第65話 おじ戦士、若い価値観に触れる
若い戦士は大きく深呼吸をすると、一気に斬り込んでいった。
下手な小細工を使わずに、今の自分にできる中で最も自信のある技を繰り出す。
先手必勝。それが何度かの実戦を経て、ダニエルが出した答えだった。
しかし、その攻撃はいとも簡単に受け流されると、振り抜いたところを返しの太刀で籠手を打たれた。手首に強い衝撃が走り、自身の攻撃の勢いも相まって剣を取り落としてしまう。
大ぶりの木剣が地面に転がり落ちて乾いた音を立てる。その音が鳴り終わらないうちに、対戦相手の剣先が首元に突き付けられていた。
「――参りました」
ダニエルは負けを認め、自分を打ち負かした相手に頭を下げた。
「以前よりも剣の振りは早くなったが、意識が武器に集中しすぎだな。足のほうが追いついてこないと、すぐにバランスを崩すぞ」
対戦相手であったラルフは、足元に転がっている木剣を拾い上げ、それをダニエルに返した。同時に、彼の戦いぶりについて注意点も指摘する。
この日はソードギルドでダニエルを見かけたため、ラルフのほうから声をかけ、久しぶりに剣の稽古に誘ってみた。
無論、接触した理由は稽古だけが目的ではない。パーティ解散について何か思うところがあれば、ついでに話の一つでも聞こうかと見込んでのことだ。
ダニエルは稽古の誘いにはすんなり応じたものの、手合わせに集中していたため、ここまで会話らしい会話はほとんどなかった。
「足……足をもっと鍛えるなら、走り込みでもするべきですか?」
「いや、これは筋力不足というよりも体運びの問題だ。攻撃に集中するあまり、踏み込み後に軸足が置き去りになっている。武器よりも先にまず体を動かすことを意識するんだ」
ラルフは素知らぬ顔で説明を続けたが、どう声をかけるべきか悩んでもいた。
ダニエルは、もともと無口で感情の浮き沈みが読みにくいやつなので、以前に比べて気落ちしているかどうかも見た目からは分からなかった。
ただ、手合わせをしてみた感触では、覇気は失われていなさそうだった。
戦士にとって、闘う意欲があるかというのは特に重要だ。技術の良し悪しを論じる以前の問題だと言ってもよい。そこに問題が無ければひとまず良しとして、これまで通りに接してしばらく様子を見ることにした。
「だいぶ戦い慣れしてきたな。動きそのものは前よりも良くなってるぞ。この調子で実戦をこなしつつ、足りない部分を訓練で補っていけばいい。当面の課題は足回りの動作だな」
結局、ラルフはダニエルの内面の問題については敢えて触れず、技術面でのアドバイスだけを伝えた。具体的な訓練の方針も示していく。その間もダニエルは自分からはほとんど口を開かず、大人しく耳を傾け続けていた。
戦士にとっての精神面の問題というのは、特に扱いが難しい。
基本的に戦士になるようなやつは、どいつもこいつもプライドが高い。
よほど気心の知れた戦友や、尊敬する師匠からの指摘ならともかく、それ以外の者が内面にまで踏み込んだところで逆効果になることが多い。
だからラルフは終始、技術的な指導だけを行うことにした。
一見、遠回りに見えても、実はこれが一番手っ取り早い解決手段だったりする。
戦士は単純に強くなるのが一番だ。
ある程度の実力さえ伴ってしまえば、大抵の悩みなど気にならなくなるものだ。
「ありがとうございました」
ラルフから一通りのアドバイスを聞き終えると、ダニエルは短く礼を言って自分の訓練に戻っていった。
結局、ダニエルはパーティを解散した件については一切話題に触れず、最後まで自身の胸の内を明かさなかった。
解散の一因となったことに、後ろめたさを感じているのだろうか?
それとも、すでに自分の中での落としどころを見つけたのだろうか?
あるいは、自分がそれを打ち明けるほど信頼に足る人物と見なされていないだけかもしれない。
いずれにせよ、話したくないのならそれでも構わないとラルフは思う。
若者が自立しようと姿勢は応援するが、おっさんがそこに口出ししすぎてもお節介なだけだ。向こうが頼ってきた時だけ応じるくらいで丁度いい。
「よぉ、ようやく終わったか? だいぶ熱心に指導してたみたいだな」
個人的な用事を済ませたので、今後の打ち合わせのためにギルド長のところに行こうかと考えていたタイミングで呼び止められた。
「ラサートか、丁度いいところに来たな」
声の主は、ラルフのよく知る相手だった。
ソードギルドでも手練れの剣士の一人である、曲刀使いのラサートだ。
以前の竜退治において、ラサートは重傷を負ったため長らく静養中の身となっていた。しばらくはギルドにも姿を見せることがなかったため、こうして顔を合わせるのはかなり久しぶりのことだった。
「こうしてギルドで会うのは久しぶりだな。怪我はもう治ったのか?」
「……いつの話をしてんだよ。もうとっくに全快して現場に復帰してるぜ」
聞けば、またソードギルドに回されてきた魔物退治の依頼をこなして、つい先ほど王都に戻ってきたばかりだという。
「元気そうなら何よりだ。――ここ数日、ギルド本部の顔ぶれが妙に乏しいとは思ったが、原因はその討伐依頼か」
「ああ、今回も大口の依頼だったからシャロンが直々に討伐隊を率いた。おかげで俺はほとんど戦った気がしなくて物足りなかったけどな」
「それは残念だったな。だが安心しろ、すぐにその腕を振るう機会がくるぞ。もうすぐ戦が始まりそうな気配だからな」
ラルフは、南征騎士団が王都へ進軍するために着々と準備を進めている現状について、端的に説明する。
いざ開戦が決まれば、ソードギルドの戦士たちは傭兵隊として中央騎士団の部隊に組み込まれる形となる。
「今回の戦では、お前に傭兵隊の斬り込み隊長を任せるから、そのつもりでいてくれ。野戦では騎馬突撃の場面もあるかもしれん。騎兵の先頭は、馬上戦の経験が豊富なやつに任せたい」
「……マジか、ほんとに戦が始まるのか?」
「それはそうだろ。そのためにギルドの戦士を王都に集結させているんだぞ」
今さら何を聞いてくるのかと、ラルフは首を傾げる。
そのくらいのことはとっくに承知済みだと思っていたが、傍目にもラサートの様子はどこかおかしかった。
戦の説明を始めた辺りから、ずっと思いつめた表情で俯いている。
「どうした、今さら怖気づいたか?」
「……そんなんじゃねぇよ。ただ、絶対に負けられねぇ戦だから、いつもより気合を入れて挑まなきゃならねぇと思ってな」
「なんだそりゃ、随分と神経質な意気込みだな」
軽口と呼ぶには少々棘のある言葉で返し、ラルフは鼻を鳴らした。
この期に及んで、ラサートの口からそんな新兵のような青臭い決意表明を聞かされるとは思っていなかったので、やや呆れ気味に肩をすくめる。
そんなラルフを、ラサートは渋面を作りながら睨む。
「お前よぉ、俺が北方の生まれだってことは知ってるよな?」
「東アルザーン連邦の出身だったか? 出会った当初はもっと訛りが強かったのを覚えてる」
「ああ、それで合ってる。けどよ、この国に移り住んでもう十年近くにもなる。もはや第二の故郷と言ってもいいくらいなんだ。となれば、愛着の一つでも沸いてなきゃおかしいだろ?」
それは人によるんじゃないかとラルフは思ったが、ラサートの語気があまりにも強いので、敢えて口を挟む気になれなかった。
軽く相槌だけ入れて、もうしばらくその熱弁に耳を傾けてみることにする。
「初めて故郷を出てこの国にやって来た時のことはよく覚えてる……北とはまるで別世界で、自分の目を疑ったね。道ですれ違うやつが皆それぞれまともな衣服を着ていて、裏通りで暮らす貧民すら誰も食う物には困ってない。犯罪を一度も目にしないまま眠りにつける日があるなんて、俺には信じられなかった」
「そりゃあ、北と比べられたらな……この国だって辺境の集落に行けば、もっと貧しい生活をしている人間は沢山いるぞ」
「それでも、間違いなく平和な国だ。飢えて死ぬやつなんてまずいないし、理不尽な暴力で殺される人間もほとんどいない。この国はまさに理想の楽園なんだ……その楽園をわざわざ壊そうとする奴なんざ、許せるはずがないだろ」
「今日は随分と雄弁だな。お前がそこまでこの国を愛しているとは思わなかった」
熱く語るラサートとは対照的に、ラルフはいくらか冷めた口調で言葉を返す。
ラルフ自身、自分が生まれ育った国に対する愛着が無いわけではないが、そこまで妄信的にこの国の現状を支持する気にはなれなかった。
「……ラルフ、お前は北方三国についてどれだけのことを知ってる?」
「自分の目で見てきた以上のことは知らん。農業に適していない土地柄、三国とも食料が足りないから民はいつも飢えている。代わりに昔ながらの鉱業が盛んだが、そこで経済的なゆとりが出来ても、すぐに戦に注ぎ込んでしまうのは相変わらずのお国柄だな。そんなことを繰り返しているから、三国はいつまで経っても情勢が安定しない――アルザーン共和国に至っては、何年か前に『王国』に戻ってしまったな」
「そこまで事情に詳しければ分かるだろ。北は……どこも本当に酷い状態なんだ」
ラサートは、力なく首を振ると肩を落とした。
「あの痩せた土地で農業だけで食っていくことなんてとてもできねぇ。頼みの綱である鉱山業も、結局は旧帝国時代からの鉱山主が利益を貪るだけで、鉱夫たちは死ぬまで搾取され続ける。何とか生きている連中も、あとはひたすら戦、戦だ……分かるか? 一度でも外の世界を知ってしまったら、あんなクソみたいな国に戻りたいなんて思う奴はいないんだよ」
言葉尻に微かな苛立ちを込めて、ラサートは思いの丈を包み隠さず打ち明けた。
その発言を受けても、ラルフは特に何の反応も示すことなく、ただ黙って話を聞いていただけだった。
ラルフが沈黙を続けたため、再びラサートが口を開く。
「内乱を起こそうとする奴なんざクソだ。この国の平和は、俺が守ってやるよ」
「……それは頼もしいな。期待しているぞ」
ラサートの気張った物言いに、ラルフは初めて明るい表情を浮かべて笑った。
そして、話を打ち切るようにギルド本部の建物があるほうに視線を逸らした。
「俺はこれからシャロンと作戦行動について打ち合わせをしてくる。ラサート、お前はさっき言った突撃騎兵の選別を進めておいてくれ」
「分かった」
ラサートはやる気満々といった感じで頷くと、足早にその場から去っていった。
離れていくラサートの背中を目で追いながら、ラルフはその笑いをどこか寂しそうなものに変えた。
「……意外と若かったんだな、あいつも」
そうポツリと呟くと、空を見上げて首筋をトントンと叩く。
すべてを任せるには、こちらもまだ早すぎるか。
実力的には申し分ないのだが。あとはこだわるか、こだわらないか――。
「負け戦さえ避けられれば……あとは趣味の問題だな、これは」
今は必要のない考えだと、小さく頭を振って気持ちを切り替えた。




