフはシャロンの腕を軽く叩き、手を離すように促す。

 シャロンは渋々それに応じ、名残惜しそうに抱擁を解いた。


「たしかにあの頃は楽しかったが、俺は今も十分楽しんでいる。過去にばかり目を向けて、今を共に生きている者たちを蔑ろにしたくはない。皆が繋ぎ止めてくれたこの命と、最後まで精一杯向き合わないとな」

「そういう思わせぶりなことを言うから、送り出したらもう戻ってこないんじゃないかって毎度不安になるわけよ。そこのところ分かってる?」

「心配するな、引き際は心得ている。まだまだやりたいこともあるからな。もう少し長生きしてみるつもりだ」


 ラルフは目を細め、微かな笑みを口許くちもとに浮かべる。

 すると、今度は自分からシャロンの背中に手を回した。


「シャロン、お前のことは信頼している。誰よりもな」

「……あたしもよ、ラルフ」

「じゃあ、いつまでもらしくないことを言ってないで、お互いにやるべきことをやっていくとしよう」

「ああ」


 シャロンの声がいつも通りの口調に戻ったことを確認すると、ラルフは彼女の肩を優しく叩いて、そっと身体を離した。


「頼りにしてるぞ」


 長く戦士として生きてきた。

 だからこそ、すでにわかっているはずだ。

 何かに駆られて戦ったところで、その先で得られるものなどありはしないと。

 己が戦うべき場を前にしたとき、己の意志で戦う。その繰り返しだ。

 これまでも、これからも、その生き方が変わることはない。

 その道を歩んでいくことを互いに望んだのだから。


「任せとけ」


 微かな笑みを残したまま、戦士たちは頷き合った。

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